修羅に生きる   作:てんぞー

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デスゲーム
デスゲームの始まり


 手の中に重みのあるナーヴギアを握り、スマートフォンをもう片手で握る。既にナーヴギアのコードは既に接続されており、これで起動可能状態に入っているらしい。らしい、と言うのはこれに詳しくはないからだ。というより機械全般、そこまで詳しくはない。どこかで勉強しなくてはならないと思い続けはするが、何時も何時も後回しにしてしまう悪癖がここに来て祟っていた。

 

「おい、遼太郎これで……準備いいのか?」

 

『おうおう、俺が言った通りやってりゃあそれで問題なく使える筈だ。ほら、ナーヴギアの起動ライトが緑色になってるだろ? あとは被って”リンク・スタート”って言いやぁ終わりだ。SAOはもうセットしてあるからキャラクタークリエイト終わらせてログインだ』

 

「うわぁ、まだやることあるのか。不安だなぁ、マジで」

 

『心配すんじゃねぇよ、第一操作のほとんどは直感的なもんだからそう心配しなくてもいいぜ? 指で触ったりして動かすわけだしな。ま、俺が言った集合場所で待ってりゃあ俺から迎えに行くからよ、それまでちっと待ってりゃいいさ』

 

「というか遼太郎、ゲーム遊ぶ相手だったらネットとかにも他にいるんだろ? 態々俺を誘わなくても良いだろうに……」

 

『いやいや、何言ってんだお前。ソードアート・オンラインってのは体動かして遊ぶVRMMOだべ? お前昔からチャンバラやってるじゃねぇか。ここでお前を誘わずに何時誘えばいいんだよ! ほら、もうそろそろログインできる時間だし、準備しておけよ、じゃあな!』

 

 ぴ、と音を立ててスマートフォンが切れる。口の中でぶつぶつと文句を言いつつも、ソードアート・オンラインの前評判と情報に関してはある程度集めているので知っている。曰く新世代のゲーム、だとか。コントローラーを握って遊ぶゲームとは違って実際にゲームの世界に両足で立って、剣を握って、そしてモンスター達と戦う内容となっているらしい。携帯ゲーム機やPCゲームで多少遊んだ覚えがあるとはいえ、そこまでのめりこむ性質ではなかった。

 

 遼太郎の言う通り、棒振り程度しか能のない男だ。

 

「まぁ、興味あるから別にいいんだけどさ……」

 

 ナーヴギアを数秒眺めてから、それを被る。意外とぴったりフィットするその感触に驚きつつも干したてのベッドの上に寝転がる様に体を落ち着ける。遼太郎の話によるとナーヴギアを使用する際はこれが一番落ち着く上に体が疲れない体勢らしいとか。

 

「ちっと落ち着かないけど、何とかなるか」

 

 体を落ち着かせたら目を閉じ、そして言われた通りの言葉を口にする。

 

「―――リンク・スタート」

 

 瞬間、目を閉じたはずの視界が一瞬でグレーの世界へと切り替わり、プリズムの様な輝きが視界を埋め尽くす。眩しくはなく、色を調整している、そんな感覚が感じられる輝きだった。ただ虚空に浮かぶような感覚に身を任せていると世界は色と形を変え、やがて小さな部屋の中へと到着する。両足で立つのその空間は見たことのない部屋であり、そしてどこかしら中世ヨーロッパを感じさせる内装を持っていた。

 

 部屋を見渡せば、そこには大鏡が存在しており、その前に立てば目の前に半透明なウィンドウが―――ホロウィンドウが出現する。ハイテクな表示にちょっと後ろへ下がりながら、そこに書かれている文字を見、そして口に出して読む。

 

「えーと……ようこそソードアート・オンラインの世界へ。ここはゲーム開始前にアバターを作成する為の部屋です、アバターは貴方がこの世界で活動する為の分身であり、もう一人の自分です。基本的な性別、容姿をここで決めましょう……か。つまり色んなゲームで存在するアバター作成画面がこの部屋なのか。へー、さすがVRゲームってやつだな、すげぇわ」

 

 そんな感想を口に出している間にも大鏡の横にアバター作成オプションが出現する。そこには男と女、髪型、肌の色、等と百を超える項目が存在していた。その詳細っぷりに軽くドン引きしつつも、良く考えればスクリーンではなく実体を通して遊ぶのだから、それぐらいは項目が増えるだろう、と納得する。ともあれ、まずはアバターの作成に物凄い時間を食われそうだなぁ、なんてことを思いつつも、

 

 お約束として性別で女性を押してみる。

 

 次の瞬間、大鏡の前には革の軽鎧姿の女がいた。

 

「うぉっ!? ってなんだこれ!? 声も違うし!? すげぇなぁ……」

 

 ネカマをやる気は皆無なので、性別のスイッチを戻して男の姿へと戻す。なんだかちょっともったいない気もするが、面倒な気配もするので男でアバター作成を始める。―――と言っても、別の自分を作成するのも激しく面倒だ。別の姿の自分、というのも大分想像ができない。問題があればその時はその時で作り直せばいい、

 

 そういう考えもあって、なるべく自分に似たアバターを作成してみるか、という試みを開始してみる。

 

 

                           ◆

 

 

 アバターの作成はそんなに難しいことはなく、十分少々で完了した。現実での自分の姿を作るだけなので体に違和感はないし、作成に関しては問題なかったが、さすがに項目が百個もあると確認とかで時間がとられる。おかげで作成が終了するには三十分ほどの時間を必要としてしまった。

