修羅に生きる   作:てんぞー

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王と挑戦者達

 ―――アルゴの攻略本が完成された。

 

 第一層に関しては多くのモンスターのパターンやデータ、オススメクエストや店舗、そして安全性について書かれた、特製の攻略本である。ベータテスト中の情報だけではなく現在のバージョンでちゃんと調べた事を纏めてある為、その信頼性は高く、既に活躍し始めていたプレイヤーは迷う事無く使って真実を確かめていた。

 

 その評判が広がるまでは、二週間を必要とした。一番最初に街から出て活躍するようになったプレイヤー達が攻略本を片手に検証を行ってデータを確かめ、クエストをやって確かめ、そしてそれが信用できるかどうかを判断する為の時間だった。そして実際にアルゴの生み出した攻略本が正しいと発覚すると瞬く間に評判が人を駆け巡り、そして希望が人々の心にともる。

 

 ―――気を付けて対策すれば、少しずつだが前に進めると。

 

 そうやってゆっくりと、プレイヤー達がはじまりの街を出てレベリングを始めるそのころ、最前線で戦うプレイヤー達は一つの目標を掲げ始める。

 

 即ち第一層の攻略。

 

 流石に一ヶ月近くも時間があれば救出への期待は消えるし、レベルだって遊んでいなければ敵を蹂躙できるぐらいには強くなってくる。そこまで来ると流石に次の層へと目指そうとする動きが出てくる。そうして今の停滞した環境を打破しようと、そう考える人間は少しずつだが、確実に出現する。それは間違いなくアルゴが作成、無料配布を行った攻略本によって発生した動きだ。

 

 少しずつ、そして確実にアインクラッドは新たな世界として動き出していた。

 

 あるプレイヤーの呼びかけによって少しずつ、攻略に意思を見出すプレイヤーは集められていた。迷宮区を攻略するプレイヤーも現れ始め、第一層は攻略すべきだと、そういう声も上がり始める。

 

 月末―――ついにその動きが完全なものとなる。

 

 誰かが言った、攻略しよう、いい加減に前に進もう、と。

 

 

                           ◆

 

 

 青髪の青年が広場の中央で立ち、声を上げる。

 

「―――今日はこうやって集まってくれてありがとう。改めて知っている人にも、知らない人にも挨拶をさせてもらう。俺の名前はディアベル、ナイト志望……なんだけど生憎と一層じゃ金属鎧の類が全く手に入らないからね、こんな装備のままだよ」

 

 ディアベルのその言葉に集まった四十近いプレイヤー達が笑い、そして視線がディアベル、そしてその背後へと集まる。だがディアベルはそれが自分へと集まる頃まで待ち、それから再び口を開く。その手の中には黄色い表紙の本が握られている。

 

「おそらくここに集まっている皆は一度はこの本に目を通してもらっていると思う―――”攻略本”を、だ。そしてそのおかげで皆、レベリングが最近はかどっていないか? クエストは進んでいるかな? うん。大体皆思ってるだろうね、この攻略本のおかげで攻略は段違いに楽になったって―――」

 

 でも、

 

「―――第一層だけだと物足りない、そう感じてきてないかな?」

 

 その言葉に多くのプレイヤーが黙る。そして同時に共感する。第一層は運営が想定している初期の初期の初期、最低限のコンテンツしか解放されていない状態のエリアだ。そこでは限られた装備に材料、クエストしか存在しない。一ヶ月もあれば十分に網羅ができる程度の広さだ。そんなものでは物足りないのは当たり前だ。誰だってもっと、もっと、先へと望むのは人間の原始的欲求だ。

 

 ディアベルはそれを良く理解している。

 

「俺だってそうさ。ナイトのRPをしたくてもカイトシールドにフルフェイスヘルム、プレートメイル! 全部、第一層では手に入らない装備だ。武器だって現状は≪アニールブレード≫を数段階強化したのが最高装備だ。このままこの階層で冒険を続けても、俺達は皆同じような装備、同じ様なスタイルのプレイヤーで固定されてしまう―――そんな欠片も自由の無い冒険は嫌だ」

 

 ハッキリとディアベルは言う。

 

