修羅に生きる   作:てんぞー

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休日の終わり

「―――ふぁーあ……眠いかも」

 

 石階段に座りながらそんな事を呟く。すぐ左へ視線を向ければ、そこには大きな家、とぐらいに評価の出来る建造物が存在する。三階建ての石造りであり、地下に大きな裏庭を持っている。それが現在の≪血盟騎士団≫の本部となっている。まだまだ小さい、と言うより第一層にある商工ギルド関連の施設や、”学校”に比べればそりゃあ小さい。だがこれから発展する、何時かは城を本拠にしたいとヒースクリフは言っていた。あの男、三十路手前なのに言う事は子供の様だなぁ、と今更ながらなんで師匠―――シュウと物凄い仲が良いのかが良く解る。

 

 あの二人、割と似た者同士だ。

 

 二人とも現実に若干飽きている様なフシがある。それだけじゃなく生きるという事に常に全力で、そしてそうする事自体に価値を見出している。まぁ、さすがに人間観が違うというか―――シュウ程ヒースクリフは博愛主義にはなれない。シュウの人間観は異常の一言に尽きる。

 

 全人類を心の底から愛している、と断言している。全ての人は可能性で溢れている。全ての人間がそれを追求できるし、更に前へと進むことができる。未知へと向かって死があると解っていても直進できる。その勇気が何よりも愛おしいと。そしてそういう精神を何よりも認めたい、と。それを持てなかった人は仕方がない、何故なら屈折し、そして堕落する事も人間として極々自然な事であって、責める事ではない。

 

 ”だけど殺すべきって思った奴は殺すけどね!”

 

「師匠の言ってることは偶に唐突に理解できないから困る。愛しているけど蹂躙する様に殺すね、って何事」

 

 もう既に半年以上一緒に行動し、活動しているのに未だに完全に理解できている気がしない。だというのに一緒にいたい、と思うこの気持ちはやっぱり依存なのだろうか。いや、多分依存しているんだろう。でも、もう、それ以外に縋れるものがないんだからしょうがないじゃないか、とも思う。

 

 まぁ、それはともあれ、

 

「―――キリトさんなにしてるの」

 

「修羅場から逃げてきた」

 

 目の前、三階はあるであろう家の上から着地しつつ受け身を取ったのは全身真っ黒―――自分の様な配色の装備に身を包んだ少年、キリトだ。少年とは言うが、キリト自身は自分よりも完全に年上であるが、師匠であるシュウが少年とよく呼んでいる為、そのクセが移っているのかもしれない。というか、今キリトが修羅場、なんて言っていたのだが、

 

「キリトさんなにやってんの」

 

「え? とりあえずサチの目をかいくぐってナンパしに出たらアスナを見つけたからな。とりあえずアスナを引っ掛けてカフェブレイクまで持ち込んだのは良かった。だけどお前らとの行動終わったシノンがそこで出てきてな? 見えない距離から狙撃し始めたんだよアイツ。それから逃げて十九層へ行ったらあそこに風俗街がある事を忘れててな? そこで前お世話になった―――」

 

「あぁ、うん。なんというか大体話を察した。というかここ本部の近くだけど来ちゃって大丈夫なの?」

 

「今シノンとサチとアスナの三人で”キリトぶち殺す同盟”が走り回ってるから大丈夫大丈夫。まさか同盟の一人の本拠地近くにいるとは思いもしないだろうから。ふふ、偶に俺の恋愛力に恐ろしくなってくるな……これはリアルに戻ったら詐欺師でも始めるべきか―――実験台はスグだな」

 

「今の物凄い外道な発言はこの際めんどくさいし僕に影響は欠片もないからスルーするけど、キリトさんそれで大丈夫なの? 将来絶対に刺されるよ?」

 

 そう言うとキリトはそうか、と言いながら横に座り、足を組み、そして軽い溜息を吐きながら言う。

 

「女引っ掛けてない俺とか……ちょっと想像できないなぁ」

 

