たかが七年   作:モラハラ

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【一年生編・前半】ハロー、はじめまして。これからよろしく
野心家と観察者


 

 

 

頬杖をついて外の景色を眺めていた。

ずいぶん緑が増えてきたな、と思った。まだ街並みが見えるが、すでに民家より緑の割合の方が多い。そのうち森しか見えなくなるんだろう。

あとどのくらいで完全に民家が消えるかな、と考えながら外を眺めているとフッ、と見られているような気配を感じて反対の廊下の方を見た。

あっ、と思った。

廊下には本当に人がいた。

同い年くらいの少年が、ガラスの貼られたドア越しにこちらを見ていたのである。

だが、何か違和感がある少年だった。それが具体的に何なのかは、分からなかった。

 

「…おお」

 

しかし同時に、目の前の彼はとんでもない美少年でもあった。

ちょっと見たことがないくらい美しい顔立ちをしている。目は顔に対してとても大きく、顔は子供らしく丸みがあるのだがそれでも堀がとても深い。

あまりに美しいので、ぱっと見は冗談抜きで男か女か分からないくらいだった。

あと数年すれば美丈夫に、さらに数年経てば大変な伊達男になろう、という感じの少年である。

 

思わずポカン、と口が空いた。

こんなにどうしたらいいのか分からない状況は初めてだった。何もできずにいると、あっちが先に動いた。

 

「…」

 

ドアに手を掛けられた。ギギ、と軋んだ音を立てて、年季の入った木枠のドアが音を立てて開いた。

 

「ごめん、ここって空いてる?」

「空いてる」

 

反射的にそう言うと少年はヘラ、と笑った。害のない笑い方に見えるのに、少年はやはり目が笑っていなかった。

 

 

 

 

 

 

「へー、トムくんっていうんだ…」

 

少年はトム・リドルと名乗った。

 

「君は?」

「ウィリアム。ウィルでいいから」

「分かったよ。僕もトムでいいから」

「ン」

 

ウィルは着たままだったジャケットを脱ぐと雑にまとめて荷物の上に置いた。頬杖をついて、トムの顔をジッと見る。

 

「??」

「苦労したろ」

「え?」

「色々と。そう言う顔をしてる」

 

ウィルがそう言うと、トムの友好的な微笑みにヒビが入った。動揺したのだ。確かにトムは脛に傷がある少年だったから。

しかし、この初対面の少年が、自分のあれこれを知っているわけはない。

なら、なぜ?どうしてそう思われた?

キュー、とトムの瞳孔が開く。それは敵を見る動物と同じ目だった。

 

「顔のいいやつは苦労する」

 

しかしウィルはまったく斜め上なことを言った。

当然、ウィルはトムと初対面だった。彼について何も知らない。

そんなウィルが、この少年はきっと苦労しているな、と思ったのは単純に顔立ちが美しいからだった。

顔のいい子供というのは苦労が多い。友達を作りやすいが、注目も集めやすいためどうしたって場の主役になってしまう。意図せずとも。もっとも、本人がそうなりたいと思うのなら、それほど気質と顔立ちがマッチしていることもないのだが。

 

「…あ、ああ、そういうことね」

「君のバックボーンは知らないけどさ。俺の前では気抜いていいよ。君に大して興味ないし、詮索する気もない」

「君は変わったコミュニケーションをするね」

「そう?」

「哲学者か、作家みたい」

「どっちも趣味の延長で食ってる連中だ。金にはならない」

「…気に触った?」

「いいや。金にならない仕事を父親が軽蔑してるだけ。実用書以外は脳にゴミを増やすだけだから読むなってさ」

 

ウィルはそう言うとバッグから一冊の本を取り出して机の上に置いた。

1934年出版『オリエント急行の殺人』。作、アガサ・クリスティ。

 

「でも、俺はわりと好き」

 