 

 しかし大鏡を通して確認する自分の姿は現実でよく見る自分の姿だ。東洋系に少々若さを感じる顔立ち、鋭すぎない程度には悪い目つき、そしてショートカット髪。しかし一点だけ、身体的特徴で変わっているのは髪色だけだ。折角という事で、髪色は本来の黒ではなく白を選んでみたが―――これは良く見る中学生に人気な髪色ではないか、と内心では少々冷や汗をかいていたりする。ただたまには、冒険も悪くはないかもしれないという思いはある。

 

 作成が完了してから了承ボタンを押すと、部屋の入り口の扉がゆっくりと音を立てながら開く。そして再びホロウィンドウが出現する。

 

「扉を抜けたら始まりの街へワープ、か。初心者教官がいるから会いに行くのがおすすめ、っと。まあ、遼太郎のやつが待ってるだろうからさっさと待ち合わせ場所に行くか……えーと、目印は大きな樹だっけな」

 

 アバターの作成を終えて部屋から踏み出す。その瞬間に一瞬で視界の中で世界は白い光に包まれ、そしてその次の瞬間には喧噪に包まれた広い空間に投げ出されていた。硬い石畳の大地を靴の裏に感じつつも、顔を持ち上げて目に入る光景の全てを受け入れる。

 

「……すげぇ。舐めてたわ、バーチャル」

 

 視界いっぱいに広がるのは現実のものとしか思えない中世の街並みだった。石畳の道路、石やレンガの建造物、そしてゆっくりと道路を占領して動く馬車の姿。それは現代では全く見る事の出来ない風景であり、大昔へとタイムスリップしてしまったかのような感覚を錯覚させるものだった。所詮はゲーム、と舐めていたことを認めなくてはならない。そしてそのうえで、恐ろしいほどにすごいものを人間は生み出すことに成功してしまった。それを理解できた。

 

 手を握って生み出す感触、鼻を動かして感じられる匂い、そして通りすがりの人々から感じられる視線や気配。その全てがリアルに詰まっていた。ここは自分が今見て感じる限りは、限りないリアリティの詰まった新しい世界だった。何故遼太郎があんなに興奮し、そして遊ぶことを推し進めてきたのかが一瞬で理解できた。

 

 これに触れない事は、これを遊ばない事はそれだけで人生を損している。

 

 そう言い切れるほどの感動を今、こうやって新たな場所に立って感じていた。

 

 その感動を胸に感じつつも、遼太郎との待ち合わせを果たす為にも歩き始める。遼太郎は巨大な樹が存在し、その根元で待ち合わせしようと言っていた。この最初の街のシンボル的なものらしいが、それはちょっと辺りを見回せば直ぐに見つけられるものであった。五階建てのビルか、それ以上の高さを誇る巨大な樹はスタート地点から家屋を超えて見ることができた。ファンタジー世界だとこういう法則の一切を軽々と無視で来て便利だな、なんて感想を抱きながら大樹へと向かって歩き出そうとしたところで、

 

「何か用か?」

 

 振り返りながら肩を叩こうと手を伸ばしていた、少女の姿がある。長い黒髪に青い服、そして自分と似た様な革のポイントガードを装着している少女はちょっとだけ困惑している様子を浮かべたが、それを直ぐに振り払いながら此方へと視線と笑顔を向けてくる。

 

「お兄さんお兄さん」

 

「はいはい、なんだいなんだい」

 

「ここどこ」

 

「始まりの街とかいう場所らしいよ」

 

 どこといわれても正直ログインしたばかりなのでそこらへん、聞かれても詳細な話はできなくても困るのだが。ただ少女はそれを聞いて腕を組むと成程、と頷いてからまた視線を此方へと向けてくる。それはまだ質問があるといった様子で、別段詳しくもないので質問付けにされても困るからそろそろ自分は初心者でベータテスターでもないと告げようとしたところで、

 

「お兄さん、ここ、VR世界だよね?」

 

「VR世界ってかソードアート・オンライン、だっけ? VRMMOの中だわな。あとお兄さんドがつく程の初心者だからこれ以上の質問はボロが出そうで辛いよ」

 

「おぉ、それはお兄さんに悪い事しちゃったね―――お返しに何も出来ないけど!!」

 

「お前、結構いい性格してるな」

 

 そう言われてサムズアップを向けてくる少女はありがとう、といいながら軽く頭を下げ、

 

「それじゃあやることがあるからバイバイ!」

 

「うーい、元気でやれよ名も知らぬ少女」

 

 手を振りながら走り去って行く少女を眺める。こちらを見ながら手を振っている為、勿論前を向いていない。だから二十メートルほど走ったところで少女は通りすがりの者にぶつかり、そのまま吹っ飛び、そして人ごみに衝突していた。その光景は現実ではありえないのだろうが、

 

「ゲームのファンタジー世界だとああいうのもアリなのかぁ、奥が深いなぁ」

 

 妙な関心を抱きつつ、待ち合わせ先である大樹へと向かう。と言っても、スタート地点からそう遠くはない上に、そこまで伸びる道路が既に存在している。一分もしないうちに歩けばあっさりと大樹に到着することができる。そこには自分と同じように待ち合わせに使っているのか、他にも多くのプレイヤーの姿が見える。意外とバリエーション豊かというべきか、カラフルというべきか、かなりの数のプレイヤーがここからは見える。

 