「脱出が目的であれ、この世界で生きる事が目的であれ、俺は量産型の冒険者なんて絶対嫌だ。何をするにしたって”俺だけの俺”でいたい。誰だってそうだ。特別な自分を演じられる、なれるからソードアート・オンラインってゲームに手を出しているんだ。こんな所で止まるわけにはいかない、そうだろ皆!」

 

 ディアベルの言葉に同意する様な声が大きく、返ってくる。誰だってそうだ。現実世界はしがらみやルールばかりなのだ。そして、”特別”がほとんど存在しない。だがここは違う。ソードアート・オンラインは違う。レベル制MMOは注ぎこんだ時間と労力に従って絶対の結果を与えてくれる。努力すればするほど報われる世界がここには存在しているのだ。なのに第一層だけの状態だと、努力しても誰もかれもが同じようなものばかりになる。

 

 特別にはなれない、そこらで溢れている一人になってしまう。

 

 そんなものは、耐えられない。

 

「だからこうやって今日は第一層完全攻略―――≪イルファング・ザ・コボルトロード≫を突破する為のレイドパーティーの音頭を取らせてもらった! 俺はベータテスターだった! だからこう思う、力と技術と知識を持っている! それは最前線で使わなきゃいけないんだ、と。それがベータテスターとして先を知っている者の義務なんだ! もしかして今はナイトのロールに酔っているのかもしれないけど、それでもこの選択肢は絶対に間違っていない筈だ!」

 

 なぜなら、

 

「今、俺の前にはこんなにも同意してくれる同志がいるからだ! 俺は決して一人じゃない! そして俺の前にいる君達も、決して一人じゃないんだ! 最終的な目的はバラバラかもしれないけど、それでも目指すものは一緒なんだ、俺達は協力し合える仲間で同志なんだ! だからここに第一層攻略レイドパーティーの結成を宣言させてくれ―――!!」

 

 そう言ってディアベルが声を張り上げ、それに続く様に歓声が響く。ディアベルが場を熱狂させるその手腕を見て単純に”上手い”と評価する。演説などで周囲を熱狂をさせる上で重要なのは”共感”させる事だ。そしてその上で”納得”させてから”共通認識”を生み出すことだ―――つまりは一丸となる感覚を生み出し、演説者と拝聴者の間で共有できる価値観を作り出すのだ。そしてそれに対する気持ちを溢れさせ、言葉を通して伝播させる。物凄くシンプルな事ではあるが、今回の演説に関してディアベルはそれをうまくこなしている。

 

 ディアベルの背後にいる二人のプレイヤーから完全に視線を外し、自分に注目を集めている。

 

「流石、やるな」

 

 小さく呟くつもりで評価するが、それを聞かれたのかディアベルは此方にギリギリ見える様に、小さく笑みを浮かべる。伊達や酔狂でレイドパーティーをまとめると宣言している訳ではない、というのがそれだけで伝わってくる。ただ、完全にそうやって全員を熱狂に巻き込めている訳ではないのは見ていれば解る。レイドパーティーの参加希望者に数名、冷静、冷めた視線でディアベルを見ている者がいる。

 

 まずは一人目、顔見知り―――キリトだ。

 

 此方へと向ける視線は少々申し訳なさそうだが、それでもキリトは確かにちゃんと、広場の一角に座ってレイドパーティーに参加の希望を見せていた。一時は危なくも感じた少年がしっかりと己の意思をもってここへ来た事に軽い安堵と、そして期待を感じる。その次に冷静、というよりは冷めているのが、その横に座っているマント姿の人物。

 

 ……息遣い、骨格からして女かなぁ。

 

 全身マントで姿を確認できないが、見える足首の細さや手首の細さからして女だと思うが―――恐ろしいほどに冷めており、そして余裕がない。感じ取れる気配はそういう類のものだ。思い詰めている、と表現していい。だがどうやらすぐ近くに座っているキリトが話しかけているようだし、自分の出る幕はないのだろう。

 

 次もまたマントで全身を隠した男だが―――この男は恐ろしく何も見えない。冷めているのか、冷静なのか、そういった一切の気配を欠片もにじませない、闇の塊の様な男だった。それは間違いなくマント越しに見える体格として理解できた。

 

 そして最後に―――ハーフコート姿、オールバックの髪型の男だ。

 

