修羅に生きる   作:てんぞー

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王と挑戦者達 Ⅱ

 ―――夜。

 

 昼間に行われた作戦会議を終え、夜になると迷宮区に一番近い町にレイドパーティー参加者全員で一つの宿を取る。その宿は全員で出すものだが―――≪料理≫スキルを習得したプレイヤーによって調理された、普通では食べられない料理の数々がテーブルの上には並べられていた。ベータ時代であれば簡単に入手できたかもしれない料理の数々だ。だが今、このデスゲーム状況で生存につながらない≪料理≫なんてスキルを取るプレイヤーは全くいないだろうし、それを育てる事なんてもしないだろう。

 

 故にこうやって、≪料理≫スキルを習得し、活用しているプレイヤーに料理を振る舞ってもらっている状況はアルゴの情報力のおかげである。そうやって、今、衛兵NPCがいないこの街の宿屋では、盛大なパーティーが繰り広げられている。一部の社会不適合者を除き、ほとんどの者が酒を片手に大きく騒ぎ、良い、そして今宵を楽しんでいた。

 

 なぜなら、これがおそらく、デスゲーム化が始まってから一番多く人が集まって、”楽しんでいる”時なのだろうから。

 

 デスゲーム化されてから誰もが下を向いて生きてきた。あるいは前へ進もうと頭を上へと向けていた。それでも、こんなに人が集まってパーティーを繰り広げる事なんてまず不可能だった。だってそんな心の余裕は誰にもなかったのだから。だけど今、”次”へと進む為の集まりがここに広げられている。そして皆がどういう形であれ、勝利する事を祈ってここに集っている。

 

 誰も、負けるつもりはない。であるなら笑って前へと進むのみ。自然とみんなが笑顔になり、そしてこの時を楽しんでいた。そこには自分の姿もあった―――意外な話だが、オレンジではあるが、ディアベルの演説が通じたのか、少なくとも迫害されるようなことはなく、ボスを本当に倒するのかどうか、経験など、そういう話でよく引っ張りまわされる事となった。負ける気はなくとも、それでも不安は残るのだ。

 

 誰も、死にたくはないのだ。

 

 今を力の限り、全力で生き残ろうとしている。

 

 その心意気、その覚悟、その為の力が実に眩しい。

 

 人は、そして自分は、こうあるべきなのだと実感させられる。社会の中で得た当たり前の権利を”当たり前”として受け入れ、育ってきた。それは何も悪くはない事だ。法によって命が保障されているのだから。だけど、それを本当に当たり前として受け入れていいのだろうか? それを勝ち取る為に一体何をしてきた? 先人たちに一体何をしてあげた? ない、何もないのだ。当たり前の日常を過ごして、そしてそれに甘えるだけの日々。”働いて社会の貢献すればそれで当たり前の権利を手に入れられる”、それだけの生活を送る歯車だったのだ。

 

 だけどここは違う。

 

 そんな当たり前の権利が存在しない。

 

 故に人の原初の輝きがここには存在する。ありていに言ってしまえば”死にそうな程に生きる事に狂う”人間の、力強い姿がここに合った。それは今までの人生で、見てきた何よりも美しい。そしてそれはまた、最も”生きよう”とする存在から放たれるものであると理解している。そういう美しさであれば、

 

 ダントツの者がいるわけだが―――

 

「―――なにやってんだお前」

 

「ふへぇ?」

 

 酒の入ったコップを片手にユウキが目の前にいる。そこまでは良い。だが顔が真っ赤になっているし、もう片手にはボトルが丸一本どころか指の間に挟むようにして四本持たれている。しかも軽くそれを確かめれば、四本全部が空っぽになっている―――ユウキから感じ取れる酒臭さからすると、この十三歳児、見事に四本一気飲みを果たした模様。俺でさえここまで無茶なことはしないのに、なんてことを思っていると、ユウキがやって来て、此方の胸ぐらを掴んでくる。

 

「師匠ぉ!」

 

「なんだぁ弟子ぃ!」

 

「師匠ぉ!」

 

「弟子ぃ!」

 

「師匠ぉ!」

 

「うるせぇ! ガキがアホの様に酔ってるんじゃねぇ!!」

 

 近くのテーブルからボトルを一本奪い、その口を手刀で叩ききって、中身をユウキの顔面に浴びせる様に上から垂れ流して飲ませると、それを口を開けて飲んだユウキがそのままひっくり返って床に倒れる。残った中身をラッパ飲みし、窓の外へと向かって空っぽになった瓶を投げ捨てる。

 

「うおおお―――!? なんか横から瓶がぁ!?」

 

「悪いキリト、それ俺ぇ!!」

 

 窓の外を見るとマントの少女相手にキリトがナンパ中だったらしい。窓の外殻上半身を出して、軽くキリトへと手を振りながら、

 

「ここはデバガメが多いから連れ込むなら違う宿使えよ!!」

 

