修羅に生きる   作:てんぞー

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虚ろな世界

「―――まあ、避けるんですけどね」

 

 体を横へとスライドさせ、攻撃を紙一重で回避する。そのままデスサイスを一回転させながら速度を乗せた刈り取る様な一撃を武器破壊を副次効果として狙い、横の大地に突き刺さっている銀の大剣へと向かって全力で叩き込む。しかしそこに感じる感触は全くの皆無であり、そして刃を振るった空間に見えるのは、デスサイスの一撃を避ける様に剣が溶け、曲り、そして分かれて攻撃を回避したことだった。

 

「攻撃が回避された!?」

 

「にゃろっ!」

 

 ステップを踏む、動きから重みを取る。相手が此方に対して反応をしたことを理解し、それを考慮に入れて修正する。そのままステップとスライドを駆使し、相手の反応を上回る速度で動き、回避の動作を作った液体金属にすれ違いざまの五連撃を叩き込みながら大きく離れ、アーチの上へとバク転を決めながら着地し、左手を足場に乗せる。

 

「硬ぇ! こいつは間違いなく金属で出来てやがる」

 

「面倒な相手ね」

 

 シノンの言葉に全力で同意しながら、予めベルトに仕込んでおいた≪転移結晶≫に片手で触れる。そして離れた位置にいるシノンとユウキが全く同じ動作を取っていることを確認する。そう、既に目的だけなら達成しているのだ。想定していない完全なイレギュラーの相手をその場でする方が馬鹿なのだ。引けない事情が存在しない限りは、何か急ぐ理由がない限りは、

 

 逃げる一手に限る。

 

 勝つから強いのではない。

 

 生き残った者が強者。それがアインクラッドでの認識だ。

 

 故に、選択肢は迷う事無く逃走する事にある。迷う事無く腰の逃亡手段に触れ、そして起動させようとアイテムの反応を求め―――なにも返ってこない。そこに驚愕を浮かべる前に体が高速で横へと跳躍し、次の瞬間には足場のアーチが完全に破壊される。粉砕と共にやって来るアーチの破片を足場に、右へ左へと駆け上る様に動き、足場を踏むのと同時にそれを蹴り、次の次の足場への道を作る。

 

「げーんーそー、舞踏―――!」

 

 そのままクリティカルの発生個所を見極め、全力の斬撃を横に薙ぎ払う様に、鳥籠に叩き込む。感じるのは硬い金属の感触であり、刃が食い込む感触は一切なく、代わりに衝撃が武器を伝わって手へと返ってくる感覚だ。その衝撃を腕を通して体全体へと分散し殺しながら、素早く横を通り過ぎる。それと同時に爆発するような粉砕音が背後から響く。動く事を止めずにまっすぐ走り、横へと飛びながら確認する―――大剣に混じって大鎌が追いかけてくる様に振るわれていた。

 

「こいつ―――」

 

 大剣と大鎌のデザイン―――それは先程ノイズに投げ入れた投げナイフのデザインと、そして自分の握っているデスサイスのデザインを巨大化させたものだ。此方の武器を、装備を見て、それで学習している。その考えを肯定するかのように、今度は弓と矢が生み出され、そしてユウキの握っている剣のコピーするかのように浮かび上がる。それが全て、此方へと向けて放たれる。

 

「駄目ね……やっぱり結晶無効化空間になってるわ―――空の色がおかしいのはそれが原因ね」

 

 シノンのその声と共に炸裂矢は鳥籠を横から強打し、爆破する。浮遊するその体が爆風に押される様に横へずれた瞬間、銀の武器たちの矛先が僅かにブレる。その瞬間に全ての攻撃の合間を武器自体を足場にして一瞬で跳躍接近し、再びデスサイスをすれ違いざまに叩き込む。しかし今度は、鳥籠に刃は届かず―――液体の様に伸びる金属が刃と鳥籠の間に入り込み、盾として攻撃を完全に防いだ。同じ動きは通じない―――こいつは間違いなく動きを見て学習しているのだ。

 

「最悪だな。転ばせられない、刃が通らない、視界が全方位に回っている上に沈めることができなくて最優先排除対象が解っている。そして―――」

 

 体を大きく吹き飛ばす。その回避動作が発生するのと同時に近くの大地が爆発する様に一気に吹き飛ぶ、視線を上のほうへと向ければ、登場と同時に出現していたオーブが帯電しているのが見える。おそらくは先程一気に始末したケンタウロス、アレを見て覚えたのかもしれない。しかしそれだけではなく、先程のシノンの炸裂矢を受けた影響か、僅かに炎を薄く纏っているようにも見える。

 

 そこから発展する兵器の形は見えている。

 

