見た目だけで勘違いです(信じてくれない)   作:葛城

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プロローグ

 

 ──ある日、世界の法則が変わった。

 

 

 キッカケは、いや、始まりは、人々の、もしくはこの星に住まう全ての生き物の心に響いた、とある存在からの呼び声からだった。

 

『──戦いの時、来たれり──』

 

 それは、もしかしたらこの星……地球の声だったのかもしれない。

 

 あるいは、もっと大きな……銀河の声、それどころか、この世界でもある宇宙そのものからの呼び声……意思だったのかもしれない。

 

『──戦いの時、来たれり──』

 

 なんにせよ、それを知る意味も、理由も、必要なかった。

 

 何故ならば、その声が生き物たちの心に響いた時にはもう、全ての生き物は、己が成すべき事を理解し、どうしてそうしなければならないかを理解していたからだ。

 

 

 ──成すべき事とは、異なる世界からの侵食に抗うこと。

 

 

 侵食とはすなわち、宇宙の食らい合い。

 

 宇宙は、一つではなかった。

 

 どうやら宇宙そのものが生存するためには、異なる宇宙を食らう必要があるようだ。

 

 そして、この食らい合いだが……どうやら互いが噛みつくような、いきなり致命傷を与え合うようなやり方ではなかった。

 

 例えるなら、互いの領地をスプーンでえぐり取るような、あるいは、少しずつ陣地を広げていくような、そんなやり方。

 

 この世界に──後に『ダンジョン』と名付けられる空間が生まれた。

 

 その数、不明。あくまでも仮説だが、無限にも等しい数がある可能性、極大。

 

 ダンジョンは特殊な空間であり、この宇宙が侵食された傷痕でもある。

 

 人々は速やかにそのダンジョンに入り、最奥にある『核』を破壊することで侵食を抑え、傷を修復する必要がある。

 

 

 ──そのために、世界の法則に『幻想』が追加された。

 

 

 それは、これまでフィクションとされてきたあらゆるモノが含まれる。既存の法則ではどう足掻いても説明できない諸々が、現実のモノとなる。

 

 そこへ──『監視員』が置かれる。

 

 監視員は、この宇宙の触手。『侵食』に抗う存在を速やかにサポートし、それを阻害する存在を速やかに排除する存在。

 

 この時──世界の序列の頂点に、監視員が置かれた。

 

 何人たりとも、監視員には逆らえない。

 

 監視員にはあらゆる交渉は通じない。

 

 あらゆる人の理屈が通じない。

 

 あるのは、『侵食』に対抗するために必要な処置だけ。

 

 人々の社会から、『法』が消え、そこに『監視員』が置かれた。『監視員』が定めたルールのみが絶対となった。

 

 ある者は、『自分たちは、宇宙という身体を生かすための細胞の一つに過ぎない』のだと提唱した。

 

 だから、外からやってくる病原菌を排除するために、細胞には元気になって活発的になってもらいたいし、より強い細胞が生まれてほしいと考えている。

 

 そこに、細胞同士の結託など邪魔なだけだし、細胞から交渉されたところで、そんな小賢しい細胞など排除した方が良いのだと。

 

 不思議と、大半の者たちはその説を受け入れた。

 

 そして、空想上の事が現実になり、現実が空想へと書き替えられたかのように、世界はその姿を変え終えた。

 

 

『──時は来たれり──』

 

『──生き残るために、戦うべし──』

 

『──今、戦いの時なり──』

 

 

 そして、その時より……自らの生きる世界を守るために、異なる宇宙からの『侵食』に抗うこと……それが、全ての生き物が優先させなければならない義務となった。

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………だが、しかし。

 

 それが分かっていても、頭では理解していても、人の心というのは容易く真実を、向かわなければならない現実を見えなくしてしまう。

 

 実際に、世界の……そう、日本という国に住まう人々は、確かに世界の声を、宇宙の声を聞いたし、理解した。

 

 理解したけど、誰もがそれを信じなかった。

 

 あまりにも現実が昨日と変わらなかったから、夢だと思い込んだ。そんなわけがないと分かっているのに、見ないふりをしてしまった。

 