 しかし男女比率を見て、女の方が遥かに多いのはやっぱりゲームの宿命というべき所なのだろうか。まぁ、人間だれしも”違う自分”という願望を抱いているのだ、こんな世界だったらやっぱり違う姿を取りたくなる―――そこには自分の様な例外もいるのだろうが。まあ、人それぞれだろう、と結論を付けると、聞きなれたやかましい声が響いてくる。

 

「お? おお? いたぁ! ってか姿がほぼまんまじゃねぇーか!」

 

「お」

 

 視線を声の方向へと向けると赤髪の男の姿が視線に入る。顔も若干美形タイプ、頭にバンダナを巻いており―――全く知らない人物の姿だ。ただその声は非常に良く知っている人物のもので、間違いなく待ち合わせをした男のものだ。つまりは中学からの長い付き合いのある友人―――壺井遼太郎だ。やはりアバターは相当カスタムしているらしく、バンダナと声以外に本人との共通点を見つける方が難しい。しかし良く気配を巡らせて集中すれば、なるほど、と遼太郎の気配を理解できる。

 

「見つけるのに苦労するかと思ったけどおめぇ、マジでそのまんまだから苦労もクソもなかったわ。一応質問しておくけどさ、アバターの名前、なんて設定したよ?」

 

「シュウ。まぁ、ローマ字入力しかできないからshuだけさ」

 

「いや、そこは本名だけは避けろよ……!」

 

 遼太郎がそう言って地団太を踏むが、何か間違ったことをしただろうか。割かし良くあるもんじゃないかと思うが。もしかして容姿に本名という組み合わせが悪かったのだろうか。いや、今考えてみるとかなり危ないかもしれない。が、面倒なのでもうこれでいいや、という感じはある。ともあれ、遼太郎の姿は頭の中に叩き込んでおいた。これで姿が変わっても直ぐに解る。

 

「えーと……」

 

「クライン、クラインだ。ちょちょっと失礼、サクサクフレンド登録しちまおうか。それに街の入り口の方でコツとか教えてくれそうなプレイヤーを見つけて今またしているんだわ、早くそっちへ行こうぜ。俺、超楽しみにしてるんだわ」

 

「お、おぉう」

 

 遼太郎―――改め、クラインの指示に従ってサクサクとフレンド登録を完了させると、こっちだ、と言ってそのまま走っておそらくは街の外へと一直線に向かって行く。クラインのその姿を追いかけるために同じく走り、クラインの後姿を見失わないように追いかけて行く。しかし体に感じるのは不自然な疲労のなさと、そして体の軽さだった。リアルで運動する時も若干体が軽く感じるのだ。まるで本来以上の力を得たかのような、ちょっとしたスーパーマンの気分だった。

 

 少しずつ感じる現実と仮想世界の違いを肌で理解しつつも、走って行くクラインの背中を追いかけ、そして到着するのは巨大なアーチ状の門を誇る街の出入り口だった。プレイヤー以外にもNPCの様な姿が頭の上にカーソルを浮かべて立っているのが解る。

 

 ともあれ、クラインに引っ張りまわされるような感じで門の外へと出ると、そこには黒髪長身の青年が背中に剣を背負って立っていた。それに向かってクラインは片手でおーい、と声を出して手を振り、注意をひいていた。知り合いとしては恥ずかしい事極まりない行動だが、どうやら相手側はそれを寛容に受け入れたようで、苦笑しながら小さく片手を上げていた。その二人に素早く自分も合流する。

 

「っとわりぃわりぃ、こいつを連れてきたかったんだ。俺以上にぺーぺーの初心者でよ、たぶん一番助けが必要だと思うからさ。な、一人ぐらい問題ないだろ?」

 

「いや、まあ、一人ぐらいは問題ないけどさ……俺はキリト」

 

「おっす、オラはシュウ。特技はチャンバラな」

 

 片手を上げて適当に挨拶をする。軽く困惑している様子だが、ノリが多少軽い方が初対面相手には割ととっつきやすいものがあると個人的には思っている。それにこれはゲームの世界なのだ、だったら中の人的に考えてネットスラングを少し使った方が会話も運びやすいだろう。その為、ちょっと軽めに対応を考えておく。相手、キリトもその意図が理解できたのか、笑みを浮かべてくる。

 

「それじゃ予定より一人増えちゃったけど……これから草原の方へ出て軽いレクチャーをするけど問題ないよな?」

 

「宜しくお願いします先生!」

 

「キャー、私先生のかっこいい所が見たいわー!」

 

「男に言われてもなぁ……」

 

 笑い声を響かせながら、基本的な情報をキリトに教授してもらいつつ、そのままレクチャーの為にも草原へと向かって歩き進める。

 

 

                           ◆

 

 

「―――SAO……つまりソードアート・オンラインでの戦闘は全てリアルタイム処理で行われる。つまり敵との戦闘中にヘイトかターゲットを取ってくれる味方がいない限りは絶対に休むことはできない。それにベータテスト中の話だけど、”無敵時間”の存在も確認できていない。だから街の一歩外に出て街の保護から外れた瞬間、油断していれば何時死んでもおかしくはない状況だって事を忘れないでくれ。いや、まあ、死んでも街でリスポーンするだけなんだけどさ」

 

 そう言ってキリトは草原を歩いていた青いイノシシの様なモンスター、≪フレンジーボア≫に向かって石を持ち上げて投げる。それにあたった≪フレンジーボア≫が非アクティブ状態から戦闘態勢、アクティブ状態へと変化し、草原の大地を前足で踏みながらキリトを睨み、突撃して来る。既に片手剣を抜いていたキリトは軽いサイドステップで≪フレンジーボア≫の攻撃を回避し、そして剣を片手で構える。

