修羅に生きる   作:てんぞー

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森の異形

「―――これでクエストを受けた状態になるって訳か。ほー……なんか不思議な気分だなぁ、これ」

 

 そう言いつつ民家から踏み出し、出現しているクエストウィンドウを閉じる。始まりの街から急いで北上する事半日。そこで到着する村ではキリトが一番最初にすべきだと主張するクエストを受けることができる。それは何でもこの階層で入手できる片手剣としては最高スペックのものであり、この先しばらく武器を交換せずに使い続ける事ができるとの事。それを入手するクエストと、そして4レベル5レベルまでは同じ狩場を利用することができるらしい。

 

 注意点は幾つか存在するが、それでもこの狩場は他と比べると効率が段違いであり、そしてレベルと比較して一番優秀。大人数のパーティーよりは少人数で釣りと撃破を繰り返してサクサク回すのが美味しいとの事。―――とりあえずレベリングをする為には重宝するエリアだという事は道ながら、キリトの説明でよく理解できた。

 

 そして暗くなった頃に到着しクエスト受けた今、その狩場へと向かう為の最低限の条件は満たしていた。民家から出てきた此方の姿をキリトは捉え、そして良し、と声を漏らす。

 

「んじゃあこれから武器防具屋を紹介するから―――」

 

「―――ストップ」

 

 接近し、キリトの額にデコピンを叩き込む。この世界でこういう行動に痛みはないが、衝撃はある。だからキリトはデコピンに大きく上半身を逸らし、そして額を抑えながら此方へ視線を向けてくるが、人差し指を持ち上げ、それをキリトへと向ける。

 

「集中力がたりん。焦りが酷い。あと俺のお腹が空いた。ここに来るまで走って来たんだぞ他のプレイヤーの姿も形もないのに? ちったぁ休憩しようぜ。じゃないと泣くぞ―――俺が」

 

「斬新すぎる脅迫方法ありがとう……うん、少し休むか」

 

 良し、と溜息を吐くキリトを見ながら呟く。現状のキリトは”責任感の塊”になってしまっている。キリトがベータテスターである話はキリト本人から聞いている。そしてベータテスターである事は理解しているが―――それがキリトに重みとして伸し掛かっている。ベータテスターであるという事は、普通のプレイヤーが持たない情報を所有しているということになる。それこそ自分やクラインにレクチャーしたような情報を多く持っている。

 

 そして、それを知れば助けられるかもしれない命がある。いや、実際に存在するのだろう。キリトは子供ながら賢い。故に、それを理解できている。そしてだからこそ、プレッシャーとしてのしかかってきている。それがキリトを焦らせている。もっと先へ、もっと強くならなきゃいけない、と。強くならなきゃ生きられない。

 

 強くなきゃ誰も助けられない。

 

 そういうものが僅かながら、キリトの中に存在している―――それに気づいているかどうかは、また別の話ではあるが。ただ解る事として、今のキリトは危うい。クラインは信用しているが、キリトはまだ子供だ。少なくとも今はキリトに目をかけておかなくてはならない。

 

 キリトの精神状態が安定するまで、それまでをキリトの面倒を見るリミットとして自分にかしておく。

 

 何せ、自分だってやりたい事の十や二十は存在するからだ。

 

「さて、俺、ここを全く知らないんだけど……」

 

「はは、宿屋はこっちだよ。こういう村だと一階部分が酒場になってるから、そこで飲み食いすることができるんだ」

 

「へぇ、マジでファンタジーな感じだなぁ」

 

 キリト共に到着したこの村は小規模な村で、始まりの街と比べると非常に寂しいとものとなっている。民家も数えるほどしかなく、十分もあれば村の反対側へと到着できるほどに小さい。しかし冒険者―――プレイヤーに必須である重要施設は最低限揃えられており、ここを拠点に活動する事も難しくはない、との事であった。しかしここを拠点にするのもレベルを上げる一日か二日の間だけであって、それ以降はまた別の場所へレベリングの為に移動するらしい。

 

 SAOでの狩りとはマップ狩りがメイン、との事だった。

 

 キリトの後をつけて宿屋まで案内される。先程言っていた通り、その一階部分は酒場となっていて、テーブルや椅子がそこそこの数出ている。ただやはり小さな村なのか、客の数は多くなく、NPCが二、三人ほど座っているだけであった。そんなNPCから離れ、窓際近くの席を取ると目の前にホロウィンドウが出現する。どうやらメニューであるようで、そこには注文できるものがリストアップされていた。

