修羅に生きる   作:てんぞー

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冒険者 Ⅳ

「―――まぁ、勘違いしているかもしれないからここら辺で一応訂正しておくか」

 

 遺跡の外周を進み始めてから二時間が経過する。シノンの話によるともうそろそろ目的地らしく、庭園の姿は少しずつだが白い彫刻を見せる神殿のような空間へと変わっている。外にいるのは間違はなく、空と湖が見える。デザインとしてはローマやギリシャ風のオープンな神殿、といった所だろうか。そこを、警戒しつつも歩く―――気配の探知に敵が引っかからずとも、その範囲外から奇襲されない可能性はありえなくはないのだ。

 

「訂正って……何が?」

 

「いや、基本的な事だよ。”修羅”って生き物に対する認識だよ」

 

「ん? 勘違いも何もアンタみたいなバトルジャンキーを世間一般じゃ修羅って呼ぶんでしょ?」

 

「―――世間一般ではそうだけど、それは別に正しい認識じゃないんだよ?」

 

 そう答えたのは自分ではなく、ユウキだった。ここの難易度が自分でもユウキでも、そしてシノンでもソロで戦える難易度である以上、戦闘はローテーションで行える。今現在の警戒、戦闘係は自分となっており、シノンとユウキは少し後ろからついてくるように歩いている。此方の言いたい事をユウキはちゃんと理解している―――と言うより基本的な座学は完了している為、言葉を完結させずとも理解してくれる。

 

「今シノンさんが言ったのは一般的な認識。でもね、実際の所は修羅とバトルジャンキーってのは全く別の生き物なんだよ。たとえばそうだね……師匠は完全に手遅れな領域だとして、僕とシノンさんは完全に修羅のジャンルに入って、攻略組の皆も修羅と呼べるかな」

 

「いや、そう言われても良く解らないから、言葉の意味を説明してよ」

 

「簡単に言うと戦う事が生活の一部になっている人達の事を修羅っていうんだよ」

 

 ユウキの説明の声をよそに、敵の気配を察知する。瞬間的に其方の方向へと一瞬で踏み込み、敵の背後に気付かれずに到達する。そのままデスサイス、≪バトルサイス≫を振り回して体を横に、真っ二つに三体纏めて薙ぎ倒す。そのまま殲滅を完了して元の道まで戻ってくる。

 

「僕は意識的にそうなる様に訓練というか修行というか、そういう風に改造されたけどシノンさん達も、もう朝起きて最初に考える事は”何を食べてからどこでレベリングしようかな”とか”どこで狩ろうかな”とかでしょ? そんな風に戦う事が当たり前の様に生活サイクルの一部になってくると戦う事が生活の一部として無意識で認めちゃってるんだって」

 

 出現するリザルト画面を処理しつつ、背後の女子二人へと視線を向け、軽く微笑んでから前へと視線を向けなおす。

 

「んでそうなると、戦う事が日常だから戦う自分に対して違和感を感じないし、命を賭けている事にだってストレスを感じなくなるの。天気の良い日には洗濯をする様に、生きているから戦う、って風にね。だからバトルジャンキーとは全く別のものだよ、師匠や僕たちの様な修羅ってのは。望んで戦っているんじゃなくて、戦う事が生活なんだよ」

 

「あー……なんか納得できるわね、その説明。そしてその通りに行くと割と私含めた攻略組がアウト判定食らうわね。攻略組にいる連中って大半が”食って戦って寝て食う”のサイクルで生活している連中ばっかりだし、そりゃあ修羅って言われてもしゃーないわ。でも個人的にはそこの怪物と同じジャンル呼ばわりされるのは嫌ねぇー……」

 

「安心しろよ、俺はもうちょい違うジャンルだから」

 

 振り返り、サムズアップを向けながらそう言うと、シノンのジト目が帰ってくる。こいつと会話していると割とこういう目で見られる回数多いなぁ、なんて思ったりもするが、言葉の続きは苦笑しているユウキに任せるとして、敵のいなくなった道の上で煙草の味を一人で楽しむ。なんだかんだでユウキは煙草が駄目だったし。喫煙者仲間が欲しい。

 

「師匠の言った通りにね、師匠はもうちょっとジャンルとして違うよ」

 

 うんとね、とユウキが言葉を置き、

 

