見た目だけで勘違いです(信じてくれない)   作:葛城

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※ バイオレンス注意


第3話: 残念ながら、慈悲はもう尽きた

 

 

 世界が変わる前は、半裸で外を出歩く……だなんてのは軽犯罪に当たり、警察に捕まるのが当たり前であった。

 

 国にもよるが、日本においては半裸で外を出歩く行為は=露出行為に当たり、おおよそ三つの違反のどれかに該当され処罰される。

 

 

 一つ、迷惑防止条例違反。

 

 一つ、軽犯罪法違反。

 

 一つ、公然わいせつ罪。

 

 この三つである。

 

 

 世界が変わる前であれば、それだけの話であった……が、世界が変わってからは、違う。

 

 人間の、社会の、日本という国での法律というのは、もはや紙に記された落書きであり、あくまでも『世界』が黙認しているうえで許される、みせ掛けのルールでしかなくなった。

 

 そう、はっきり言ってしまうと、既に半裸で……それどころか、生まれたままの姿で外を出歩いたって、なんなら性器を見せびらかしたって、それはもう罪ではない。

 

 何度も言うが、人の理屈やルールなんぞ、『世界』からすれば心底どうでもよく、そんな些細な事よりも他の世界からの侵食に抵抗し、協力してほしいのだ。

 

 いや、してほしい、なんて話ではない、協力するのが義務であり、協力しないのであれば排除する。

 

 あくまでも、世界のためにダンジョンへと向かい、やる事をやっていたならば……という前提だが、それが現在の絶対的ルールである。

 

 

「……え~っと、メンタルヘルスや精神病院への受診経歴はありますか?」

「さすがに、この姿を見てそんな感想が出てくるのはどうかと思う」

 

 

 思わず、彼女はそう言い返した。そうなるのも、致し方ないだろう。

 

 

「色々思うところあるけど、あんまり警察をナメない方がいいよ。女だからって刑務所行かないとか思ってない?」

「思う思わないもなにも、状況を分かっていますか? こうしている今も、貴方達のカルマ値が下がり続けているのですが……」

「あ~、そういうの、もういいから。その特殊メイクってやつ? すごい精巧だけど、肌に張り付けるのはやり過ぎだよ」

「……はあ、まあ、皆様方がそれで納得されるのであれば、構いませんけど」

 

 

 さて、場所は路上から、最寄りの警察署へ。

 

 その際、現在の彼女の姿ではパトカーに乗れず(翼が、ね?)、仕方なく応援で来てくれたマイクロバス(たぶん、輸送車)にての連行となった。

 

 それから、なんとも失礼過ぎる眼差しを受けてから、とりあえず露出行為を反省しなさいと留置所へと押し込まれた。

 

 どうやら、反省の色無しと判断されてしまったようだ。

 

 その際の、彼女の姿(腕6本、翼有り)だが……警察官からは、『金を掛けた精巧なコスプレ』という認識で終わった。

 

 

 ……正直、『こいつら正気か?』と思った彼女だが、実はこれこそが正常性バイアスの恐ろしさなのである。

 

 

 当人たちは、冷静に考えて目の前の現象を『映画の撮影』や『若者の悪戯』として認識し、警察官たちですら、眼前の人外的存在を『特殊メイクなどをしている露出女性』としか認識しない。

 

 冷静に考えたら、ありえない事だ。

 

 なにせ、彼女の姿はもう、どう見ても作り物の域を超えている。

 

 ロボットのように一定の動きしかしないわけでもなく、触れば一肌程度に温かく、樹脂のような固い感触もなく、むしろ、女性のそれを思わせる柔らかさしかない。

 

 背中の翼だって、遠目からでは誤解したとしても、間近で見たらすぐに分かる。『あ、これ、本物の羽だ』、と、本物でしか出せないモノがある。

 

 つまり、100人中100人が、『え、これ本物じゃないの?』と考える……そう思わせる要素がこれでもかとてんこ盛りであった。

 

 なのに、当の警察官たちは根拠もなく信じない。不思議な話だが、当人たちは冷静に判断しているという認識なのだ。

 

 冷静に考えて、もっとも納得できる否定材料を掻き集め、こんなのは嘘っぱちで、すぐにまた何時もの日常が来るのだと、冷静に思い込んでしまう。

 

 その事に、彼ら彼女らはまったく自覚が無い。ある意味、恐ろしさを覚えるほどに思考が愚鈍化しているのだ。

 

 そして、このバイアスが完全にハマっている人ほど、反動が大きい。

 

 言うなれば、力を加え続けたゴムみたいなモノだ。

 

 一度バイアスから解き放たれた者は、それはもう真逆の行動を取る。気が動転してその場から動けなくなるだけならまだマシだが、最悪は……パニック行動を取る。

 

 災害時などで、災害による怪我ではなく、避難行動中に死傷者が出る理由がコレで……それほどに、バイアスがもたらす無意識の影響力は大きいのである。

 

 

(……なんとなく、警察官たちのカルマ値が下がっているっぽいのは感じ取れるけど……これ、最後はどうなるんだろう?)

