シードアクスーーストライクを奪取してみた。   作:皐月莢

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第1話 偽りの平和

 男がコクピットシートの背に沈むと、OSは瞬く間にブートプロセスを終え、ハードポイントから信号の奔流が走る。

 頭上のハッチが閉まり、機体のセキュリティシステムが完全に解除される。

 周囲では断続的な警報が鳴り響いており、破壊された格納庫の壁は火花を散らしている。

 その向こうで、どうやら致命傷を免れたらしい女性が呻きながら身を起こし、男の乗る機体を見上げた。

 だが、男は既に彼女の存在に興味を失っていた。

 

「ほう。このパワーは……」

 

 色褪せた灰色の装甲が、鮮やかなトリコロールカラーに変貌する。

 ザフト軍の量産型モビルスーツに採用している高性能バッテリーの、実に5倍以上のエネルギーゲインを有している。

 これがこの機体に採用されている新型装甲と、圧倒的な運動性能の両立を実現させたのだろう。

 

「〈攻撃(ストライク)〉? 連合らしい俗っぽい名前だ」

 

 男は仮面の奥で呟きながら、右手でスロットルを押し出す。

 ブースターが唸り、ストライクと名付けられたモビルスーツは取り付けられたコードを引きちぎると、燃え盛る炎の中を悠然と立ち上がる。

 

『クルーゼ隊長。予定通り、全機奪取に成功しました!』

 

 隣に収納されていた赤いモビルスーツを奪取した青年が、男に無線通信を飛ばした。

 

『そうか。ではあの〈脚付き〉も頂いていくとしよう』

 

 男はにやりと笑った。

 作戦決行直前に浮かんだ、あのときの閃き。あれが全てを変えてしまったのかもしれない。

 脱出しようとしていた男の視界の先に、(クルー)使徒(モビルスーツ)を喪い、外殻接続ドックに繋がれたまま放置された〈大天使(アークエンジェル)〉が佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 あの日喪われたはずの偽りの平和が、彼女を包んでいた。

 

 元オーブ連合首長国の資源コロニーであり、今は中立国として知られるL3宙域のコロニー〈ヘリオポリス〉は、人口約500万人を超える国際都市だ。

 なぜオーブの所有物だったヘリオポリスが、独立国家になったのか? 

 それは終戦時オーブを支配下に置いていた地球連合が、停戦協定でヘリオポリスの所有権を破棄せざるを得なかったからだ。

 どうしてプラントは、ヘリオポリスの所有権を破棄させたのか? 

 それはザフトのエースパイロット──ラウ・ル・クルーゼが、この地で行われていた地球連合軍のモビルスーツ開発計画を察知したからだ。

 ラウはこの地で自ら部隊を率いて潜入して新型モビルスーツ〈Gシリーズ〉と、その母艦となる最新鋭戦艦を鹵獲した。

 この作戦の成功は、地球連合軍に対するザフトのモビルスーツ技術の優位性を決定付けることとなったのだ。

 戦争終盤、追い詰められた地球連合軍は月面基地に展開した宇宙艦隊を囮に、廃棄コロニー〈メンデル〉をプラントに落下させるエルビス計画を発動する。

 プラント滅亡が迫る中、ラウは〈アークエンジェル〉から改称された惑星強襲艦〈ミネルバ〉を旗艦とした少数部隊でメンデル強襲作戦を決行。

 軌道変更に成功したメンデルは、プラント議長パトリック・ザラが極秘裏に製造した大量破壊兵器〈ジェネシス〉を擁するヤキン・ドゥーエ要塞に衝突した。

 結果的に人類滅亡の危機は回避されるとともに、宇宙拠点を喪失した地球連合は戦争継続を断念し、プラント政府に対して休戦を打診した。

 メンデルとヤキン・ドゥーエ要塞の衝突で起こった核爆発に巻き込まれたラウは、愛機〈ストライク〉と共に行方不明となった。

 

 