「簡単に言うと手遅れ、って感じだったっけなぁ……僕も目指すところはそこらしいんだけど。ともかく師匠の話だと師匠自身、Pohさん、ヒースクリフさんと後誰だったっけなぁ……あ、そうそう≪手裏剣術≫のニンジャさんも確か同じジャンルだって言ってたなぁ」

 

「それって―――」

 

「ういー、雑談はそこまで、到着したぞー」

 

 足を止めて視線を前方へと向ける。そこには白い祭壇が存在し、それを飾る様にな地色の石柱が乱立している。シノンの目的地は正面奥、そこに存在する祭壇だ。そこまでシノンが進む事によってクエストが完了され、≪カスタマイズ≫のスキルを習得することができる様になっている―――らしい。詳しい事はシノンの頭の中であり、それはクエストが終わって街へ戻ってからゆっくりと聞ける事だ。故にさっさとクエストを終わらせて聞いた方が良いと判断している。何故ならそっちの方が遥かに安全だからだ。

 

「ん、後はボスを倒せば祭壇に近づける筈よ」

 

「んじゃ準備してから戦闘を始めるか」

 

 インベントリを開き、そこから≪隠密ポーション≫等のスキル強化系のポーションや、能力値上昇系のポーションを取り出す―――別段使うわけではないのだが。自分もユウキも、意図的にこういう能力上昇系のポーションは使わずに戦っているが、何時でも使える様にベルトのホルダーに装着してはいる。上昇した能力で戦って、それに慣れてしまう事が恐ろしいのだ。故になるべく変わらない自分のままで戦い続ければ、奇襲された場合に素のままで対応することができる。

 

 それだけの話だが、最前線の迷宮区でもMPKは発生している。それを考えれば用心深すぎる事ではない。

 

 こういうポーションは押されそうになる気配を感じたら迷う事無く使う、と決めている。

 

 それ以外にも回復アイテムを幾つかコートやベルトに装着し、準備を完了する。視線を横へとやって来たシノンへと向ければ、シノンも弓をボス戦用の大型の物へと取り換えており、全長一メートル半程はあるであろう大弓を片手で持ち上げていた。その逆側の手には、細長い矢じりの矢を握っていた。逆側でユウキも同じようにアイテムのセットを完了しているのを確認し、揃ってシノンへと視線を向ける。それを受けてシノンは頷き返す。

 

「じゃあボスを出すわよ」

 

 そう言って、シノンが前へ十歩ほど進む。そして十一歩目を踏み出し、祭壇の手前にあるアーチへと踏み入ろうとした瞬間、雷鳴が祭壇の周りで雷鳴が轟き始める。素早くバックステップを取って後ろへと下がって行くシノンと入れ替わる様に、祭壇の正面に雷鳴と共に出現する姿が見えてくる。四本足に四本の腕、馬の下半身と人間の上半身。ケンタウロスにも似たその姿はしかし高さだけでも五メートルを超える巨体を持っていた。

 

 雷鳴と共に徐々に現すそのシルエットが、

 

 完全に出現する前には既に背中に足をかけ、≪バトルサイス≫を振り上げ、ユウキがボスの側面に立っていた。

 

「出てくるまで待つのは―――」

 

「―――馬鹿のやる事!!」

 

 声を合わせ、全力での一撃を叩き込む。≪バトルサイス≫の刃がケンタウロスの首を斬り飛ばす様に深く抉り込み、そしてユウキの刃が足を水平に斬り落とす動作を完了する。そのまま≪バトルサイス≫を振り抜きながら体を捻り、ユウキとは逆方向へと体を飛ばしながら確認を完了する。

 

「≪即死耐性≫確認完了!」

 

「≪部位破壊耐性≫も確認完了したよ! ≪ボス属性≫持ちだ!」

 

 雷鳴と共に斧が振るわれる。それを危なげなく回避しつつ、完全に敵の姿が出現する。それはケンタウロスと表現するには些か異形的な姿をしていた。馬の下半身に人の上半身までは良い。が、腕は四本存在し、目が一つしかない。腕にはそれぞれ槍、斧、剣、そして盾が握られており、それらの武具が雷を帯びている。首と足には刃で抉られた赤い傷跡が残っているが、行動を阻害することはない―――刃を振りぬいても≪部位破壊耐性≫によって腕や足の欠損が発生しないのだ。実に面倒な相手だと思うが、

 

「幻想舞踏―――相手じゃねぇな」

 

