修羅に生きる   作:てんぞー

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ホロウ・フラグメント
冒険者


 ―――第一層攻略の言葉がすぐさま広がった。

 

 はじまりの街でおとなしく救助を待っていた者も、保身のために街をでて戦う事を選んだ者も、そして上を目指そうと立ち上がった者も全てが等しく、その報告を聞いて喜んだ。何がどうあれ、アインクラッドは永遠ではない。考えれば考えるほど不安が出てくる。リアルの体は、維持されているのか、お金は、そういう不安は尽きない。そしてそういう悪感情が間違いなくプレイヤー達の足を止めているのは事実だった。だがそれを吹き飛ばす様に、

 

 突破の報告が響いた。

 

 それは塞ぎ込んでいたプレイヤー達の心に新たな風を運ぶ言葉だった。現実として考えるならまだ90を超える階層がプレイヤーを待ち構えているという事は変わらない。だけど、誰も犠牲を出さずにボスを倒し、新たな街への道を生み出す事が成功した。そんな言葉が届いたのだ。もしかして、俺も、何時かは。そんな希望を多くの人の心に灯させるには十分すぎる成果だった。最初の四十を超えるレイドパーティーの参加者たちは英雄視され、

 

 そして彼らに続こうと、万を超える人の動きが始まる。

 

 漸く、広大すぎるアインクラッドの大地に、本来想定されていた筈の活気が満ち始める。

 

 第二層へと移ったプレイヤーを追いかける様に大量の初心者プレイヤーが生まれ―――そして一気にアインクラッド全体の死亡率が攻略全体での死亡率、ダントツのトップをマークする。たとえアルゴの攻略本が存在してもそれを知らない、見ない、従えないという人間が何処にだって存在する。命が失われるかもしれない、という状況で冷静になって思い出せる人間の方が稀有だ。故に、この時期に増えた戦闘職プレイヤーの死亡率は凄まじく高かった。

 

 その為、一時的にアインクラッドの攻略が止まるという事態が発生した。

 

 命を助ける為、脱出する為に攻略しているのに、それとは全く関係ない所で人が死んでいてやってられるか。そういう言葉がどこからか広がった。まさしくその通り。だから攻略を止めたのではなく、今まで見向きもされていなかったシステムへとここで漸く、視線が向けられる様になってきた。

 

 即ち、ギルドシステムだ。

 

 それもそのまま、ただ知り合いやグループで集まるといった使い方ではなく、もっと組織としての使い方に注目された。

 

 つまりは”システム”としてではなく”職業組合”としてのギルドの使い方だ。

 

 プレイヤーがフィールドに出て死亡する最大の理由は知識の不足ではない。知識は第一層限定ではあるが、アルゴが無料で出している攻略本が存在するからだ。問題はその知識が悪いのではなく、それを運用する経験が圧倒的に足りていない事だ。当たり前の話だが、攻略本を読んで知識を付けたからと言ってそれを運用する技術が身に付く訳ではないのだ。ベータテスターや元々武術を嗜んでいたプレイヤー、スポーツマン辺りであれば感覚として技術に運用する事もできるが、普通の人にはそれができない。

 

 学校が知識を与え、それの使い方を教える様に、使い方を教える環境が出来上がらない限り、人は死に続ける。必要なのは上下の関係ではなく、教師と協力し合える横の関係。だからこそのギルドだ。商工ギルド、冒険者ギルド、そして教育ギルド。大きく分けて三つの組織が出来上がり、そしてそれに従来のゲーム的ギルドチームも多く生まれた。しかし、やはり一番大きい貢献は―――教育機関が、”学校”が有志によって設営されたことだった。

 

 前線で活躍しているプレイヤーが、冒険に出ているプレイヤーがチュートリアルを行う、という実にシンプルな内容ながら、それは最も必要とされている環境だった。はじまりの街を出る前に実際に活躍しているプレイヤーから知識の使い方を学び、覚える。たったそれだけの事だが、それで新しく冒険に出たプレイヤー達の死亡率は一気に下がった。

 

 それだけではなくレベルに合った狩場の手配、職人、商人プレイヤーの活動も解りやすいように管理する組織があるおかげで、高クオリティの装備が最前線で活躍するプレイヤーにも見つかりやすいようになり、生存率がそちらでも上昇する。もはやゲームというよりはもう一つの異世界、という形でアインクラッドの攻略環境は数か月を要して組み上げられた。

 

 最初の一ヶ月は人の心を動かす為に。

 

 次の二ヶ月で多くの人が死んで。

 

