シードアクスーーストライクを奪取してみた。   作:皐月莢

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第8話 動き始めた陰謀

 ヘリオポリス第12区画──その中心に鎮座するザフト駐留軍本部ビル。

 フレイはその応接室に戻ると、部屋の中から漂う深入りの珈琲豆の濃厚な香りを感じ、眉をひそめた。

 高級そうな革張りのソファに腰掛けた男が、手慣れた仕草でカップに黒褐色の液体を注いでいる。

 

「いやぁ。お二人ともよく似合うねぇ」

 

 この中立コロニー・ヘリオポリスは、戦後行われたプラントとの地位協定に基づき、安全保障のためザフト駐留軍が展開されている。

 全ての宇宙拠点を喪失したものの、月の中立都市に現存する全宇宙軍を集結・係留させている地球連合軍を牽制する目的で配備された精鋭部隊だ。

 

「板に付いていると言うべきかな?」

 

 それを束ねる司令官アンドリュー・バルトフェルド──“砂漠の虎”は含み笑いを隠さずフレイとミーアを見回した。

 先の対戦では北アフリカ方面軍の司令官で、スピット・ブレイクの敗戦による戦線縮小後もビクトリア宇宙港奪還を目指す連合軍を幾度も退けた英雄だ。

 そんな伝説の軍人が、こうもあっけらかんとした男だとは予想外だった。

 

「変装して遊んでみたり、こんなドレスを着せたりするのが砂漠の虎の趣味ってワケ?」

 

 フレイは皮肉交じりに挑発するが、バルトフェルドは意に介さず軽く肩を竦める。

 

「あれは任務の一環だし、ドレスを選んだのはアイシャだけどね」

 

 バルトフェルドは軽口を叩きながらカップの液体を啜ると、一瞬だけ鋭い目つきでフレイを観察した。

 

「君は戦争がどうして終わったと思う? ストライクのパイロット」

「……っ!」

 

 フレイは唐突な言葉に、全身をびくんと反応させた。

 この男は最初から私を知っていたらしい。

 バルトフェルドは口元を軽く持ち上げると、さらに言葉を重ねた。

 

「はっはっはっ! 僕はソイツの元々の持ち主と個人的に親交があってね。だからって別に君を脅かそうってわけじゃない」

 

 悪趣味なヤツ。

 フレイは掌の上で転がされているような不快感を抱くが、男の言葉を待つしかなかった。

 

「戦争にはクラン・バトルみたいに制限時間も、頭部を破壊すれば勝ちって明確なルールもない。なら、どうして戦争が終わったと思う?」

 

 そんなことは分かりきった質問だった。

 フレイは呼吸するよりも先に、唇を動かしていた。

 

「……ラウ・ル・クルーゼ」

 

 最終決戦となった第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で、自らの命と引換えに地球連合軍の凶行を阻止し、パトリック・ザラが用意した大量破壊兵器を無力化した英雄。

 ラウの活躍がなければ、地球圏は文字通り死の世界へ変わっていただろう。

 フレイの模範的な解答を聞いたバルトフェルドは満足げに頷くと、唐突に話を振った。

 

「君は()()()()()()()()()だって噂を聞いたことがあるかな?」

 

 あの誰もが認める英雄がナチュラル? 

 フレイは息を呑んで絶句した。

 

「なぜアイツが同胞と敵対する道を選んだのかは分からない。単に自分の力を試したかったのか、それとも何か理由があったのか……。とにかくヤツがプラントのデータベースをハッキングし、改竄した遺伝子情報を登録していたのは事実だ」

 

 ナチュラルだろうと、ムウ・ラ・フラガのように一部の分野でコーディネイターと互角に渡り合えた者も存在しないわけではない。

 だが総合的な能力において、ナチュラルがコーディネイターを凌駕することは絶対にあり得ない。

 例えば世界初のコーディネイター“ジョージ・グレン”は弱冠17歳で博士課程を修了し、同時にアメリカンフットボールのスター選手に上り詰めた。

 それだけナチュラルとコーディネイターは、生物としての基本性能が違うのだ。

 そんな怪物たちの中でも選りすぐりのエリートが集まるザフトで、突出した戦果を残したラウがナチュラルだなんて有り得るのだろうか。

 

「君の映像も見させて貰った。君がいくら戦乙女(ワルキューレ)だったとしても、アイツのようにはいかないだろうな」

 

 北欧神話における闘争と死の象徴であり、英雄たちの運命を定める半神──戦乙女(ワルキューレ)

 だが、その程度では真の“神殺し”たるラウの力には遠く及ばないらしい。

 

「いずれにせよ僕と君は敵同士ってわけじゃない。少なくとも今はね」

 

 バルトフェルドは冷めてしまった液体を一息に啜ると、声のトーンを変えた。

 