 回避が成功し、敵の姿が見えた瞬間には斧を棒高跳びの様に、体を捻って飛び越えて回避しつつ、回転で加速した≪バトルサイス≫を振り下ろしつつ跳躍と同時に横回転へと体の動きを変え、薙ぎ払いから袈裟斬り、サイス自体の回転からの六連撃を横を通過しながら繰り出す。やはりデスサイスの様な大型の武器だとどうも手数が少なくなるな、と思ったところで大きく飛び退く。

 

「反撃来るわよ!」

 

「見てるよー!」

 

 確認する相手が横に回転しながら三つの武具を振り回す。その動作と共に雷鳴が並の様に発生し、四方八方へと向けて放たれる。確認するのと同時に一番近くの石柱に刃を差し込み、自分の体を振り回す様に上へと飛ばしながら刃を引き抜き、雷鳴の波を飛び越える。

 

「首! 後ろ右足! 心臓! 左上腕! ついでに目! そこが弱点だよ! クリティカルヒットする瞬間は”流れ”で見極めて!」

 

「クリティカルヒットする瞬間と場所を見極めて攻撃する技術ねぇ。まぁ、さすがにそこまで器用にやれる自信がないわ私」

 

 そう言った瞬間、ユウキが宣言した弱点箇所すべてに矢が一本ずつ突き刺さる。素早い動作で一度に三本ずつの矢を射ったのはシノンであり、それはしっかりと標的を貫いていた。一度に弱点となる場所を全て貫かれ、相手の動きが怯む様に停止する。それを見ながらシノンが満足げに声を零す。

 

「ま、数あてりゃあいいわ」

 

 そう言って次の矢が正面から敵の胸に叩きつけられる。今までの矢とは違い、これは貫通力を一切持たない矢―――的に衝突した所で爆発する様に炸裂し、敵の上半身を大きく浮かび上がらせる。敵が明らかに怯んだと言えるそのモーションに入り込んだ瞬間、側面を刃で抉りながら正面へと回り込む。逆に背後へとユウキは回り込み、此方が指示を出す前に最適な動きを取る。即ち―――後ろ脚への十連撃による強制ダウン。

 

 上半身の浮かび上がったケンタウロスの浮かび上がった上半身が下半身の支えを失ったことで落ちてくる。その落ちてくる両の前足の前に立ち、≪バトルサイス≫の刃を地面に埋めて両手をフリーにする。

 

「良く考えたらまだお前の名前確認してなかったけど雑魚に興味はねぇし別にどうだっていいな―――っしゃおらぁっ!!」

 

 落ちてくる前足を両手で掴み、それを全身で背負う様に重量を分担し、その衝撃を大地へと流しながら相手の体を―――投げる。投げの奥義とは決して筋力で成す事ではなく、体全体を使った技術で行う事である。即ち、投げを極めれば体格差や重量差、筋力差なんて全く関係なく、いかなる相手であろう投げることができる。

 

「カモ撃ちの時間ね」

 

 湖へと向かって投げられたケンタウロスが大量の水しぶきを巻き上がらせながら水面に衝突する。そこへと向かってシノンが新たに矢を取り出し、それを四本同時に弓につがえ、引く。つがえられている矢はその全てが銀色に輝いており、非常に重い矢である事が見て解る。それをシノンは湖から這い上がろうとするケンタウロスへと向かって容赦なく放つ。

 

 更に放つ。

 

 また放つ。

 

 這い上がろうとするケンタウロスを沈める様に、更に重りとなる銀の矢を次々とその体に突き刺して行く。最終的に増えた重りに耐えられなくなったのか、ケンタウロスがそのまま水没し、湖の底へと消えて行く。それを確認してからもシノンが数本矢を湖の中へと放ち、そして湖へと視線を向けたまま動きを停止する。

 

「……」

 

「……やったか!?」

 

「はい、そこフラグ立てない―――ってリザルト画面が出てきたから溺死成功ね」

 

「やっぱ無駄に体力の高いやつにはこれが一番だな」

 

「無機物型だと歩いて戻ってくるから生物型だとほんと対処法がいっぱいあって楽だよねー」

 

 一応気配の探知をしておきつつ、出現するリザルト画面の処理を始める。ドロップアイテムはやはり、この階層で取得できる範囲では最高ランクのそれであり、経験値もかなり豊富だった。雑魚相手にこれだけ稼げるのだからチョロイなぁ、と思いつつも、突き刺しておいたデスサイスを回収し、右肩で担ぐように持つ。