 

「こんな風にこっちが何もしなくてもターゲットされてれば勝手に襲い掛かってくるからね、ここらへんはリアルで喧嘩したりスポーツしたりするのと一緒だ。ただ、まあ、この世界の俺達はリアルのそれよりも遥かに強いからなっ!」

 

 突撃から転び、そして復帰した≪フレンジーボア≫が立ち上がり、再びキリトへと向かって突撃して来る。それをキリトは刃を構えると、その刃が青く染まる。≪フレンジーボア≫の動きに合わせてキリトが繰り出した動きは現時点のキリトの技量を”大きく超える”動き、伸びる様に斜め切りをエフェクト共に≪フレンジーボア≫の顔面へ正面から叩きこむ。

 

「こんな風に俺達には≪ソードスキル≫が存在する。俺達の脳波と動きと連動して発動する必殺技みたいなものだ。ちなみに脳波、とか言ってるけど”出したい”とか技名を連動する始動モーションと共に繰り出せば発動するよ。まあ、これも無限に繰り出せるわけじゃない。SAOの世界にはSPって能力があるのが見えるよな? それが時間経過と共に回復するんだけど、それを消費して≪ソードスキル≫や≪バトルスキル≫を発動させることができるんだ」

 

 ちなみに、とキリトが付け加える。

 

「このSPは時間経過以外にも回復アイテムを使ったり、一部のパッシブ系スキルを習得していると回復できたりするよ。まあ、解りやすい例で言うとベータ中に発見された≪パリング≫とかかな。≪武器防御≫カテゴリーのパッシブスキルなんだけど、これはパリング行為、つまりは相手の攻撃を受け流す事が成功した場合に自動でSPを回復させてくれるスキルなんだ。うん、まあ、これ以上はちょっと詰め込みすぎかなぁ」

 

 知識量に感心しつつも、左腰につけている鞘から片手剣を抜き放つ。なんでもクラインとキリトは格安の店で装備を買い替えているらしいが、そんなこと自分には解らなかったので、まだ初期装備だ。そのうえ、メニューの表示の仕方もたった今、キリトとクラインから学んだばかりだが、キリトのレクチャーのおかげで体の動かし方、戦い方の大体は理解できた。

 

「こんな感じか」

 

 キリトがやったように、剣を同一の動作で構え、そして初歩の初歩、片手剣の≪ソードスキル≫である≪スラント≫を正面の何もない空間へと向けて放つ準備を完了する。放つ。そう脳に命じた瞬間、自分の意思とは別の意思が勝手に体を動かし、斜めに斬撃を発生させる。そのモーションを終えて短い硬直に入ると、クラインが横でおぉ、と声を漏らしながら手を叩く。

 

「やっぱすげぇなあぁ、シュウ。俺なんか五回ぐらいやってるのにまだできねぇぜ。流石剣術やってるだけはあるよな」

 

「え、チャンバラって部分冗談じゃなかったんだ」

 

「気が付いた時には竹刀を握ってたからなぁ―――」

 

 とはいえ、竹刀を握って何か特別な事をやって来た覚えは欠片もない。ついでに言えば誰かと勝負した経験も一切ない。それに繰り返しやって来たのも基本動作だけだ。ただそれを必要性は感じないので、勘違いは勘違いにさせておいたまま、片手剣を持ち上げて目線の所まで持ってくる。今の動き、≪ソードアート≫を体で感じた事を、シンプルに表現する。

 

「―――気持ち悪い」

 

「え、なに、電脳酔いかなんか!?」

 

「ちげぇよ馬鹿。純粋に体が勝手に動くって感覚が気持ち悪いってだけの話だよ。これぐらいだったら普通に体動かしてもできるし、逆に無理やり動かされている感があってなぁ……」

 

「まぁ、感じ方は人それぞれだし、しょうがないんじゃないかな。実際≪ソードスキル≫が使いにくい部分ってあるし。たとえば技後硬直の部分とか。だから≪ソードスキル≫も基本ぶっぱじゃなくて、トドメとか相手に隙ができたら叩き込むようなものだし」

 

「ほむ」

 

 キリトに言われたことを踏まえ、適当に落ちている石を二個程持ち上げる。それを左手で握りつつ、右手で片手剣を構える。十メートル先にいる≪フレンジーボア≫に狙いを定め、左手で握る石を一個投擲する。体の横に石を当てられた≪フレンジーボア≫が反応し、その真っ赤な目を怒りに染めて、此方へと視線を向けてくる。二度三度程大地を擦る様に前足で力を溜めた≪フレンジーボア≫は、次の瞬間に走って飛び上り、体当たりを仕掛けてくる。

 

 飛びかかってくる≪フレンジーボア≫の目に向けて石を投げつける。システムの補助などなくても五メートルほどの距離にまで近づけば外れる事なんてはなく、見事に≪フレンジーボア≫の目に石が衝突し、その衝撃に≪フレンジーボア≫が両目を閉じる―――まるで生きている生物かの様なリアリティに驚かされつつも、生物としての反応をしっかりとやってくれているのであれば、

 

 多少のマンチ行為は通じそうだと理解する。

 

