修羅に生きる   作:てんぞー

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月光の森

 クエストを完了し、民家から踏み出す。右手にはクエストの報酬として手に入れる事に成功した片手長剣、≪アニールブレード≫が握られている。要求STRは何とかクリアしているようで、手の中に確かな重さを感じつつも片手で握ることができる。軽く右手で握る≪アニールブレード≫を振り回してから、左腰に吊るしてある初期の剣を握る。

 

 そこで発生するのは装備解除だ。

 

「二刀流はできないのかぁ、残念」

 

 既にキリトに言われていた事だが、それでも一応は試したかった―――二刀流を。実際片手剣というのはそう悪くはない選択肢だ。多対一という状況であれば速度よりも手数を求める時がある。その場合は一本の剣を両手で握って速度を上げるよりも、両手に別々の武器を握ってそれを運用した方が対処しやすい時がある。だから二刀流という持ち方は非常に便利だ。利用が現実的なので、可能であれば選択肢として欲しかったが―――SAOのシステムがそれを許さない。

 

 SAOのシステムでは両手に別の武器を握った場合、装備エラーが発生して自動的に装備が解除される様になっている。その為、二刀流は強化どころか弱体化になる。武器を握っているのに武器の攻撃力が修正値に足されないからだ。だが、それを逆に考えれば良い。攻撃力の加算を必要としない状況、攻撃ではなく防御を必要とする状況であれば、

 

 普通に二刀流で切り払いをし続ければいいのだ。そういう選択肢も存在しているのだ。一応は。ただ、今現在は全く必要とされてないので、普通にメインウェポンを初期の剣から新しく手に入れた≪アニールブレード≫へと切り替える。左腰の鞘が≪アニールブレード≫に合わせた長さとなり、前の剣が消える。右手で握っていた剣を左腰の鞘へと戻し、そして民家の前で一旦足を止める。

 

「さて、と。キリトもいねぇし、いい機会だから軽く自分の事だけに関して考えるか」

 

 ここら辺で明確にしておきたい―――SAOの世界で自分が求めるものは一体何なのかを。

 

 腕を組んで、ぼーっと村の中央で考える。自分が何をしたいのかを。ただ、それを考えると割と直ぐに答えが返ってくる。何と言っても、SAOが始まった直後から目的は出来上がっていて、それはデスゲームとなった状況でも一切ブレる事がなかった。それだけの話なのだろう。となると、自分は割かし凄い異常者になってくる。

 

「―――自分の限界を知りたい、それだけだな」

 

 自分の限界を知りたい。

 

 実家は実戦型の剣術の家だ。故に幼いころから竹刀やら竹槍を握らされ、色々と教えられはした。だが決して教えてくれた父や祖父以外との手合せはしなかった。やって来たのは基礎と基本、それのみになる。毎日毎日走り、そして延々と同じ動きをずっと何度も繰り返す。ひたすらひたすら基本動作を繰り返す。それで父や祖父を超える程強くはなった。それが原因で父や祖父は死んだ。だけど結局、二人がどれだけ強かったのかなんて解りっこない。それもそうだ、

 

 剣道ではなく剣術。

 

 道、ではなく術。

 

 故にスポーツ化されたものではなく極限まで実戦を想定した殺しの術であり、そこには一切の手加減を許さない。模擬戦を行う場合は絶対に峰打ち等を行わず、殺すつもりで、体を破壊するつもりでやらなくてはならない。

 

 教える者がいなくなって、結局今も基本と基礎しかやらず、一体自分はどれだけ強いのか。どれだけできるのか。それは永遠に試すことのできない事の筈ではあった。

 

 が―――殺しても死なないという環境をSAOは用意してくれた。

 

 ここなら殺せる。殺すつもりで動いても平気な世界。ここであれば何をしても全力で受け入れてくれる。だから自分の限界を目指すことができる。自分の限界を知ることができる。たったそれだけの話ではあるが、自分の全生命を賭けるには十分すぎる理由になる。たとえ生存率ゼロパーセントの最前線へ行く必要があっても、それで己の限界を見極めることができるなら大いに結構、この無謀と勇気は誇りになる。

 

 あとは自分の”根”が善人である事を自覚する。だから手が届く範囲であれば適当に人を助ける。悪い奴であれば即座に斬り殺す。手が届く範囲で限定するが、正義の味方をするのは悪くはない。何故なら閉鎖されたコミュニティでの評判は時には武力以上の力となる。だから自分を満足させつつ名声という武器を手にする、一石二鳥の目的となる。

 

 最後に……この世界を全力で愉しむ。

 

「ま、そんな所か。適当に人を助けながら自分の限界を求めて無茶して、んでSAOの世界を楽しむ。そんな所か―――まあ、脱出に関してはそこまで興味があるって訳じゃないけど……ボスと戦うのは間違いなく楽しくなりそうだし、積極的に関わって行くって方針で良し、整理完了……ふぅ」