 

「あ、やべぇ、しばらく酒飲めないかと思ってたのに酒がリストアップされてる、頼まなきゃ」

 

「い、一応言っておくけどここで飲むと普通に酔うからな? あと満腹度は少ないから。まぁ、基本的にこういう所での食事は安いからなんでも頼んでも大丈夫だと思うよ。……≪フレンジーボアのステーキ≫にするか」

 

「この後で戦うなら酒は駄目かぁ……俺も同じもんで妥協しとこ……」

 

 メニューからキリトと同じもの、そしてサイダーを注文すると、溜息を吐きながら木製の椅子の背もたれに寄り掛かる。なんだかんだで自分も疲れている事を自覚する。空腹や眠気、頭痛、そういった要素は精神力次第でどうにでもなる。が、それでも無理を続ければどこかで歪みが出る事は間違いがない。故に適度に休息を取れる事が重要だ。それがベストコンディションで行動し続ける為のコツだ。

 

「ふぅ、走って来てちょっと疲れたな。それにしてもステーキか、カロリー無視して好きなものを食えるって状況はいいな、これ。リアルでステーキを食おうとしたらまずお財布と相談して、それから手間を考えなきゃいけないからな。たった数百コルでステーキを……≪フレンジーボア≫十匹でステーキが食えるとなるとコスパ的に素晴らしいな」

 

「まぁ、確かにそこらへんはリアルでは絶対にできない事だよな。この世界での特権かもしれないけど……」

 

「特権として認めておけよ。どーせこれ以上状況が悪くなることは早々ないぞ? 地獄の底にまで落ちちゃったなら後は這い上がるだけよ、ちょっとずつ楽しい事、良い事を見つけて、それで適度に楽しみながら這い上がるもんさ。そうすりゃあ何時の間にか百層突破して外へ出られるようにもなるさ」

 

「そうだといいんだけどな……」

 

 どうであれ、キリトの精神状態を落ち着かせるのは一日でどうにかなるものではない。少なくとも一ヶ月はゆっくりするつもりでこの少年が暴走しないか見守っておく必要はあるのかもしれない―――そこまで過保護になるつもりではないが、手の届く範囲内で誰かに死なれるのは気持ちが悪い。その気持ち悪さを解消するためにも全力を出すことは決して悪い事ではない筈だ。

 

 

「と、そうだった。シュウ、始まりの街を出る前に確かスキルを二つ取得したけど―――」

 

「あぁ、うん。≪武器防御≫と≪隠蔽≫だな。≪索敵≫を取得しても良かったんだけど≪隠蔽≫の≪バトルスキル≫の≪ステルスポジション≫とかが魅力的過ぎてな。だから≪パリング≫でSP溜めて≪ステルスポジション≫連打してたたかうコマンドを連打するスタイルで進もうかと」

 

「うん、理解はしていなかったけど覚悟が足りなかった。マジで≪ソードスキル≫なしでやる気なんだ……」

 

「当然! 何せ、俺にとっちゃああの動きは違和感の塊だからなぁ! 欲しいのはああいう必殺技じゃなくて、動きや技術そのものを必殺にする事なんだよ。だから≪ソードスキル≫よりは≪バトルスキル≫を揃えたい所なんだわ。だから、まあ、この先スキル枠が空いたとしても、多分全部≪バトルスキル≫を習得できるスキルで埋めるわ」

 

 SAOにおける技能は”スキル”と呼ぶ。これはクエストや、特定のNPCから学ぶ事で習得する事が出来る、たとえば≪隠蔽≫や≪索敵≫、そして≪片手剣≫等。このスキルは大きく分けて二つのカテゴリーに分ける事が出来る。即ちプレイヤーの生命線とも言える≪ソードスキル≫と≪バトルスキル≫に。≪ソードスキル≫が一般的に言う必殺技の類で、≪バトルスキル≫がパッシブやバッファー能力となる。

 

 ≪バトルスキル≫を習得できるスキルからは≪ソードスキル≫は覚える事がなく、また逆も然り。

 

 故にキリトの不安も良く解る話だが、本当に≪ソードスキル≫の使用は自分にとっては弱体化でしかないのだ。しかし現状≪隠蔽≫の熟練度の問題で使用できるのは≪ステルスポジション≫という≪バトルスキル≫だ。そしてこういう能力は大抵、攻撃のアシストを想定しているものなのだ。それをメインに素の技量で押しとおると宣言しているのだ。

 

 誰だって不安になる。

 

