修羅に生きる   作:てんぞー

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涙は枯れて Ⅲ

「―――三日か。予想外に時間かかったな」

 

「それもそうだ。今いるのは―――深海なのだからな」

 

 暗い。視界全てを閉ざす様な闇の中にいる。ランプが六つ、五つが囲む様に、そして中央にランプが設置してある。それが唯一の光源となっており、闇の世界を照らす光となっている。しかし、たったそれだけの光源では限度がある。果てしなく続く様に見える闇は決して奥まで見通せず、視界を閉ざす。それに加え、深海と表現するのを肯定する様に全てが水で満たされていた。それに触れる事は出来ないし、呼吸する事もできる。ただしランプ以外の火を起こす事は出来ないし、そのせいで料理すらもできない。その為に、適当な岩の上に座って取っている昼食か夜食か朝食か、それすらも確認できない≪深海≫で食べるものは一つ、

 

 刺身。殺して斬った魚型エネミーの肉を刺身にして食べているのだ。どのモンスターも初見。耐性もパターンも食えるのかどうかさえ解らない。そんな未知の恐怖しか存在しないこの≪深海≫に存在するのは二人、

 

 己と、ヒースクリフだけだ。

 

「ついに四十九層のボス戦に間に合わなかったなぁー……あ、割とプラムソースと合うなこれ」

 

「仕方があるまい。最奥に到着するまでに三日かかった上に構造リセットで帰り道が解らなくなってしまったのだから。それにしても君は味音痴か何かかな? この刺身に合うのは間違いなくプラムソースではなくヨーグルトソースだろうに……」

 

「結局今回の≪ホロウ・エリア≫もスカ。絶対どっかに≪研究所≫がある筈なんだよなぁ。つか今まで見つけた≪ホロウ・エリア≫が全部中央管理室と断線されている辺り先回りされている感がひでーや。もしくは探られても平気だって思ってるから解放してるか、か? どっちにしろ味音痴はてめーだよかやちん」

 

「今回の≪深海≫を含めて攻略したのは≪砂漠≫≪開発室≫≪火山≫≪地獄≫に≪庭園≫になるな。ヤツが≪スーパーアカウント≫を使っている以上、絶対に拠点となる場所が存在する。そしてそれは今までの情報からすれば≪ホロウ・エリア≫のどこかである事は間違いがない。凍結していた権限の一部で奴の権限と相打ちする様に封じ込めたから間違いなく”殺せば死ぬ”様にはなっているが、≪研究所≫を見つけない限りは胴にも言えないな。あとは誰がかやちんだ。私は血盟騎士団団長の≪神聖剣≫のヒースクリフだ。断じて茅場晶彦等という男ではない」

 

「アッ、ハイ―――まぁ、それは置いて、クリスマスにゃあ五十層攻略戦らしいわ」

 

 結婚を通したインベントリの共有化―――これは実は凄まじく強力だったりする。何せ片方がダンジョン、もう片方が街にいれば街に戻ることなく補給が可能だし、メモにメッセージを書いてインベントリに入れればそれを通して情報の交換だって出来る。そんな訳でユウキとはインベントリの共有化を通して物資の補給や情報の交換を行っている―――ちなみに食べ物が現地調達なのは純粋に趣味である。

 

「それまでには是非とも戻りたい所だが」

 

「まあ、帰りは出口探すだけだし二日ぐらいで済むだろう。いい加減愛弟子の顔を見て苛めたいし」

 

「君の愛情は歪んでいるなあ」

 

 さて、と声を漏らしながら食べるのに使っていた箸を投げ捨てる。それは放り投げられた暗闇の中で何かに当たり、ゆっくりと水中の中に落ちるような動作で、床に落下する。そして、闇の中から姿が出現して来る。それはちょうちんを頭につけた魚であった。

 

 ただし、その大きさが十五メートルに到達する、という但し書きが付くが。

 

 体から肋骨の様な骨が突き出し、それが海底で体を支える足として機能している。提灯は僅かに発光しながら帯電している様にも見え、それが一瞬だけ全身を覆うのを確認できる。僅かに明かりを見せる提灯が見えるのと同時に、周りの空間に似たような光が増えるのが見える。

 

 その数は十を超える。

 

「おいでなすったな」

 

「もういい加減見飽きた顔だ」

 

 互いに剣を担ぎながらそう吐き捨て、

 

「さて―――食後の運動と参りますか」

 

 戦闘を開始した。

 

 

                           ◆

 

 

「あー、また増えてるー!」

 

「どうしたのよ大声を上げて」

 