 

 自分の事が解らないのに別の誰かを助けられる訳もない―――もっと大きな部分は後日、ゆっくりと時間をかけて整理するとして、ここにいる自分の事は完了させる。≪アニールブレード≫の柄に一回触れてから視線を村の入り口の方へと向ける。既に必要なアイテムはすべて購入してある為、これ以上村でうろうろしている理由もない。さっさとキリトへ合流しよう、そう思ったところで、

 

 村の入り口に見知らぬ姿が見える。

 

 自分が村へと到着した直後のような恰好をしているそれは、間違いなくこの世界にログインしている、プレイヤーの姿だ。その中に女物の服装を着ているプレイヤーが混じっているのは―――まあ、いわゆるネカマプレイをしようとしたところ、≪手鏡≫で元の姿へと戻ってしまったプレイヤーの末路だろう。女性の姿になってみたいというチャレンジ精神は認めるし、同情はできるので、とりあえず話題には触れない様にする。

 

 それに女性の胸は優秀な重りだ。重心の移動に意外と使える、とは父の談だった。

 

 プレイヤー達は此方の方へと視線を向けると、驚いたような様子を浮かべながら此方へと手を振ってくる。どうリアクションを取るべきか、と一瞬だけ迷うが、感覚的にキリトに匹敵する余裕のなさをこのプレイヤー達にも感じる―――情緒不安定な奴らしかこの世界にはいないのか、と彼らが大人である姿を見て嘆きたくはなる。ともあれ、善人としては無視して歩き去る選択肢はない。片手を上げて挨拶をする。

 

「もしかしてそれ……≪アニールブレード≫ですか?」

 

 プレイヤーの一人、男がそう言って腰の武器を指差してくる。なので頷き返し、

 

「ついさっき≪胚珠≫のクエを終わらせてな。もう一人と一緒にクエスト遂行中だよ」

 

「あー……という事は一番の狩場は使われてるのかな……」

 

 そう言った相手は寂しそうな表情を浮かべてから、しかし少しだけ、安心したような表情を浮かべる。その理由が少々解らず、話しかけられたが困った表情を浮かべてしまう。それを読み取られたのか、相手はいや、と手を振りながら少しだけ焦ったような様子で言ってくる。

 

「その……こんな状況だけど頑張っている人がいるんだなぁ、って。ちゃんと≪アニールブレード≫も手に入れられてるし。誰かがやっているなら、きっとそれは俺達に出来るって事だからさ、なんというか……うん、勇気がでるのかな?」

 

「お前、良くそんな恥ずかしい事言えるな」

 

 そう言って、言葉を放ったプレイヤーがパーティーメンバーと思わしきプレイヤー達にからかわれ始めるが、その姿は安堵している様にも見え、安心している様に見える。その光景を、そして話を聞いて、驚かされるのはこっちだった。成程、という納得が自分の中に流れる。その喜びを表現する為にも前に出て、恥ずかしそうにしているプレイヤーの両手を取り、そして握手をする。いきなりの事に混乱している様子だが、それに構わず言葉を続ける。

 

「ありがとう、君のその言葉のおかげでやるべき事が見つかった」

 

「あ、いや、うん、……助けになったらそれで嬉しいよ」

 

「じゃあ、俺は相方待たせてるから行くけど、あんまし無理するなよ」

 

「そっちも、武運を祈ってる」

 

 手を放してパーティーの横を抜け、手を振りあいながら村の外へと抜けて行く。今のプレイヤーによって伝えられた言葉は衝撃だった。

 

 ―――最前線を走り続けるだけで、誰かを勇気付ける、そんなことができるのだ。

 

 自分の限界を探す事―――それはつまり、自分のみならずプレイヤーの、人の限界を探る行動になるのだ。そして、

 

「―――俺が折れない限りは不可はなく、人の可能性を示し続けられる」

 

 それは何とも素晴らしい事ではないのだろうか? 元々SAOの世界であれば自分の限界を調べることができる。それのみならず、このデスゲームの最中であれば人の本質を見る事だって出来る。略奪に走るもの、正義に走るもの、様々な人間が出現して来るに違いない。だが一つの事実として、その最前線で戦い続ける事は常に自分だけではなく人間という生物の極限に挑戦し続ける事になる。

 

 この程度で折れる俺”達”ではない証明し続ける事ができる。

 

「矢尽き、剣折れるまで証明し続けよ―――人間賛歌」

 

 悪くない。

 

 寧ろ良い。

 

 丁度良い所に茅場晶彦という魔王がこの世界に存在するのだ―――そしてこの世界には五万の勇者が存在する。あるいは既に何百か死んでいるのかもしれないが、それでも上を目指す存在は間違いなくいる。であるならば、彼らと共に可能性を示し続ける事、