 そしてその次の三か月で、漸く組織と環境を最低限ながら、完成させる。

 

 ―――ソードアート・オンラインのデスゲーム化が開始されて、九か月が経過する。

 

 アインクラッドの攻略は一時的に止まっていたこともあり、まだ半分も攻略されていなかった。最前線も未だに三十層。しかし着実にプレイヤー達は力を付け、使い方を理解し、そして進むごとにエネミー達が強くなるよりも早く、強くなっていた。それは戦うと決めたプレイヤー達が本気で前を目指そうという心を見せた結果に過ぎない。

 

 もしかして第一層のボス戦で、組織を立ち上げる人間が亡くなっていたらこうならなかったのかもしれない。

 

 本来はいなかったはずの人間が何か助言をしたからこうなったのかもしれない。

 

 そんなIFが多く語れる中、この状況は間違いなく奇跡という名の細い糸の上で成立していた。

 

 ―――アインクラッドの攻略は、逞しくも図太い冒険者たちによって今日も攻略を続けられていた。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――両足をテーブルの乗せて伸ばしながら、両手で握る物の中身を見る。

 

「ほー、また新しいアップデートが観測されたらしいのか。今回のアップデートで追加されたらしいエクストラスキルは≪調合≫と≪伐採≫に≪鞭≫かぁ……他にもまだあるけど完全な観測はなし、か。どれも俺には縁のないスキルだなぁ……っと、また一つ盗賊団が潰れたか。やっぱオレンジの討伐に賞金をかけると討伐はかどるなぁ」

 

 両手で広げる新聞を確認しながらそう呟く。やはり読むのは紙媒体に限る、と、そんな事を呟く。少し前にキチガイの発想か”石版型新聞”を購入してみたが、アレは重すぎて話にならなかった。困った時は鈍器にもなる優れもの、と態々迷宮区にまで来て売り込んできた販売員は未だに逞しく石版型新聞を最前線で売っているのだろうか。その根性だけは認めたい。ともあれ、呼んでいる新聞のページをめくり、その次のページの内容を見る。

 

 最近のアイテムの相場事情がそこには事細やかに書かれている。

 

「んー……≪耐火ポーション≫が値上がりしているのは迷宮区のエネミーに火属性が多いからか。だけど全体的に嗜好品の類が値上がりしつつあるか。煙草や酒が値上がりされすぎると全体的にキツイんだよなぁ。やっぱ自給自足が一番なんだろうけど、煙草だけは生産する為のスキル、枠取るから覚えられないんなぁ……」

 

 そう呟き、一旦新聞を閉めてからそれを折り畳み、インベントリの中へとしまう。視線を持ち上げる中、映るのは人ごみでごった返した酒場の姿だが―――それらは決してNPCではない。全てがアインクラッドで生きているプレイヤー達の姿だ。

 

 ここ、第三十層の主街は地中海沿岸の国々を思わせる、高低差のある白く、そして美しい街並みをしている。街自体が巨大な湖の中央に存在しており、街の出入りは橋によってのみ可能とされているのだが―――現在この街には数千を超えるプレイヤー達が商売と、そして攻略の為に存在している。その為、プレイヤーが利用する様な大衆向け酒場は割と多くのプレイヤーで溢れている。何故なら、

 

 それが冒険モノの王道という言えるものだからだ。

 

 そして人が集まる所、また情報が集まる。

 

 そういう事もあり、酒場には情報収集が目的で大勢のプレイヤーが溢れている。特にプレイヤー経営の酒場となれば出される料理や飲み物のクオリティが高くなる。そういう店はまず人気で、情報交換の他にもプレイヤー個人の依頼の仲介を行っていたりする―――そういう酒場は大抵、冒険者ギルドと繋がっていたりし、成果次第で給与が出たりもするのだが、

 

 今日に限っては、一週間ぶりの純粋な休暇だった。

 

 基本的に朝から夜まで迷宮区にこもりっぱなしで、物資補給やメンテナンスの為に街へ降りてくる程度にしか街を利用したりはしないが、それでもストレスは少しずつ蓄積されて行く。それを自覚する前に休みをいれるのが正しいのだ。故に、こうやって定期的に特に体を動かすわけでもなく、休む日を用意している。こうやって三日、あるいは四日程休暇を取ったらそのままノンストップで戻ってくる必要があるまでダンジョンアタックを続ける。

 

 そういうライフスタイルを二人で取っている。

 

「師匠、注文とってきたよー」

 

