シードアクスーーストライクを奪取してみた。   作:皐月莢

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第7話 砂漠の虎

 芳ばしい香りが風に漂い、色とりどりの灯りがヘリオポリスを彩っていた。

 通りに並んだ露店は人々でごった返しており、テーブルを囲む笑い声や、遠くから聞こえる賑やかな音楽が弾けている。

 

「お食べにならないのですか?」

 

 ミーアは手にしたドネルケバブを口いっぱいに頬張りながら尋ねた。

 

「……そういうわけじゃないんだけど」

 

 フレイはミーアの無邪気な笑顔に、控えめに微笑む。

 祝勝会という名のささやかな食事会に不満があるわけでも、遅刻した2人を待たずに始めたことに罪悪感があるわけでもない。

 目の前のケバブにどのソースを掛けるか、という重大な決断を迫られていた。

 

「こういうのって外したくないじゃない?」

 

 ケバブに爽やかなアクセントを加えるヨーグルトソースか、それともスパイシーな辛みを加えるチリソースか。

 どちらも『オススメ!』と書かれていると、余計に迷ってしまう。

 辛いのは苦手だからと、ヨーグルトソースを選んだミーアが無性に羨ましくなる。

 

「──初めてのようだね、お嬢ちゃん」

 

 すると背後から、唐突に存在感のある声が響いた。

 フレイがはっと振り返ると、そこにはカンカン帽にサングラスという、いかにも場違いな格好をした男が立っていた。

 男は自信ありげな笑みを浮かべると、白いディスペンサーを突き出した。

 

「ケバブにチリソースなんて邪道だよ! 常識というか、なんというか……。料理に対する冒涜だと言ってもいい!」

 

 フレイは思わず唖然としてしまうが、すぐに天邪鬼な反抗心が沸き上がってくる。

 

「あら、そうかしら?」

「あっ!」

 

 間髪入れず机に置かれた赤いディスペンサーを取ると、制止しようとする男を振り払ってたっぷりチリソースを掛けた。

 そのまま男に見せ付けるように、両手でケバブに齧り付く。

 

「全然辛くないわよ。後で試してみたら?」

 

 目を丸くしているミーアに、フレイは勝ち誇ったような笑みを投げ掛ける。

 

「ふふっ。そうしてみますわ」

「そっちのお嬢ちゃんまで邪道に落とす気かい? それはいけない!」

 

 男は大袈裟に驚き、胸を押さえながら大袈裟に驚嘆してみせる。

 知人らしい周囲の客たちから笑い声が起こり、ミーアも口元を押さえて微笑んだ。

 

「いいかね、お嬢ちゃんたち。人生には刺激がないと退屈だが、やり過ぎると痛い目に合う。わかるかい?」

「はい。参考にさせていただきますわ」

 

 まるで哲学者のように諭す男の言葉に、ミーアはくすくすと笑いながら頷いた。

 フレイは素直に返答するミーアに、横目でちらりと視線を送る。

 

 ──何なの、この変な人。

 

 悪い人ではないだろうが、ただの客にしては妙に馴れ馴れしい。

 フレイが軽く溜め息を吐きながらドリンクを注文しようとすると、不意に店内のBGMが変わった。

 先程までの軽快なポップ調の曲ではない。

 透き通った旋律に、儚く響くような甘い歌声だ。

 どこかで聞いたことがあるような気がするが、まるで思い出せない。

 すると帽子の男が意外そうな声を上げた。

 

「おや。君は〈仮面の歌姫〉を知らないのかい?」

「名前、くらいしか」

 

 最近プラントを中心に話題を集めている、全てが詳細不明な匿名希望の歌姫だ。

 そのミステリアスな雰囲気と、それを際立たせる圧倒的なパフォーマンスは、先の大戦で命を落とした〈平和の歌姫〉の再来だと人気を博しているらしい。

 フレイが戸惑い気味に答えると、瞳を輝かせたミーアは身を乗り出すように続けた。

 

「私も1度は観に行ってみたいですわ」

 

 どうやらミーアは出自や外見というよりも、歌姫としての純粋な能力を評価されている彼女に憧れているようだ。

 ただ奇抜な格好で歌うというだけで絶賛されるほど、音楽の世界は甘い場所ではないらしい。

 

「僕も彼女のファンでね。君も、彼女の歌が好きなのかい?」

「はい! この曲なら空で歌えます!」

 

 帽子の男は感心したように腕を組んでミーアを興味深げに観察すると、おもむろに口を開いた。

 

「一杯奢るから、一曲歌ってみてくれないかい?」

「えっ……?」

 

 突然の申し出にミーアはきょとんと見詰めたが、フレイは小さく頷いた。

 歌姫を目指す者なら、周囲の人間くらい魅せられて当然だろう。そうでなければ、素人の喉自慢と何も変わらない。

 