ウィルはそれだけ言うと、軽く足を組んで本を読み出した。

そこからは一、二分に一回ページを捲るために指を動かすだけで、あとは全く動かない。本当にトムの存在を無視しだしたのだ。

この対応に、トムはあんぐり口を開けて呆然とした。

 

「ほんとに変わってる…」

「…」

「大丈夫か、君、友達とかいたか?初対面の僕が言うことじゃないけど、心配だな。もっと人に興味を持った方がいい。コミュニケーションは無駄な物じゃない。他人は君の人生を間違いなく豊かにしてくれる。人間は地球で一番の資源だ。おまけにいくら使っても、たくさんいるし、いくらでも生まれてくる」

「…」

「君の親は君に協調性を教えなかったのか?それとも君が単純に人の話を聞かないタイプなのか?」

「…」

「聞いてないし…」

 

トムはため息を吐いて頬杖をつき、目の前の正体不明の生き物を観察した。

ウィルはトムを一目見て、一言二言くらいちょっと話したら会話を終了した。

フーン、顔かっこいいな。と思うくらいで。それ以上の関心を持たなかった。

そんな男はトムにとって未知の人間だった。

こんなに唯我独尊な人間を見たことがない。

人を嫌っている様子はないので、人嫌いなわけでは無さそうだ。しかしだからこそ異質である。彼は人間味が欠落した人間であった。必要のないコミュニケーションは取らない、機械みたいな男だと思った。

 

しかし実は、この対応はトム・リドルに対する最適解だった。

 

トムはこの時、まだわずか11歳。しかしすでに、人の心を操ることに関しては大抵の大人より上手くやった。

人を洗脳するコツは、適度に傷に触れること、そして相手の欲しいものを与えてやるそと。それだけで人は簡単に他人に依存すると、知っているのである。

彼にとって、初対面の人間と打ち解けることなど紅茶を入れることより簡単で、相手にとって魅力のある人間を装うことは服を着ることと同じだった。

 

だがそれも相手が話を聞いてくれなければ何の意味もない。

ウィルはトムを視界にも入れていない。完全に推理本に夢中で、トムの存在を意識下からシャットアウトしている。

こんな対応は初めて取られた。悪意はないが友好的でもない。

 

「君はどんなところで育ったんだろうな…」

 

ペラリ、とページが捲られる。

 

「どんな育ちだったらこんな人間が出来上がるんだろう」

 

トムは足を組む。

 

「早く読み終わってくれよ」

 

トムは手持ちぶたさなので、ボーッと景色を見たり教本を眺めたり目の前の男を観察したりして時間を潰した。

いくつか気がついたことがあった。

彼は痩せ身だが、骨が太く、とても健康であること。適度に日に焼けていて外に出る習慣がちゃんとあること。いくら時間が経っても、姿勢が前傾にならないこと。

荷物はそれほど多くなく、しかしちゃんとしたハードケースに入っているため、恐らく都市部の出身であること。何も入っていない大きな鳥籠があるのは謎だったが。

 

そうして二時間程度が経過した。

ウィルはようやく表を上げた。

 

「あ」

「…」

 

一体何を言うんだろう、とトムは期待して彼の言葉を待った。しかしウィルはスッと瞼を閉じると三十秒沈黙した。そして目を開けた。

 

「ホグワーツまでどのくらいだっけ?」

「あ、と…10時間くらいかな?半日って聞いたから」

「そう、なら少し寝る」

 

ウィルはまた目を閉じると荷物にもたれて眠り始めた。また彼は、一方的なコミュニケーションを取って、一方的に終了した。

トムはなんなんだ、この一瞬でこの男の中で一体何が起こった、と考えてみた。

ウィルは本を読み終わると目を閉じてボーッとしていた。

トムは、あっ、本の余韻に浸っていたのか、と思い至る。

正解である。これが彼にとって本の余韻に浸るという工程だった。一時間も二時間もあれこれ考えたりはしない男なのだ。それは読んでいる最中に大抵のことが分かるからであり、別に疑問はないので、あとは感動しか残らないのだ。その処理にかかった時間が、ざっと三十秒。