 細長い筒に弾丸を込め、炎と雷でそれを一気に押し出す兵器―――原始的ながら洗練されたフォルムの銃が、大砲と言えるサイズで四つほどその頭上で浮かんでいた。しかもそれは此方が届く高さを理解してか、妙に高い位置を浮遊している。オーブと繋がった大砲は、全てが此方へと向けられていた。

 

「銃、か。人間撃たれると死ぬからね。遮蔽物の無い状況だとまず相手したくないんだよなぁ、アレ」

 

「シュウ!」

 

「うっせぇ、避けるに決まってんだろボケ」

 

 轟音と共に大地が爆裂する。それを縮地の歩法で大きく回避し、体を一気に遺跡の壁に到達する、百メートル先まで到達する。それを追いかける様に大砲の矛先が此方へと向けられる。その動きの瞬間にシノンが矢を放つ。放たれた砲弾が矢と衝突し、僅かに反れながらも此方へと向かって来る。シノンが相手の学習能力を理解して既に使っている手札以外を使わない為、僅かに反らす程度の破壊力しか出せない。しかしその程度の妨害であれば、数センチの隙間は死中であれば活へと転じる事のできる可能性へと変わる。

 

 ―――こんなものではない。こんなのは違う。だが都合も良い。だからこそお前は必要ない。そう、必要ないのだ。こんなものは必要ない。

 

 消えろ。

 

 そして、この時を待っていた。

 

 遺跡の壁を垂直に駆け上がる。力でも速度でもなく、完全な体術の結果として特殊な能力を使わずに、垂直な壁を上へと向かって走って上がって行く。それを追いかける様に大砲の轟音が壁を破壊して行く。その度に土砂と埃と粉砕された壁を大量に撒き散らし、視界がドンドンと悪くなって行く。しかしそれに一切気にする事無く一直線に遺跡の外壁頂点―――二百メートルの高さまで一気に駆け上がり、

 

 そこから大砲を飛び越える様な高さへと飛び上り、≪ホロウ・ガーディアン≫の頭上とも言える場所へと到達する。その瞬間にシノン、そしてユウキの立ち位置を確認し、二人が確実に動いているのを確認もする。そして、

 

 デスサイスを手放す。

 

「―――そもそもこいつは戦闘用の武器じゃなくて”狩り”の為の武器であってお前らの様なやつを相手にする為の武器じゃねぇからな。そりゃあまともにダメージがはいらねぇって訳よ。だから、まあ、今までは失礼やってたって素直に認めてやるよ。んでお前に素敵な素敵な言葉をプレゼントしてやるぜ」

 

 インベントリの中へと武器が消えて行く中で、インベントリから全く出す気の無かった武器をオブジェクト化―――取り出す。鞘の中に納められた革のグリップが巻かれている刀身が透き通る様に青い片手剣。それはデスサイスの様に特注で作ったものではなく、ただに手にフィットする様に作り、手に馴染ませた一品。性能自体は数打ちのものであり、”魔剣”や”聖剣”と呼ばれるような超一級品とは程遠く弱い。ただ使いやすい、それだけの片手剣≪ミストソード≫。それを鞘に入れたまま左手で鞘紐を握り、そして右手で柄に手を伸ばす。

 

 高速で動作を整え、そして落下が始まって行く。背中を下へ向ける様に落ち始める体をそのまま、一秒間だけ目を閉じ、そして完全にスイッチを切り替える。精神構造が一瞬でシフトし、そして武器に最適化される。それと同時に―――ヒースクリフの言葉を思い出す。

 

 気配察知、気配遮断、衝撃波発生、縮地、そういう技術は本来アインクラッドでは”絶対できない技術”であるという事に。

 

 アインクラッド、ソードアート・オンラインはゲームであってリアルではない。極限までリアルを再現してはいるが、それでも決してリアルに届かない所がある。それがゲームと現実の違いであり、そして限界であった筈だ、と。しかし現実としてそういう技術は”システム外スキル”という形として成立し、そして多くのプレイヤーの中で使われる技術となっている。攻略組プレイヤーであれば最低限隠れていない気配であれば察知できるぐらいにはなっている。技術として確かに存在し、そして使われているのだ。

 

 本来は不可能な筈なのに。

 

 だからヒースクリフは断言した。

 

 ―――アインクラッドには、ソードアート・オンラインには、カーディナルには”不可能を可能”にする力がある、と。

 

 それはきっと魔法の様な事を可能にしてくれるかもしれない、とヒースクリフは、いや、”あの男”は実に楽しそうに言っていた。しかしそんなところまでは想像力が足りなくて解らないし、理解もできない。ただ自分に十分理解できるのは、信じる事が力になる、という事実だけだ。信じて行えば、それは可能となる。そして血肉にまで染みついた修羅の本能と技術は、信じる信じない以前に呼吸するのと同じように引き出せる、行使することができる。技術は、奥義は、秘儀は、その全てが自身の体の動きの延長線ではなく、信じる信じないの領域ではない―――やればできるという認識しか存在しない。