 迷う事無く顔面を殴った。しかしそれを器用に後ろへ転がる事で完全に受け流すのだから、キリトも凄い。伊達や酔狂で攻略組の中でも特にエリートと言われる部類に入っている訳ではないのだ。女を追いかけまわしたり、良くふざけてはいるが、それでもキリトの実力は本物だ。装備補正を使用しない二刀流、それが二十五層においてキリトが見せた戦闘スタイル。

 

 片手剣を二本使い、相手の攻撃を完全に受け流し、そしてパリィする。そしてそれによって隙が出来た瞬間に利き手ではない左手の剣を手放し、右手だけで刃を握る時間を生み出し、武器として装備している状態に戻してから片手剣の素早い、硬直の短い片手剣上位スキルを叩き込み、終わった瞬間に剣を回収する。

 

 それをステップ、ダッキング、スウェイ等の高等回避技術と混ぜてやるのだから怪物的と表現してもおかしくはないのだ。流石にシュウやヒースクリフ、ニンジャやPohといった超越者クラスの冒険者達と比べれば格は落ちるだろうが、それでも自分やシノン。アスナの様な超一級の部類には間違いなく入る。才能だけではなく、努力を怠らず、ひたすら技術を練磨している証だ。

 

 まぁ、それでもキリトと勝負したら勝つのは絶対自分だって確信しているが。

 

「んじゃあ今度は俺の番だから聞く事にするけどユウキ、お前は飼い主がいない様だけどここで何してるんだよ」

 

「いや、師匠であって飼い主じゃないし。いや、師匠ならヒースクリフさんと一緒に今、本部の地下で捕まえている人に尋問をしているよ。ちょっと未開拓エリアというか、そういう感じの場所で見つけた重要参考人なんだけど洗脳かなんか食らってるみたいで全く反応しないから」

 

「しないから?」

 

「尋問がちょっと変わって来て、頭いじったり精神いじったりとかなんかちょっと見ていられない事が始まってきたから避難してきた。凄いよね、人間って音を聞くだけで吐くんだね」

 

「良し、この話題終わり! 終わり終わり! これ以上は一切の良い予感がしないしなぁ! なんだかんだでこのアインクラッドで頭ぶっ飛んでるスリィキチィの二人が揃ってるんだから話題追求なし! 命に関わるわ」

 

「うん。僕もあの光景はちょっと思い出したくない。”薄い本始まるよー!”とか最初は言ってたのになぜか用意する道具がペンチやドリルだから怪しいと思ってたけど……」

 

「やめ、はい、やめ。この話題終わりー」

 

 キリトがデコピンを叩き込んでくるので残像を残しつつ横にステップして避ける。それをキリトがデコピンを仰々しく構えながらやるな、と呟く。そのままお互いに数秒構え、疲れ、溜息を吐きながら再び石段の上に座る。視線を上へと向けると空は段々と茜色に染まって行っている。あと一時間もすればアインクラッドが夜に閉ざされるであろう。そうなったらどうしよう、と考える。本来はオフだったし、適当なところへ遊びに行くのも悪くはないと思っている。まあ、その時はシュウも一緒なのは確実なのだが。

 

 そう思ったところで、

 

「そう言えばキリトさんって今、オフなんだっけ」

 

「んー? あぁ、ちょっと攻略に疲れたからな。ほら、俺もソロプレイヤーだろ? ソロでやってると割と警戒に疲れるからな。ここらで一回失敗する前に休んでおくべきかなぁ、と思って前線から離れているギルドに一時的に入れてもらっているんだよ、≪月夜の黒猫団≫ってやつなんだけど……まぁ、前線から遠いからって完全に安心してる訳じゃないけどな」

 

 たとえば、とキリトが言う。

 

