のんびりと愛が羽沢珈琲店でコーヒーとパンケーキを嗜んでいると、聞いた覚えのある声が聞こえた。
「相席良いかしら?」
「いいよぉ」
軽い返事で相席を許可した
「そういえばどうしたんだ?」
「な、何かしら?」
「わざわざ相席したという事は、俺に何か用があるのだろう?」
愛がそう言うと歯切れは悪いが千聖は聞いた。愛は何者なのかという事である。千聖曰く、毎日の様に珈琲店に来るお金がどこから出てくるのかを知りたいらしい。
不都合があるのかと問う愛に対して、千聖は犯罪で稼いだ金ならつぐみも良い気分にはならないと断言。
「安心安全のお金だ。お小遣いだからな」
「そんなお小遣いどこから出るのよ?」
何を言っても一歩も引かない千聖に対して、愛はつぐみと目を合わせてコンタクトを取る。
(つぐみ、どうしたら良い?)
(諦めたらどうですか?)
(なにそれ酷い)
正直、つぐみも千聖が割としつこく言及するだろうとは思っていた。学校は違うが、ガールズバンドやここの常連として交流しているハロハピの花音から千聖の話は聞いていたのもあり、彼女の性格上納得いくまで聞いてくるだろうなと考えたからである。
それを目で伝えると、愛も観念しながら千聖に伝えた。
「分かった、そこまで言うなら高校で会おう」
「どうして高校なの?」
「今、俺のことを伝えても証拠が無い。学校では証拠があるからそこで伝えることにしよう……」
ただ、今の俺は鶴田愛であると言いながらパンケーキを口に含んでむしゃむしゃと咀嚼した事に対して千聖は疑問を持つことしか出来なかった。
☆
「花音! どういう事なのよ!?」
「千聖ちゃん、落ち着いて」
その翌日、千聖は約束通り愛とあって彼の正体を知った。生徒手帳が確固たる証拠だと千聖に渋々見せて彼の本名が弦巻だということを初めて知ったのだ。驚きながらも、今まで隠していた花音に対して怒りが込み上げている。
「どうして彼がこころちゃんの兄だって教えてくれなかったの?」
「愛君にお願いされたからかな」
「それでも私には言うべきだったんじゃない? 私の事信用出来ないの?」
千聖が怒っている理由がこれである。自他共に花音と千聖は親友だった。色んなことを情報共有して笑い合った仲なのに、彼の話は聞いたことがなかった。隠し事をされた事に対して怒っているのだ。
そう伝えると、花音は一言千聖に言った。
──彼の事は例え千聖ちゃんでも絶対言わない
本気の目で彼女は千聖に伝えた。いつもの花音なら絶対言わない言葉をはっきりと千聖に対して告げた。
「ど、どうして……」
「千聖ちゃんは知らないから。愛君がどんな想いで一般人のフリをしているのか、知りたいなら……愛君本人に聞いて」
そう言って花音はこの日初めてか、久しぶりか一度も千聖と口を聞かなかった。
☆
「そんなわけで花音に怒られたのよ」
その次の日、愛の教室で事情を話す千聖の姿があった。愛は言葉を聞いて笑いながらお礼を言う。
「なんで笑うのよ?」
「花音さんの優しさにも感謝しているが、彼女の言った事を下らないと一喝して無視せず、素直に俺のとこに来た千聖さんの優しさにもありがとうと言いたいだけだ」
どこから話せばいいかと、愛は少し迷うが、ふと思い出した様に話をする。題名は、愛が父親をぶん殴った日である。
「なんて事してるのよ!?」
「事情があるんだよ。元々父さんも俺かこころを次期当主にする機だったんだが、こころが泣きついてきてな」
「こころちゃんが?」
幼少期、物心付くくらいに父親から当主の話をされた愛とこころ。正直実感もないしどちらかというと外で遊びたかった2人に待ち受けていたのは箱入りであった。
何日も家の中で監禁まがいの事をされ、マナーやら勉強やら窮屈な事ばかりさせられた。大人は大層喜んだが、2人にとっては苦痛の他なかった。
そんなある日、我慢の限界になった妹のこころは兄である愛に泣きついた。どうして自分だけが遊べないのか、外に出られないのか、友達に会えないのか。色んな不満を愛にぶちまけた。
こころの想いを理解した愛は兄として一つ考えを出す。それは次期当主を自分にする事である。だからこそ愛はどんなに厳しい教えや修行を耐えながら、SPのエナにこころを外に出す様指示した。
「これで父さんも俺を当主として見てるならこころが苦しまずに済むだろうなって考えてたんだ」
だが、実際は違った。日を追うごとに楽しく遊んでいたこころの表情が暗くなって来ていた。それを見た愛はこころに聞く、自由になったのになにが不満なのかと。妹は1つ答えた。
──愛がいないから寂しいの
「そんなわけで俺は父さんをぶん殴る事にした」
「話飛び過ぎでしょ!? まぁ……何となく想像は出来たけど……」
その翌日、父親が多くの一流企業と会議を行なっている真っ最中に愛は殴り込みに行った。元々小さかったのもあり、弦巻の御子息が遊びに来ただけだと微笑ましく見ていた会社の社長や代表は、愛が大声で父親を怒鳴って顔面に拳を入れたのを見てお茶どころか魂を吹き出した。
──これ以上こころを苦しませるな
そう言って2発目の拳を叩き込むと父親もキレた。その後は父親も愛も2人して顔に傷を作り、怒鳴り合い、叩き合った。最後はSPの人が大勢で止めにかかって話は終結したが、家に帰るなり二回戦が始まるとエナでも止められないほど喧嘩をした。
「結局、俺もこころも自由の身になった。俺は次期当主という条件付きだけどな」
「俺はさ、こころが笑うなら身分隠してでも外に出る。こころのためだけではなく、Afterglowのみんなとも仲良しでありたいし、こうやってのんびり過ごすのが大好きなんだ」
「俺は仲良くしてくれるみんなが好きだからな」
正体を知っている人も知らない人も、いずれ知る事になる人も、鶴田愛としても弦巻愛としても仲良く過ごして笑っていたいと愛は語る。千聖はそんな愛を見て、花音の言っていた意味が少しだけわかった気がするのだ。
「私は……芸能人として、色んな人の顔を見て来たけれど……貴方は嫌な顔しないの?」
「俺は嫌な顔される側だな。するやつは殴るけど」
「はぁ……もう、いいわ。ごめんなさい愛」
「謝るなよ、お前さんの聞きたい事に答えただけだ」
もし、本気で悪いと思っているならと愛は扉を指差した。その瞬間、勢いよく金髪の少女が愛の元に飛び出してくる。
「愛! 美咲と一緒にご飯食べましょ!」
「おう、いいぞ。千聖さん、申し訳無いならうちの妹のわがままに付き合ってくれ……こころ、千聖さんと花音さんも一緒でいいか?」
「勿論よ! みんなで笑顔でお弁当食べましょう!!」
そう言ったこころと愛を見ながら千聖は親友になんて謝ろうかと謝罪の言葉を考えながら笑うしかなかったのだった。