 雪の積もった道を歩きながら声を漏らすと、ストレアが反応して来る。相変わらず姿がミニスカサンタのままなので、激しく視線を集めている。しかし、それに気にする事無く振る舞えているストレアはある意味スゴイと思う。なんでも自分を見てストレスが抜けるならそれでメンタルカウンセリングプログラムとしては本望らしいとか。ともあれ、インベントリを開いて中に増えたものをストレアに見せる。

 

「なにこれ……≪マッドアングラーの魚肉≫? 聞いたことがないモンスターの肉だけど……」

 

「なんか師匠最近”スッゾコラー”とか言いながらヒースクリフさんと一緒に調査に回ってるんだけど、インベントリ共有してるから僕の所にも勝手にドロップとかが増えているんだよね。また凄い勢いでこれ、増えてる辺り師匠がヒャッハーしてるのが目に浮かぶなぁ……」

 

 インベントリから取り出したそれを迷う事無く捨てる。師匠は割とゲテモノ好き―――というか新しい物に挑戦する事が好きなのらしいが、どう足掻いてもゲテモノなので捨てる。というより自分のインベントリに入ったままの状態が許せない。今度健康に良さそうなサラダをメモと共にインベントリに叩き込んでおこう、

 

 そう思いながら目的地を目指して歩き―――ほどなくして到着する。

 

 そこは第一層、はじまりの街の路地裏だ。

 

 第五十層の主街であるアルゲードの完全な探索は完了されていないが、それでも今現在、はじまりの街がアインクラッド中で最も大きな町として君臨している。そしてそんな大きな町であるからこそ、路地裏は無駄に複雑となっており、迷い込んでしまったら屋根にでも登らない限り出られないとも言われていたりする。しかし、それは逆に言えば後ろめたい事は誰にも見つからずできる、という事にもなる。そんな事もあって何かの取引を行う場合はこういう路地裏でやることが好まれている。

 

 雪で白く染まった路地裏の世界に、三人で立っている。

 

 どこかの民家の壁に寄り掛かっているのは全身を振るいマントで隠す、顔に鼠の様な髭をペインティングしている冒険者―――アルゴの姿だ。基本的にだれでも利用できる、そして一番の人口密集地のはじまりの街を拠点とする彼女へのコンタクト方法は、それなりに活躍している冒険者プレイヤーであれば誰でも把握しているものだ。そんな訳で、アルゴとコンタクトする事はそう難しくはない―――それに第一層の頃のおかげで個人的な付き合いもそれなりにある。

 

 まあ、何というかアルゴは情報屋。しかも他人のプライバシーとかあんまり気にしないタイプの個人情報さえも情報として売ってくれるタイプの情報屋だ。ただし、金さえちゃんと出せば。情報に関する正確性は高い。というわけで、アルゴへ会いに来た理由は一つ。

 

「キリトさんがなんかダウナー入ってる理由売って」

 

「君は情報収集をする段階でいきなり答えへ飛びつこうとするよネ」

 

「ぶっちゃけた話知り合い周りから聞き込むよりも情報屋使って情報引き出す方が早いし楽だから使わない奴が馬鹿だよね」

 

「ユウキちゃんそこらへん冷めてるわね」

 

 冷めている、というよりは効率の話だ。同じ行動を遥かに早く済ませられるならそっちをやらない理由がないのだ。それを態々避けてやるのは無駄に苦労をしているだけで、効率化して余った時間は別の行動に当てる方が建設的だと思う。なぜなら時間とは”無限に有限”なのだ。時間それ自体が無限である事は間違いないが、それを消費する人間に与えられた時は有限なのだ。であるからして、それを無駄に消費する事は実に勿体ない。特に自分の様に未来のない存在は確実に使える時間は楽しく、或いはちゃんと使っていきたい。これはシュウに言われたことではなく、自分の元々の考えだ。

 

 ほかの人と比べれば刹那の中でしか生きられないのであれば、それを目一杯生きるしかない。

 

 時は止まる事がないのだから。

 

「というわけで最近気持ち悪かったキリトさんが更に気持ち悪くなる原因になった話を売ってください」

 

「ユウキちゃんキリトに何か恨みでもあるの?」

 

 とくにはない。ただ最近ちょっと楽しくなってきただけの話である。あと、しばらくの間シュウに逢えていないのが原因なのかもしれない。別行動が最近割と目立ってきている為、ちょっとだけ寂しさを感じているんだと思う。なのでとりあえず戻ってきたら甘えるのは確実として、

 

「十万コルだすよ」

 

「売った」

 

「やっぱ世の中金ね」

 

 ストレアの言う通り。やっぱり世の中金だ。

 

 

                           ◆

 

 