 自分だってそうだ。

 

 確かなことはない。

 

 が、

 

「まあ、なんとかなるんじゃないか? 漠然とした感じだけど”斬れる”って感じはあるし。他のモンスターが≪フレンジーボア≫程上手く行くかどうか解らないけど、スライム状の敵以外だったらたいていどうにかなると思う。手足斬ったり目を潰したりすればそれであとはトドメだし」

 

「頭のおかしい事を言っているようで戦術としてしっかりしている辺りがまた本当に困った所だよな」

 

 キリトがそう呟いたところでウェイトレスのNPCが皿の上にじゅうじゅうと音を立てるステーキを運んでくる。その肉汁溢れる姿はリアルで見たことのあるステーキと何も変わらず、あの≪フレンジーボア≫から取れた肉である事を証明する様な要素が何もなかった。それとサイダーを目の前に運び、フォークとナイフを手に取る。最低限の礼儀としていただきます、と声を出してステーキにかぶりつき、

 

 味わう間もなく、それを一気に食べる。

 

 

                           ◆

 

 

「……やべぇ、電脳世界マジやべぇ、超舐めてた。俺もうここの子になる。俺アインクラッドに永住するわ。茅場様素敵、抱いて!」

 

「ステーキ一つで意見変えすぎだろ……それに≪フレンジーボア≫のステーキなんてB級どころかC級D級のグルメだぜ? 一層ではかなり美味しい方のメニューには入るけどさ、上の方にいけばもっともっと美味しいものが食える筈だぜ」

 

「おう、今からボスをだな―――」

 

「―――死ぬから止めよう」

 

 真顔でキリトが両肩を掴み、此方の動きを止めてくる。その姿勢のまま互いの姿を見て数秒間動きと表情を止め、吹き出して笑う。美味しい食事はそれだけの余裕と人間味を自分とキリトに与えてくれる事ができた。舌の上で溶ける肉の味、濃厚なソースの味、あっさりとした付け合わせの野菜に甘くはじけるサイダー。この世界へとログインしたことで忘れてしまっていた人間らしい欲求、食欲を今の食事は完全に刺激し、蘇らせてくれた。

 

 心なしかキリトの顔色も良くなっている様に感じる。だから息を吐き、食べたものに満足し、

 

 ―――余裕ができたら食べ歩きしよう。絶対にしよう。

 

 斬って回ること以外にも目標を作っておく。あとついでに≪料理≫スキルの取得も真面目に考えておく。これだけ美味しいものが作れるのであれば、ふざけずに真面目に≪料理≫スキルを習得して練習する事に意味は出てくる―――主にお腹の満足のためだが。

 

 しかしその場で斬って殺したモンスターを料理して食う、というのも中々ファンタジーちっくで良いとは思う。

 

「っと、メシ食って満足したならそろそろ武具を購入できるところを紹介するよ」

 

「うっし、来た。カモン」

 

 やかましいリアクションをわざとしながら、キリトを苦笑させて案内させる。村が広くない為か、武器と防具を置いてある店も決して大きくはなかった。壁にカウンターが備え付けられているシンプルなタイプの店、不愛想な店主が暇そうにカウンターに頬杖をついて此方へと視線を向けている。その中身の気配の薄さから、その存在がNPCである事は瞬時に理解できるが、こういう風にそれぞれのNPCには個性が付与されているのだとしたら、途方もない作業をこのゲームのサーバーが行っていることが解る為、少し感心する。

 

 店のカウンターの前に立つと、商品リストがホロウィンドウとして出現する。そこから選択して購入するらしい。試しに防具の一つである≪レザーハーフジャケット≫に触れてみると、ホロウィンドウの横にもう一つ、その装備のデザインを表示するイメージ用のウィンドウが出現する。便利なシステムにほぉ、と声を漏らし、

 

「まぁ、ここの武器はクエストで手に入る≪アニールブレード≫よりも劣ってるから正直購入しない方がいいよ。まあ、≪アニールブレード≫入手までの間の中継ぎやサブウェポンとして持っておくなら悪くはない選択肢だと思うけどね。とりあえずは生存率を上げるためにも防具だけは新調しておいた方がいいね」

 

「”中らなきゃ良い”理論を掲げる俺も流石に事故死は怖いわ。まぁ、武器よりも防具を優先して装備を整えるのが安定かな」

 