 そう思考するのと同時に多少減速した≪フレンジーボア≫の左目、そこに左手の中指と人差し指を突き込み、残った三指で眼球の外側を掴み、≪フレンジーボア≫を目で掴み―――大地に背負う様に叩きつける。同時に右手で握っている片手剣を横に薙ぎ払う様に振りぬいて逆さまに大地に衝突した≪フレンジーボア≫の足を斬り飛ばす。

 

 そこから更に踏みつける様に追撃を考えた所で、既に体力的な限界を迎えていたのか、足を振り上げる間に≪フレンジーボア≫のHPが一気に緑色から赤色のゾーンへと突入し、そして消え去る。足を踏み下ろす前にその体が砕け、取得物を示すホロウィンドウが出現する。

 

「なるほど―――やはり地面こそが最強武器だな、やっぱドランクやスリープからの地面か……」

 

「ラクシアじゃねぇからここ! GMを困らせる事はやめような! あと戦い方に関しても物騒すぎるだろお前! なんだよ目つぶし投げって、考えもしなかったわ」

 

「多分開発者でもそんな戦い方をする事を想定していなかったんじゃないかなぁ……」

 

「いやぁ、目と機動力を奪うのは基本だからね? いや、予想よりも敵が柔らかかったからトドメまではいらなかったけどさ。もうちょいスパスパ斬っても問題なさそうだこれ」

 

「寧ろお前は一体なにと戦うことを想定してるんだ……?」

 

 はっはっはっは、と笑い声を上げながらサムズアップをキリトとクラインに向け、取得物を確認しつつも考える―――この世界、SAOの世界は凄いと。≪フレンジーボア≫の目の中に指を突っ込んで時には確かに肉の生温かさを感じる事ができたし、石や大地、生物のテクスチャや感触が何処までもリアルに再現されている。その再現性の高さ、そして肌で感じる感触がリアリティが素晴らしいとしか表現できない。

 

「凄いな、SAOは。最初はたかがゲームって侮ってたけど、その認識を改めなきゃいけないな、こりゃ」

 

「だろだろ? ところでシュウ先生、一発で≪ソードスキル≫を成功させるコツを教えてください」

 

「才能……かな……?」

 

 ドヤ顔でクラインへと向けて笑顔を放てば、クラインがクソ、と叫びながら素振りを開始する。実際才能があったところで剣技、剣術に重要なのはひたすら反復練習する事と基礎を固める事だ。どれだけ基礎を固めたかによって剣の実力は決まるものだと個人的には考えている。だからとりあえず心の中でクラインの事を応援しておく。

 

「それじゃあ、軽く狩りしようか? ながらだけど≪バトルスキル≫に関しても軽く説明しよっか。情報屋の仕事を奪っちゃう感じで悪いけど≪隠蔽≫と≪索敵≫スキルぐらいだったら俺でも習得条件は教えられるし、それが終わったらレクチャー終了って事で」

 

「ういーっす」

 

「宜しくお願いしまーっす」

 

 キリトに感謝しつつ、パーティー狩りをする為にもパーティー申請を受け取り、許可の方にチェックを入れて行く。

 

 

                           ◆

 

 

 

「お」

 

 ファンファーレと共に頭上でレベルアップの表示が出現する。たった今倒したばかりの≪フレンジーボア≫の姿を踏みつけて破壊しながら目の前のホロウィンドウを確かめると、それは通常の習得物を表示するリザルトウィンドウとは違った、レベルアップ確認ウィンドウだった。そこには今までのレベルと現在のレベル、現在のステータス、そして最後にレベルアップによって割り振る事の出来るボーナスポイントが表示されていた。それを確認していたキリトが此方、自分とクラインに軽く拍手する。

 

「おめでとう、それがSAOにおけるレベルアップだよ。レベルが上がるとそうやってレベルアップ画面が登場して、レベルアップ分のステータス配分ができるんだ。ちなみに配分ができるのは筋力のSTR、敏捷度のAGI、耐久のVIT、そして器用度のDEXだ。ちなみにこのステータスは地味に戦闘能力だけじゃなくて自分の動きとかにも影響して来るから注意な。たとえばAGIを上げ続けるとAGIを参照するステータス、回避力が上昇する。ただそれだけじゃなくて走ったり、武器を振るう速度も上昇するんだ」

 

 そしてキリトはそこからそれぞれのステータスが何を意味するかを教えてくれる。STRは攻撃力に、VITはHPと防御力に、そしてDEXは命中力に影響すると。

 

「ただ、SAOにもレベル差による補正みたいなものは存在するからな。二十レベル以上離れている相手だったら攻撃は簡単に中るし、相手の攻撃がヒットしても回避判定で成功してノーダメージで済んだりもする。まあ、ネトゲの常としてバランス型は爆死確定だし、特化型も爆死確定しているから二極型が安定すると思うよ。ついでに言えば格上狩りを続けるならある程度のDEX上げは必須。装備で安定させる手もあるけどね」

 

「成程なぁ……んじゃあ俺はとりあえずSTRに2、AGIに3って感じにしておくかねぇ」

 

「じゃあ俺はSTR先行型でSTR3でAGI2にしておくかなぁ」

 

 流石ベータテストに参加していただけはある、と言える。まだSAOのWIKIが存在していないらしく、事前に調べていたクライン曰く、こういう部分はやっぱりベータテストで遊んでいたプレイヤーの感想や情報公開を待たなきゃ取り返しがつかないらしい。こんな状況で快く情報を分けえくれるキリトの様な人物を見つける事は純粋な幸運として感謝した方がよいのだろう。

 

