シードアクスーーストライクを奪取してみた。   作:皐月莢

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第13話 前夜祭

 甘い潮風に、錆びた鉄の匂いが絡みつく。

 オノゴロ島──オーブ連合首長国の本島より南方に位置するこの島は、国家防衛の要衝だった。

 国防軍司令部と軍事産業の中心を担うモルゲンレーテ社の本社・工廠が集積しており、現在はザフト駐留軍関連施設の建設が急ピッチで進められている。

 当然のごとく島全域は、常時厳戒態勢下にあった。

 だが、その厳重な警戒網にもわずかな綻びは存在する。

 軍港北側の海底には、アスハ派の限られた人間しか知らない、秘密ドックへ通じる入り口が存在していた。

 フレイとミーアはセイラン派の監視を回避するため、その秘密通路を経由して、島内部へと密かに潜入したのだった。

 通路の奥に辿り着くと、手動式の開閉レバーを備えた重厚な扉が待ち構えていた。

 フレイが無言でレバーを回すと、低い圧縮空気音が響き、微かな気圧の変化が彼女たちを出迎えた。

 扉の向こう側には、巨大な空洞が広がっていた。

 ここはかつてアスハ家が万が一に備え、極秘裏に建造した“秘密基地”だった。

 薄暗い通路を抜けた途端、視界が一気に開ける。

 部屋に入ったフレイの視線の先には、三人の女性が立っていた。

 全員、私服姿だ。

 軍服でもなく、作業服でもない。

 年齢はフレイより少し上くらいだが、どこか油断ならない“雰囲気”をまとっている。

 中央に立つセミロングの金髪の女が一歩前に出て、軽やかに微笑んだ。

 

「──ようこそ、“明けの砂漠”さん。私がアサギ・コードウェルよ」

 

 アサギ・コードウェル──。

 クラン・バトルに参加する8チームの1つ、“常夏三人娘”のリーダー格だ。

 開催地の地元枠としてオーブ軍から選ばれた精鋭パイロットの1人であり、フレイたちの現地協力者だ。

 彼女は笑顔とともに、フレイとミーアに手を差し出した。

 

「初対面で悪いけど、こっちはもうあんたの顔、知ってるよ」

 

 ショートカットの赤髪の女が控えめに口を開く。

 その隣で黒髪をきっちりと束ねた眼鏡の女性は口元に淡い笑みを浮かべ、軽く片手を上げて挨拶を示した。

 アサギが軽やかな口調で、仲間を紹介する。

 

「マユラ・ラバッツ。こっちがジュリ・ウー・ニェン。立場上はカガリ様の協力者ってより、オーブ軍の代表ってことになるけど……ま、やることは一緒だよね」

 

 肩を軽くすくめるアサギの言葉に、ジュリとマユラは微笑した。

 微かに口角を上げながら、フレイが言葉を返す。

 

「こっちはまだ、協力するなんて言ってないけど?」

 

 軽い挑発にジュリが目を細める。

 対照的にアサギは腕を組んだまま、むしろ愉快そうに笑ってみせた。

 

「私たちの事情は気にしないで。カガリ様の代わりに大会に出てくれるってだけで、こっちも動きやすくなるから」

 

 あらかじめ準備していたような軽い口調だったが、そこに嘘は感じられなかった。

 フレイは張り詰めていた頬から、わずかに力を抜いた。

 

 

 

 階段を降りてすぐの部屋は、奇妙なほどに整っていた。

 岩盤の内壁は滑らかに加工され、天井には黒い配管と照明が縦横無尽に這っている。

 中央には長机が一列、壁面には制御端末が並び、空間の中心には青白い光が投影されていた。

 それはオノゴロ島の立体ホロマップだった。

 真上から俯瞰する都市構造が浮かび上がり、ホログラムには各種アイコンや警戒ゾーン、通行ルートも示されている。

 それはまるで、街の全てを映し出しているようだった。

 

「——今のオーブは、前とぜんぜん違う国になっちゃった」

 

 アサギは椅子に片脚を乗せて、冷ややかなニュアンス混じりに言った。

 

「中立とか言ってるけど、どっちにも甘い顔してるだけ。プラントも連合も、自分たちのことしか考えてないってのにね」

 

 ジュリは頬杖をつきながら、端末を操作する。

 ホログラムが瞬時に切り替わり、中心部にあるスタジアムをズームインした。

 その映像にしばらく目を奪われた後、ジュリがまた口を開く。

 

「クランバトルの運営に関わっているのは、セイラン家の連中とそのお友達ばっかり。この大会そのものがアイツらの“オモチャ”ってわけ」

 