 空っぽのボトル瓶が顔面めがけて投げ返されてくるので、それを素早く回避し、そして再び宿の中へと戻る。キリトの事はまだ子供だと思っていたが、よく考えればもう十五前後の歳だったはずだ。自分が十五といえば既に性教育を終えて森へ熊狩りに出かけていた年齢だ。そう考えるとキリトも大分大人になっているのだろう、女体に興味が出てくるのも割と仕方がない話なのだろう。

 

 と、そんな事を考えてから視線を床、足元へと向ける。

 

 そこには見事白目のユウキが存在し、その体を両手で横に、お姫様抱っこ状態で持ち上げる。そのまま両膝を折って床に着け、上半身を軽く逸らす。

 

「いったい誰がユウキちゃんを……! ……犯人はこの中にいるな!?」

 

「お前だよ!」

 

 割とノリが良いのか、ほぼ全員が一斉に声を揃えてリアクションを取ってくれる。その事に一瞬だけ空気が止まり、そしてそれから爆発する様に笑い声が宿内に響く。その雰囲気を心地の良い物だと認識し、ユウキを肩に乗せる様に担ぎ直す。やはり、若いと軽いなぁ、とその重みを肩に感じつつ歩き出そうとすると、見知った顔の青髪が―――ディアベルが寄ってくる。

 

「やあ、どうやら打ち解けられているようだね」

 

「まあな、奢り、助かってるぜ」

 

「え……ちょっと待って。それ、初耳なんだけど―――」

 

 ディアベルの悲鳴を無視して、そのままユウキを担いだまま宿屋の二階へと上がる。なんだかんだでユウキは少女だ。既に時間が十二時を過ぎていることを考えれば、十分に眠くなる時間だ。今日は心配させたりはしゃいだりで色々と疲れただろうし、酒だけが原因、というわけではないのだろう。木製の階段を一段ずつ踏みながら階段を昇って行くと、

 

 宿屋の二階、宿部分に到着する。ユウキと同室でとった部屋は確か突き当りだったなぁ、と思い出し、左手を鍵を取りだす為にポケットに入れると、廊下の突き当りから出てくる人の姿が見える。ほぼ灰色の白髪、それに一階層で入手できる鎧の中では一番強固であろうブレストプレートを装備した男、

 

 ディアベルの演説で熱狂しなかった者の一人だ。名前は知らないし、やはり見たことのない顔だ。どこかで会った様な気はするのだが、感覚だけが脳にこびり付いて気持ちが悪い。どうした者か、と思ったところで、相手の方が先に口を開けた。

 

「―――ヒースクリフ」

 

「……?」

 

「いや、なんだか私の事を気にしていたようだからね、予め言っておくけど君と私は初対面の筈だが……?」

 

「そう言うならそうなんだろうな。悪い、多分似た知り合いがいるのかもしれない。なんか雰囲気が誰かと似ている気がしてなぁ……っと、こんな所で何をしてたんだ?」

 

「私か? ……あまり騒がしいのも得意ではないからな。少し離れた場所で笑い声を肴に酒を飲んでいたんだよ。私は昔から何をするのも冷めた性質でね。そんな男が一人あの空気に混じって台無しにするのも悪いからね。まぁ、酒が切れてしまったからね」

 

 そう言ってヒースクリフは片手で握っている小さな酒瓶を見せ、そして肩を揺らす。そのしぐさを見て小さく笑おうとしたところ、肩に担いで運んでいる間に寝息を立てていたユウキが小さく動く。その動作に二人で黙り、鍵を握りしめながら人差し指を口に当てる。それを見たヒースクリフが頷き、お互いに音を殺す様に横をすり抜けて通り抜ける。

 

 そのまま廊下の奥まで到着すると扉の鍵を開け、そして部屋の中に入る。先程までは酒で顔がぬれていたりもしたが、SAOは液体の表現が苦手だったりするので、大きな水の塊でもない限り、こういう細かい水はすぐになくなってしまう。その為、既にユウキの顔は乾いていた。それを確認し、音もなくベッドの上にユウキを寝かすと、また音を殺して部屋の外へと出る。

 

 安宿ながらすべての部屋は≪聞き耳≫スキルがなければ完全防音設定となっているらしく、扉を閉めてしまえばユウキを騒音で起こす心配はない。

 

「さって、と。もうちょっと交流を深めようかなぁ! ―――あとナンパ」

 

 今、もしかしなくても自分の人生が輝いているのではないだろうか―――そんな事を考えるが、良く考えてみればSAOに来てからは人生では欠片も役立つ事のなかった戦闘技術が全部使用できるのだから輝いていて当たり前の話だった。しかし父も祖父も改めて考えるとキチガイの極みというか―――再びアメリカやロシア、中国に攻め込まれた時に武器がなくても戦争ができる様に鍛えるって正気なのだろうか。いや、正気だったら息子をこんな怪物にしたて上げる事もないだろう。ともあれ、

 

 自分の代で家が滅んで本当に良かった。こういうキチガイは消えた方が世の為だ。

 

「世の中間違ってんなぁー……」

 

 つくづくそう思いながら廊下から窓の外へ視線を向ける。

 