 

 それもまた己の証明であるかもしれない。

 

「ふ、ふふふ……テンション上がってきた」

 

 笑い声を零しながらキリトのいる広場へと向かって軽い駆け足で移動を始める。誰もいないのに笑ったりと、かなり不審な様子なのでキリトが一緒じゃなくて本当に良かったと思う。

 

 もっと明確な目的を持てた事に嬉しさを持ち、それを小さく笑い声として表現しながら、

 

 合流へ急ぐ。

 

 

                           ◆

 

 

 前回よりも早く道のりを飛ばし、到着する広場ではキリトの他に、もう一人プレイヤーが存在した。キリトとは違ってほとんど初期装備姿の少年はその背丈からしてキリトと同年代に見える。しかし初期装備の少年は一点、そのままのプレイヤーとは違い左手にバックラーを装着していた。キリトとその少年は二人で≪リトルネペント≫を一体相手しているようで、少年がヘイトを取るように盾で前に出て、攻撃を完全に盾で防いでからキリトが≪ソードスキル≫で追撃していた。

 

 戦術としては綺麗に噛み合い、そして洗練されていた。ただ動きにぎごちなさがあるのはおそらく、二人の動きは”型”が存在するだけで一緒にやるのが初めてからなのだろう。

 

 そんな風にキリトと見知らぬ少年が≪リトルネペント≫を倒して後ろへと下がった時に、合流する様に近づく。片手を上げながら近づくとキリトが此方に反応し、お、と声を漏らす。

 

「シュウ、帰って来たんだ」

 

「ちょうど今な。というか帰ってきたら知らない奴と組んでてちょっと驚いたわ」

 

「あ、どうも……コペルです。今即席のパーティーを組んでたんだけど……」

 

「俺もいれていれて」

 

 パーティーの勧誘がキリトの方からやって来る。それに了承を押せば、視界の左上にキリトとコペル、と名乗った少年のHPが表示される。キリトの方はほぼ無傷だが、コペルはHPが八割に減っていた。やはりコペルが盾役を引き受け、キリトで攻めるという布陣なのだろう。

 

「というか俺≪アニールブレード≫を受け取る為に村とここ往復してたのにすれ違わなかったなぁ……」

 

「あぁ、うん。村からここまでルートが何個かあるしね」

 

 そう言って苦笑するコペルを見てふむ、と息を漏らしてから左腰の剣を抜く。≪アニールブレード≫は初期装備の剣と比べるとその刃渡りが少々長くなっている。片手剣カテゴリーではあるが、ジャンルとしては長剣、ロングソードと呼ばれる類に入る。その為、振り回す時には注意しなくてはならないことがある。通常の片手剣よりも重い為に刃を戻す時、コンマの差ではあるが時間が増える事、片手剣よりも攻撃範囲が広くなった結果密集状況で使いにくくなっている事、そして鞘から抜刀、抜き打ちをするときにまたコンマの差ではあるが、時間が増える事。

 

 全体的な使用感は変わらないが、それでも同じではない。それを留意しなくてはならない。

 

「キリトとコペル君でタッグ組んであの触手狩ってるんだよな?」

 

「あぁ、コペルもベータテスターでコンビでの戦い方をお前と違って知ってるしな、お前と違って」

 

「俺の戦い方はおかしくはない」

 

「ど、どんな戦い方をしてるの……?」

 

 キリトがコペルを見てから、此方へと視線を向け、そして広場にいる一つだけ離れた≪リトルネペント≫を見る。おそらくソロでアレを倒せよ、と言っているのだろう。キリトが此方へと向けてくる視線からそれが良く伝わってくる。そしてそんなに注目されているのであれば、これは自分の可能性を示す為にも積極的にやった方がよいというふりとして受け取っておく。抜いた≪アニールブレード≫を右手で握ると、コペルが不安そうな声を漏らす。

 

「あ、あの……一応≪アニールブレード≫は手に入れているようだけど、ソロで大丈夫なの? ダメージ効率を考えるとやっぱり二人で……」

 

「あぁ、俺も同じことを考えてたよ―――一時間ぐらい前までは」

 

 キリトからのゴーサインが出る。

 

 故に離れている≪リトルネペント≫が背中を向けた瞬間―――得物を全力で投擲する。

 

「えっ!?」

 

 入手したばかりの≪アニールブレード≫が高速で投擲され、≪リトルネペント≫の口があるであろう場所、その裏側に深々と突き刺さる。おそらく確実に、根元まで突き刺さった刃はその口から飛び出しているだろう。その衝撃と奇襲に≪リトルネペント≫は動きを止め、そしてコペルも雑すぎる武器の使い方に口を開けて動きを止める。その隙に前に飛び出しながらインベントリを開き、