 

 

 とはいえ、だ。

 

 縁もゆかりもない相手に、ましてや優しくしてもらった事すらない相手に、そこまで心を砕く気持ちにはなれない。

 

 これまでは、無知だったらいくらか許される世界だった。少なくとも、この国では。けれども、これからは違う。

 

 無知でいるのは大罪だし、無知でいようとするのはもっと大罪で、平和ボケに浸る行為はもはや大罪であり害悪になった。

 

 そのツケを支払うのは、当人たちであり、逃れられない……だいたい、既に彼女は忠告した。

 

 それどころか、根気強く説明したのに、彼女への警察官の返答が、冒頭のソレであった。

 

 ついでに言えば、その目は……傍目にも分かるぐらいに冷たく、『頭のおかしい人』を見る眼差しをしていた。

 

 

 ……いや、まあ、警察官の反応も分かるのだ。

 

 

 最初から最後まで、妄想に狂った精神疾患持ちの戯言だと思う気持ちは、よく分かる。彼女としても、己が逆の立場だったなら、『ヤベーやつに当たったぞ』と身構えていたところだ。

 

 だからまあ、信じないという行為は納得できる。

 

 こんな事を言うのもなんだが、いきなり全てを信じて昨日までの常識を全て捨てろと言われて、はい分かりましたと動けるわけがない。

 

 しかし、そんな言い訳なんぞ通じる相手ではない。

 

 世界からしたら、事前に説明して猶予を与えただけでも相当な慈悲なのだ。むしろ、なんでグダグダして戦いの準備やら何やらを始めないの……という感覚なのだ。

 

 

(幸いにも、私の方のカルマ値は下がっていない……これ、アレか、見せしめか? 声に従わず、これまで通りにやろうとしている者への見せしめを兼ねている……?)

 

 

 いち早く『世界の声』を聞いて動いたのは、伊達ではない。

 

 世界から個人に話し掛けて来るなんて事はないけど、なんとなくだが、こういう考えなんだろうなあ……と、推測できるぐらいにはなっていた。

 

 

 ……ちなみに、だ。

 

 

 彼女は気付いていないが、実は『カルマ値』は自分のモノしか確認できない。通常は、他人のカルマ値を感知することは不可能である。

 

 では、どうして彼女はうっすらとだけど感知できるのかというと、それは彼女が選んだ種族が理由である。

 

 説明すると長くなるので詳細は省くが、彼女の種族はそういった感知能力にも秀でている種族なのである。

 

 まあ、それでも成りたてではあるので、今はまだ『なんとなく高いor低いなあ』といった、フワッとでしか感じ取れないけれども。

 

 

 とはいえ、それでも、だ。

 

 

 感覚的だとしても、警察官たち……彼女を拘束し連行して来た人たちだが、そのカルマ値がマイナスへと転じようとしているのは、未熟な感知能力でもばっちり感じ取れた。

 

 そりゃあまあ、これだけ間近だと……ねえ。

 

 ただ、これも断言出来るわけでもない感覚的な話だが、今すぐどうこうわけではないのだろう……と、彼女は思った。

 

 おそらく、それは『世界』の慈悲なのだろう。

 

 なんとなくだが、カルマ値が変動しても一定時間の間に悔い改めて行動すれば許す……といった感じなのかもしれない。

 

 

(悔い改めて行動に移せば許してくれる……あれ? そこらの人間よりよほど慈悲深くない?)

 

 

 限度はあるだろうけど、それでも、人間よりもよほど優しいのではないだろうか……なんとも、皮肉な話だ。

 

 

「……さて、もういいだろう。私は私なりに使命を果たす。警察官たちも、各自のペースで使命を果たしてくださいな」

 

 

 なんにせよ、選ぶのは警察官たちだ。

 

 知らなかった、分からなかった、気付かなかった、そんな言い訳は一切通用しない。既に、慈悲は掛けられた。

 

 後で泣き喚こうが、どれだけ後悔しようが……それで『排除』が確定してからは、如何なる命乞いを行ったところで……っと。

 

 

「──動くな! 拘留日数を増やされたいのか?」

 

 

 椅子から腰を上げた彼女に、警察官たちが目の色を変える。

 

 机を挟んで向かいに居た警察官だけでなく、調書を取っていた警察官が素早く連絡を取り……部屋の外で様子を伺っていた者たちも入って来た。

 

 ここで、彼女が本当に無理やり出ようとするなら……確実に、力技で制圧に動くだろう。そういう目をしていた。

 