 そんな事を考えながらレベルアップ処理を完了させると、クラインが時計を確認する。

 

「うぉっと、やべぇ。ピザ屋にデリバリー頼んでたんだよな、もう時間だわ。俺は一旦落ちてメシにする予定だけど、キリトとシュウはどうすんだ?」

 

 クラインのその言葉にキリトは剣を横に軽く振ってから背中の鞘に片手剣をしまい、

 

「んー、そうだな。俺もそろそろ一回落ちて何か食べてきた方がいいかもしれないなぁ」

 

 そう言って、二人の視線が此方へと向けられる。流れ的に期待されているのは解る。だから肩を振って手を広げる。

 

「冷蔵庫の中に煮物の余りがあるしそれを食うわ」

 

「んじゃフレンド登録したら一旦解散かな」

 

「……そう、だな。うん、そうしよう」

 

 いったんキリトが動きを止めるが、そのままフレンド登録を互いに完了させる。ネットでの交流の経験は軽度にあっても、こういうネットゲームでの経験は皆無なので、なんだか若干感慨深いものを感じる。フレンドリストに載っているクラインとキリトの名前を確認してから、フレンドリストを閉じて右手の剣を腰の鞘へ戻す。これで自分もネットゲーマーデビューかぁ、なんてことを呟いていると、クラインの呟きが聞こえてくる。

 

「あれ……なんだこれ、ログアウトボタンがねぇぞ」

 

「え、そんなことはないだろ」

 

「ログアウトボタンがないとかデバッグするしない以前の問題だしなぁ」

 

 キリトがそう言うのに納得し、苦笑しながらログアウトボタンを求めてシステムや設定メニューをスクロールするが、出現させるホロウィンドウにはどれもログアウトのボタンが存在せず、クラインの言うとおりにログアウトが不可能という状況になっていた。おいおい、という声を漏らしながら他のメニューも出現させながら確認するが、そこにログアウトボタンの表示は見つからない。

 

「勘弁してくれよぉ、俺ぁこのタイミングに合わせてピザを注文したんだぜ? 既に支払いは終わらせてるし、これでログアウトが遅れちまったら冷たいピザを食べる羽目になるじゃんかよ。冷たいピザと再加熱したピザ程食ってて不味いもんはねぇっちゅーのによぉ……」

 

 悲しげにそう言うクラインの姿に呆れ半分で溜息を吐くと、キリトが頭を掻きながら声を漏らす。

 

「うーん、バグ……か……? いや、だけど、うーん……どうせ今頃GMコールが集中してそうだし、直ぐに緊急メンテの表示もでるからログアウト出来る様になるまでちょっと休憩しようか」

 

「早めにそうなることを切実に祈る。俺、明日は朝から仕事あるからあまりログアウトが遅くなるとキツイんだけど」

 

「社会人にはキツイよなぁ、そういうの」

 

 クライン―――リアルでの壺井遼太郎、そして自分は既に二十歳を超え、社会人として社会に出ている。そしてそれぞれ休日に顔を合わせたりして遊ぶものの、しっかりと職を持って活動している。故に遊べる時間は限られている。そんな中で、こんな風に無駄に時間を拘束されるのは少々痛い。なら精神的にも肉体的にも余裕がある今、多少狩りでもしてメンテナンスまでの時間を潰すべきではないかと思う。

 

 ただ単純に思いっきり剣を振るえるというシチュエーションに心が躍っているという事もあるのではあるが。だからもう少し≪フレンジーボア≫を虐殺するべきか、そう思って納刀したばかりの刃の柄に手を触れた瞬間、

 

 リーン、ゴーン、と鐘の音が響く。

 

「なんだこれ」

 

「たぶんGMからの報告とかあるんじゃないか? ほら」

 

 そう言っている間に体の周りには青いエフェクトが纏わりついていた。それはアバター作成を終えた後に感じたテレポートと同じような感覚を感じさせるものであった。つまりはどこかへ転移させられるのだろう。GMから早めの対応がある事に安堵しつつ、目を閉じて転移の光に任せれば、一瞬だけの浮遊感が体を襲う。上も下も解らない感覚が一瞬だけ生まれ、そして次の瞬間には消え去る。

 

 目を開いた時にはゲームスタート直後の広場に立っていた。横を見れば光と共にクライン、そしてキリトが出現し、それ以外にも続々と他のプレイヤー達もこの広場へと転移させられていた。ログアウト不可に関する説明が今からおそらく行われるのであろうが、この行為に僅かな違和感が残る。

 

 ―――何故、態々こんな真似をする……?

 

 GMならお詫びのメッセージを送るかなんなりをすればいいだろう。その方が遥かに効率的で楽に違いない。

 

 直感に嫌な感覚が引っかかる。そして割と直感には信頼を置いている。故にこれから、嫌な事が起きるのだろうと確信しながらも、できる事はなにもない。黙って覚悟を決めながらどうするか、と腕を組んだところで―――急激に空の色が変わる。

 

 青く澄んでいた空は唐突にその色を血の様な赤色へと変貌させる。

 

 デジタルな文様が空を埋め尽くし、まるでエラーコードが発生しているかのような形に変わる。赤く染まった空と混じり、それはこれから発生するであろう不吉を如実に現していた。自分の直感が正しかった事に舌打ちしつつも、視線を空へと向けたままでいると、デジタルな模様の割れ目から血の様な液体が流れ出し、それが空に集まって、一つの巨大なアバターを生み出す。真っ赤なローブ姿で、顔の見えない巨人。それが唐突に大樹を超える遥かに巨大な存在として出現していた。