 どっかで、見たことがある様な気がする。そう直感が訴えかけてくるが、それでも見た覚えはない。アルゴの客リストの中に混じっているのを確認したことがあるのか、そんなもんだろうと判断する。ともあれ、意外とこの状況で冷静に自分を保っていられる存在は多いらしく、ちょっとだけ驚かされる。が、その程度だ。数人残った程度ではどうにもならない。ディアベルが会場の感情を操作してくれるおかげで此方の出番が非常にやりやすくなってくる。

 

「―――そして、俺は君達に紹介したいんだ、既に≪イルファング・ザ・コボルトロード≫に挑戦し、調査を行ってくれたプレイヤーに! あの攻略本のデータ取得を手伝ってくれたプレイヤーのシュウさんだ! さっきから皆、なんでオレンジプレイヤーが……なんて事を思っているかもしれないけど、彼は一度MPK被害にあっていて、その対処の為に止むを得ず刃を抜くしかなかったんだ。そしてそこで殺めてしまったプレイヤーの為にも、必死に攻略本の完成に協力してくれた、心強い俺達の味方なんだ!」

 

 そう言って、

 

 視線が今までディアベルの背後で黙っていた俺へと向けて集中する。ディアベルのおかげで此方へと向けられる視線の類は同情的なものが多い。が、その中にまだ、疑惑を向ける様な視線が向けられているのに気付ける。流石にそのままのりで全てを流せるわけではないのだろう。説明があったとはいえ、犯罪者は犯罪者だ。オレンジのマーカーはそれだけで恐怖の対象なのだ。

 

 広場に集めっているレイドパーティー、その中にひっそりと混じっている弟子の姿を見つけ、少し心配そうな表情を浮かべているのに気付く。あの少女は自分の師が一体どんなもんかまだ良く解っていないらしい。なのでディアベルの横に立つ。そして片手を上げる。

 

「やあ、諸君。紹介に預かったシュウだ。元々今回俺は情報だけを渡して―――攻略に参加する気は全くなかったんだ。そりゃあ、だってそうだろう? 俺はあの時その選択肢しかなかったと思うぜ。MPKはやればカーソルがグリーンのままだ。オレンジにならないから普通に街の中に潜む事ができるんだ。過ちは償えないわけじゃねぇさ。だけど、ここでこいつを逃せば次がある―――それは許せないよな? だから俺は斬った、その選択肢に後悔はない。だけどな、自分がどういう状態かも良く解っている。だから攻略に参加しようとする事はやめてたんだけど―――」

 

「―――俺が強く参加する事を頼んだんだ。現状、ベータ版の階層ボス、≪イルファング・ザ・コボルトロード≫と現在の≪イルファング・ザ・コボルトロード≫はデータ的に変わっているし、モーションやAIの進化が見られている。それを経験したのは全プレイヤー中でも彼だけなんだ。俺達が一人も欠ける事無く攻略するには、どうしても経験者の力が必要だったんだ!」

 

「と、まあ、彼の情熱に押されちまった参加してきたわけさ―――」

 

 ―――ちなみに、半分は嘘である。

 

 数日前、レイドパーティーを結成したいとディアベルがアルゴを訪ねてきた。そして生存率向上のために俺を利用したいとも言ってきたのも彼だ。だがディアベルはそんな情熱的に誘ってきたわけではないし、俺だってそんな義憤を抱く様な人間ではない。だが、”攻略しなくてはならない”という気持ち、そして目的は一緒なのだ。ならば協力できる事はある。

 

 リスクとリターン、デメリットとメリット。

 

 それを互いに、しっかりと考慮する。

 

 ディアベルもまたアルゴと同じ、ビジネスパートナーだ。

 

「だからと言って、疑いが晴れる訳じゃない。それは俺がよーく解っている」

 

 だから、と言ってディアベルの横で腕を組む。それを見たディアベルは横に立ち、そして腰から一本の剣を―――自分の≪アニールブレード≫を抜き、そして構える。それを横に立ち、腕を組んだまま動かずにいると、一歩後ろへと下がり、そして剣を両手で構える。これから起きるであろうことを、ここにいるプレイヤーの誰もが予想する。しかし、口は動かないし、行動にも出ない。だから遠慮する事無く、ディアベルの剣が動く。

 

 ―――刃が二回振るわれる。

 