 それゆえに、実際に『これは、のっぴきならない事態になった』と本気で考え、動いた者はごく少数で……『蓮廉太郎《はす・れんたろう》』という男もまた、そのごく少数の内の1人であった。

 

 

 

 

 

 ──目覚めた時、彼の胸中を過ったのは好奇心であった。

 

 

 それは、脳裏を過った謎の声が原因である。

 

 理屈で説明できるものじゃない。ただ、その声に従った方が良いと、彼は不思議なぐらいに己を納得させていた。

 

 おそらく……昨日までの彼だったならば、変な夢を見たなと、夢であると理屈を付けて無かったことにして、それまでと同じく日常を送っていただろう。

 

 けれども、今日の彼は昨日までとは違っていた。

 

 何故なら、彼は仕事を止めたからだ。

 

 正確には、上司の顔面に拳を入れた後で、傍のパイプ椅子を何度も叩きつけてからそのまま帰宅し、途中で購入した安い缶チューハイでドロドロになるまでハイテンションだった。

 

 

 どうしてそうしたのかって、それは溜まりに溜まった積年の恨みが、ついに爆発しただけ。

 

 

 元々、馬が合わない間柄だった。

 

 しかし、再就職の当てもないし、貯金もそこまで多くはない。仕事に徹して、やる事さえやれていたら……そう思っていたが、向こうはそうではなかった。

 

 それはもう、数え上げたら両手と両足の指では足りない、嫌がらせの数々。

 

 事あるごとに『なに、その目? 文句があるなら辞めてもらっていいんだよ』と、わざわざ同僚が集まっている時間帯にて名指しで長々と注意した後での、お決まりのセリフ。

 

 それが、不当かどうかはどうでもいい。

 

 己がどう思ったところで、周りからしたら仕事が出来ていないという評価かもしれないし、客観的に見たら言われるような事をしているかもしれないから、そこは否定しない。

 

 

 だが……そこに、家族を。

 

 

 己が学生の時に事故死してしまった、今はもういない家族の事をダシにして言われてしまえばもう、駄目である。

 

 どんな人間とて、その心には、何人たりとも不用意に触れてはならない柔らかい部分がある。

 

 偶発的に触れてしまったのであれば、まだいい。

 

 その者が冷静に我慢出来るならば、悪気はないのだからとか、そうだとは考えてすらいないとか、色々と誤魔化せるから。

 

 だが、意図的に悪意を持って触れたのであれば、それはもうどうしようもない。

 

 殴り合いで済むならば、まだマシだ。

 

 度が過ぎれば、待つのは命の奪い合い。

 

 何故ならば、魂を傷付けたから。尊厳を傷つけ、触れてはならない部分、そこを悪意で持って傷付けた。

 

 

 ならばもう、殺すしかない。

 

 

 様々なしがらみや理性によってそうならなかった者ではなく、それすらも飛び越えて……こいつを生かしておく方が辛いと思わせてしまえばもう、止められない。

 

 人間……本気で人を殺そうとしている時の目というか、気配を放っている者の前に出られる人は、そう多くはない。

 

 よほど荒事に慣れているか、あるいはそういう訓練を受けているか、それとも、まさか自分が死ぬことはないと平和ボケしているか……とにかく、そんなものだ。

 

 本気で誰かを殺そう、殺さねば自分が死ぬと思っている目をした華奢な女の前では、大の男が思わず距離を取って警戒する……それぐらいの圧を放つ。

 

 ましてや、特別体格が良いわけでもないけど、成人した男がそんな目をして、痛みに呻く上司をパイプ椅子で滅多打ちにしているのだ。

 

 そのうえ、完全にキレて脳のリミッターが外れている。

 

 無意識の躊躇が一切無く、叩きつけたパイプ椅子が壊れ、汗ですっぽ抜けた際には天上に穴を開けるぐらいには、力が込められていたのだ。

 

 そんなの、よほど自信があるか、恐怖心が無い者でない限り、距離を取って避難するのが当たり前である。

 

 

 ……そうして、だ。

 

 

