金と権力マシマシ悪役令嬢になったから夜の街で神客になりたかっただけなのに 作:寄野遊日
あれから4時間ほど掛けて中継ゲートのある都市に到着し、馬車を乗り換えると共に、エリック様とはお別れしましたわ。
往復で八時間以上も王子様の時間を費やしてもらうなんて婚約者でなくなったというのに贅沢な話ですわね。
さて、王国最南端都市バルバラは魔族領との間に存在する巨大な湖のそばにある都市ですわ。
私の目的地である亜人街は街と呼ばれてはいますが、その巨大湖に作られた人工島──要は前世で言うところの鎖国時代の出島みたいなものですわね。
鎖国しているのは人間側ではなく魔族側の方ですけれど。
島全周が切り立った崖になっていて、穏やかな湖の島といってもバルバラの南門から繋がる橋以外に上陸する術はなく、奴隷として出荷される亜人たち以外はその橋を渡ることを許されていませんわ。
私に与えられた仕事は亜人街で暗躍する裏組織『アングルボザ』の単独調査。
ですが、ただひとりバルバラに私の素性と仕事を知る協力者がいるとのことで、まずはそちらを尋ねることになっています。
「ようこそいらっしゃいました、ルリナ様」
「そのような丁寧な態度はおやめください、ボールス様。今の私は子爵家を追われたおアホな小娘ですわよ」
「身分が変わっても剣士としてのあなたは以前と変わっておられないでしょう? 私は辺境伯閣下ではなく、ただの代行の任を負った騎士。強者に礼を失することはできません」
「おほほ、剣を扱えるだけで剣士であった時なんて一度もありませんわよ。ほら剣だって持ち歩いていませんわ。まったく野蛮ですわねおほほ」
私がエリック様から協力者として紹介されていたのは、バルバラを含むこの南端一帯を領地とするマルス辺境伯、その彼からバルバラを任せられた騎士ボールスでしたわ。
平和な時代になった現王陛下の治世ではめっきり見なくなった遍歴騎士をしていた物好きで、要は俺より強い奴に会いに行く、をしていた元脳筋ですわね。
私が学園に入学する以前に公爵領を訪れて、一時期兵士たちの指南役をしていましたわ。
事情は聞かされていませんが、きっとその人柄を買われてエリック様に目を付けられ、貴族は誰もやりたがらないバルバラの管理代行役として推されたのでしょう。
随分エリック様は亜人街を気にしているようですし、彼が次の王に指名されたら亜人が王国を自由に出歩けるような世が来るかもしれませんわね。
「はあ、まあいいですわ。長居する気はありません。設定の擦り合わせと私の方針だけしたら帰りますわよ。宿を探さなくてはいけませんので」
「宿でしたら館の離れを用意していますが……?」
「あなたがもうちょっと女にだらしない生き方をしていればそれでもよかったのですけどね。あなたの素行じゃ裏の連中に警戒されてしまうかもしれませんわ」
元子爵令嬢ルリナ・リズベールの設定は我儘放題で金食い虫のダメ娘。
実家に愛想を尽かされ、修道院送りにされそうになったところを逃げ出し、面識のあったボールスを頼ってバルバラにやってきた。
そして情に厚いボールスは世間知らずの小娘が何とか生きていける足掛かりを作れるよう、援助しているという設定ですわ。
けれどボールスは女に興味のない堅物で生真面目。
いくら情に厚くても女を飼うようなキャラじゃありませんわ。
なのでこの屋敷に住む気はありません。
数週間はボールスに援助された設定のお金で豪遊。
やがてボールスにも見限られ、そこでようやく心を入れ替えてしぶしぶバルバラで働き始める……そんな感じのストーリーを予定していますわ。
その改心までの間に、見た目だけは良いアホ女の私をしゃぶりつくしてやろうと裏の人間が接触してきてもらえると話が早そうですしね。
お嬢様らしからぬ考えではありますが、商売の才ではなく暴力の才を買ってくれているボールスは成程と納得してくれましたわ。
「定期報告以外では基本はお互い不干渉でやっていきましょう。勿論、いざという時は協力は惜しみませんわ」