 フレイは無言でホログラムを見つめた。

 アスハ家の婚約者に逃げられたことで失墜したオーブ国民からの支持を、クランバトルの開催で取り戻すつもりらしい。

 かつて剣闘士の試合に熱狂していた時代の人間から、彼らは進歩していないようだ。

 

「トーナメント形式で、参加枠は全8チーム。あんたたちも含めて7枠が埋まってて、プラントの代表だけが決まってない。……ザラ隊だって噂も流れてたけど、どっかの誰かがヘリオポリスで大暴れしたから変更になったとか」

 

 マユラは小馬鹿にするように言うと、端末から視線を上げた。

 

「見せ物にしてるのね。他人の戦いを」

 

 それが悪いと言うつもりはないが、どうにも気に食わない。

 

「──?」

 

 その時だった。

 机に置かれていた携帯端末が、低く電子音を鳴らす。

 マユラが小さく眉を動かし、通知を開く。

 

「……ちょうど良かった。今夜のレセプション、予定通り開催されるって」

「レセプション?」

 

 フレイが少し首をかしげる。

 

「ええ。形式上は“前夜祭”だけど、要は抽選会ね。あとは残り1枠の発表」

 

 マユラが淡々と説明を続ける。

 

「……断るって選択肢は?」

 

 フレイが挑発するように尋ねると、ジュリは薄く笑った。

 

「その場合はあんたの代わりに、カガリ様と私たちの誰かが出るだけ。誰にも文句は言われない。……けど、それでいいの?」

 

 つまり彼女たちがここにいる理由は、もともとカガリを含めた4人で大会に参加するつもりだったからだ。

 他のクランならともかく、オーブ軍代表のクランに予備のパイロットなど不要なのだから。

 

「……いまさらパーティーに参加するなんて思ってなかったわ」

「決まりね。2人分のドレス用意しておくようにって、カガリ様に言われてたけど。そっちの娘も大丈夫?」

 

 アサギが冗談めかして言うが、ミーアは目を伏せたまま答えなかった。

 まるで自分たちに忍び寄る、不穏な存在を感じたかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 他国と文化交流を行うために開催された、立食形式のレセプション。

 その響きだけなら、上品に聞こえるかもしれない。

 しかし現実はクランバトルの前哨戦として、スポンサー同士が互いの価値を見定めるための華やかなショーケースに他ならなかった。

 これは冷戦どころか、一種の“戦争”だった。

 

「ずいぶんと派手ですわね」

 

 ミーアが皮肉を含んだ微笑で呟くと、フレイは無言で首を振った。

 派手というより、現実に迫る『戦争』から目を逸らすための装飾にしか見えない。

 ホール中央に据えられた展示パネルには、参加予定クランの機体カードが眩しく飾られている。

 

「……見せ物にされるのも仕事のうち、ってことか」

 

 フレイはホログラムの前で立ち止まり、そこに映し出された機体に目を向ける。

 もっとも人気なのは、先日ユーラシア連邦からの独立を果たしたファウンデーション王国『ブラックナイツ』だ。

 その主力とされる赤黒い近接戦専用機“ジャスティス・シヴァ”と、白銀の万能機“デスティニー・カルラ”のホログラムが表示されている。

 説明文には「統率と伝統を兼ね備えた、唯一無二の新型機」と記されていた。

 隣のモニターでは2番人気であり、世界ランキング1位である『チームX』のバトルハイライト映像が繰り返し流れていた。 

 幸か不幸か、自分たち『明けの砂漠』は数合わせくらいにしか思われていないらしい。

 

「へぇ。なかなか似合ってるじゃない」

 

 いつのまにか近寄ってきたマユラは笑みを浮かべ、フレイとミーアの間にすっと入った。

 ワイン色のドレスに身を包み、単なる参加者として振る舞っているが、その所作にはどこか軍人らしい隙のなさがあった。

 

「一見馴染んでるようで、全然溶け込んでないのがカガリ様の友達っぽいっていうか……」

「それは褒め言葉?」

「もちろん」

 

 マユラが笑った直後、空調が切り替わった。

 ホールの中央スクリーンが徐々に光を収束させ始めたかと思うと、会場全体の照明が一段階落ちた。

 

「皆様、抽選の時間です」

 

 どこか浮かれたユウナの声がアナウンスで響く。

 すると半透明の球体ホログラムが中央ステージに浮かび上がり、内部で光の粒子が踊り始める。

 

「第1試合──」

 

 ホログラム内の粒子が凝縮し、二つのチーム名が浮かび上がる。

 

「ブラックナイツ」

「Δ」

 

