修羅に生きる   作:てんぞー

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涙は枯れて Ⅱ

「次の攻略戦は―――十二月二十五日、クリスマスの午後八時からか。まぁ、一週間ぐらいしかないけど四十九層で大分時間かけたし、ちょっと攻略ペースが遅れているのは事実だしペースを上げたい気持ちもわかるけどね」

 

「確かニンジャが迷宮区の偵察を朝のうちに始めたから夜頃には迷宮区のエネミーのデータが丸裸になってるんじゃないかしら。センサー型の探知でさえ発覚できない隠形って一体何事なの、って言いたい所だけど自分の目で見て、経験しちゃうと妙に納得しちゃうのよねー」

 

 朝の日差しが差し込む窓から見える外では雪が降っている。

 

 十二月に入ってからは余り珍しくはない光景だ。アインクラッドとはいえ、天気や季節は存在する。そして冬、十二月は雪が降る日が多い。天気予報はここ数日は雪が続き、クリスマス・イブとクリスマスも一日中雪が降ることになると言っていた。知り合いのレンジャー連中は全員揃えて”雪に足跡が残って辛い”という意見を口にするので情緒の欠片もなくて割と辛い。もうちょっと雪を楽しむ精神が皆にはないのだろうか。

 

 まあ、毎日降り続いていると辟易して来る気持ちも解ってくるのだが。

 

 視線を前へと向けると、テーブルの反対側にエギルの店のアルバイトを終わらせて返ってきたストレアが座っている。その恰好は売り子をしていたミニスカサンタ姿のままであり、着替えずにここにいる。本人は全裸ではなければそこまで気にしない、とかっこうに関して言っている為多少露出の多い服装でも気にしていない。まぁ、問題なのはさっきから酒場中から向けられている男共の視線だ。隠れるどころか撮影の許可まで取りに来ている馬鹿がいるので、撮影一回十万コルと看板を横に立てる必要が出てきた。

 

 ―――それでも十万コル払いに来るのが要る辺り、最前線って感じだなぁ。

 

 常識力的な意味で。

 

「いや、常識力の最前線ってなに」

 

「どうしたのユウキちゃんセルフツッコミなんかしちゃって」

 

「いや、何というか……アルゲードだけじゃなくてさ、全体的に最前線というか新しい街に来る度に思うけど皆、すごいよね。常識とか精神力とか。なんというか……うん、言葉にし難いものがあると思うんだ」

 

 その言葉にストレアは腕を組んでから首を傾げ、そしてあぁ、と言葉を零す。

 

「常識かどうかに関してはユウキちゃんは何も言えないけど”メンタル値”に関してはすさまじいわよ、ここにいる皆。普通こういう抑圧された状況が続ければストレスが大量にたまっているはずなのにそこらへんが全くと言って良いほど存在しないもの。日常生活とほとんど変わらない程度にしかストレスやメンタルの歪みがないし、物凄く順応してるってのは解るけど―――自分の存在意義が若干解らなくなってくるわ」

 

 ストレアのその言葉に、酒場の誰かが立ち上がる。

 

「可愛い!! かっわいい!! か、わ、いい! 女! おっぱい!! それだけで存在していたいいんだよぉ!」

 

 立ち上がったやつが直ぐ横に座っていて女性プレイヤーにサブミッションを食らって床に沈む。その姿にストレアは苦笑しつつも、ありがとうと投げキッスを送る。それを見た酒場の他のプレイヤーがアップを始めるが、女性陣からの冷たい視線が彼らを最後の一線で抑える。よく頑張った、褒めたい。だけど褒めたら間違いなく立ち上がるので黙っておく。その欲望に素直な所は実に最前線プレイヤーらしいところだ。

 

 ―――というかこの酒場にいるの大体顔見知りなんだけどね。

 

 つまり、ここにいる大体の人物達が攻略組という事だ。それだけでノリの良さに納得がいく。

 

「まあ、この世で一番ドン引きしたのはシュウとヒースクリフを見た時なんだけどね。なんであの二人ストレスがほぼ皆無なの? 生物としてありえない領域なんだけど。何もしてない状態でもメンタル値が常に最高値叩きだしてるし。戦闘始まったら脳内麻薬ドバドバ叩きだしてるし。調べれば調べるほど、観測すれば観測する程人間離れしていてもう観測したくない……」

 

「どうどう、どうどう」

 

 ストレアは純粋な人間ではない。

 

 ぶっちゃけるとAIの様な存在らしい。

 