 

 故にできると思ってやることでシステム外スキルが成立するのであれば、

 

「―――斬る」

 

 そんな説明は己には不要だった、という事実だけだ。斬る。それだけがおのれの真実。それ以外の要素も思考も必要ない。斬る。それが絶対の法則。斬る。斬る。斬る―――斬る。

 

「斬る」

 

 そして斬った。それだけに集約される。斬る。ただそれだけ。

 

 落下しながら体を捻って抜き打ちで砲弾を四分割しながら後ろへと斬り流しつつ、落ちて行く動作で大砲をそれぞれにに分割する。爆発を置いて行きながらそのまま重量と音を消し去って≪ホロウ・ガーディアン≫の頭上、鳥籠の頂点に着地し、そのまま金属という物体の抵抗力を無視して斬撃を放ち、鳥籠とその中のコアらしき物体を走らせる一撃で完全に両断し、大地に着地する。そこからそのまま動きを止めずに≪ミストソード≫を両手で握り、真横に刃を薙ぎ払って横へ両断し、大きくバックステップを取る。

 

「斬った」

 

「じゃあ私の番ね」

 

 本体を十字に切り分け、そして攻撃の要の大砲も切り裂いた。しかし本体も大砲も斬った所でまたその切れ目をくっつけ、そして何事もなかったかのようにくっつく。完全に攻撃は通じていた―――しかし悲しい事実として、相手と此方の間には決して覆る事のない”レベル”という壁が存在していた。レベルが見えず、HPが見えない。相手の情報で見えるのは名前だけ。この場合憶測されるのは相手のレベルが此方よりも最低で20以上ある場合だ。

 

 いくら必殺の一撃を十発も叩き込んでも、レベルが覆せるわけではない。

 

 ―――殺しきれない相手だった。

 

 なので最初から作戦に一切の変更はなく、相手が動きを止めて復帰している間に大きく跳躍し、≪ホロウ・ガーディアン≫の姿から離れる。その動きに入るのと同時に、爆発が連続で発生し、鳥籠姿の巨体が初めて揺らぐようにゆっくりと、横へと流れて行く。その原因はシノンであり―――その弓には炸裂矢が四本同時につがえられており、それを一斉に連続で何度も叩き込んでいた。

 

 その結果として、

 

 ≪ホロウ・ガーディアン≫の体が大きく流れ、大砲で巻き上げた土砂や土煙の中へと落ち、自分よりも圧倒的に硬い存在である≪ホロウ・ガーディアン≫を斬鉄した事実に≪ミストソード≫が耐えきれずに自壊する。魔剣や聖剣クラスでもない武器でこれぐらいの事をすればそれなりの装備が必要となる、そういう事だが、

 

 これで完全に準備は完了する。

 

 戦闘人格のスイッチを解除し、≪ホロウ・ガーディアン≫から離れる様に大きく飛び退く。その動作と同時にマフラーを首から外し、シノンの横に着地して腰を抱くのと同時にマフラーを振るい、それを鞭の様にしならせてひっかけ、体を一気に引っ張らせて大きく体を飛び上らせる。

 

 湖の上へと体を飛ばしながら、体が紫色の空に染まった空間から離れる。そしてその視界の中で、≪ホロウ・ガーディアン≫の突っ込んだ土煙からユウキが超高速で飛び出し、そのまま湖の上をはねる様に移動する。そうやってユウキが離脱した瞬間、

 

 爆発と衝撃が土煙の中から生じる。

 

 すぐ近くに合った遺跡の一部が崩落し、相手を行く目にする様に降りかかってくる。それを片目で確認しつつ、≪転移結晶≫に手を伸ばす。それが本来の輝きを取り戻しているのを確認しながら、気配を探り、未だに≪ホロウ・ガーディアン≫の存在が健在である事を確認する。一応両断し、その上でユウキに爆破させたのが―――それでも倒せないとなると本格的に対策を組んで討伐パーティーを組む必要があるが、

 

「欲張りすぎると死ぬからな」

 

「逃げれる時に逃げるに限るわ」

 

 この言葉に尽きる。

 

 馬鹿は欲張って死ぬ。

 

 故に、退ける時に退くのが賢い選択というものだ。

 

 湖の上へと落ちて行きながら、≪転移結晶≫を発動させて、未知の敵がいる戦場から離脱する。




 もしかして無双して勝利するとか思ってた? MMOでレベル差とは絶対なのです。つまり真っ二つにぶったぎれてもレベル差がありゃあ痒い程度で終わってしまうのがMMOの辛い所。

 次回、第二次ラスボス集結パーティー結成。

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