 もう何もかもに愛想を尽かした彼は、『それじゃあ、辞めるから』とだけ吐き捨てると、最低限の荷物だけ持ってそのまま会社を後にした。

 

 その時の彼の胸中にあったのは、爽快感しかなかった。

 

 後の事なんて、どうでも良かった。仕事を失おうが、逮捕されようが、どうでも良かった。

 

 ただ、あの場で何時ものように神妙な顔でやり過ごしていたら、自分は生きたまま死んだ状態にされていた。

 

 己が生きるためには、アレしかなかった。

 

 そして、己は死なないままでいられた……それを思えば、犯罪者としての未来が待っているとしても、彼に後悔はなかった。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………そうして、翌日。

 

 

 アルコールがうっすら残る身体を起こした彼は、いつものように煙草を吸おうとして……痛む手に顔をしかめ、溜め息を吐いた。

 

 幸いにも殴った角度が良かったのか、骨は折れていないようだ。ジンジンと熱を持ってはいるが、そこまでではない。

 

 けれども、煙草を吸う気持ちがなくなるぐらいには痛む。

 

 まあ、1日に2,3本ぐらいしか吸わない程度の身だ。

 

 元々、死んだ父親の姿を真似ていただけだし……おそらく、体質的にニコチンが合わないのだろう。

 

 どうせ刑務所に入れられると禁煙確定なわけだし、これも良い機会か……そう思って小便を済ませてから……改めて、彼は思ったわけだ。

 

 

(……さっきの声、アレって夢じゃないよな?)

 

 

 そう、言葉では説明出来ない現象だ。どういうわけか、声は真実しか話していないと思ってしまう。

 

 

(……試してみようか)

 

 

 実に、タイミングが良かったのかもしれない。

 

 遅かれ早かれ、通報を受けた警察がここに来る。

 

 捨て鉢と言われたらそれまでだが、逃げるにしても逃げないにしても、無視して慌てて荷造りする気持ちにはなれなかった。

 

 だから……彼は、『声の指示』を思い返して、それを行う。

 

 

 ──声の主が何者なのかは、彼には分からない。

 

 

 ただ、『とてつもなく大きな存在』だというのは分かる。

 

 それが、『これから背負わなければならない義務を手助けする』、様々なモノを与えてくれる……というのも分かる。

 

 そして、与えるためには必要な儀式がある。

 

 人間とて同じだ、役所で手続きがいるように、治療を受けるために病院に行くように、食料を得るために店へ向かうように、その場所へと向かわなければならない。

 

 しかし、そこは物理的に存在している場所ではない。

 

 そこへ行くには『鍵』が必要であり、その『鍵』さえあれば、自動的にそいつは連れて行ってくれる……というわけだ。

 

 

「えっと……」

 

 

 その『鍵』は、人によって違う。非常に簡単なモノもあれば、非常に難解なモノもある。

 

 彼の場合は、『トイレを3417回出入り(出入りして1回分)した後に、その場で一礼してから玄関扉を開ける』、である。

 

 まるで意味不明な儀式だが、根気と時間さえあれば達成できるだけマシなのだろう。

 

 これが、肉体的に非常にハードな負担を強いるモノだったら、いくら彼のタイミングが良かったとしても、また後日……と思っていたところだ。

 

 

 ……幸いにも、今の彼には時間があるし、特に急ぎの用事もない。

 

 

 なので、冷静に振り返ると気が狂ったような事でも、彼は気にすることもなく……ちゃんと数えてから、一礼し、玄関扉を開け──。

 

 

 …………。

 

 ……。

 

 ……。

 

『──戦いの時、来たれり──』

『──使命を理解し者よ──』

『──この星の、11番目の者よ──』

『──与えよう、戦うための力を──』

『──与えよう、それを得るための場所を──』

『──使命を果たすのだ──』

『──私は、おまえ達を見ている──』

『──生きるために、戦うのだ──』

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 その声が聞こえたと同時に、視界の全てを埋め尽くしていた光が治まり……気付けば、彼の周りは一変していた。

 

 簡潔に言うと、そこはもう自宅ではなく、広さにして6畳ぐらいの見知らぬ部屋で、ポツンと扉がある。

 