 その瞬間、会場に微かなざわめきが走った。

 誰かが舌打ちし、誰かが短く笑い、誰かが一歩下がった。

 ファウンデーション王国の精鋭部隊と、現在オーブを訪問している火星圏代表率いる使節団。

 どちらも立場は違えど、プラントにも地球連合にも属していない第三勢力だ。

 

「第2試合──」

 

 再びホログラムが回転し、浮かび上がったのは無機質なチーム記号だった。

 

「チームX」

「常夏三人娘」

 

 元ユーラシア連邦軍の特殊部隊員で結成された強豪クランと、マユラたちオーブ軍の有志で結成された地元開催枠。

 ある意味で第1試合以上に、デモンストレーションを兼ねたバトルかもしれない。

 フレイは一瞬だけマユラの横顔を捉えたが、無言のまま微動だにしない。

 

「第3試合──」

 

 ホログラム内の粒子が三度、回転を始めた。

 

「ガーディ・ルー」

「D.S.S.D」

 

 詳細は不明だが、大西洋連邦で行われたジュニア・モビルスーツ大会の上位入賞者で結成されたチームらしい。

 もう片方は宇宙開発に取り組んでいる民間企業のチームで、純粋な参加者と言うよりも、新規のスポンサー候補を探しに来たというのが実情だろう。

 これで対戦カードの組み合わせは決定した。

 スクリーン右上の試合組み合わせを示すパネルに、「No.7:明けの砂漠」の文字が点滅する。

 残るは1枠。

 フレイは無言のまま、ステージ正面のホログラムに目を向けた。

 会場の誰もが、次に選ばれる“誰か”を待っていた。静止したはずのスクリーンが、再び光を帯び始める。

 しかしそこに映し出されたのは、最後のクランチーム名ではなかった。

 

「プラント新議長、ギルバート・デュランダル様より、メッセージが届いております」

 

 機械音声が無感情に告げる。

 一瞬の間を置いて、ステージ中央の球体が形を変えた。

 映し出されたのは、円卓のある部屋。曲線を活かした高天井と、花崗岩調の壁面——プラント本国評議会の議場らしい。

 その中央に、先日議長に就任したギルバート・デュランダルが立っていた。

 

「──皆さん、今晩は」

 

 声音は穏やかで、明瞭だった。

 だがその登場が、会場全体の空気を一瞬で変えた。

 フレイは口元を引き結んだまま、その姿を見つめる。

 これは現在各国で研究が行われている共時性パリティ通信を利用することで、限りなくリアルタイムの長距離通信を実現させたホログラムだ。

 

「この度、我々プラントは、連携協定のもと“特例的出場枠”を行使する運びとなりました」

 

 ざわ……と観衆が動く。

 ミーアの肩がピクリと揺れる中、フレイは腕を組み直す。

 

「クランバトルという舞台は、時に千の言葉よりも有意義な対話であることは皆様もご存知でしょう。我々はこの大会を、人類の未来への意志表明と捉えています」

 

 その柔らかい語り口の内容は、あまりに明確だった。

 

「本来であれば、出場を辞退させていただくべきだったのかもしれません。ですが私は新議長として、プラントの意思を示さなければならないと考えております」

 

 その瞬間、スクリーンが切り替わった。

 

「──我々プラントが派遣する代表は《ジュール隊》であります」

 

 特徴的なザフト軍服に、鋭い眼光。

 惑星強襲艦ミネルバ級2番艦、ミレニアムの発着を背景に立つ、2人の男。

 イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン。

 かつてクルーゼの部下としてヘリオポリスに侵攻した2人が、プラント代表としてスクリーンに表示された。

 

「おい、マジかよっ!? どうなってんだよイザーク!」

「知らんぞ俺はっ!」

 

 静寂の中、会場にいた2人の叫ぶような声が聞こえた。

 どうやら彼らはデュランダルから、自分たちがクランバトルに出場することを何も聞かされていなかったらしい。

 まさに文字通りのサプライズ発表というわけだ。

 

「それでは……良き戦いを。ここに集うすべての勇者たちに、幸運を」

 

 ホログラムが、静かに消えた。

 会場全体の照明が一瞬だけ落ち──スクリーン右上の空席に、文字が刻まれた。

 

「No.8:ジュール隊」

 

 次の瞬間、周囲に紙吹雪が舞い上がった。興奮した観客たちの声が遅れて炸裂し、音楽が再開された。




出場チームと対戦カードの組み合わせに難航しました。

突然アスランの代わりに参加させられるイザークくんですが、前話の内容が完全にフラグだったようです。
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