 

『―――プレイヤー諸君……ようこそソードアート・オンライン―――私の世界へ』

 

「おいおい、俺この声を知ってるぞ……茅場晶彦のだぞ……!」

 

 キリトの声がそれを告げる。そしてそれを肯定するかのように周りで同じような発言をするプレイヤーが増える。自分は良く知らないが、その茅場晶彦という男が特別である事は良く理解している―――なぜなら茅場晶彦こそがこのゲームの生みの親、といっても過言ではない人物だからだ。ただそれ以上の事はおそらくキリトかクラインにでも聞いた方が早い。それよりも重要なのは茅場の話がまだ始まってすらいない、という点だ。

 

『諸君らは今、ログアウトできないという事に不満を持ち、問いただしたい所であろう。故にここで答えを出そう―――否。これは決してバグでもエラーでもない。このソードアート・オンラインの仕様であると。諸君らはログアウトというこの世界からの脱出方法を封じられ、虜囚の身となったのだ』

 

 その言葉で更にプレイヤーたちの声は騒がしくなり、それを無視する様に茅場アバターは言葉を続ける。

 

『―――故にこの世界のみが諸君らにとっての現実である。この世界での死は即ち現実の死に直結する。この世界で死亡するのと同時にナーヴギアを通じてマイクロウェーブ波を照射し、殺害を実行する。なおこの処理は外部から助け出そうとする働きかけがあった場合も作動する様になっている。もし、諸君らの横で急に消えたプレイヤーがいるのであれば、それは決してログアウトに成功したからではない―――ナーヴギアの切断によって死亡したからである』

 

 ―――――――――――――――ー。

 

『最後に、諸君らにここが諸君らにとっての現実である事を理解させるために小さな贈り物をインベントリに送らせてもらった。それを確認すれば直ぐに理解するだろう―――ここが現実であると』

 

 無言のまま、インベントリを開く操作をし、そこに収められているアイテムを確認する。そこには先程クラインやキリトと一緒に行った狩りで入手した通貨のコル以外に、≪フレンジーボア≫のドロップ品が入っている。ただそこには一つだけ、見慣れない、自分が入手した覚えのないアイテムが入っている。それをオブジェクト化させ、手に取ってみる。

 

 ―――それは、小さな手鏡だった。

 

「きゃ―――」

 

 そんな声と共に近くで小さな光が発生する。その方向へと視線を向けようとした瞬間、自分の握っている手鏡が輝きだすのを認識する。その輝きに目を開けられず、目を閉じる―――数秒後、再び目を開けた時に手鏡に変化はなく、そしてそれに映る自分の姿もまた自分がよく知るものだ。一体茅場晶彦は何をしようとしたのか、その事に今一要領を得ないと、そう思い視界を横へと向ければ、

 

 ―――そこにいたのはクラインではなく、壺井遼太郎の姿だった。

 

 いや、服装や恰好は”クライン”のままだ。だがその顔は間違いなく自分の知っているリアルの”壺井遼太郎”のものへと変わっている。そして今、クラインの手の中に握られているのは茅場晶彦の配った手鏡だ。

 

 ―――そういう事か……!

 

 騒がしくなる辺りを無視し、心臓の鼓動を抑えながら視線を空中、茅場アバターへと向ける。その姿は万人の視線や言葉を受け止めつつも一切の揺らぎを見せることはなく、寧ろ夢が叶った達成感の様なものをにじませるような気配を感じさせる。ただ微弱すぎるその感覚は次の瞬間にはあっさりと消え、掴めなくなる。その代わりに、言葉が空間に向かって放たれる。

 

『ログアウトの方法はしかし、決して存在していない訳ではない。アインクラッドの第百層、そこに存在する紅玉宮の最奥にて待つ私を倒せば、それでゲームクリアとして認め、全てのプレイヤーを解放しよう』

 

 何かを言っているもっと幼い姿になったキリトとそしてクラインを無視し、その首の裏の襟を掴んで引っ張り始める。

 

 ここは駄目だ。

 

『―――これはゲームであっても、遊びではない』

 

 去り行く中で、茅場の放ったその言葉が響く様に聞こえていた。

 

 

                           ◆

 

 

「強引にやったのは悪いが、たぶん数秒後には暴動になってただろうし、場所を変えさせてもらったぜ」

 

「い、いや、助かった。あのままあそこにいたら雰囲気に飲まれてたと思うし……」

 

 そう言うキリトの姿は先程見た姿とは遥かに違う、子供の姿だった。逞しかった青年の姿は中学生の、少し頼りのない姿に変わっている。元クラインや元キリトの様な美青年姿がありえないのだ、寧ろ今の姿の方が遥かに好感が持てるというものだが、

 

「アレ……シュウは姿変わってないけど……」

 

「あぁ、俺元から自分の姿模したアバターだったし。手を加えているのは髪色ぐらいだよ。それにしたって若白髪で済むしなぁ!」

 

「若白髪で髪が真っ白になるかよぉ!」

 

 ペシン、とクラインが此方の胸を叩いてツッコミを入れてくる。その姿を見たキリトが一瞬呆けた後で、小さく笑い声を零す。その姿を見て安堵する。クラインは解らないが、キリトは少なくとも少しだけ、まだ心が持ちそうだった。茅場の言葉が百パーセント本当かどうかは別として、

 

 あんな言葉を即座に受け入れる事の出来る器量の持ち主は稀だ。

 