「そんな君に、ぜひとも招待したい大会がある。これまでのアンダーグラウンドなものと異なり、全世界で中継される公式大会だ」

「……公式大会?」

 

 フレイが表情を変える中、バルトフェルドは、入念に用意したプレゼンテーションのように説明を続けた。

 世界的な知識人であるマルキオ導師と、今では世界有数の業界団体となったジャンク屋組合が主導で計画を進めている、オーブ領内での公式なクラン・バトル。

 もしもこれが成立すれば地球上で初開催であり、優勝クランのメンバーには莫大な賞金と名誉が約束されているという。

 

「名門女学生の君はともかく、そっちのお嬢ちゃんには必要なんじゃないのかい?」

 

 フレイは瞳を細めた。

 どうやらバルトフェルドは自分だけでなく、ミーアの抱えている事情もおおよそ把握しているらしい。

 自分が戦って、勝てば。

 先程から無言で俯いている彼女のささやかな願いも叶うかもしれないというわけだ。

 フレイは口を開こうとした。

 するとその瞬間、後ろの扉が蹴破られるような勢いで開け放たれた。

 振り向いた視線の先では、激昂した金髪の少女が立っていた。

 

「お前! やっと見つけたぞ! 盗んだ機体を返せ!」

 

 あの時から薄々感じていたが、地下に隠されていたストライクは彼女のモビルスーツだったらしい。

 フレイは少女の怒声が空気を震わせる中、冷ややかな口調で切り返す。

 

「盗ったつもりはないわ。だって本当の持ち主はもう死んじゃったんでしょ?」

 

 ストライクは地球連合軍が開発中のモビルスーツを、ラウが強奪した機体だ。

 プラントと地球連合の戦後協定で、それがどういう扱いになっているのかは分からない。

 だが、例えばストライクと同時に盗まれた兄弟機──“イージス”や“デュエル”を返還する、なんて取り決めをプラントが地球連合と結んだとは思えない。

 だから所有権はプラント政府か、あるいはパイロット本人に認められる形になったと推測出来る。

 また、ジャンク屋組合は国際条約によって、組合加入業者に兵器の残骸に関する自由拾得を世界各国に認めさせている。

 つまりストライクは現在ジャンク屋〈ドミニオン〉が拾得したジャンク扱いであり、ラウ本人が抗議しない限り所有権は〈ドミニオン〉に存在するのだ。

 

「違う! あれはお父様が遺した意志そのものだ!」

「何がお父様の意志よ! いきなり出てきてワケの分からないことを言わないでくれる!?」

 

 フレイは怒髪した少女の言葉をばっさりと切り捨てた。

 せいぜい地球連合に協力していたモルゲンレーテ関係者の娘だろう少女に、快く譲ってやる理由など何もない。

 

「まあまあ、お二人とも。こんな場所で喧嘩は勘弁してくれないか」

 

 バルトフェルドは取っ組み合いになりそうなフレイと少女の間に、飄々とした声で割り込んだ。

 

「悪いが黙っていてくれ。これはこっちの問題だ」

「そうよ。貴方には関係ないわ」

 

 そんな二人の反応を待っていたかのように、男は薄く笑った。

 

「だったら、戦って決めればいい」

 

 フレイは思い掛けない提案をしたバルトフェルドに、睨み合っていた視線を向けた。

 

「次のクラン・バトルで、君のチームと僕のチームを対戦させる。負けた方は潔く引く──どうだ?」

 

 バルトフェルドは自分の恋人が運営するクランと〈ドミニオン〉を対戦させ、その結果次第でストライクの所有者を決定したいらしい。

 主に元ザフト軍人で構成された強豪クラン〈デザート・タイガー〉。

 正体不明の少女はともかく、ここ最近連勝を続けている自分たちにとって相手に不足はないだろうし、クラン・バトルとしても注目のカードになるだろう。

 ザフト以外の本業は広告心理学者だというバルトフェルドらしい狡猾なやり方だが、特に不満はない。

 

「……分かったわよ。逃げないでね」

 

 私には歌の才能も、戦いの才能だって本物の天才と比較すれば無いかもしれない。

 ここでストライクを手放せば、平穏な日常に戻れるだろう。

 逃げても、進んでも。何かが手に入るとは限らない。

 だけどここで投げ出したら、今までの全部が台無しになってしまう。

 それだけは許せない。

 フレイは背後で小さく震えるミーアの瞳が、ただ自分だけを見つめていることに気付かなかった。

 

 

 

 

 

 プラント首都──アプリリウス市。

 その片隅に存在する研究所は、磨き上げられたガラス窓から差し込む微かな光に包まれていた。

 端正な顔立ちをした金髪の青年が、向かいに座る黒髪の男の視線を受け止めている。

 