 組んでいた両腕が切り落とされ、HPが一気に安全を示す緑色から危険を示す黄色のゾーンへと追い込まれる。床に落ちてポリゴンとなって砕け散る両腕に視線は集まってから、両腕の存在しない此方へと視線はむけられる。幸い、SAOでは部位欠損による継続ダメージは発生しないから出血死の様な状況は発生しない。だがこのまま放置すれば、間違いなく普通のモンスターに抵抗する間もなく殺されるだろう―――普通なら。ただ一般的に見れば無抵抗のまま殺せる最大のチャンスに見えるだろう。

 

 だからここで、口を開く。

 

「見ての通り俺はオレンジだ―――グリーンが斬っても決して犯罪行為にはならない。安全圏として保護されている街中でもオレンジプレイヤーを斬る事ができる。だから好きに俺を斬るがいいし、監視もすりゃあ良い。俺のことが信用ならないけど情報が欲しいならボス前で両手足斬りおとして縛りあげてもいいぜ。俺は一切文句は言わないし、それでいいと思う」

 

 一旦間をあけ、

 

「―――SAOの攻略には俺も命を賭けてるんだ、それを理解して欲しい」

 

 勿論、死ぬ気なんて欠片もない。だがこの場で殺されるという風になったら、自分が間違えたと素直に認め、その場で死ぬ用意はできている。何せ、世の中そんなものだ。一つのミスで死へと直結するのだから、まあ、それも悪くはないと思っている。

 

 だがそんな考えとは裏腹に、会場は一斉に口を閉ざす。まるで此方の気迫に飲まれたかのような静けさ―――それはディアベルと俺で用意した”台本通り”の流れだった。ほとんど誰もが黙っている中、ユウキは心配そうにそわそわし、キリトは呆然とキチガイを見る目で睨んできて―――そしてマントの男はまるで面白いものを見つけた様な、喜色を気配で表現していた。それを察知し、小さく胸中で呟く。

 

 ―――なるほど、ありゃあ同類か。

 

 自分と同じ、死生観が壊れているやつ。いるもんだ、と感心していると、プレイヤーの一人が立ち上がる。

 

「ワイは犯罪者は犯罪者として処罰されるべきだと思うわ―――けどな、覚悟を決めた男の覚悟を邪魔するもんじゃないと思うし、過ちは償わなきゃならんと思うんや。今、ワイらの前におるんわただのオレンジやなくて責任を果たそうとする男やないのか!?」

 

「……釣れた」

 

「首が繋がったね」

 

「ま、こんなもんさ。音頭は任せるぜリーダー」

 

「任せてくれ、不可能を可能にしてしまうのがナイトなのさ」

 

 腕を組んで、胸を張るプレイヤーの言葉に同調する様に言葉が広がり、そして爆発的な歓声に変わる。それを聞いたユウキが不満げな表情とほっとした表情を浮かべ、そしてマントの男が小さく、拍手しているのが見える。アレはたぶん此方の思惑を冷静に看破しているのだろう―――ともあれ、ディアベルとの共謀による思惑は達成された。

 

 ―――あとは自分抜きでレイドパーティーが≪イルファング・ザ・コボルトロード≫を討伐すればそれで良い。

 

「さあ、皆! 攻略は明日だ! だから今夜は盛大に飲んで、歌って、笑って遊ぶぞ! 攻略は明日だ、誰も死なせる気はないけど、それでも決戦前夜だ、派手に遊んで交流して、明日に備えよう!!」

 

 漸く、アインクラッドの攻略は本当の意味で始まった。




 ディアベルはんが全くの別物へワープ進化し始めた。なんだろう、この言葉にできない黒さ。あとプニキとヒスクリおじさんがなんかしれっと参加してますが気のせいかもしれません。

 個人的にはプニキの生み出したPK手段には関心させられてばかりなんだよなぁ、もっとああいう柔軟な発想を持ってるプレイヤーが増えるべき。

 なおお気づきでしょうが、この世界原作よりも遥かに進化しています。世界自体が定期的に経験によって学習し、アップデートを行っています。世界の経験が増えれば増える程スキルやクエスト、装備などが増える様になっています。

 もしかして技術力や科学力も前進するかも……?

 というわけで次回、攻略前夜祭

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