シードアクスーーストライクを奪取してみた。   作:皐月莢

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第4話 真実

「私に?」

 

 フレイは無表情で問い返した。

 無意識にソファを掴んだ指が震える中、ムウは獲物を狙う猛禽類のような鋭い目を向ける。

 

「あの赤いストライク。アレのパイロットは君だろ?」

 

 囁くような声だが、確信に満ちた雰囲気だ。

 自分があの機体を操縦していたのは、誰にも知られていないはず。

 ここにいるミーアを含めた〈ドミニオン〉のメンバーと、あのどこかに消えてしまった金髪の少女だけのはずだ。

 

「……本気で言ってる?」

「本気だよ、お嬢ちゃん」

 

 無数の戦場を生き抜いた優秀なパイロットとしての洞察力か、あるいは何らかの情報を握っているのか。

 反論する余裕のないフレイに、ムウは淡々と続けた。

 

「別の機体を用意する時間はないだろう? 君たちに拒否する選択肢はないはずだ」

 

 違約金で莫大な負債を抱えるか、あるいはムウの目論み通りエースパイロットと戦うのか。

 だが、自分がムウに勝てるとは思えない。

 どれだけ高性能な機体を操縦していようと、戦いの勝敗を左右するのはモビルスーツの性能だけではないからだ。

 ましてムウはストライクとの戦闘に慣れている。万が一にも勝ち目はないだろう。

 

「だからと言って、素人の子供を戦わせるとでも?」

 

 ナタルは沈黙を破るように声を上げると、眉を険しく寄せる。

 

「あぁ。それが望みだからね」

 

 ムウは低く笑うと、フレイに視線を合わせたまま穏やかに答えた。

 

「……どうして、私を?」

 

 ストライクに乗っていたとはいえ、素人に過ぎないフレイと一騎討ちを熱望するのは不自然だ。

 フレイはムウの挙動を観察しながら、疑問を口にした。

 

「確実に勝ちたいから、だとは思わないのかい?」

 

 挑発するようなムウの返しに、フレイは首を横に振った。

 

「貴方がそんな卑怯者だったら、こんな所にいるわけないでしょ? わざわざ軍を辞めて、こんな所でクラン・バトルなんて」

 

 名誉。地位。金。 

 地球連合軍のエースパイロットであるムウには、いくらでもそれを手に入れる手段があったはずだ。

 ムウはかすかに唇を歪めて笑うと、小さく息を吐いた。

 

「教えて欲しいかい? アルスター家のお嬢ちゃん」

 

 想定外の言葉に、フレイは思わず顔を歪めた。

 ミーアたちはぽかんとしているが、傍らのナタルは驚いたように息を呑む。

 

「君は俺と同じだよ。こんなはずじゃなかったって、誰かにツケを払わせようとしてる」

 

 脳裏にチリチリと焼けるような記憶が蘇る。

 逃げ込んだ避難ポッドから救出された直後、ザフトに父が──ジョージ・アルスターが殺されたと聞かされた時の記憶だ。

 頭の中から吹き上がる怒りを押し殺し、フレイは冷ややかな声で問い返す。

 

「だから?」

「俺はあの日、ヘリオポリスにいたんだよ。クルーゼに奪われたG兵器の護衛としてね」

 

 フレイは思わず息を呑んだ。

 

「まさかアイツがいきなり攻撃してくるとは思わなかった。慌てて飛び出した時には何もかも奪われた後で、パイロット候補のガキ共も、船に残っていたクルーも全員殺された」

 

 ほとんど独白のような語り口だった。

 

「俺はストライクを奪ったクルーゼを討とうとしたが、失敗した。あの時搭載されていたOSは未完成で、まだ素人同然の動きだったのにな」

 

 それはヘリオポリス強襲の真実だった。

 ムウはあの日クルーゼ隊の攻撃で壊滅した地球連合軍の生き残りだったのだ。

 

「貴方がもっと強ければ──パパは死ななかった?」

 

 その問いは、フレイ自身も驚くほど静かだった。

 

「負け惜しみに聞こえるかもしれないけど、結果は同じだったんじゃないかな?」

 

 たとえムウがストライクを仕留めていたとしても、父は愛する娘を救助するため地球連合軍の船に乗り込むだろう。

 当時のザフトは各地で快進撃を続けており、地球連合軍を圧倒していた。

 たった1機のモビルアーマーくらいで、その結果は変わらないことくらいは分かる。

 