「スカウトやレンジャーの検定受けなきゃ”エネミーが嗅覚で此方を索敵する”なんてことを全く意識しないから臭い消しとか持ち歩かないだろ? 最初は行った時にそこらへんが無造作だったからビビったりもしたもんだぜ。まぁ、その後で俺の勧めでスカレンの勉強始めさせたんだけど。知識のあるなしで生存率が変わってくるからな。ほんとアインクラッドは地獄だぜ。リアルだって認識して油断なく生活してても知識が足りなきゃ即死できるからな!」

 

「僕も最初は臭い消しの必要あるかどうかって疑ってたけど実証されてからは何時もインベントリに持ち歩いてるなぁ……師匠が言うにはこのまま進化して流血表現まで実装されたら、返り血で服に臭いがつく可能性があるからマントとかを着て、それに返り血を浴びせるか、返り血を浴びずに戦い続ける能力が必要になってくるって」

 

「ほん、っとーにアインクラッドって地獄だな」

 

 勿論同意する。

 

「まぁ、地獄といっちゃ地獄だろうけど僕はこのアインクラッド嫌いじゃないんだよね」

 

 だって、ここでは自由に動けるから。

 

 たったそれだけで、アインクラッドへとやって来てよかったと思える。そこで得た出会い、別れ、経験、その全てが今、ここにいる自分を形作っているのだと確信している。アインクラッドでデスゲームが始まろうが、なかっただろうが、そんな事は関係ない。

 

 紺野木綿季は死ぬ事を運命とされていた少女なのだから。

 

「そう言われちゃうと俺もアインクラッドは嫌いじゃないって言うしかないんだけどな。実際アインクラッドに来たおかげで出会えた奴がいるし、今までは理解もできなかったことが理解できる。出来なかったこともできる様になったし、”精神だけなら間違いなくリアルの時よりも健全になってる”ぜ俺らは。まぁ、たぶんリアルボディの方は病院で眠りっぱなしで健康も糞もないと思うけどな。ログアウトしたらリハビリがめんどくさそうだなぁ」

 

「まぁ、僕は一生この中でも全然構わないんだけどね。このまま全力でアインクラッドを走り回って、全力で戦い続けたい。そんな人生が狂おしいほどに楽しい」

 

「また刹那的だなぁ。気持ちは解らなくないけど」

 

 アインクラッドは地獄、と表現できるかもしれない。そこには法律がないからだ。リアルで守ってくれた最低限の衣食住は必ずしも保証されている訳ではなく、自分の実力で勝ち取らない限りはほぼ、誰も手を差し伸べてくれない。ここには”当たり前の権利”が存在しないのだ。だからそれを手にする為には自分の手で、実際に勝ち取らなくてはならない。だから、この世界は平等に不平等だ。

 

 生きようとしない奴、全力じゃない奴にはどこまでも不平等に死を押しつける。そしてそれは”仕方のない事”として認識されている。支援が出来ても、それでもそれには限度が存在するのだ。結局は自分で生きる気のない奴は捨てられるのがこのアインクラッドの暗黙の了解だ。

 

 ソードアート・オンラインにはアップデートで≪飢餓≫が追加されている。

 

 それは食事をしなければ腹が減る―――それを拒否し、食べ続けなかった場合気が狂う程の飢餓感に襲われ、

 

 そして最終的に死ぬ、という状態だ。

 

 バッドステータスとしてはまずありえない部類だろうが、アインクラッドを仮想の”現実”としてとらえるのならそれは何の違和感もない常識になる。

 

 働かざるもの食うべからず。

 

 実にシンプルで当たり前の話をルールとしてカーディナルが示しただけだ。

 

 そしてそのルール故に、はじまりの街で何もせずに救出を待つ、という行動は出来なくなっている。何もせずに引きこもっているだけの存在を養う者が存在しない。外へ出ない者は飢えて死ぬ。だから前へ、戦場を日常としなくてはならない。そういうシステムがここにはあるが、それも良いと思う。だってそれは常識なのだ。

 

 現実社会では当たり前の権利が当たり前として存在する―――それを生み出した訳でもそれを得るためにも苦労した訳でもなく、それでいて何か危機があるとそれを当然のようにかざしてくる。