 

 しまったばかりの初期装備の剣を取り出し、鞘から抜くのと同時に再び投げて≪リトルネペント≫の背中に突き刺す。二度目の衝撃に大きくその植物の体が揺れるのを確認し、そしてそれ以上動く前に素早く背中に到達する。

 

 そのまま掴んだ刃を両方とも握り、そして力任せに下へ引きずり下ろす。

 

 両手で別々の武器を握っている為に、武器の攻撃力は加算されない。

 

 だが≪フレンジーボア≫の目に指を差し込んだ時に感触的に理解している。肉体の損傷によるダメージはあまり攻撃力や防御力には関係ないと。故に武器の攻撃力が乗っていなくても、

 

 背中を切開する様に切り開けば、それはもはや生物としては終わりの領域だ。

 

 ―――傷口をこじ開ける様に引き裂く。

 

「欠伸が出るな」

 

 初期装備の剣の方をインベントリに戻しつつ、≪アニールブレード≫を握って素早く横へロールする様に離れる。視界の端でバラバラに引き裂かれて崩れ落ちる姿を確認し、満足の息を漏らしてから他の≪リトルネペント≫にターゲットされてないのかを若干警戒し、確認する。他に警戒されていな事を確認し終わったらゆっくりと歩いて、キリトとコペルの所へと戻る。

 

 そこにはドン引きするコペルの姿と、お疲れ、と言う諦めた表情のキリトが待っていた。

 

「今回は結構ダイナミックだったな」

 

「俺の戦い方って九割方対人を意識しているからな。今のも意表を突く事と視覚的な暴力を混ぜる事で集団戦の場合に相手がショックで援護に混ざれない事を想定してるし。人型のモンスターとかいてくれればもっと解体しやすいんだけどな」

 

「やだ、このお兄さん解体とか言っているわ。キリトさん怖い」

 

 が、一番ドン引きしているのはコペルだ。おかしい、先程の村での出来事を考えるのであればここは人間の可能性を見せて勇気付けられるパターンなのではないだろうか。それとももしかして努力が足りなかったのだろうか。まあ、それはともあれ、

 

「見ての通り高いレベルのAIか気配察知能力でもなきゃ一対一で徹底的にリンチできるわ。まぁ、流石に五対一とかになってくると逃げ場がなくなって食らい始めると思うけど、そうでもなきゃほぼノーダメで済ませられると思うし、君達は今まで通り戦ってて平気だよ」

 

「……うん、とりあえず納得しておけばいいのかなぁ……。あ。そうだ。≪胚珠≫に関してはキリト君が先、その次に僕って形になってるけど」

 

「はいはい、俺はもう完了済みだからお気にせずに。とりあえず触手共を適当に皆殺しにすりゃあそのうち出てくるんだよな」

 

 よいしょ、と言って≪アニールブレード≫を右肩に背負うと、キリトが此方のその姿を見ながら呟く。

 

「……凄まじく頼もしい……」

 

「助けになっているようで何より―――」

 

 ―――まぁ、それでも連携もクソもないからソロだと限界が来るんだけどなぁ。

 

 キリトとコペルから離れた三体程の≪リトルネペント≫を見ながらそんな事を口にする事なく、心の中で呟く。大体一層の敵のAIというものか、傾向らしきものはキリトから聞いている。なので判断するとして、ソロで戦っていても間違いなく今は問題はない。だがこの先ずっとそうだとは限らない。回避できない攻撃を繰り出してくる敵が存在するかもしれないし、状態異常を受けた結果即死する可能性も出てくる。

 

 どこかで、フルスペックの戦闘についてこれる相方を、連携行動の出来るパートナーを探さなくてはならない。キリトは未熟すぎて話にならず、クラインには才能がなさすぎる。

 

「ま、当分先の話だな……」

 

 最後にそう呟き、口を閉ざして狩りの為に思考を切り替える。割と集中力を割く必要があるわけだが、三体ぐらいであれば、無傷でもまだ通れる―――それに自分の限界に挑戦し続けるのは実に心が躍る。

 

「さて、蹂躙のお時間だ」

 

 そう言って、一方的に狩り殺す時間に入る。

 

 

                           ◆

 

 

 それから何度か休憩に入りつつも、本格的に休憩に入り始めるのは空が暗くなってきてから、デスゲーム二日目の夜が始まってからになる。空に浮かび上がるのは月と星々であり、それだけが光源となってくる。しかし、予め村でランタンを購入してある事、そして≪リトルネペント≫が視覚を索敵の為の器官として使わない事。そのおかげで木にランタンを引っ掛け、そしてその下で軽い食事を取ることができる。予め村の方で購入しておいたサンドウィッチ、それを食べながら、インベントリとステータスを見て今までの成果を確認する。