 かくして全ての始まりとなったこの都市は、停戦協定であるユニウス条約に基づきオーブ連合首長国から独立し、中立国としての歴史を歩み始めた。

 しかしそんなヘリオポリスも、戦果の火が薄れ始めたC.E.73年に入ると、深刻な問題に直面するようになった。

 元オーブの資源コロニーでありながら、宇宙圏における唯一の非プラント勢力という恵まれた条件からプラントに迫る経済力を有しながらも、地位協定で軍事力を大幅に制限されたヘリオポリスはナチュラル・コーディネイター間の人種対立と、テロの脅威に晒されることになった。

 特に敗戦によって地球連合内における影響力を低下させたブルーコスモスや、コーディネイター至上主義を掲げるザラ派によるテロが連日起こっており、周辺コロニーや地球から逃がれた戦争難民たちによって形成された難民街も拡大する一方だ。

 

 それでもヘリオポリスは、こうして今日も偽りに満ちた平和を装っている。

 まるで戦争なんて、なかったかのように。

 炎のような赤髪の少女──フレイ・アルスターは胸ポケットに入れた携帯端末を指先でそっと確かめていた。

 その端末にはクルーゼ隊の襲撃を受けて死亡した父──ジョージ・アルスターから、15歳の誕生日に送られた形見のストラップが揺れている。

 ブルーコスモスの一員として、大西洋連邦事務次官の立場を利用し、世界各地で反コーディネイター運動を行っていた父。

 そんな父の忘れ形見であるフレイには、どこにも居場所はなかった。

 親コーディネイター政権が誕生した大西洋連邦はもちろん、留学先だったオーブにも居場所はなかった。

 婚約者の──もちろん父が勝手に決めただけだけど──サイ・アーガイルは、オーブの未来を担う上級官僚だ。

 自分のような経歴の人間と繋がりを絶ちたいと考えるのも、当然といえば当然だろう。

 結局、父の遺した厄介者でしかない自分は、オーブから独立を果たしたヘリオポリスに留学し、一人暮らしすることになった。

 父の残してくれた財産はほとんど奪われてしまったが、そんなことはどうでもいい。

 ただ親に才能を与えられたというだけで新人類を自称し、父を殺した連中など皆殺しにしてやりたいくらいだが、今はそういう時代ではないらしい。

 

「──みんな、死んじゃえばいいのに」

 

 フレイは溜息交じりに呟きながら、切符を取り出した。

 すると直後、不意に人並みが揺らぐ。

 煤と埃で灰色にくすんだ制服姿の少女が軍警たちの怒号を背負いながら、転がり込むように前方から駆けてきた。

 

「危ない──!」

 

 後ろを見ながら走っていた少女はフレイの存在に気付いた瞬間、身体をぶつけるように倒れ込んだ。

 少女に押し倒されるような体勢になったフレイの背中に、ひんやりとした冷たい感触が鈍い痛みと共に広がっていく。

 美しい桃色の髪をした少女から、焦げたプラスチックと汗が混ざったような匂いが漂ってくる。

 

「ご、ごめんなさいっ──!」

 

 弾けるような謝罪と同時に、少女は地面に落ちた端末を慌てて掴み取った。

 その下部に取り付けられたストラップに気付くことなく、息を詰まらせて一瞬だけ目を泳がせながら、フレイの端末をポケットに仕舞い込んで立ち上がる。

 

「ちょっとアンタ!」

 

 フレイは地面に転がっていたもう一つの端末を拾い上げた。

 同じ型。

 同じ色。

 同じ桃色のカバー。

 父の形見であるストラップではなく、無造作に取り付けられたUSBメモリを除けば、全く同じ携帯端末だ。

 少女は取り間違えたことに気付かないまま、軍警から背を向けて薄暗い路地へと消えていった。

 彼らは少女を捕まえたとしても、父の形見を返してくれることはないだろう。

 フレイは少女が落としたUSB付きの携帯端末を強く握り締めると、彼女を追って煤の漂う路地に身を投じた。

 

 

 その難民街は、まるで迷路だった。

 曲がる度に路地の幅が変わり、錆びた配管が蛇のように絡まっている。

 あちこちの排気口から漏れているらしい、汚染された空気がフレイの肺をざらつかせた。

 軒先の壊れかけたネオンサインは怪しく点滅しており、廃品の影で小動物が蠢く耳障りな音が聞こえてくる。

 それでもフレイは少女の姿を追って、足早に進み続けた。

 やがて行き止まりの三叉路で息を整えていると、不意に誰かの足音が聞こえた。

 