 

 アインクラッドではそれが出来ない。

 

 生きたいなら自分の意思で生きるしかない。

 

 当たり前を主張しても帰ってくるのは現実だけだ。

 

 だから、このアインクラッドが好きだ。全力で生きようとする者にはそれに応えようとする。実際、自分の体はこんなにも生きる意志で満ちている。心は一度折れた。だからもう二度と折れないという事も理解した。絶望を知っているからもうそこに落ちることはない。死は決して恐ろしい事ではないのだ。それは日常に存在する隣人であり、そして友なのだ。嫌悪してはいけない。

 

 一つのミスで死ぬのは師匠だけではなくて、自分なのかもしれないのから。

 

 間違えたら死ぬかもしれないなんてとてつもなく当たり前で、そして常識的な事なのだ。

 

 死ぬ現実があるからこそ人生はどこまでも美しいのだ。だから死が隣り合わせであるこのアインクラッドは、現実以上に残酷で美しい。

 

 少なくとも、自分もシュウも、それに関しては同じ意見を持っている。戦っているのに死なないと思っているのは阿呆すぎると。

 

「んー……ま、俺もぼちぼち前線に戻るっかな。大体一ヶ月ぐらい休ませてもらったしな。俺一人で変わる状況って訳じゃないけど、一人一人が努力する事で状況は変わってくるからな。最前線で走り続けたいからあんまし長くも休んでられねーや」

 

 そう言って立ち上がるキリトを視線で追う。

 

「うん? キリトさんじゃあギルド抜けるの?」

 

「んー、もうちょい籍を置いとくかな。まぁ、と言っても一週間二週間ぐらいだけど。それぐらい所属したら抜けて、また前線暮らしかなぁ? なんか最近ユニスキっぽいもんがいきなり生えてきたからちょくちょくリハビリというか運動してるし。まぁ、また多分近いうちに顔を見せるさ。馬鹿によろしくな」

 

「―――おう、誰が馬鹿だ女顔」

 

 立ち去ろうとしていたキリトが片手を持ち上げる、本部の方から出てきたばかりのシュウがキリトを視線でとらえる。悪戯を見つけられた子供の様な雰囲気に、キリトが頭の後ろを掻く。用事が終わったのだろうかと思って話しかけようとすると、シュウが頭を横に振る。

 

「いや、終わっちゃいないよ。ちょっと本格的に心いじくりまわして元に戻らないか俺とヒスクリで実験するから、好きにやっててくれ。たぶん数日は籠るハメになると思うし。金はー……インベ共有化されてるから渡すもなにもねぇな。そんな訳で、お兄さんは外道な仕事に戻るから頑張れ。あとキリト、アスナ達の気配が一キロ付近まで近づいてるから多分居場所バレてるぞ」

 

「マジかよ」

 

 そう言うとキリトが一瞬で家の壁を蹴り、上へと跳躍して消えて行く。数秒後あっちだ、こっちだ、そしてキリトの悲鳴らしき声が響いてくるのが消える。あんな目に合ってもナンパしたりかっこつけたりする事を止めないんだからなんか尊敬できる。いや、尊敬しちゃいけないんだろうけど。あのチャンレジ精神だけは見習いたい。

 

 とりあえず溜息を吐きながら立ち上がり、シュウへと視線を向ける。

 

「師匠」

 

「ん?」

 

 何時も通り煙草を咥え、マフラーを巻いて、そして少年の様にきらきらと目を光らせているその姿を見て、安心感を覚え、

 

「お疲れ様!」

 

「おう、お疲れ様。ほら、遊んできな」

 

 そうやって、休日の様でそうでもない日は終わった。




 これで第二部おしまい。

 割とざっくりしているようでそーでもないよーな。原作キャラがちょくちょく変わっているのでイベントも変わってくるよ。

 覆せるとは一言も言ってないけど。

 というわけで、次から雪のお話ですよ。ゲス顔しながら書こう。

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