 月明かりが照らす夜の闇の中、緑色のマントで全身を隠す怪しい男が外から此方へと視線を向けていた。その顔はフードに隠されていて見る事ができないが、まず間違いなく此方へと視線を向けたまま、笑みを浮かべている事だろう。明らかに此方を誘っている類の視線だった。正直な話、あの男には興味がある。だから窓を開け、そのまま窓から飛び降り、転がるように受け身を取って着地する。そしてそのまま片手を上げてマントの男へと近づく。

 

「よう、誘ったか」

 

「あぁ、割と面白い事を昼間にやってたからな。いい演技してたぜ―――本気で言っているのに欠片も信じてねぇ、まるで政治家を見ている様な演説だったぜ」

 

「そりゃあ重畳、言ったからには本気だけど、大体でまかせだからな」

 

 あっけからんとした態度に男は成程、と呟いて頷き、

 

「Poh(プー)だ、よろしく頼むぜ兄弟」

 

 そう言ってPohは自身の名を伝えてくるが、兄弟の言葉の意味が良く解らない。

 

「兄弟?」

 

「おいおい、お前っも俺と同類なんだろ? だったら兄弟ってもんさ。こうやって会って、確かめてみれば解るだろ? 俺も、そしてお前も、精神的なストッパーが存在しねぇ。殺ろうと思えば迷う事無く実行できる人格破綻者だ。そういうのは目を見なくても臭いで解る。俺もお前もそういう性質だろ? So, I call it as brothers, or that is how we say it in America」

 

「やっぱ訛り方からしてそっちの方かと思ってたけどアメリカ人か。良くもまぁ、日本のゲームを手にできたもんだ」

 

「金さえ積めばそう難しいもんでもないさ……しかし、惜しいな。本当に惜しい」

 

 Pohはそう言って残念そうな雰囲気をマントの下から滲ませる。縁起でも何でもなく、心の底からそう思っているようだ。

 

「折角同類を見つけられたと思ったが、俺とお前じゃ方向性が違うな。組めるかと思ったがそうでもなさそうだ。そこが残念でならない……が……まあ、人生そんなもんだろう。味方を作るつもりで敵を育てるのもまた一つの楽しみ方だろう」

 

 小さく笑い声を零すPohの意図は理解できている―――こいつの言う通り、こいつと俺は方向性が違うだけで考え的には全くの同類だ。必要であれば殺すことに全く躊躇を感じないし、手を汚す時は手段を選ばない。躊躇の無さと手段の選ばなさ、それに精神的なぶっ飛び方。その点に関してはこいつと俺では非常に似ている。ただ方向性が違う。

 

 こいつが悪性で、そして俺が善性。真逆の方向へ向いている。

 

「ま、お互い目障りになったら―――」

 

「―――殺せばいいな。今はお互いに敵でも何でもないから刺激的に楽しもうぜ」

 

 それには同意する。毒も利用できる間は積極的に利用すべきだとは思う。Pohの立ち方を見れば一目でこいつが重度の訓練を受けた事のある人間である事が理解できる。まるで常に奇襲を警戒しているような隙のなさ、それはまた自分にも通じる話だ。

 

「しかしお前、元軍人か何かか?」

 

「現役の、だ。明日のショー、楽しみにしてるぜ、Bro」

 

 そう言い残してPohは背中を向け、そのまま夜の闇へと消えて行。くが、明日の攻略に参加する気はある様なので、心配しなくてもそのうち帰ってくるのだろう。それよりも問題なのはPohの精神性だ。アレは間違いなくこれから人をたくさん殺すだろろう。Pohはまた此方とは違う意味で殺人に対する忌避感がない。Pohは殺人に意味を見出さないタイプ―――つまり意味もなく殺すタイプだ。

 

 故に千人殺した所で、欠伸をし、寝る前の運動だと言って更に千人殺して眠れる。

 

 放っておけばまず間違いなく多くのプレイヤーが死ぬだろうが―――それでいい。

 

「ああいう手合いは適度に放置していた方が全体が”刺激”されるしな。正義感で立ち上がるプレイヤー、倒すために結束するプレイヤー。あぁ、見えるな、義憤で立ち上がる姿が。利用できるな、お互いに」

 

 だからこそ、危険分子であっても殺しあわない―――お互いに利用価値が存在するから。

 

 それに馬鹿ではない。

 

 攻略の支柱となるプレイヤー達を襲うようなことは絶対にしないだろう―――攻略の時間が延びれば延びるほど危険になって行く事を、あの男も現段階で気付かない訳がない。

 

「ま、邪魔になったら消せば良いか」

 

 結局はそれに尽きる。そしてそれで話を終わらせたところで、オールナイトぶっ通しで続くであろうそのどんちゃん騒ぎに混ざる為、今までの雰囲気を全て投げ捨てて宿屋へと戻って行く。

 

 ―――決戦は、明日。




 原作SAOで一番のマンチ発想のプニキが好きでした。なのでアリシでの小物っぷりには割と、というかかなり残念だったんだよなぁ……。文庫版だとそこまで進んでるのかな……?

 しかし第一層でプニキ、茅場マンと二大ボスが揃ったなぁ。

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