「あとはそうだな、一応こういう店には回復アイテムとかも置いてあるからな……≪リトルポーション≫辺りがいいんじゃないかな。単価五百コルとちょっと高めだけど、飲めば今のレベルなら完全回復する上に≪HPリジェネ≫の効果が一定時間付与されるからかなり安心して戦えると思うよ」

 

「なるほどなるほど」

 

 とりあえずは初期防具というのは装備していて危険なのは良く解っているので、持っているコルを最大限使う形で揃える。茶色の≪レザーハーフジャケット≫に同じく茶色の≪レザーブーツ≫、≪オープンフィンガーグローブ≫に≪レザーパンツ≫と装備を整える。胴装備に関してはシャツの上位互換がないのと、今使っている革の胸当てが十分なのでそのままにしておく。コルが五百少し余るので、その残りを≪リトルポーション≫の購入に消費する。

 

 装備の購入が完了し、装備ウィンドウを呼び出したらさっそく購入したばかりの防具を装着して行く。リアルみたいに着替える必要はなく、装備アイテムを指定し、それを装備すれば装備が完了する。そうやって出来上がる自分の姿はまるで物語に出てくる様な冒険者の姿であった。丈夫な革の装備に包まれ、道なき道を行く―――少々テンション上がってきた。

 

 デスゲーム開始宣言から既に上がっていたことは否定しないが。

 

「さて、使わなくなった防具は売り払ってっと……残ったのは二百コルか、大分減ったなぁ」

 

「まぁ、装備を整えるのはお金がかかるからなぁ」

 

「雑貨屋へレッツゴー」

 

「ん? 買いたいものでもあるのか?」

 

「まあの」

 

 キリトのジト目を横に、雑貨屋へと案内してもらう―――ゲームで言う万屋となるが。店のサイズや形は先程の武具屋の焼き増しだが、販売NPCや商品はキチンと違っていた。そのリストを確認し、愛用の品を見つけ出すとニヤリ、と笑みを浮かべて迷う事無く購入する。そのほかにも色々と購入し、確認する頃にはコルが既に一桁となって、他には何も購入できない無残な姿となっていたが、心はそれと比べて晴れやかだった。

 

 さっそく購入したばかりのアイテムをインベントリから取り出し、それを口に咥え、そして三セット購入したマッチを消費する。

 

「―――ふぅ……あぁー……生き返る……」

 

「煙草かよ」

 

「いやぁ、煙草があってマジで良かった。メシ食えて、酒飲めて、そして煙草が吸える。健康のことを気にせずにできるんだからこりゃあホント至れり尽くせりってやつだな、文句が欠片もでねぇわ」

 

 キリトのジト目をガン無視して煙草を咥え、吸う。数時間ぶりに感じられる煙草の味はリアルのそれと酷似しているが、若干の違いがある。やはりここらはファンタジーを意識している為なのだろうか。しかし、キリトの煙草を見る視線が割とキツイ気もする。しかし、

 

 ―――周りへの被害を考えて喫煙者ができるものか。

 

 というわけで、副流煙の心配もないしガンガン煙草を吸う事にする。素晴らしきかなアインクラッド、素晴らしきかなソードアート・オンライン。人生に必要な物が全て揃っている。もう、この場所に住むことに関しては一切の文句が出ない。デスゲームが終了してもSAOが運営を続けるのであれば月額課金でも遊び続けても良いレベルの話だ。

 

「んじゃ、そろそろえーと……≪リトルネペント≫だっけ? を倒しに行こうか。空も明るくなってきたし」

 

「本当に何時の間にか空が明るくなってきたな……まあ、スタミナ的に眠る必要もないしな。このまま≪リトルネペント≫討伐に行くか」

 

 空を見上げると既に日の光が見え始めていた―――夜に到着し、そして朝まで食べたり喋ってたりで結構な時間を消費していたらしい。こう考えるとデスゲームである事を抜けば割と充実した生活を送っている様にしか考えられない。まあ、今はどうでもいい話だ。

 

 左腰にちゃんと剣をぶら下げているのを確認し、装備も装着しているのを確認する。煙草のパックは予めポケットの中に入れておき、移動の準備を完了する。

 

 先導するキリトの後姿を追いかけるように村から出て、近くにある森の中へと進んで行く。

 

 

                           ◆

 

 