「いいじゃない。アンタの実力、見せてやりなさいよ」

「……はいっ!」

 

 ミーアは立ち上がり、控えめに咳払いをすると、ゆっくりと歌い出した。

 その瞬間だった──店内の騒然とした空気が一変する。

 

「静かな──」

 

 透き通るような彼女の高音が、まるで天まで届くように伸びていく。

 最初は会話の片隅に紛れていたその歌声が、次第に周囲の空気を震わせ始めた。

 グラスの音が止み、オーダーを受けた店員の動きさえ鈍らせる。

 雑談に興じていた客たちは顔を上げ、耳を傾け、突如現れた歌姫の姿を探すように視線を彷徨わせていた。

 誰かが息をのむ音が、聞こえた気がした。

 

(すごい……。本当に、すごい)

 

 想像を遥かに超えるミーアの歌声に、フレイは呆然と見ていることしか出来なかった。

 ここには華やかな衣装も、綺羅びやかなステージもない。

 あるのはただ、彼女の歌声だけだった。

 それなのに、この場に存在する全てが──彼女に支配されていた。

 

 そして──。

 

 曲の終わりと同時に、ミーアは恥ずかしそうに頬を赤らめると、小さくお辞儀をした。

 すると張り詰めていた空気が弾けるように、拍手と歓声が溢れ出した。

 フレイも小さな拍手を送りつつ、ふと帽子の男に視線を送った。

 男は満足げに頷いていたが、その口元には不思議な笑みが浮かんでいた。

 それは、ただの通りすがりの客たちの表情とは明らかに違う、鋭く、どこか緊張感を抱かせる笑みだった。

 

(……何、この感じ)

 

 フレイの胸に、再び言語化出来ない不安が広がり始める。

 その瞬間だった。

 不意に現れた男たちの放った銃声が、賑やかだった空気を一変させた。

 ミーアが悲鳴を上げるより先に、フレイは反射的に彼女を引き寄せると、露店のテーブル下に身を伏せた。

 

「バルトフェルドを殺せ!」

 

 怒号が響き渡り、悲鳴とともに露店が銃撃で次々と破壊されていく。

 半分ほど残っていたケバブが地面に落ち、飛び散ったソースが服を赤白く染める。

 

(バルトフェルド?)

 

 フレイはどこかで聞いた名前に困惑しながら身を隠していると、視界の端で帽子の男が素早く拳銃を抜くのが見えた。

 短機関銃を連射していたテロリストたちの手足が、頭が、次々と射抜かれていく。

 どうやら客の一部は男の仲間だったらしく、彼らの連携でテロリストたちは次々に撃ち倒され、制圧されていった。

 あまりにも鮮やかな戦闘術。

 フレイは彼らの正確無比な動きを、ただ握り締めた拳とともに見ていることしか出来なかった。

 そして数分後、短く激しい銃撃戦は収まった。

 

「いやー、まったく無粋な連中だったね、ダコスタくん」

 

 帽子の男は僅かに唇の端を上げると、帽子とサングラスを外した。

 

「申し訳ない、君たちを巻き込んでしまった。歌のお礼もあることだし、僕の屋敷に招待しよう」

 

 男は口元に微かな笑みを浮かべると、フレイとミーアに落ち着いた眼差しを向ける。

 

「そうだ、まだ名乗っていなかったな」

 

 短めに揃えた茶髪に、海のような紺色の瞳。

 日焼けした精悍な顔立ちは優秀な狩人というよりも、そんな狩人たちを返り討ちにし続けてきた知性溢れる獣のような雰囲気だ。

 

「僕はアンドリュー・バルトフェルド。ザフト軍ヘリオポリス駐留軍司令官だ」

 

 先の大戦ではザフト北アフリカ駐留軍司令官として、ヨーロッパ・アフリカ戦線において地球連合軍を退け続けた名指揮官。

 パイロットとしても“砂漠の虎”の異名で知られ、特に地上戦においてはラウ・ル・クルーゼをも上回ると恐れられたエースパイロットだ。

 フレイは声を失ったまま、ただその顔を見つめていた。

 

 

 

 

 裏路地に漂っていたのは、誰かの血の匂いだった。

 アグネスはルナマリアの腕を反射的に掴むと、物陰に身を隠した。

 反射的に身体が緊張する。

 射撃でもナイフ格闘術でも、アカデミーを次席で卒業した自分が素人なんかに遅れを取る訳がない。

 だが、生身の相手を何の躊躇もなく殺せるかと言われると難しいものだ。 

 幸いにも、こちらの存在は気取られていない。

 一人の男が血に塗れた姿で裏路地に逃げ込み、冷却装置の陰に倒れ込んでいた。

 息を切らしたまま拳銃を構える男の服は、誰かの血で汚れているようだった。

 

(……さっきの?)