「キー坊の話ネ……まぁ、最初に言っておくけど勿論愉快な話じゃないヨ。そもそもキー坊自身割とメンタルが強いからね、アレをへこませる以上に暗黒面に覚醒させるような胸糞の悪い話だって事を言っておくけど……まあ、金を払ってもらったから遠慮せずに言う事にするヨ―――まず始め聞くけど≪倫理コード≫は知っているよネ?」

 

「はいはーい、無理やり一方的に解除させられましたー!」

 

 ストレアが手を上げて返答し、その姿に二人で溜息を吐く。

 

 ≪倫理コード≫。それは女性を男性から守るシステムだ。ありていに言えば”性的暴行から女性を守るシステム”と言って良い。何かのハラスメント行為に抵触する動きがあった場合、一発で相手を監獄へと飛ばすことができるのだが、これを解除するのが≪倫理解除コード≫となる。女性と男性の過度の接触が可能となる―――つまりセックス行為が可能となる訳だが、稼働していない時に襲われた場合は相手を監獄へ送る事が出来ない。起動しておくことで女性は自分の身を性的暴行から守ることができるのだ。

 

 ただ、それにもいくつか抜け道がある。

 

 たとえばストレアの件がいいサンプルになる。ストレアは中身はプログラムではあるが、今現在保有している権限は女性プレイヤーと全く同じものだ。なので襲われた場合、ストレアは≪倫理コード≫に守られる。しかし、これによって相手を追放する為には”手を使ってボタンを押す”必要が存在するのだ。故に自分とシュウがやったように、手を切り落とせば発動を防げる。そして解除する場合は、

 

 相手の斬り落とした腕を使って解除ボタンを押せばいい。これもまた、シュウが使った手段だ。

 

 だから決してシステムは万能ではない。こういうシステムの隙間を使った手段で攻める事は出来る。そして一説によるとカーディナルは”わざと”こういう隙間を残している、とも言われている。度重なるアップデートで改善されていないのが何よりの証拠なんても言われているが―――個人的にはいつか、このコード自体が消えるんじゃないかと思う。何故なら法律は存在しても、そんなコードはリアルには存在しなかったからだ。

 

 まあ、それはともあれ、≪倫理コード≫が話に出てくるとなると、色々と予想がついてくる。

 

「ま、結果から言えば≪月夜の黒猫団≫はキー坊の目の前で、キー坊だけを残して全滅したヨ。≪倫理コード≫の話をすればギルドの中にいた女子がどういう扱いをされたのかも大体想像できるだロ? それでいてキー坊が生き残された理由が”攻略組だから”というんだからそりゃあ気にもやむサ」

 

「っという事は≪ラフィンコフィン≫が実行犯ね」

 

 快楽犯罪集団―――ギルド≪ラフィンコフィン≫。それはたった一つの目的によってのみ構成されているギルド。つまりは犯罪行為を楽しむ事。それ以外のルールは存在しない。ギルドマスターも団員達も等しく平等な犯罪者である。故に団員を死滅させるまでは絶対に消し去る事の出来ない、病原菌の様な悪意。それを設立したのはPohだ。しかしギルドマスターとして君臨してからしばらく、Pohがトップにいる事は飽きたと宣言し、今の運営方針へと変化したのだ。

 

 基本的に≪ラフィンコフィン≫には暗黙の了解がある。

 

 ―――それは攻略組に手を出さない事だ。

 

 攻略組は、替えが難しい貴重な戦力な上に、団結力の高い戦闘集団だ。一人欠けたら攻略が遅れる訳ではない。そんな軟弱な集団ではない。しかし、強い仲間意識はある。一人やられたら”全員で報復”するぐらいの連帯感は存在する。故に≪ラフィンコフィン≫を含めた犯罪者ギルドは攻略組だけは殺さない様にしている。攻略組を殺したら最後、

 

 攻略組と犯罪者ギルドの最終戦争が勃発するからだ。

 

 おそらく片方が完全に死滅するまで終わらない殺戮が始まる。

 

「ま、つまりキー坊はそういうショッキングな事件があって割と心がボロボロだヨ。ま、こんな感じだね、キー坊の事ハ。こればっかしは本人がどうケリをつけるかの問題だから待つしかないよ―――同じ経験をしてもいない連中が話しても助けにならないしネ」

 

 予想外にどうしようもない話が出てきたことにちょっとだけ困惑しつつも、

 

 どうすっかなぁ、と呟くしかやることはなかった。




 最近魔弾の王と戦姫を読み始めた。なんだこれおもしれぇ状態。やっぱファンタジー世界だよな。

 マンチするなら。

 FEみたいに自由に使える魔法要素増えればもっと嬉しかったなぁ。それにしても冒頭の二人がどっからどう見ても組んだらクソゲー確定な組み合わせなんだよな。やっぱ仲間にならないキャラには相応の理由があるわ。

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