 

「四レベになれたのとドロップが割とたくさん出てるなぁ」

 

「まぁ、こんなもんじゃないかな。四レベになったら正直狩場を変えた方がいいけど、まだ≪花付き≫がでないからなぁ……」

 

「それはそうだけど、本当に無傷で済んでいるシュウの方が僕は驚きなんだけど」

 

 コペルの視線は此方へと向けられている。自分の今のHPは満タン―――それは狩りを始める前から一切変動しない数値だ。しかしそれは別にチートをしている訳でもなく、≪リトルネペント≫の攻撃を全て受けずに回避した結果として発生している事だ。そう難しくはない話だ。十体ほど倒せばAIのルーチンというか、行動のパターンが見えてくる。そうなればどう回避すれば無傷で済むのかが解ってくる。だからそれを実行するだけで終わる話だが、

 

「俺は≪ソードスキル≫使わないからな。お前らと違って殲滅力はぶっちゃけ少し低いぞ。同士討ちさせたり纏めて斬ったりでそこらへんをカバーしてるけど手数がどうしても多くなるからな、損耗が早い」

 

 ≪アニールブレード≫の情報ウィンドウを確認すれば、既にその損耗率が60%を超えている事が解る。SAOの世界では武器は使われれば使われる程損耗し、メンテナンスを怠ればいつかは砕けて消える。故に、その前に武器を修復しなくてはならない。だから自分も近いうちに村に戻って武器の修復をしなくてはならない。

 

「まぁ、早い所≪花付き≫がパパっと出てくれれば問題解決するんだけどなぁ」

 

「だねぇ」

 

 はははは、と笑い声を零しながら広場の方へと視線を向けたキリトの表情が停止する。そしてその動きに合わせ、コペルも視線を広場へと向けて停止する。一体何事か、そう思って視線を広場へと向ければ、

 

 ≪花付き≫と≪実付き≫が数体の通常型≪リトルネペント≫と共に出現していた。その場でみすぼらしいディナータイムを終了させ、立ち上がりながら武器を握る。さて、どう動いたものか、そう思考しようとしたところで、コペルが口を開く。

 

「キリトは約束通り≪花付き≫を頼む、僕が≪実付き≫を抑える」

 

「じゃあ俺が残りの雑魚を斬ればいいのか」

 

 コクリ、とコペルが頷く。そしてそれに合わせて二人とも武器を握り、臨戦態勢に入る。それを確認しつつ≪アニールブレード≫を手の中で一回転させ、そして右肩に乗せて背負う。

 

 現在位置から敵集団までは大凡十メートル程。一番左に≪花付き≫が存在し、右側に≪実付き≫が存在する。通常型の≪リトルネペント≫はまるで壁を形成する様に四体、八~九メートル地点に集団で立っている。そのまま攻撃すればすぐそばに立っている≪花付き≫や≪実付き≫の存在まで釣れてしまう。重要なのは分散させる事だ。

 

 地面から適当な石を四つほど左手で握り、手の中で転がす。

 

 直ぐ横では何時でも飛び出せるようにキリトとコペルが構えている。開始の合図は必要ないらしい。素早く石を投擲し、壁となっている≪リトルネペント≫達にだけに当てる。それによって既にアクティブだった相手は完全に此方を発見し、こっちへと向かって触手でぬるぬると体を揺らして迫ってくる。その姿を確認すると、キリトとコペルが迂回する様にそれぞれのターゲットへと向かう。それを確認しつつ近づいてくる敵を眺め、

 

「んじゃ、軽く始めますか」

 

 迫ってくる≪リトルネペント≫達のヘイトは此方へと向いてはいるが、キリトとコペルが攻撃を開始すれば其方へとヘイトが流れてしまうかもしれない為、ヘイトが流れるために大ダメージを叩き込んで此方へヘイトを固定させないといけない。だから≪アニールブレード≫を右手からぶら下げた状態で、

 

 無防備に四体の前に出る。

 

 それとは関係なく決められたルーチンを守るために≪リトルネペント≫が攻撃動作に入る。

 

 しかし、

 

「―――もう覚えた」

 

 見て、覚えた。どの触手を振り回すのか、どの軌道で、どの速度で、そしてどの順番で動くのか。既にそれを何時間も前に見て覚え、そして完全に見切っている。故にミスをしない限り、もしくは回避が不可能な状況に追い込まれない限りは、経験と知識から動きを百パーセントの性能で引き出せる。故に≪リトルネペント≫は撃破済みの相手。その動きや強さは全て観察済み、完全な対処法は完成されており、敗北する確率は集団であってもあり得ない。経験、そして知識を完全にどの状況でも引き出せる事はそれまでに偉大であり、

 