 

 アグネスの脳裏に、三十分ほど前に前方で起こった銃声と爆発がよぎる。

 ツイてない。

 今日は非番で、プラントでは入手困難な地球産の高級化粧品を買いに来たというのに。

 

「ちょっと、アグネ──」

 

 ルナマリアが何か言いかけたが、アグネスは唇に指を立てて制した。

 するとすぐに、別の足音が路地の裏から響いてきた。

 

「ったく、お前のせいで遅刻じゃん!」

 

 やや甲高い男の声だった。怒っているが、どこか軽い調子だった。

 

「別にいいだろ、ちょっとくらい」

 

 もう一人は低く、全てに無関心そうな声。

 やがて、二つの影が現れた。

 それはアグネスより、やや年上の少年たちだった。

 いずれも知らない顔だったが、どこか奇妙な空気を纏っていた。

 すぐ近くで銃撃戦が起こった直後だというのに、何の緊張感もないからだろうが。

 

「よくねぇって! ゼッテー後でネチネチ文句言ってくるだろ」

「勝手に言わせとけよ」

 

 からかうような口調と、淡々とした返答。

 軽口を交わし合う二人の様子に、アグネスは戸惑いを隠せない。

 まるで拳銃を握り込んだまま蹲る男の姿が見えていないように、彼らは歩く速度を緩めない。

 ゆるやかに笑いながら、そのまま倒れ込んだ男の元へ近づいていく。

 

「でもあんまり遅いとさぁ、先に帰ってたらどうすんの?」

「それこそどうでもいいだろ」

 

 そう言いながら、緑髪の少年が軽く伸びをするようにして立ち止まる。

 先に歩いていた赤髪の少年も、急に動きを止めた。

 男と一言二言何かを話したかと思うと、ポケットからゆっくりと銃を取り出す。

 あまりにも自然体で行われた少年の動きは、アグネスの反応を遅らせた。

 

「──じゃあいいか」

 

 吐き捨てるような一言に男が顔を上げた瞬間、銃声が響いた。

 乾いた破裂音が起こり、撃たれた男は腿を押さえて崩れ落ちた。

 

「がああっ!」

 

 アグネスの胸が思わず跳ねた。ルナマリアが思わず目を背ける。

 彼らは呼吸をするかのように、生身の人間に弾丸を撃ち込めるらしい。

 

「お前さぁ、時間の無駄って言ったばかりだろ」

 

 もう一人の少年──緑髪の方が、肩をすくめて男の前に立った。

 

「頼む……俺たちは同ほ──」

「知らねーよ」

 

 トリガーを引くのに、少年は何の迷いもなかった。

 赤黒いものがアスファルトに飛び散り、拳銃を構えようとした男の体は動かなくなった。

 

(…………)

 

 アグネスは息を呑むことすら忘れていた。

 たった数秒で、命が処理された。

 少年たちは表情を変えず、ただ邪魔な虫を踏み潰したような所作で、その場を通り過ぎていく。

 

「あーあ。これで余計に遅刻だな」

「お前が無駄に遊ぶからだろ」

「遊んでねぇよ!」

 

 二人はそのまま、何事もなかったかのように裏路地を通り過ぎた。

 

「──ッ!」

 

 偶然か、それとも必然か。 

 彼らはアグネスが身を隠した位置に視線を向けたが、足は止めなかった。

 彼らは二人の存在に気づいているようだった。

 だが、排除するまでもない雑魚だ──そう言われたような気がした。

 足音が次第に遠ざかっていく。

 

「今のは……?」

 

 ルナマリアが小さく呟いた。震えはないが、声には緊張が籠っている。

 彼らはオーブの軍警ではないだろう。

 しかしテロリストの仲間だとも、単に血の気が多い不良たちだとも思えない。

 

「……山猿?」

 

 アグネスは答えながら、まだ立ち尽くしていた。

 笑いながら、あるいは無感情で引き金を引いた少年たち。

 どちらも人の皮を被った悪魔のような怪物だ。

 彼らの顔も、この位置では分からない。

 けれどその不吉な赤と緑の影だけは、瞼の裏にしっかりと焼き付いていた。




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原作との相違点

【バルトフェルド】
北アフリカ駐留軍を率い、スピット・ブレイクによる戦力喪失後もビクトリア宇宙港防衛の指揮を執っていました。
戦後は高速戦艦エターナルを受領し、深刻な治安悪化に悩まされるヘリオポリス駐留軍司令官に着任しています。

明けの砂漠はアークエンジェル不在のため、膠着状態が続いた末に降伏しています。
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