 いたとしてもどこか頭の螺子がトんでいる様な連中ばかりだ。

 

 キリトとクラインが多少動揺している所が見れて良かった―――それはこの二人がまともな人間である事を示しているからだ。耳を澄ませて広場の方から聞こえる悲鳴などに意識を割きつつも、他に人が来ないかに気配を探っておく。

 

「とりあえずは広場から離れたけど状況が変わったわけじゃねぇ。茅場の言葉が本当かどうかは判別する方法がないから今は議論するところはそこじゃなくて、これからどうすべきか、に絞る。とりあえず言い出しっぺとしては複数の案を出しておくぜ?」

 

 一つ目、

 

「おそらく大多数がそうするであろう選択肢としてここに残る。まあ、茅場がああいったけど、救助が来る可能性だってあるんだ。それに賭けるって選択肢だな、こいつは」

 

 二つ目、

 

「死んで確かめる―――まあ、一番馬鹿な選択肢だ」

 

 そして三つ目、

 

「―――茅場の言葉が真実だと仮定して、外に出る」

 

 現実を受け入れられるように、ゆっくりとそれを案として浮かべると、困った様子のクラインとは裏腹に、キリトが視線を持ち上げてくる。

 

「俺は、……外に、出よう……と思う」

 

 ゆっくりと、キリトがそう言う。

 

「MMORPGってのは基本的にリソースの奪い合いだ。フィールドのポップ数だって限られているし、先着限定のアイテムだって存在する。だからいかに早く狩場を確保する事が生命線になってくる。俺達がレベリングに使ってた≪フレンジーボア≫も明日か明後日には外へ出る事に挑戦する一部のプレイヤーによって占領される……事になると思う。俺らゲーマーって”そういう”生き物だし」

 

 だから、

 

「その前に狩場を確保する。幸い俺にはベータテスターとしての知識がある。ここ、第一層だったら裏庭の様に知ってる。どこが最適な狩場なのかとか、どこで報酬の良いクエストを受けれるのかとか、そう言うのを知ってる」

 

 そう言ってキリトは此方へと視線を向けてくる。

 

「今から行けば夜中までには多分いけると思う。クラインとシュウだけなら俺一人でも連れていけると思うんだ。どう、かな……?」

 

 キリトの思い切った提案に驚き、そして少し動きを止める。それに対してどう答えようか少々困ったところで、先にクラインが口を開いた。

 

「悪ぃ、駄目だ……駄目なんだよ、俺、他のゲームの連中と会う約束をしてるんだよ……そいつら、俺がSAOに引っ張ってきたようなもんなんだ。だから、俺、見捨てていけねぇよ……悪ぃ、悪ぃキリト、俺……!」

 

「へーい、そこで悲壮ぶるなよクラインもキリトも」

 

 キリトとクラインの間に立ち、両肩を抱いて頭を寄せる。前言撤回しなくてはならない。

 

 キリトもクラインもどちらも精神状態がヤバイ。

 

 そしてこの中で一番ヤバイのは―――間違いなく自分だ。

 

 この状況に、

 

 このシチュエーションに、

 

 茅場晶彦が生み出した、現実のファンタジー世界に、

 

 喜んで興奮している。

 

 だから、誰よりも冷静に、そして通常通りに振る舞うことができる。楽しんでいるからこそそれを隠して、平静に振る舞う事ができる。

 

 ―――ロクデナシの特権。

 

「いいか、一歩踏み出した時点ではい、さよなら二度と会えません! っつーわけじゃないんだ。頭に血を昇らせすぎだし、キリトも責任感を感じすぎ。良く考えろよ、俺達はフレンド登録してるんだ。んでフレンド登録ってポストとか使って手紙を送れば連絡とりあえるし、生存だって確認できるだろ? お互いに会おうと思えば会う事だって出来るし、生きてる事だって確認しあえる―――この別れが今生の別れじゃないんだ、もちっと気楽に考えれ」

 

 落ち着ける様に言葉を選んで、軽くヒートアップする二人を諌める。この三人組で唯一そういう風に判断できるのが自分だ。

 

「落ち着いた?」

 

「落ち着いた」

 

「超落ち着いた」

 

「……うっし、あんまし心配させないでくれよ。そうやって死亡フラグガンガン建設させられまくったらさすがの俺でもどうにもならない」

 

「ははは……」

 

 力なく、キリトが笑う。やはり、中学生にこういうシチュエーションは辛いのだろうと判断し、クラインへと視線を送ってウィンクを送る。それを受け取り、クラインが頷く。クラインもなんだかんだで二十三の大人だ冷静にさえなれば、受け止められるだろう。

 

 そんなクラインと違い、

 

「―――んじゃキリト、俺はお前について行くぜ」

 

 自分がどうであるか、何であるかとは別に―――キリトはまだ子供だ、一人にするわけにはいかなかった。




 ホロウフラグメントで公開された設定やシステムが導入されました。
 隠しキャラの早期からのアンロックが完了されました。
 いくつかのキャラクターがユニークスキルを所持出来る様になりました。

 なおシステム的な用語や技名は基本的に≪≫を使ってわかりやすく表現するつもりで。品潰しに執筆していたら意外と筆が乗ったので投稿、なんだか最近は周りの事もあってモチベーション激減中なのでしばらくはこういう感じが続くかもしれないという事で。なおところどころネタがちりばめられているのは時代、そして世界観の背景による影響。

 ユウキチャンモストレアチャンモカワイイ……。

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