「だから、素人に勝って溜飲を下げたいと?」

「ま、そんなところかな」

 

 ナタルの突き刺すような声にムウは口角を上げ、満足げに頷いた。

 何かを覆い隠しているような言葉に、もやもやとした違和感がフレイの耳にこびり付いて離れない。

 

「まだ何も答えてないわ」

 

 フレイは絞り出すように言葉を繋いだ。

 誰に復讐しようとしているのか、どうして軍を辞めたのか。

 どうしてヘリオポリスにいるのか、どうしてクラン・バトルに参加したのか。

 ムウはフレイを見定めるように見つめると、苦笑とともに背を向けた。

 

「お嬢ちゃんが俺に勝てたら、教えてやるよ」

 

 

 

 ヘリオポリス第2宙域は、かつてクルーゼ隊の襲撃で崩壊した外殻と艦艇の亡骸が散在する宙域だ。

 フレイがコクピットシートに身を沈めていると、運営が所有する改造艦に搭載されたニュートロンジャマーが作動し、クリアだった遠距離通信にノイズが混じっていく。

 自由中性子の運動を阻害し核分裂を抑制すると同時に、電波そのものを撹乱して長距離通信、レーダー、精密誘導兵器を無力化する。

 先の大戦で有視界接近戦闘の時代を復活させたプラントの戦略兵器だ。 

 

「聞こえるか? 作戦はさっき言ったとおりだ。くれぐれもパワー残量に注意しろ」

 

 ナタルの声がノイズ混じりに届く。

 

「分かってるわよ」

 

 返した瞬間、ニュートロンジャマーの展開が完了したのか雑音だけを残して通信は途切れた。

 ここから先は合図も指示も届かない。

 今回の敵はムウ・ラ・フラガと、その愛機〈メビウス・ゼロ〉だ。

 クラン・バトルではモビルスーツ以外の機動兵器は基本的に禁止だが、モビルアーマー乗りとして有名であるムウは唯一の例外だ。

 一切の被弾が許されない圧倒的なハンデを背負いながら、これまで連勝記録を続けている最強のクランバトラー。

 フレイは奥歯を噛みながら合図を待つが、タイマーが表示されたモニターは嫌になるほど鮮明だった。

 

 

 

 すると、不意に電子音が届いた。

 フレイは瞬時にブースターを開き、ストライクを前方へ加速させる。

 クランバトル開始の合図だ。 強烈な広がるデブリが光条となり、一気に視界の端へと流れ去る。

 

 フレイに勝機があるとするなら、先にムウを見つけて火力勝負──それしかない。

 センサーを通じて流れ込む無数の情報を処理し、どこかに気配を隠しているモビルアーマーを探す。

 

 だが、〈鷹〉は既に獲物を捉えていた。

 黄色い閃光がシールドへ衝突し、火花が弾けた。

 同時に左肩へ別方向から実体弾が食い込む。機体が横揺れし、モニターが赤く瞬く。

 

 ──まずい。先に発見された。

 

 フレイは外壁片の裏へと滑り込むが、続く弾幕が遮蔽を蜂の巣にした。

 真正面のリニアガンは囮で、本命は側面だ。

 いきなり殴られたような感覚に陥りながらも、フレイはスラスターを稼働させて跳躍する。 

 有線式全方位砲塔〈ガンバレル〉。

 胴体に搭載した4基の有線誘導式無人機を全方位に展開することで、モビルアーマーの弱点である運動性能を向上させる〈鷹〉の翼だ。

 

「焦りすぎだよ」

 

 近距離通信で放たれたスピーカーに混じる声は、まるで子供と戯れるような調子だ。

 振り返った瞬間、ガンバレルから放たれた弾丸が次々着弾し、装甲が赤い火花を散らす。

 

 ──これがビームだったら、もう終わっていたかもしれない。

 

 クラン・バトルで殺人は禁止されているが、罰則は賞金の没収だけだ。

 事故死はもちろん、バトラーがヒートアップして殺し合いに発展するケースも珍しくないのだ。

 

「くっ──」

 