 シュウ、そしてヒースクリフは襲撃する前のストレアを復元する事は出来なかった。その代わりに、そこに人格を与え、そして本来の役割を引き出す事には何とか修復できたらしい。なんで”メンタルヘルスカウンセリングプログラム”という存在らしく、なんでもその名の通りメンタルのチェックを行ったり、カウンセリングしたりするのが仕事らしい。らしい、というのもストレアは大半の”権限”を失っていて精神状態やデータをチェックする事以外はほとんどプレイヤーと出来る事が変わらないらしい。

 

 何やらストレアを”再起動”させるために催眠術ハッキングクラッキング洗脳術とか凄まじい単語が飛び交う技術を使ったようだが、あの二人のラスボスっぷりは何時になったら終息してくれるのだろうか。現状イベントが発生すればするほど化け物っぷりが発揮されるばかりで追いつける気が全くしない。まぁ、それでもシュウばかりあ絶対追いつけると断言しているのだが。

 

「というか師匠も師匠で最近はボス攻略に参加しないでちょくちょくどっかに消えちゃうんだよね。何かこそこそしてるのは解るけど内容は教えてくれないし。ちょっと寂しいなぁ」

 

「まぁ、完全に何かを企んでいる様子だし教えてくれるのを待ってくれた方がいいわよ」

 

 それは解っているのだが、一番の弟子としては、こう、誘ってくれない事に若干不服がある。それをストレアに言わせると”女”として男を拘束したがる側面だとか。中々にメンタル関連にAIなだけにそういうセクシュアルな事とかを遠慮せずに言ってくれる。

 

 なお余談だが、アインクラッドの攻略が完了してこの世界がデリートされてしまう場合、既にナーヴギアへと逃げるという方法をヒースクリフに提示してもらっているので、ここで死なずに全力で生き残る満々らしい。なんというか、実に人間以上に生に貪欲な所が人間らしいとこの女の事は思う。シュウじゃないが、そういう人間らしいところは割と好みだ。

 

「で、どうするの? 私はまた午後からアルバイト予定なんだけど。今度は”学校”の方で”冬季スペシャル講義、先生はミニスカサンタ!”という企画に」

 

「どこのAVそれ。ノリが完全に企画モノのノリだよねそれ。というか師匠のせいでこういう知識が増えてきて昔と比べて僕、汚れたなぁ、と思っちゃうところが地味に。師匠め、余計な知恵を付けさせて……!」

 

「バイタルは通常としてメンタル値は現在高揚を示して―――」

 

「はい、やめ。この話はやめよう。ね? やめよーね、うん」

 

 ホロウィンドウを広げるストレアのそれを笑顔でチョップで真っ二つに破壊する。ホロウィンドウって破壊出来たっけ、って考えながらも破壊出来てしまったのでそれでいいと思う。そんなこんなで師匠がいないという事もあり、日々自分に課している修練を除いてしばらくはお休みでいいんじゃないかと思う。いや、勿論迷宮区へ潜るつもりはあるし、フロアボス戦に参加するつもりもある。ただ、

 

 ゆっくりと雪を眺めたのは何時以来だっただろうか、と思う。

 

 窓の外で音もなく振り続ける雪を眺める。昔は病室に籠りっきりだった訳じゃない。一時期は外にいた。そしてその頃は遊んだりもしてた。自分の足で立って、歩いて、走って、そして肌で世界を感じていたんだ。それが今、何よりも美しく、そして尊い事だって気づかされる。当たり前、じゃないのだ。当たり前の権利である様でそうじゃないのだ。生まれからして人間は不平等なのだ。平等なのは死、ぐらいで、そしてそれ以外は全て運と努力だけが結果を生み出すのだ。

 

 だからこうやってアインクラッドで雪を眺める、という状況に行きついた自分も間違いなく運の産物なのだろう。運良くシュウと出会えた事、運良く彼と行動できた事、そして運良く教わることが出来て、こういう考えを持てて―――人生は全て必然でも偶然でもある。それぞれが描いた道が全部、一度しか経験できない奇跡なのだ。

 

 ……何やらストレアがにやにやと此方を見ている、と思ったら案の定ホロウィンドウを広げている。問答無用で今度は剣を早撃ちの要領で抜き、斬り、そして笑顔のまま突きつける。一瞬で動きの固まったストレアが両手を上げて命乞いを始める。何やら周りが薄い本コールを始めているが、お前らそれでいいのか。

 

 なんて、本当にどうしようもない時間の消費の仕方をしていると、

 

「あ、キリトさん」

 

「ん、はよー。じゃあ俺はレベリングすっから」

 