 ”最低限”それを出来てこそ極みの道。

 

「―――」

 

 目の前に迫ってくる触手を切り払うのと同時に刃を両手握りへと変更し、次の触手も返しの刃で切り払う。しかし決して動きを止める事なく、更に相手へと向かって接近する。既に次はどこから攻撃が来るか解っている。故に予め回避動作に入りながら、すれ違いざまに剣を高速で二度振るう。深々と刃が二体の≪リトルネペント≫の体を切り裂き、斬痕を残す。その後で発生する触手による反撃は完全に空振り、余裕で後ろへと抜ける事を成功させる。

 

 それに続く様に攻撃に参加していなかった残りの二体が触手で攻撃を放ってくる。故にミリ単位以下で全く同じ動きを再現、つまりは対処法として切り払いを放って触手を切り払いつつ横へ抜ける。それもまた攻撃を避ける様に素早く、だが早すぎずに。そして先程の二体と全く同じように刃を振るって、斬撃を刻んで、そして背後へと回る。

 

 経験を完全な形で発揮できる、というのはこういう事だ。

 

 寸分の狂いなく、経験した事を改良して一切のズレもなく再現できる。応用できる。行使できる。どんな状況であっても常に完全な状態で動くことができる。経験して倒したことがあるのであれば、全く同じ動作で同じ方法で同じ時間で倒せる。つまりは、

 

 無傷で倒した、その事実があればまた間違いもなく無傷で倒すことが可能になる。

 

 故に、完全な詰み。

 

 初めて戦った≪リトルネペント≫が倒されている、という時点で敗北の可能性は既に存在しない。だから結果は明白で、

 

 完全に回避を繰り返しつつ、回避不可能という状況を作らないように意識し、すれ違いざまに斬撃を薙ぎ払う様に叩き込んで行く。新しい武器である事と、そしてレベルが上がったという事実を含め、三回程すれ違って切り裂く頃には≪リトルネペント≫達のHPが完全にゼロとなり、その姿が消滅し始める。

 

「完全な流れ作業だな、こうなると」

 

 斬殺し終わって≪リトルネペント≫達の崩れ行く死体を背後に、キリトとコペルへと向かって一歩踏み出しながら索敵と状況把握を同時に行う。キリトの刃が≪花付き≫に叩き込まれ、そのHPがグン、と一気に赤色の瀕死ゾーンへと入る。キリト自身の損耗は皆無であり、このまま放置していても良い様に見える。コペルの方へと視線を向ければ、コペルは≪実付き≫を盾を前に出す様に牽制、胴体を小さく殴ってヘイトを溜めている―――必要以上の攻撃は繰り出してはいない。それを見て判断し、コペルの方へともう一歩、足を止める事なく踏み出し、

 

「うっしゃあ! ≪胚珠≫ゲット!」

 

 キリトが≪花付き≫を撃破する。自分で手にした成果に喜ぶ中で、

 

「おめでとうキリト」

 

 コペルが剣を振り上げながら言う。

 

「―――いや、駄目だろう……それは……」

 

 キリトが≪胚珠≫を握りながらコペルのしようとしている事を理解し、呟く。そしてその動作を見た瞬間に体を一気に前に倒してダッシュを開始する。しかしそれよりもコペルの動作は早く、振り上げられた剣は≪実付き≫の頭へと―――≪リトルネペント≫を引き寄せる効果をもった実へと叩き込まれる。

 

「……ごめん」

 

 小さな破裂音が辺りに響く。一瞬の静けさの次の瞬間にはコペルの姿が消える。呆然としたキリトは動きを止め、消えたコペルの居場所へと視線を向けたままとなる。実が割れた事によってここら一帯、十数を超えて数十という数の≪リトルネペント≫が襲い掛かってくる、モンスターハウス状態へと変貌することになる。最善策はおそらく、この場から迷う事無く逃げ出して村の中へと駆け込む事だが、今のキリトを抱えてそんな事をするのは不可能だろう。

 

 しかし、

 

 それよりも優先すべきことがある。

 

 ―――どんな状況であっても冷静さは消えない。

 

 ―――経験が常に完全に引き出される。

 

 ―――感情が底なしの沼の中へと引きずり込まれ、代わりに戦術が組み上げられる。

 

 経験が、最善手を生み出す。

 

「あーあ」

 

 キリトの逆側、≪リトルネペント≫がゆっくりと現れてくる森の方角へ、虚空へと向かって跳躍し―――そして虚空を掴む。

 

「……え?」

 

「お前は既に見終わっているからな」

 

 左手でコペルの首を裏から掴む。≪隠蔽≫のスキルで隠れようとしたのだろうが、コペルの心理状態は非常に解りやすく掴めている。キリト、そして此方に対して罪悪感を感じている。だから逆の方向へと逃げる。そして自分は≪隠蔽≫スキルを利用してMPK、モンスターによるプレイヤー殺害を行おうとした。