 

「とりあえず敵の気配は感じないな……もう障害はなさそうだな」

 

「これでやっと≪カスタマイズ≫を習得できるわ……はぁ、長かった。今の≪銀の矢≫も一本五万コルもするのよねー。鋼や鉄もいいんだけど威力を考えるとやっぱこっちなのよね。まぁ、これで重量とか威力のカスタムができるから金欠の生活とはオサラバよ」

 

「ユニークスキル使いってのもそう思うと考えものだな……ニンジャのやつもなんだかんだで手裏剣を千単位で消耗してるって言ってたし。俺も状況によって武器を持ち変えるけどお前ら程金の消費は激しくないなぁ」

 

「装備一式を更新しようとすると数百万から数千万コル軽く飛ぶけどね」

 

 やっぱりどこかで適度に金策しておいた方が良いのかもしれないなぁ、と思いつつシノンと並んで自由となった祭壇に近づく。そこへシノンが到着する事でクエストが完了となり、今回の仕事も終わりになる。帰り道は転移結晶を持ている為、それで真っ直ぐ街へと戻ることができるから悩む必要はない。軽い運動にもなったからさっさと戻って晩御飯を食べる店でも探そうかな、

 

 と、思ったところで足を停止させる。

 

「―――なんだアレ」

 

「うん? どうしたの?」

 

 祭壇まで近づいてから、祭壇の裏の空間に視線を向ける。台座の部分が邪魔で見えなかったが、祭壇の裏側には小さなスペースが存在、そこには”ノイズ”ともいえるものが発生していた。ノイズ、あるいはバグ、そうとしか表現できない小さなモノクロの砂嵐、大きさにして一メートル程のそれが存在していた。それに視線を向けていると、ユウキとシノンが近づいてくる。

 

「あ、ほんとだ。なんだろうこれ。バグかな」

 

「最近地震が多かったし、アレが仕様外の出来事でデータエラーが発生したりして」

 

「んー……」

 

 投げナイフを軽く投げ入れてみる。そのまま数秒、何かをするわけでもなくそのまま観察するが、特に反応も何もない。エラーデータだとしたらカーディナルが即座に修正する筈だから、野放しのエラーデータではない、と思う。カーディナルは特にプレイヤーの周りでの描写力やエラー、バグの排除に厳しい。だからこうやって小さく干渉して直ぐに消えていない以上、

 

「……エラーじゃなくて”想定外の仕様”……か?」

 

「どうするのこれ」

 

「解らないけど調査の必要はあるから一旦ギルドの方に報告を入れて調査用の面子を引っ張ってくるしかないだろ。こうなるとプログラマーの領分になってくるから俺には解らないな」

 

「んー、じゃあ一旦帰ろうか」

 

 異議なしで帰還が決定する。故に祭壇へと背を向け、結晶を使おうとベルトに腕を伸ばす。

 

 ―――その瞬間、ぞわりと背中を撫でる悪寒が走る。

 

 非常に久しく感じる、”理不尽と死”の気配だった。

 

「散開―――!」

 

 言葉を発した瞬間、ユウキとシノン全く別の方向へと跳躍する。次の瞬間には立っていた位置に三メートルを超える巨大な銀色の剣が祭壇を粉々に粉砕する様に存在していた。

 

 ―――それは先程まで観察していたノイズから伸びていた。

 

 散開した状態で最大限の警戒を持ったまま、視線をノイズの方角へと向ける。そこからノイズが広がる様に祭壇付近の空間を呑み込み、そして銀色の刃が根元から出現する。それと共に赤い宝石をしまった巨大な黒い鳥籠の様な姿が出現し、その周りを星の様に浮かぶ紫色のオーブが剣と同じ銀色の装飾を網の様に被り、出現する。

 

 鳥籠が完全にノイズの中から出現すると、ノイズは本来の大きさにまで縮小する。その代わりに鳥籠は完全に浮かび上がり、銀色の剣を溶かし、土星を思わせる様な三重の輪っかへと変化させる。

 

 その頭上に浮かび上がる文字は、

 

「≪ホロウ・ガーディアン≫……?」

 

 言葉を口にした瞬間―――輪っかが十本の刃へと変形し、

 

 それが魔弾の如くに降り注いだ。




 飛んでる+金属の体+呼吸しない

 強ボス(確信

 足がある上に溺死する様な雑魚とは違うんだ、雑魚とは。

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