「ごめんなさい。私、間違えてしまったようですわね」

『ナンデヤネン! オマエモナー!』

 

 振り返ると、見失ったはずの桃色の髪をした少女が暗がりから現れた。

 彼女の背後で丸い自律ロボが宙を舞い、囃し立てるように叫ぶ。

 少女は額に張り付いた前髪を優雅に掻き上げながら、懐に携帯端末を差し出した。

 フレイは端末と形見のストラップが無事であることを確認すると、指先に現れた僅かな安堵の震えを隠すように深呼吸した。

 

「返してよ。お父様の形見なの」

「まぁ。それは大変ですわ」

 

 フレイはUSB端末が取り付けられた携帯を掲げると、呑気そうに微笑んでいる少女に乾いた声で訊ねた。

 

「これ、アンタのでしょ。なんなのコレ?」

 

 一見単なる外付けドライブだが、これは高度なセキュリティ機能が搭載された最新型だ。

 それこそこんな旧型の携帯端末よりも、よほど高価な代物だろう。

 少女はフレイの問い掛けに一瞬視線を泳がせたが、僅かに首を傾げながら答えた。

 

「私も中身は知りませんが、今日中に届けないといけない代物らしくて。返して下さるかしら?」

「どこに?」

 

 言い淀む少女に、フレイは全てお見通しと言いたげな口調で言葉を続ける。

 

「アンタ、テロリスト?」

「違いますわ。私は〈クラバ〉の──」

「ああ、随分流行ってるみたいね」

 

 クラン・バトル──通称〈クラバ〉。

 ここ最近、ヘリオポリスでは民間に払い下げられたモビルスーツなどを用いた、違法な賞金バトルが行われている。

 運営に指定された場所でニュートロン・ジャマーを展開し、制限時間など様々な条件下に基づいて戦う。

 その中継映像がゲリラ配信されている他、運営は胴元として賭博行為を行っており、それは今やティーンエイジャーの中で一大娯楽となっている。

 人気クラン同士の対戦では一国が傾くほどの大金が賭けられているだとか、今も戦場を忘れられない元エースパイロットが参加しているだとか、冗談みたいな噂も流れている。

 もちろん本来は違法行為だが、クラン・バトルの運営には強大なバックが付いているらしく、事実野放し状態になっている。

 

「はい。私、運び屋の“ばいと”をしておりまして」

「それで、軍警の連中に追われてたんだ?」

 

 そんな運営には直接手を出せないとはいえ、軍警にもメンツがある。

 だから彼女のような生きるために運び屋をするしかないような末端の人間を、こうして狙い撃ちにしているというわけだ。

 

「アンタ、名前は?」

 

 フレイが首を傾げると、少女は苦笑する。

 

「私、避難ポッドで漂流していたみたいで。その時の影響で、それ以前の記憶がないんです」

「じゃあ、なんて呼べばいいワケ?」

「私を助けてくださった方の娘さんが、私とそっくりな声らしくて。ですからその方のお名前を、お借りしています」

 

 つまり彼女は身寄りもなければ、記憶もないらしい。

 フレイはミーアと名乗った少女と会話を交わしながら歩くうちに、目的の場所にたどり着いた。

 そこはまるで廃ビルだった。

 壁面の塗装はほとんど剥がれ落ちており、錆の浮いた鉄筋が見えている。

 壊れかけた看板には、薄汚れた文字で〈有限公司ドミニオン〉と記されていた。

 どうやらジャンク屋組合に加入している、ヘリオポリス周辺のデブリを回収している廃品回収業者らしい。

 

 入口の錆びた扉が開くと、鼻を刺すような機械油の匂いがフレイの嗅覚を突いた。

 薄暗い通路には天井からぶら下がった裸電球が、仄かな光を放っていた。

 壁一面には部品の山が積まれており、床にはケーブルや工具の束が無造作に転がっている。

 一歩踏み出す度に、靴の裏が古びたネジや金属片を踏み付けて音を鳴らす。

 