「承知しました。破天荒なルリナ嬢には余計な口出しをするよりも自由にしていただいた方が良いでしょうね」
「おかげで保守的な人間には嫌われてしまいますのよ」
これまでは公爵令嬢の権力で強引に事を運べましたが、これからはそうはいきません。
時間を掛けてゆっくりとこのバルバラに、亜人街に根を張っていくこととしましょう。
──そう思っていたのですが。
日が沈み始めたバルバラで今日の宿を見つけた後、早速意気揚々と亜人街へと向かいました。
初めて足を踏み入れた亜人街では奴隷市場で見たことのない亜人も多く、とても新鮮でしたわ。
人間の数は衛兵を除けば疎ら……さりとてちっともいないわけではなく五十人にひとりくらいのでしょうか。
人間の女だからとそこまで物珍しい目で見られることはありませんでしたわ。
王都と比較すればバルバラは亜人差別の意識が多少はマシで、特に私のように若い人間はそこそこ遊びに来ているようですわね。
亜人街を一通り回った後、その中でも特に歓楽街と呼ばれる一帯をもう一度念入りに見て回り、これまで培ってきた嗅覚と客引きと話した感じで、よし一件目はこの店にしよう! と決めた矢先、私のお嬢様レーダーが迷惑客の存在を嗅ぎつけましたわ。
「ええい放さぬか! 儂は仕事が山積みなんじゃ!」
「だからオレがきっちり給料出してやるって言ってるじゃねえか、そのナリじゃ普段から腹減らしてるんだろう?」
立ち並ぶ店と店の間の狭い路地裏で言い争うオークの男と顔までを覆うローブ姿の小柄な女性。
地上の縺れとは違うトラブルであることは間違いない、ですがオークの方は酔っているようにも見えず、酔っ払いの迷惑行為とも違うようです。
今しがた私の横を通りがかった衛兵がチラ見するだけ無視して巡回を続ける辺り、この程度のいざこざは珍しいことではないのでしょうか?
うーん、どうしましょう。自分から助けに入るのはルリナ・リズベールの作り上げていくべきキャラクターとしては相応しくないですし、青臭い正義感のある人間として目をつけてもらいたい裏の人間から嫌煙されるのは望ましくありませんわね。
「おいそこの娘! 見とらんで助けるのじゃ! 店の方で礼をしてやるぞ!」
「ああ? 小便臭そうな人間の小娘じゃねえか。何を見てやがる、お前から先に襲ってやろうか! ああ!?」
「お、これで私は巻き込まれた側ですわね。それにお礼も期待できそうですわ」
助けに入れそうな流れになってなによりですわ。
「誰に向かって口を聞いていますの? 私はルリナ・リズベール! それ以上近づいたら痺れるだけじゃ済みませんわよ!」
上げた右手にバチバチと電気を走らせ、魔法使いアピールヨシ!
まあ私は剣と魔法のファンタジーな世界に転生しておいて、魔法が大の苦手なのですが。
ルリナ・リズベールは少しは魔法が使えるアホ女。そういう設定なのですわ。
「はっ、そんな程度の電撃じゃマッサージにもなりゃしねえよ!」
魔法使いではない普通の人間はこういうパフォーマンスだけでも怯んだりする者も多いですが、亜人、それも頑丈なオーク族には脅しにはならないようで、のっしのっしとこちらへ向かってきますわね。
女性の方は助けを求めはしたものの、私が逃げ出すと思っていたのか、少々あわあわと慌てている様子です。
「おら、好きなところにその電撃を当ててみろよ。ナニを握ってくれてもいいんだぜぇー?」
「臭い口を近づけるんじゃありませんわっ!!」
「こっ──」
はい、スパーンとな。
私の電撃ビンタを受け、オークは短い声を上げて膝から崩れ落ちた後、大の字に倒れましたわ。
「ふん、私の電撃で意識を失わなかった者はいませんのよ!」
実際には電撃は静電気程度の威力しかなく、手のひらで良い音が出るビンタをしつつ、インパクトの瞬間に手首の付け根に近い手骨部で顎を打ち抜いただけ。
電撃による気絶ではなく脳震盪での気絶ですわ。
属性魔法は宴会芸レベルしかできない私は電撃で気絶とかさせられませんわ。
目を丸くしている女性に近寄ろうと、大の字に倒れたオークの山のようなお腹の上を踏みつけるとブヨブヨではなくかなりどっしりとした硬い感触。