 完全に空が明るくなるころには森の中の一角、開けた広場に到着する。森の一角にぽつんと開いているその場所はまるで”ここで武器を振れますよ”という配慮されたようなエリアであり、その考えは間違っていないのだろう。広場にはぽつぽつと植物の様な異形の姿が見える。その体はウツボカズラの様な縦に細長い姿をしておきながら頭が存在し、そこに芽を持っている。体を支えているのは足の様な触手であり、十本近く生えているそれが胴体に凶悪な口を持つその醜悪な植物の異形を支えていた。―――それこそがこれから自分とキリトが狩る目標とするモンスター、≪リトルネペント≫だ。

 

 ≪リトルネペント≫は≪フレンジーボア≫とは違ってアクティブモンスターであり、接近しすぎると此方を感知して戦闘態勢に入る。その為に広場の一歩外側、森の中から≪リトルネペント≫の小さな集団を眺める様に動きを止める。既に自分もキリトも剣を抜いて、何時でも戦闘を行えるように準備を完了している。

 

「よし……他のプレイヤーがいないからこの狩場は今の間は独占できるな。戦闘への不安は……うん、ないな」

 

「俺としては自分のことよりもお前の方が心配なんだけどね」

 

「そこまで余裕な姿を見せられるとなんだかムカつくけど冷静になるんだよなぁ―――まぁ、それでも≪リトルネペント≫のレベルは今の俺達よりも高い。防具を新しくして防御力を上げていても、まともに食らえば大ダメージになる事は忘れないでくれ」

 

 サムズアップをキリトへと向けると、キリトは溜息を吐きながら言葉を続ける。

 

「さて、俺達の目的は≪リトルネペントの胚珠≫ってアイテムの取得だ。これは≪リトルネペント≫のドロップ品なんだが、普通の≪リトルネペント≫が落とすわけじゃないんだ。通称≪花付き≫って言われる奴がいて、頭の部分が芽じゃなくて花になってるんだ。≪胚珠≫は間違いなくソイツから手に入れることができる確定ドロップだ。逆に気を付けなきゃいけないのが頭の部分が赤い実になっているやつで、≪実付き≫のやつだ。この頭の実が何らかの衝撃で割れるとこの森一体の≪リトルネペント≫が一斉に襲い掛かってくる様になる―――こうなると正直死ぬしか道がなくなってくる」

 

「モンスターハウス化する、って事か。ちょっと興奮しそうだけどまあ、もうちょい強くなってから利用すっか。とりあえず―――≪花付き≫ってアレでいいの?」

 

 広場の隅の方へと指を向ければ、その先には≪花付き≫が存在している。それを見たキリトが軽く驚いてから、しかし頭を横に振る。

 

「まだ誰もここで狩りをしていないから最初の湧きのままずっと存在してたんだ。アレを倒したらリスポーン待ちかな……とりあえずじゃんけんで決めようか」

 

「どちらかというと大賛成」

 

 そう言うとキリトが妙な物を見る目で此方を見るが、今ではこのネタも通じないのか、と少し悲しくなってくる。なんだかんだで中学生との間にはジェネレーションギャップが存在するらしい。話題に混ざれるようにこれは少し、勉強をしたほうがいいのだろうか。

 

 ともあれ、

 

 三度のあいこを乗り越え、グーとチョキの結果としてじゃんけんに勝利する。くそぉ、と悔しがるキリトの前でドヤ顔を見せて煽るが、煽りすぎは喧嘩の原因になるので適度なところで止める。これがクライン程気心の知れた相手であれば徹底的に煽るのだが、

 

「さて……一応聞いておくけど助けいるか? 一応≪花付き≫や≪実付き≫は普通の≪リトルネペント≫よりも若干強めに設定されているけど」

 

「んにゃ、いらねぇ。あの程度だったら一瞬で殺せる」

 

 ≪花付き≫を見て、そしてそれを判断する。ステータスやレベル的な話で言えば間違いなく自分はあの異形に劣っているだろうが―――知能も信念も狂気も無い様なデータ程度に負けるほど己は弱くはない。それは間違いなく確信出来ていた。直感的に殺せると確信している。故にそれに信頼を置く。それは万の証明よりも信じられる証拠なのだから。

 

「≪ステルスポジション≫」

 

 ≪隠蔽≫の≪バトルスキル≫を口にするのと同時に薄いエフェクトが体を覆い、攻撃高速化能力とヘイトにマイナス補正が付与される。そのまま片手剣を右手で逆手に握る。体はクラウチングスタートの様な態勢を、しかし剣を逆手に握る手は腰の後ろへ回し、左手で地面を振れて足は飛び出せるように片足を曲げる。その姿勢から視線を真っ直ぐ≪花付き≫の方向へと向け、その気配を探る。人の形をしてはいないし、設定上は感覚器官は”目”でもないらしい。