 

 故に評価する―――半端者め、と。

 

「残念だったな」

 

 言葉と共にコペルの右腕を斬り飛ばす。剣を握っているコペルの腕が斬り飛ばされ、宙を舞う。恐怖にコペルの顔が歪み、口が開く。しかしそれに耳を傾けずに、

 

 コペルを押す様に投げ、その動作の間に水平に刃を薙ぎ払う。

 

 そうやって斬り飛ばされるのは、コペルの両足だ。

 

「与えようとした死を自分で経験しろ、話はそれからだ」

 

 背後でコペルの悲鳴を聞きつつ、囲い込んでくる≪リトルネペント≫を避ける様に走り、そして一気にキリトの所まで追いつく。そこで呆然としていたキリトの腹を掴み、そしてそのまま引きずるように広場の外の森へと駆け込む。

 

 しかし、≪実付き≫の実は凄まじい効力を発揮しているのか、森の中へと入ると木々の間から此方を狙う様に≪リトルネペント≫が湧き出るのが見える。障害物の多い森の中で戦うのは明らかな不利、広場で戦う方が圧倒的有利。

 

 なのに何故森の中へと入ったかといえば、

 

「キリト、早く登れ!!」

 

「……うん」

 

 ランタンが置いてある木まで移動し、そして手短な枝を握らせてキリトを登らせる。下から押し上げる様にキリトを木に登らせると急いで自分も木に登る。その直後に≪リトルネペント≫が群がる様に木の根元へと到達し、触手で攻撃を叩き込んでくる。それを見る限り登るのは間一髪だったようだ。

 

「ふぅ、ここの木が破壊不可能のオブジェクトで良かった―――予め確かめておいて正解だったな」

 

 そう呟きながらもう少しだけ高い位置に登り、インベントリを表示させる。

 

 そこから、ランタン用のオイルを取り出し、木の根元にぶちまける様に捨てる。それを三度程繰り返してからマッチ箱の名からかマッチを一本だけ取り出し、

 

 そして投下する。

 

 可能かどうなのか、それだけが不安ではあったが、SAOはそうういう物理法則を律儀にも守ってくれるらしい―――マッチによって引火したオイルが爆発する様に炎上し始め、≪リトルネペント≫を含めて木の根元で大惨事を演出し始める。

 

「あとは実の効果が切れるまで定期的に放火すりゃあ経験値美味しいですよコースか。間違いなくセッションでやってたらGMとリアルファイトのコースだな」

 

 そう呟きながら昔、似た様な事をやってクラインとリアルファイトに発展した事を思い出す。しかし、大量の敵に囲まれた状況で炎が通じるのであれば放火が有効な手段である事は歴史と信長が証明してくれている。あの容赦のなさと放火への拘りは憧れるものが多い。個人的には心の師匠として輝いている所がある。

 

 ―――まぁ、馬鹿な事を考えるのもこれぐらいにするか。

 

 太い幹をもった木の中腹、そこには足を延ばして座ることができるほどの長さと、太さの枝がある。そこにはキリトが呆然とした様子で座っており、そして中空を眺めている。その気配は間違いなく迷い、そして模索する者の気配だ。立て続けに色々とあるのだから仕方がない。そう思い、キリトへと言葉をかけようとしたところで、

 

「……実は、コペルが裏切ってMPKをしようとしてきた事自体は、そんなショックじゃなかったんだ」

 

 キリトの言葉に少々驚かされる。だがキリトのペースに任せるためにもそこで変に相槌を打つ事はやめ、そしてキリトが座っている横の枝へと移動し、下で燃え焼けて行くモンスターたちの姿を眺める。

 

「いやさ、コペルが姿を消したときにさ、思ったんだよ―――コペルはきっと迷いながらだけど、この世界で”生きる”事を決めたんだ。方法は間違っているし、褒められたことじゃない。それでも漠然と流されている俺よりは真面目に生きるって事に関して考えていたんだ。そうしたら俺が惨めに思えてきたんだよ……」

 

 蹲る様に、膝を抱える。

 

「助けて、守ってもらう様に一緒にいてさ、心配してもらったりでさ、それでなんとか笑えて……。それと比べたら人を殺す、って選択肢を選んだコペルは誰でもない自分でそうやって生きるって決めてるんだ。俺は、ただ知識があるから、次をどうすればいいのか、それが解るって程度の理由で戦ってるんだ」

 

「―――それは何も特別悪い事じゃないよ」

 

 そう、それは何も悪い事ではない。

 