「こうして会うのは久しぶりだね、オルフェ。アウラ陛下はお元気かな?」

 

 穏やかでありながら、どこか掴めない眼差し。

 その瞳を真っ直ぐ見返しながら、オルフェ・ラム・タオは穏やかに微笑んだ。

 

「はい。ギルバート殿もお変わりないようで」

 

 古き友人にして父、あるいは兄と慕う男。

 数年ぶりの会話と共にティーカップを傾けると、繊細な香気が鼻腔を抜けた。

 

「一時はどうなることかと思ったが、流石はタオ閣下と言ったところかな?」

 

 オルフェはデュランダルのからかうような言葉に、柔らかく首を振った。

 

「いえ。全て貴方の口添えのおかげかと」

 

 ザフトの全面的な支援を受け、先日ユーラシア連邦から独立を果たした新興国家“ファウンデーション王国”。

 オルフェはその初代宰相として、プラントとの地位協定締結と復興支援を取り付けるため、このアプリリウス市を訪れていたのだ。

 

「プラント国民はみな、更なる勝利を求めているからね。君のおかげで、次期議長はほぼ私で決定だそうだ」

 

 口調こそ軽やかだが、その裏には政治家としての狡猾さが垣間見えている。

 ギルバート・デュランダルは元々穏健派に所属する若手議員の1人に過ぎなかった。

 しかしユーラシア連邦に反発するファウンデーション王国の独立支援を提案し、それを成功させたことで中立派はもちろん、急進派からの支持をも掴んだ。

 今では議長の座を争う中立派のワルター・ド・ラメント、急進派のハリ・ジャガンナート国防委員長らを支持率で圧倒しており、近日行われる議長選での勝利は確実だと囁かれている。

 もっとも元急進派のトップツーであるエザリア・ジュール議員が議長選を辞退した時点で、デュランダルの勝利はほぼ確定していたらしいが。

 

「しかし君が、マルキオ導師のお遊びに参加するとはね」

 

 オルフェはその不思議そうな声に苦笑した。

 慎重に言葉を選びながら──明確な意思を乗せてゆっくりと口を開く。

 

「母上の命令でして。我々が誰よりも優秀であることを証明せよと」

 

 今回行われる公式クラン・バトルの勝者は、名実共に世界最強の戦士だと認められるだろう。

 しょせんは持たざる者の道楽だとしても、アウラは自分の創った“人類を導く者”が最強であることを全世界に示したいらしい。

 

「陛下らしいな。……だが、君まで出るってことは別の目的があるんだろう?」

 

 流石に鋭い──オルフェは感嘆した。

 確かに“人類を導く者”の中には、戦士としての才能において自分と並ぶ者も存在するし、それ以外の者もたかが下等種族に敗北するなど有り得ない。

 唯一警戒するとすればアスラン・ザラくらいだが、白服という立場にある彼が参加する可能性は低いだろう。

 

「……まさか」

 

 オルフェは答えに気付いたデュランダルに、薄い笑みを浮かべながら返した。

 

「ええ。この機会を利用して、ヒビキ家の失敗作を抹殺せよと」

 

 アウラに匹敵する能力を持ちながら、己の利益と欲望に溺れて世界のことを顧みなかった末に暗殺された2人の遺伝子研究者──ヒビキ夫妻。

 そんな彼らの遺した兄妹がオーブに存在することを偶然突き止めたのだ。

 片方はセイラン家との政争に敗れて消息を絶ったが、もう1人は民間人として呑気に生きているようだ。

 アウラに言わせれば、自らの罪業を十分に理解させた上で、愚かな両親の下に送ってやるのが元同僚としての最後の慈悲らしい。

 

「なるほど。実にあの人らしいやり方だ」

 

 デュランダルが皮肉げに笑うと、オルフェは茶目っ気を含んだ口調で問い掛けた。

 

「ところで“螺旋”の正体とは、我々のことなのですか?」

 

 その正体が明るみになれば、プラント政府が転覆するという不穏な噂だけが存在する単語──“メンデルの螺旋”。

 コロニー・メンデルで研究され、コーディネイターを超える種として創られた自分たちは、その要件と限りなく合致しているように思えた。

 だがデュランダルは即座に首を振った。

 

「君たちにとって残念なのか、それとも喜ばしいのかは分からないが、そうでないことだけは確かだな」

 

 オルフェは優雅に微笑む男の思考を探ろうとしたが、虚無に満ちた感情以外は何も読み取れなかった。




本来出てはいけないメンバーが続々登場です。
あの日ストライクに乗らなくても、アウラ女王はキラ、カガリの命を狙うんですね。

キラもオーブ編から本格的に登場するのでお楽しみに……。

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