 

 ……既に、彼は理解していた。最低限の事は、既に彼の頭の中に刻まれているようだ。

 

 この扉の向こうには、『ダンジョン』がある。

 

 ダンジョンとは、言うなれば敵の『侵食』によって生まれた、この世界、この宇宙の傷口、ダメージの結果。

 

 ダンジョンには、もはやモンスターなんて言葉の範疇にはおさまらない、おぞましい姿をした怪物がひしめき合っている。

 

 この怪物は、言うなれば敵側が埋め込んだ、傷口を修復させないためのガーディアンであり、その最奥にある『核』によって傷口は開きっぱなしに固定される。

 

 彼を含めた人々の役目は、ただ一つ。

 

 ガーディアンを倒し、最奥にある『核』を破壊する。それによって『傷口《ダンジョン》』は塞がれ、宇宙が負ったダメージは回復する。

 

 この部屋は、その作業を円滑に行うために用意された場所。言うなれば、練習部屋、チュートリアル部屋、セーフティゾーンだ

 

 とはいえ、部屋を作った存在には人間のような感性はないので、窓は無くて閉塞感が非常に強く、照明器具も付いていない。

 

 なのに、どういうわけか室内は明るく、部屋の壁には……なんだろうか、立体映像というか、ディスプレイらしき画面が表示されていた。

 

 画面には、彼の名前が表示されており、その下には……おそらく、彼自身の能力を数値化したものなのだろう。

 

 『体力』とか、『筋力』とか、『柔軟性』とか、『回復力』とか、『幸運力』とか……平均より高いのか低いのか、それは分からない。

 

 とはいえ、他にもいっぱいあるけど、おおよそ意味は分かる。そういったモノが、とにかくズラズラッといっぱい並んでいる。

 

 その中で気になるのが、『カスタマイズ』と『購入』の文字。

 

 これは、その名の通り、彼自身の肉体をカスタマイズしたり、道具などを『購入』するための機能。どうやら、『ポイント』を消費して、カスタマイズを行うようだ。

 

 今はまだ、操作するための『ポイント』は……多いのか少ないのかは不明だが、そこまで一度にあれもこれもとはできない程度のポイントしか付与されていない。

 

 このポイントを増やすには、ダンジョン内を跋扈する怪物を倒し、この宇宙のために良くなることをすればいい……というわけか。

 

 そして、画面の右上にも謎の数値……これは、並んでいる他の数値とは違って、時間と共に減って……ああ、なるほど、時間だ。

 

 これは、この部屋に居られる時間だ。

 

 時間制限があるのは、あまり長くこの空間を維持し続けていると、その分だけ『侵食』への抵抗がおざなりになってしまうから。

 

 つまり、ここに表示されている時間は、独立していない。より早く儀式を行ってこの部屋に来た者ほど、後々に有利ということ。

 

 

「……グダグダ言い訳とか欲の皮突っ張らせず、素直に言う事を聞いたやつを贔屓するってわけね」

 

 

 声の主……この世界、この宇宙からすれば、人類の意思や総数なんぞ大した意味はない。いちいち反抗的な存在なんぞ、捨て置いた方が効率的なのだろう。

 

 おそらく、それは今後も続く。

 

 いや、むしろ、時間が経てば経つほど、何時までも命令に従わない者に対しての扱いは、酷いモノになっていくだろう。

 

 

「……どうせ、無職になったんだ。警察が来て、刑務所行きだ」

 

 

 それを、既に分かっていた彼は……壁のディスプレイを操作し、『購入』より……『頑丈な棍棒』を購入する。

 

 

「両親はとっくに墓の下、親戚付き合いなんてないし、彼女だって居ない、天涯孤独の身……なら、やったろうじゃん、最後ぐらいはさ」

 

 

 フッと、空間より唐突に出現し、床を転がった『頑丈な棍棒』を手に取った彼は。

 

 

「世界のために、正義の味方をやったろうじゃん!」

 

 

 その言葉と共に笑みを浮かべると、アドレナリンをビンビンに分泌させながら……血走った目を、扉へ向けるのであった。

 

 

 

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