 

 だが敵対者としての”意識”が存在する。

 

「―――見えた」

 

 一気に前へ飛び出す。一直線に飛び出してから動きを小さなジグザグへと変更する。それは≪リトルネペント≫を避けるためではなく、≪リトルネペント≫の”意識”を避ける為の動きだ。気配を察知し、その意識が一体どちらへと向けられているのを理解し、それに引っかからぬように合間を縫いながら体勢を前に倒す様にダッシュし、

 

 ≪花付き≫をすれ違いざまに切り裂く。

 

「詰みだ」

 

 すれ違いざまに切り裂いたのは≪花付き≫が体を支えるのに使っている触手、その中でも体を支えるために体重を乗せているもの。それは相手の意識の割き方を理解すれば、呼吸をする様に伝わってくる。しかし触手全体にバランスを直ぐに任せられる≪花付き≫は一瞬だけぐらつく程度でその初撃を耐え、

 

 それを致命傷として詰みにする。

 

「一、二の三!」

 

 ≪花付き≫が復帰を果たす前に振り向きざまに刃を薙ぎ払い、そしてまた戻す様に薙ぎ払う。無防備な触手をその根元から切り裂く。必然として≪花付き≫は自重を支えきれずにその体を倒してくるが、その動作に割り込む様に肩からのタックルを≪花付き≫に叩き込む。

 

 その体を運ぶように近くの木へと叩きつける。

 

 復帰が終わる前に相手のバランスを崩す動きを連続で続け、その間に衝撃を細かく挟む。

 

 その行動を繰り返す事で相手に一切の反撃も、そして復帰をも行わせる事なく、

 

 封殺する。

 

 木に叩きつけた≪花付き≫の口に剣を差し込み、そのまま剣を両手で下へと引っ張る様に動かし、死を≪花付き≫に叩き込む。そのHPバーがコンビネーションで一気に消える事を確認しつつもそのまま木の横を抜け、スライディングする様に森の中へと身を滑りこませ、そのまま駆け上がる様に木の上へと昇る。適当な枝の上に立ってから広場の方へ、≪リトルネペント≫達が反応していないかを見る。

 

「うっし、通り魔成功っと」

 

 気づいて活気づく≪リトルネペント≫は確かに存在していたが、しかし戦闘範囲から急速に逃れてしまったせいか少し興奮した姿を見せるだけで、此方へと向かって走り出すようなことはない。予め≪ステルスポジション≫でヘイト上昇を低くしていたのが功を奏したのかもしれないが、それを考えるよりも早くリザルトのホロウィンドウが出現する。素早くチェックするそのウィンドウには≪フレンジーボア≫以上の経験とコルの取得表示と、そして≪胚珠≫のドロップも表示されていた。

 

「うっし、目的達成。よっと」

 

 安全である事を確認し、木の上から飛び降りて着地する。そのまま広場の外側を、≪リトルネペント≫にターゲットされないように距離に気を使いながら移動して最初の位置へ、キリトの下へと戻ってくる。そこでキリトは腕を組む様に此方の事を待っており、

 

「なあ、シュウってもしかしてリアルじゃ暗殺者でもやってたのか?」

 

「いや、だからチャンバラぐらいしかやったことないよ。対戦経験はほぼ皆無ってか親父と爺ちゃんだけの」

 

「もう、なんだか鮮やかすぎて言葉も出ないわ……」

 

「大丈夫大丈夫、訓練さえすりゃあ誰だってこれぐらいできるさ。コツの十個や二十個、狩りしながら教えるからさ、ほら」

 

「いや、まあ、うん。お願いするわ……っと、その前にシュウ、この位置は解るよな? 狩りを始める前にちょっとクエスト完了してこいよ。それまで一匹ずつ釣って狩ってるから」

 

「まぁ、お前がそれでいいならいいけどさ。んじゃちょっとマラソンして来るか」

 

 煙草の煙を吐きだし、軽い小走りで村へと向かって走り始める。どうせキリトに何かあったのであれば、フレンドを通して解るらしいし。

 

 ともあれ―――デスゲーム二日目は好調な滑り出しを見せていた。




 壁を昇れることは既にキリト君が原作とアニメで証明しているし、屋根も上れる。なら木が登れない理由はない筈。それにしても手段を選ばない戦闘描写ってのはやっぱり書いてて楽しい。発想力が問われるねぇ。

 なおトウカショックを今回予定されていません(半ギレ

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