 

「……本当に、それで良いんだね?」

「はい?」

 

 

 だからこそ、彼女は……分からず屋の眼前の彼らに対して、己ができる最後の慈悲を言葉にした。

 

 

「もう、ギリギリのところなんだ。あと一歩分、少しでも私の行動を阻害する……すなわち、この世界の意思に従わないという動きを見せた瞬間、この場にいる貴方達全員が、その代償を支払うことになる」

「……脅しのつもりですか?」

 

 

 彼女の言葉に、室内に入って来た者たちが警棒を構える。こういう時、以前ならばスタンガンでも使ったのだろうか……まあ、どうでもいいか。

 

 とりあえず、警察官としての、その対応は正しい。

 

 ただし、それは以前の話でしかないのだけれども。

 

 直接的な言葉ではなくとも、彼女の発言は脅迫の意図があると思われるし、そう思ったのだろう。

 

 特に、貴方達全員(つまり、警察官たち)と限定している時点で、言い逃れはできない……と、判断したのだろう。

 

 警察署からの逃亡ともなれば、もうそれは警察の威信に関わってくる。ゆえに、逃亡の素振りを見せた時点で、警察はもう彼女に対して──その時であった。

 

 

「動くな! 警察への恐喝の疑いで、貴女を一時拘束、留置所に──」

 

 

 ぼう、と。

 

 青白い炎が、警官たちの全身を包み込んだ──そう、タイムリミットである。

 

 

「──っれ?」

 

 

 それは、残酷でありつつも不思議な光景であった。何故ならば、目もくらむぐらいに明るいというのに、彼女の方にはまったく熱気が伝わってこなかったからだ。

 

 炎は、一瞬にして警察官たちの手足を燃やし尽くし、塵に変えた。受け身すら取れず、その場に崩れ落ちた警官たちは──次いで、ようやく理解した。

 

 

「──っ!? ──っ! ──っ!」

 

 

 なにをって、痛みを。

 

 瞬時に喉を焼き尽くされ、悲鳴どころか呼吸すら出来なくなった者たち……だが、彼らはまだ死なない。

 

 全身を焼かれ、普通ならば即死しても不思議ではない状態なのに、彼らは1人として失神すらできない。

 

 ビクビクと、熱によって手足の筋肉のスジが引きつってケイレンするほどなのに、それでも、意識を保ったまま焼かれ続けていた。

 

 そう、焼け続けているのだ。以前の、瞬く間に塵と化したあの時とは、違った。

 

 燃えやすい衣服が燃え尽きれば、後は水分を多く含んだ肉体が残る。普通ならば、炎はもっと下火になるか、消えている。

 

 その、どちらでもない。

 

 燃えているのに燃え尽きず、かといって鎮火の気配もなく……只々、『罰として苦しめる』という意思が感じられる不自然な燃え方であった。

 

 当然ながら、その炎はただの炎ではない。

 

 この世界が、もはや異物であり害悪の存在として定めたモノを排除するための炎。

 

 如何なる手段であろうと鎮火は不可能であり、世界が『もう良いか』と終わらせるまでは、一度としてその苦しみが途切れることはない。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………そして、それはここだけではなかった。

 

 

 もはや苦しみ続けるだけの物体と化した火達磨を素通りし、廊下を進む。途中、いくつもの火達磨を横目にしつつ……ふと、その足が、とある部屋の前で止まる。

 

 その部屋には、人の気配が無い。

 

 しかし、日常的に使われている部屋のようで、並べられた机に椅子に様々な書類に、署員の私物と思わしきモノがちらほら……奥には、点けっぱなしのテレビが。

 

 

『──ご覧いただけているでしょうか!? たった今、たった今です! 突如、謎の鳥居の周囲に居た警察官たちが燃え上がりました! あ、ああ、燃えています! 人が燃えています!!』

 

 

 そこに映し出されているのは、人間が生きたまま青白い火達磨になっている光景だ。

 

 それは、CGでも白昼夢でもない。言葉では説明出来ない、悲鳴にも似た叫びがスピーカーより、室内に響いている。

 

 残念ながら、この場にはそれを見聞きする者はいないが……構う事はない。この映像は、既に日本全国に伝わっている。

 

 おそらく、これが本当に最後の慈悲なのだろう。

 

 そして、理解するしかないのだ

 

 己の肉眼で確認する、己が見て見ぬふりをしてきた現実であり……向き合わなければならない現実でもある、ということに。

 

 

「……さて、行くか」

 

 

 この先、この国は、いや、この世界はどうなっていくのか……それは、彼女にだって分からない事ではあるけど。

 

 少なくとも、1人の例外もなく、これまでの生き方は出来なくなるだろうなあ……と、彼女は思ったのであった。

 

 

 

 

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