 トレイの上に皿を重ねてユウキが隣の席へと座ってくる。その恰好はオフの日という事もあって、普段着となっている。大きく肩が見える黒のオープンショルダーのシャツに、黒のミニスカートとなっている。ユウキの戦闘用の装備同様、黒一色なのは間違いなく彼女の趣味の産物なのだろうが、正直趣味が悪い。色には興味がない、とか言っているのが実に女の子として心配なので、アクセサリーとして効果を持った赤いカチューシャーをプレゼントしたが、気に入っているのかずっとつけている―――トレードマークの様なものになっている。まぁ、少しはそれでファッションに気を使ってくれれば、とは師匠としては思っている。

 

 ―――まったくもって俺が言えた話じゃないんだけどな。

 

 髪も伸ばしっぱなしで長くなってもっさりしてきているし、ロングパンツにハーフスリーブと髪型を抜けば完全にNPCに紛れられそうな姿になっているが、男と女では話が完全に別だ。

 

「今日はなんだかポタージュにスパゲティにセットがオススメだから二人前貰ってきたよ」

 

「スパゲティかぁ、実に文明的な料理に久方ぶりに触れるな」

 

「そりゃあそうだよ。師匠の≪解体術≫スキルで肉とかキモが大量にドロップされるようになったのはいいけど、基本的に焼くか煮込むかの二択だから麺類自体食べるのが一か月ぶりだよ」

 

 そう言って料理の乗ったトレーを片方此方の前に置くユウキの姿を見て、図太くというよりは逞しくなったなぁ、とちょっと感慨深く思う。何せ、

 

 割と本気でスパルタでユウキを鍛えている現状、ユウキは泣き言も弱音もたったの一つも吐くことなく、ついてきている。冗談の類でやめて、なんてことは言う事はある。が、それは決して本音ではなく、やれと言われれば迷う事無く実行し、全力で成し遂げようとする娘だった。普通なら危うさしか感じられないだろうが、

 

 中身を理解してしまえばあぁ、なるほど、程度で済む。

 

 ともあれ、

 

 ―――そんな事よりも数か月ぶりに食べるミートボールスパゲティが超美味しくて、

 

「ユウキの事とかどうでも良くなってくるな……」

 

「僕スパゲティ以下!?」

 

「いや、麺類以下だ」

 

「麺類以下に落ちるんだ僕……」

 

「いやぁ、しかしさ、こうやってスパゲティ食ってるとさ、いかに自分が文明的な世界に生まれてきたのを思い知らされるよな。このポタージュも飲むたびに涙を誘ってくるぜ―――スプーン使ってスープを飲むのって一体いつ以来なんだろうね」

 

「師匠、思い出捏造イクナイ。なんでわざと聞こえる声で蛮族みたいなイメージを広げる事を言うのかなぁ! 食器だって三セットインベントリに入れて持ち歩いているでしょ!」

 

「いや、聞き耳立ててる皆さんのリアクションが見たくてつい」

 

 その発言にビク、と反応するプレイヤーが周りから出てくる。それ以外にもこっそりと逃げようとするプレイヤーの気配を覚え、とりあえずは脳の中へと叩き込んでおく。まぁ、どうせは関係のない奴なんだろうな、と思いつつも前線で培った経験と習慣は決して体から染みついて離れない。面倒な性分だが、臆病な方が遥かに生き残りやすいのは良く知っている事だから、生き残りたいならこのままでいいと思っている。

 

 ともあれ、一緒にいる女が子供であるという事を抜けば、割と充実している人生かもしれないと今更ながら思ったりする。全力を出せる環境があって、好きかってに斬れて、それで文句を言われないのだ。

 

 最高すぎる。

 

「ずずずずー……あ、師匠。そういやこの後どうするの? 街へ来たって事は数日はオフなんだと思うけど、街開き直後で割と娯楽少ないけど。やっぱり二十層のカジノにでも行ってくるの? そう言えば師匠カジノで荒稼ぎしてたけどなんで」

 

「カードゲーム系はカード暗記すればいいし、ダイスの場合は見えなくても音で判断できるし。スロットも目押しができるなら普通に見切れるからなぁ……」

 

「この人カジノで野放しにしちゃ駄目だなぁ」

 

「だから男は黙ってルーレットで一点賭け。あの数字を見極める感覚はハマる」

 

「違う意味で野放しにしちゃいけなかった。師匠ギャンブル結構好きでしょ」

 

「そりゃあな。刹那の瞬間に全てを賭ける! このスリルがどうしても忘れられないんだよなぁ、戦闘も基本的には蹂躙するよりも、対等に戦える相手なんかがいりゃあ嬉しいんだけど……」