 酒場の二階、宿屋部分から降りてきたキリトが片手で軽く挨拶をしながらそのまま、酒場の外へと出て行ってしまう。≪二刀流≫のキリトは有名人だ。そしてその悪癖―――ナンパするくせにヘタレて逃げ回るその姿も割と有名であり、慕われてたりする。しかし、こういうノリの良い状況だと真っ先に混ざって馬鹿をやる様な男が騒ぎを無視してそのまま外へと出ていくのは珍しいを通り越して怪しい、というか心配になる事だ。

 

「キリトの野郎が反応しねぇとわ―――ついに発覚しちまったか……俺の仮説が正しかった事がこれでついに解るな」

 

「なんだよそれ」

 

「キリトインポ説」

 

 窓を突き抜けて馬鹿が放り出された。そこへ追撃の≪ソードスキル≫が叩き込まれるのを目撃し、心の中で合掌しておく。よりによってそれはないだろ、と呆れの溜息を吐きながら周りに向けて剣をしまいながら言う。

 

「寧ろここはキリトさんが馬鹿卒業したという事実を暖かい心で受け入れて上げるべきところじゃないかな? 今まで馬鹿の様にヘタレだったキリトさんがついに覚悟を決めて男になる時が来たかもしれないんだよ!? でも僕、個人的にはベッド前でヘタレる男はなんというか……凄い萎えるから個人的には嫌だなぁ。がっつく奴も嫌だけど。あぁ、つまり僕ナンパな様で実はヘタレ系が生理的にダメなんだ。納得」

 

「キリトがこの場にいなくて良かったな、聞いてたら死んでたかもしれない……。俺だったらもう二度と立ち上がれねぇわ」

 

 キリトの冥福を祈って、とか言いながら朝からビールを飲み始めているのはどうにかならないのだろうか。どこからどう見ても野球観戦している親父にしか姿が見えない。―――まぁ、彼らも到着した初日は割と暇なのだろう、装備のメンテナンスなどを抜けば。何せ新しい階層解放初日はスカウトやレンジャーによる偵察の日だ。初日の内にざっと近場や迷宮区の偵察を専業スカウトや専業レンジャーで行い、安全性や難易度に関し手を調べる様になっている。

 

 ただでさえ五十層なのだ。二十五層が”アレ”だっただけにここら辺の警戒はかなり強い。

 

 そんな為、初日から五十層でウロつく様な命知らずは少ない。キリトにしたって一つ前の階層の狩場にでも向かったのだろうと憶測出来る。まぁ、ボス攻略した次の日だし、今日は休みを入れて明日から迷宮区でのレベリングや攻略をした方が精神的には健全だ。

 

「ま、何はともあれ。キリトが聞いてなくて良かったわね。盛大な追い討ちになってただろうし」

 

「僕、そんなに酷い事言ったかなぁー……って追い討ち?」

 

「うん? キリトのメンタルって今、割とボロボロよ?」

 

「えっ」

 

 窓の外を見て、雪の中転移門へと向かって歩くキリトの姿を見る。その姿は自分が知る何時も通りのキリトの姿だ。特に影があるようには見えない。まぁ、多少落ち着いた、という感じだがそちらの方が個人的には好印象なのだが、そんなキリトの姿を見て、ストレアはメンタルがボロボロだと表現する。その証拠に、ストレアがホロウィンドウを表示させてくる。

 

 しかし、

 

「ごめん、複雑すぎて何が何だかわからない」

 

「基本的に私以外が見ても全く理解できない様に出来てるしね」

 

「何故見せた」

 

 すかさずツッコミを入れるとストレアがあざとくテヘ、と舌をちょこんと出しながら言う。一瞬その舌を引っこ抜きたい衝動に駆られるが、それを我慢して抑え込み、思う。

 

 ……キリトさんの事、意外と大事なのかな?

 

 ボス攻略の時は動きに特に問題はなかった。まぁ、良く考えてみれば……少しは余裕がない様に見えるって程度の話なのかもしれない。だけどメンタルがボロボロだというのであれば、その原因はちょっと気になる。同じ攻略組の仲間だし。そして気に掛ける理由はその程度で十分すぎる筈だ。

 

 ……直接キリトさんに話しかけて聞きだすのも非常に無神経だろうし、知ってそうな人にあたろっか。

 

 力になれそうなら力になってみよう、という程度の気持ちで、

 

「本日の行動けってーい!」

 

 今日もこの世界で頑張って生きよう。




 ラスボスがタッグを組んで何かをするとなると起きるのは大成功か化学反応のみである。1%ぐらいでファンブル。このファンブルを回避できる方法がないので世の中は面白い。

 ところでミニスカサンタのユウキチャァンを……

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