出ている腹は贅肉ではなく筋肉なんですわね。
竿役のでっぷり中年おじさんとシルエットは似て、だらしなく見えても実際には鍛え抜かれた肉体、中々良いギャップですわ。
「さぁ、助けましたわよ。お礼をよろしくですわ」
「お、おお……やるのぉ、おぬし……」
「助けてあげたのだから引かないでほしいですわね」
「ああ、すまんな……儂はリリムじゃ。助けてくれたこと、改めて礼を言う」
「ルリナですわ。大した相手じゃありませんでしたし、構いませんことよ」
遠目ではローブに隠れて見えませんでしたが、近づけば隙間からローブの中身がチラ見できました。
桃色のショートカットに体は随分露出の多い、煽情的な衣装。まさに絵に描いたようなサキュバス的服装でしたわ。
まあ、彼女は起伏に乏しい幼女体型なのでサキュバスというより虫歯菌の擬人化みたいな印象になって、スケベさより微笑ましさが勝ちますが。
「それで礼の件なんじゃが……」
「もしかして娼館ですの? それでもお酒の一本ぐらいは置いてあるでしょうし、それで構いませんわよ」
「娼館? もしやおぬし、この街は初めてか?」
「ええ。先ほどバルバラに着いたばかりですの。そんなにおかしなことを言いました?」
「この街に淫魔を売女扱いする奴は死にたがり以外にはおらんよ」
……本当に
虫歯菌の擬人化とか思ってしまって申し訳ねーですわ。
「偏見で失礼なことを言ってしましましたわね、申し訳ありませんわ」
「いや、それは構わんのじゃが……ふむ、そうじゃな。新参であれば儂がこの街の常識を教えてやろう。それが礼になるじゃろ。勢いで礼をするとは言ったが生憎と儂の店は接待酒場じゃからな」
「なに言ってるんですの、それを期待してこっちは助けたんですわよ」
「……女で接待酒場を? 変わっとるのぉ」
「王都では案外流行ってますわよ?」
これは本当の話ですわ。
私が夜遊びを繰り返すうちに、興味を持つ女生徒も出てきてくれましたからね。
実際に行くのは不良気味の生徒たちが多く、推奨されているわけではありませんが、下手な酒場よりも女の店の方がいかがわしくなくてハードルは低いのですわ。
初めは学園での不平や不満、そういった愚痴を女の子たちに吐き出してストレス解消として利用していましたが、私の遊び方を見てくれたのか、少しずつ愚痴だけではなく、女の子を楽しませるような話をする子も増えてきていたところでした。
「じゃが良いのか? 淫魔の店じゃぞ? 客として来た人間は今までひとりもおらんぞ?」
「亜人街に来たのですから当然外せませんわ。それとは別にこの街について教えてくれると嬉しいですが」
ファンタジー世界と来たらサキュバスに期待するのは当然のこと。
この世界にサキュバスが存在すると聞いてからめっちゃ楽しみにしてましたわ。
亜人への偏見と差別の激しいせいで、書物で調べてもエロの代名詞ではなく、どちらかというとナマハゲのような、恐ろしい化け物としての情報しか書いていませんでしたが。
まあ前世でもエロの代名詞扱いされる前はそんな感じだったのでしょうけれど。
「そうか……いや、そこまで言ってくれるのなら恩人として歓迎しよう! ちなみに嬢の希望はあるかの?」
「そうですわね。最初ですから、あまり冒険せず……とりあえずおっぱいおっきい子がいいですわ」
人外サイズのサキュバスおっぱい、夢がありますわ。
「王都で流行してるというのは本当のようじゃの……」
「勿論、リリムが付いてくれるのならそれでも構いませんわよ?」
「儂はオーナーで店に出ることはしておらんからの。接待酒場を知らん相手なら儂が酌ぐらいはしてやるつもりじゃったが、おぬしであれば大丈夫そうじゃ」
「それはそれで貴重そうですが、やっぱりプロに相手をしてもらうのが一番ですわね」
「言ってくれるのぉ。まあよい、この路地を通り抜けるのが店までの近道なんじゃ、ついてこい」
踵を返したリリムの後ろに続きながら、私は亜人街最初のキャバクラへの期待を膨らませていましたわ──