「こんなところが……?」

 

 フレイは廃墟同然の光景に、思わず眉を潜めた。

 しかし外観とは裏腹にライフラインは通っているようで、どこか生活感が漂っている。

 

「こっちみたいですね」

 

 ミーアが壁際のキーパッドに暗証番号を入力すると、奥の事務室から声が漏れた。

 

 

 開いた扉の奥には、奇妙な光景が広がっていた。

 年頃はフレイより少し上といった雰囲気の少年たちが、散乱したパーツとモニターに囲まれた空間で寛いでいる。

 中央にはボロボロのソファセットが置かれていて、その向こうの窓辺には妙齢の女性が足を組んで座っていた。

 

「おせーんだよ」

 

 2人の存在に気付いた金髪の少年が、苛立ちを隠さず吐き捨てた。

 

「申し訳ありません。途中で、軍警の方に見付かってしまいまして」

 

 俯きながら機器を取り出すミーアを見て、赤髪の少年は皮肉げに笑った。

 

「だいたいこういうのってさぁ、本人が来たらマズいんじゃないの?」

 

 ミーアは何も言わず、小さく息を吐いた。

 

「ま、僕はどうでもいいけど」

 

 赤髪の少年は無造作に機器を受け取ると、フレイにちらっと視線を向ける。

 続けざまに聞こえたのは、ソファにだらしなく寝転んでいた緑髪の少年のぼそりとした声だった。

 

「で、ソイツだれ?」

 

 全員の視線が、フレイへと一斉に注がれる。

 その異物を見るような空気にフレイは気圧されながらも、背筋を伸ばして睨み返す。 

 

「……付き添いよ」

 

 鋭い視線を飛ばすが、少年たちはまるで意に介さない。

 すると窓際の椅子に座っていた女性が、呆れたような口調で言った。

 

「君はまだ学生だろう? 子供の火遊びは感心しないな」

 

 年齢は20代半ば。女性としてはやや短めの黒髪。

 深い紺のジャケットに、タイトなパンツ。

 その姿は違法組織の一員というよりも、融通の利かないエリートを連想させた。

 フレイは沈黙した後、媚びたような声で言った。

 

「私、クランバトルに興味があって」

 

 少年たちの視線が嘲笑に変わる中、フレイは熱に浮かされたように続けた。

 

「しょせん戦争ごっこでしょ? だったら私だってやれるはずよ」

 

 父の仇を取るため、モビルスーツの訓練は受けた。

 先日お遊びで受けたジュニア・モビルスーツの大会でも、初出場で入賞した。

 それにクランゲームでは、殺しは禁止されている。

 こんな得体の知れない不良どもよりも、よほど戦えるはず──。

 すると、窓際の女性がようやく腰を上げた。

 フレイの前に立つと、諭すように言う。

 

「レギュレーションはともかく、クランゲームはただの子供が興味本位で参加出来るほど甘くない」

「……私、本気なんだけど」

 

 その瞬間だった。

 何かが空気を裂くような音がすると、重く鈍い振動が地面を揺らす。

 建物の壁が軋み、天井から埃が落ちてきた。

 

「チッ、なんなんだよ」

 

 金髪の少年が身を乗り出すと、事務所の奥で警報ランプが点滅し始めた。

 壁に設置されたモニターに、外部カメラの映像が映し出される。

 

「またアイツらかよ」

 

 赤髪の少年が、端末を置いて舌打ちする。

 難民街の一角が、燃え上がっていた。

 崩れた住居。逃げ惑う子供たち。

 そしてその頭上では、威圧的なフォルムのモビルスーツがホバリングしていた。

 トサカ状の頭部センサーに、重厚なフレーム。

 ザフトの初代主力量産機であり、ヘリオポリス軍警でも正式採用されている汎用性に優れたモビルスーツだ。

 

「なんでこんな場所を?」

 

 フレイの呟きに、女性は溜め息を漏らした。




???・?????「一般将校は黙っててください。ここはファントムペインの拠点です。正規の連合軍とはやり方が違うんですヨ」
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