 

 そこでユウキへと視線を向けると、ユウキはきょとん、とした表情を浮かべる。今のユウキにそれだけを期待するのは些か過剰な期待なのだろう。まだあと一年、もしくは二年あれば技術の下地が完成する筈だ。あとはそこからひたすら反復練習で技術を一つずつ伸ばして行けば良い。そうすればいつかは……八年ぐらいで自分と正面からやりあえるだけの実力が身に付くのだろう。まぁ、だからそれだけをユウキに今、期待するのはやめておくべきだ。

 

「ま、果報は寝て待つべし……気長にやるさ」

 

 ―――どうせアインクラッドから脱出するにはあと二年、もしくは三年必要だろうから。

 

 それを口にしようとしたとき、

 

 揺れる。

 

 自分だけではなく空間が、そして世界が。

 

 ―――地震だった。

 

 世界全体が小さく、そして細かく震動する。テーブルの上のスープが小さく揺れてその中身が僅かに零れるが、それでもそれだけの話だ。地震の多い国、日本で生まれ育った日本人であれば地震なんてものは日常の出来事であり、取り立て騒ぐほどのものではない。ただし、それがこの空中に浮かぶ世界アインクラッドで発生するなら話は別だ。空に浮かんでいるこの世界が揺れる、というのは地震のメカニズムを知っているとまずありえないことであり、不安にさせる要素でもある。それに、

 

「……また揺れたな」

 

「そうだね。最近地震が多いしね。どうしたんだろう。ラグかな?」

 

 そう、地震が多い。頻発しているといっても良い。何せ、昨日小型の地震が発生したばかりであり、その前は三日前に二度ほど地震が起きていた。ここ最近頻発している地震は何かの大型アップデートの予兆か、もしくは用意されているイベントのヒントでもあると一部のプレイヤーはいっているが、現状冒険者ギルドの方ではそんな発言をするNPCを発見できていない為、システム側のエラーかラグだといわれている。何故なら何らかのアップデートがこのソードアート・オンラインに発生した場合、

 

 それをヒントとして伝えるNPCがアインクラッドの各所に存在するのだ。

 

 概要自体ははじまりの街に存在するNPCが伝えるが、細かい内容等に関しては伝えず、アインクラッドに広く存在するNPC達のセリフがアップデート内容を追う様に変わっているのだ。”アップデートの観測”とはつまりアップデートを確認し、その上で情報を集めた状態の事を言う―――全体の生存率にもつながる為、こういう情報は最優先で新聞に載せられたりする。

 

 まぁ、完全に協力出来ているとは言えないが、それでも足の引っ張り合いが発生していない分はまだ全然良い方向へ話は進んでいるとも言える。

 

 ―――ま、足を引っ張ってる連中はひっそりと消えてもらうんだけどな。

 

 いつの時代も裏社会は恐ろしいものだと小さく笑っていると、知っている気配が近づいてくるのを察知する。スープボウルから顔を持ち上げて対面側へと視線を向けると、対面側の席には黒髪に鋭い目つき、緑色の布装備に身を包んだ少女の姿があった。

 

「お、≪射殺≫のシノンさんじゃないっすか。シノンさんちーっす。≪射殺≫なんて呼ばれちゃってるシノンさんちーっす! ”あの女に冷たい視線を向けられたまま射殺されたい!”とかって理由で≪射殺≫とかって通り名食らったシノンさんちーっす! やべぇ、今でも草はえる。笑っていい?」

 

「射殺されたいなら素直にそう言いなさい。その頭を吹き飛ばしてやるから」

 

「師匠、隙さえあれば煽ってくるから諦めた方が早いと思うけどなぁ」

 

 そう言いながら迷う事無く弓を取り出して構える少女の名はシノン、

 

 ”地獄の二十五層攻略戦”で有名となったプレイヤーの一人であり、

 

 ―――エクストラスキルにしてユニークスキル、≪射撃≫の使い手。

 

 それが、シノン。




 アニメユウキちゃん可愛かったので汚いユウキちゃん書きたい。決して読者が苦しむ姿を楽しみたいだけじゃないんだ、違うんだ。げへへへ。

 というわけでホロウフラグメント導入編始まりますよ。ここから魔改造等が始まるから原作SAOのままがいい感じの人はバク転しながら去って行く必要があるかもしれないしないかもしれない。つまりユウキちゃん可愛い。肩出しルックが何故ああも似合うのか……。

 執筆してて困る事、それは服装のデザイン。ともあれ、こっから色々始まります。

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