「社会に出た人間で一体何割の人間が明確な目標を持っている? 大多数の人間はこう思っているさ、”幸せになりたい”ってな。そして”幸せになる為のプログラム”というのが社会って形で出来上がっている。勉強して、働いて、そして得たお金を還元しつつ自分の幸せの為に消費する。漠然とした日常を誰もが送っている。そして間違いなく、今までのお前もそうだ。法律で決められた”当たり前の権利で当たり前の日常”、それを深く考える事無く生きてきた。生きているんだ」

 

「―――だけどそれは嫌だ」

 

 そう返してきたキリトの姿を見ずに笑みを浮かべ、インベントリから新たに取り出したオイルを下に落として火の勢いを回復させる。ほぼ確実にこの放火メソッドは修正されるだろうなぁ、と感じつつ、キリトに発生している変化が嬉しくなる。

 

「シュウはさ、さっきコペルを迷いなく斬ったよな」

 

「まあな」

 

「それってシュウの中では譲れない価値観があったからだよな?」

 

「あぁ、そうだな」

 

 それを聞いて、キリトは言う。

 

「―――俺もその譲れない価値観が、明確に”自分の意思で生きている”ってものが欲しい」

 

 小さくだが、間違いなくキリトの中にはこの状況を、デスゲームという状況から逃避せずに前へと向ける為の意思を持ち始めていた。予想よりも遥かに早く固まりつつあるキリトの変化に喜びを感じる反面、少々の寂しさをも感じていた。

 

 ―――弟の成長を見るのってこんな感じなんだろうなぁー……。

 

 

                           ◆

 

 

 朝日が昇る頃になると木の根元に群がっていたモンスターは完全にいなくなり、残っていたモンスターも放火されて完全に消え去っている。安全を確認してから木から降りると、もはや用のなくなった森の広場から離れ、そして村へと今までよりも遅く戻ってくる。その間、特に話す事もないので無言で歩いて戻ってくる。しかし別に気持ち悪い沈黙などではなく、純粋に疲労から来る無言だ。昨夜の顛末に関してはそれなりに疲れが溜まったらしい。

 

 が、村の入り口まで到着した所でキリトが待て、と言って此方の動きを止めてくる。

 

「しまった……忘れてた。えーと、シュウはさ、今自分の頭の上のカーソル、何色になってるか解る?」

 

「あー……オレンジだな」

 

 キリトの頭のカーソルは緑色になっているが、確認する自分のカーソルの色はオレンジ色であった。それを確認してからキリトは言う。

 

「オレンジ色は犯罪者プレイヤーの証で、プレイヤーへの攻撃や犯罪行為を行った場合にカーソルが緑からオレンジ色へと変わるんだ。この状態で村の中へ入ると守衛のいる街の場合は襲われたり、一部のサービスが利用できなくなってくるんだ」

 

「マジか」

 

「マジマジ。ただ解除する方法もある。≪贖罪クエスト≫というクエストがあって、それをクリアすればオレンジから緑へカーソルを戻すことができるよ。……いや、まあ、噂レベルの話だけど」

 

 そこでキリトは苦笑しつつ首の後ろを掻き、

 

「でも、そういう事を知ってそうなやつなら知ってる。ベータ時代で情報屋をやってたやつで……まあ、多分接触方法は同じだろうし、ソイツと連絡が取れればどうにかなると思う。折角だし―――」

 

 この先キリトが言う事は解っているので、待て、と片手を前に出してキリトの言葉を止める。

 

「いい機会だし俺一人でやるから、その情報屋ってのに接触する方法だけ教えてくれ。本当はお前さんが落ち着くまでは一緒にいるつもりだったんだけど、予想外にしっかりしてるっぽいしな、心配するだけ無駄の様だから一人でのんびりやらせてもらうわ」

 

「やる事言う事は奇抜だけどなんだかんだでシュウっていい人だから憎めないよなぁ……」

 

「はっはっはっは! 軽く自覚してるさ! まあ、少し個性的な方がほかの連中と区別がついていいだろ? 俺はこのまま適当に流離うからクエストの情報とか、オススメとかあったら手紙で知らせてくれ」

 

 そこでキリトは一旦溜息を吐いてから笑みを浮かべ、そして手を差し出す。

 

「さよならは言わない。またな」

 

「おう、またな。次会う時までに俺みたいなイケメンになってろよ」

 

「ばぁーか、お前が俺を見習えよ」

 

 そう言って互いに握手を交わす。そのまま背を向けあい、

 

 ―――一度も振り返ることなく別れる。

 

 生きている限りはまた、会えるのだから。




 放火と地面の多用はGMがブチギレるから注意しようね。放火は基本スキルだけど。放火狩り修正待ったなし。ネペントの所読むたびに放火して稼げそうって思ってた。

 修羅のくせに人間賛歌を謳い始めた。どっかの万歳三唱ラスボスの影がチラつく。

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