 フレイは制動と同時に、姿勢スラスターを全開に。

 デブリ帯に逃げ込もうとするストライクの背後に、メビウス・ゼロがぴったりと張り付く。

 まさに獲物を追う鷹のように、ガンバレルの弾幕が左右上下からフレイを襲う。

 着弾するたびバッテリーが減少し、PS装甲維持限界時間を示すメーターが無慈悲に減少する。

 このままでは無力な棺桶へと一直線だ。

 フレイはビームライフルを発射するが、ムウはそれを読んでいたかのように機体を僅かに沈み込ませ、光の軌跡を紙一重で回避する。

 

「降参するなら今のうちだぜ?」

 

 死の宣告と同時に放たれたリニアガンがメインスラスターを掠め、推進制御が一瞬不安定になる。

 

「ぐっ──」

 

 こんな敵に勝てるわけがない。  

 悲観的なイメージが膨れ上がる中、同様の状況でムウが敗れたことへの疑問が湧き起こる。

 

 ──灰色の悪魔は満足に操縦出来ない状況で、どうやって敵を捉えた? 

 

 縦横無尽に飛び回るガンバレルの十字砲火が右腕を捉え、 はるか後方へとシールドを弾き飛ばす。 

 その万全を期すようなムウの攻撃に、フレイは違和感を抱いた。

 自分のような素人を嬲りものにしたい? 

 地球連合軍の〈鷹〉が、そんなザフトみたいな連中だと? 

 頭部を狙っても意味がない? 

 そのとき、フレイは一つの仮定に辿り着いた。

 機体を反転させて減速すると、ガンバレルから放たれた弾丸が命中した。

 

 そういうことね。

 

 真紅の装甲に守られたストライクの頭部は小石が当たったように微動だにせず、エメラルドのツインアイを輝かせている。

 PS装甲にパワーが供給されている限り、メビウス・ゼロの搭載兵器は一切通用しないのだ。

 鷹の爪も、嘴も、空を駆ける鋼鉄の翼には無意味なように。

 しかしPS装甲が維持出来なくなれば、次の一撃は確実にフレイの肉体を引き裂くだろうと直感した。

 すると、どこかから懐かしい声が聞こえた。

 

 ──蒼き清浄なる世界のために。

 

 人には神様に与えられた才能があるのだと、パパはよく言っていた。その領域を侵すことは、誰にも許されないのだと。

 お前は誰かに守られていればいいのだと。

 

「ごめんなさい」

 

 呟いた瞬間、フレイは再びあの時の感覚に包まれていた。

 世界が、自分に応えようとしているような全能感。

 そして自分の行動が、愛する父を永遠に裏切ることになるだろうと理解していた。

 

「見える──」

 

 死角から迫り来るガンバレルの位置が、まるで背中に目が付いているように見える。

 その不可避の一撃が来るまでの刹那の猶予に、唯一の安全地帯である正面へと全力で跳躍した。

 絶対のキルゾーンに侵入した瞬間──周囲の雑音が消え、鼓動さえも聞こえなくなる。

 無数の銃弾が機体を揺らす中、フレイはそっとビームライフルの引き金を絞り──狙い撃っていた。

 虚無に満ちた暗闇へ。

 訪れたのは、確信に満ちた手応えと、蒼い閃光がメビウス・ゼロの右翼を貫き、粉々に吹き飛ばす光景だった。

 ついにパワーダウンしたストライクの装甲は灰色に変わり、瓦礫の海に囲まれて停止する。

 

「──プラントは『メンデルの螺旋』を探している」

「螺旋?」

 

 ムウから届いた無線通信は、先程まで死闘を繰り広げていたとは思えない落ち着いた声だった。

 フレイは荒い呼吸を整えながら、掠れた声で返答した。

 

「表沙汰になれば議会が崩壊するって代物らしい。君がソイツに乗り続けていれば、分かる日が来るかもな」

 

 通信が途切れ、半壊したメビウス・ゼロは徐々に遠ざかっていく。

 自分とストライクの力は、父を殺したコーディネイターにだって通用するかもしれない。

 いつの間にか頬を伝う液体は汗か、それとも涙か──フレイ自身にも分からなかった。




表沙汰になればプラント政府を転覆させるメンデルの螺旋っていったいなんなんだよ……。

有識者兄貴姉貴ならなんとなく想像が付くでしょうが、シャロンの薔薇よりもラプラスの箱に近いです。
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