 

「…」

 

トムは起きたら何を言うのかな、と思ってウィルの寝顔を眺めた。彼のまつ毛は長くて髪色と同じアッシュブランドだった。

 

 

 

 

 

 

「…ん」

「おはよう。よく寝てたね」

「…ああ、トム。おはよう」

「三時間くらい寝てたかな、君。寝不足なんじゃない?」

「そうかもしれない」

 

ウィルは眠そうな顔をして、何度も目をシパシパと瞬きする。

寝起きが弱いらしい。ボーッとして頭が動いていない。今なら多少は潜れるか、とトムは口を開いた。

 

「眠って頭がクリアになったなら僕と話でもしてくれよ。退屈だったんだ」

「いいよ」

 

前向きな返答にトムはニコリと口角を上げる。

 

「君は何が好きなの?」

「本と…あと、絵画とか。絵から人間性とか何考えてたとか分かるの好きなんだ。ダヴィンチってほんとに天才だったんだね」

「なるほど。他は?」

「植物。人間よりは分かりやすい」

「花は喋らなくて退屈じゃないか」

「いや、喋らなくても分かることはあるし、むしろ余計な装飾がないから分かりやすい」

「まあ人間以外の生き物は嘘をつかないからね」

「いや、いくらでも嘘をつく。ネペンテスを知らない?」

「ネペンテス?」

「ツボみたいな形で落ちてきた虫を食べる食虫植物。ウツボカズラとも言う」

「へー、詳しいね」

「好きだから」

 

ウィルは多弁ではないが寡黙でもなかった。

頭の中でちゃんと情報が整理されているのだろう。聞かれたことはスラスラ答えた。

一般ウケはしないが、クセになる話口だ。きっと大学教授か、ラジオパーソナリティに向いている。後者はゲストしか適性がないかもしれないが。

 

「じゃあ嫌いなものは?」

「天気と、赤ん坊」

「なんで?」

「どっちもどうにもならない。荒れたら対処療法しかすることがない」

「ああ、僕も赤ん坊は嫌いだな。話せないし。みんななんで、あんなものをありがたがるんだろうね」

「無垢だからだろう。人間は嘘をつくクセに嘘が嫌いだ」

「言えてる」

 

トムは自分が二枚舌のクセに同意した。彼は息をするように嘘をつくが、嘘をつかれるのは嫌いだ。殺したくなる。

 

「君はよく話す人だね」

 

ウィルは不思議そうに言った。

トムにとって人と話すことは絶対に必要なことであり、一番低コストな趣味で、楽しい娯楽の一つだった。

一方、ウィルは会話を必要なことを話すもの、と認識しているため本気で必要だなと思ったこと以外は話さない。あくまで会話は手段で目的にはならない、という認識なのだ。

 

「会話より面白いことはないよ。いや、人によるか」

「君は何が好きなの」

「そうだね、価値があるもの、とか」

「どういうもの?」

「物に価値を持たせたのは人間だ。ダイアモンドも、人間が価値を持たせなければただの綺麗な石だった。紙切れに価値があるのはそう設定したからってだけで、価値がなくなればただのゴミになる」

「ああ、アリストテレスが似たようなこと言ってたな。人間は集団の中で価値観を共有する、だっけ…」

 

ウィルは言葉を途中で止めると、突然立ち上がって窓を閉めた。

 

「どうして窓を閉めたの?」

「もうすぐ雨が降るから」

「なんで分かる」

「雨が降る前の匂いがした。それにまだ昼間なのに暗すぎる。雲が分厚くなってるんだろう」

 

トムはこのウィルの発言を話半分で聞いていたが、しかし。それから五分も経たないうちにサァサァと霧状の雨が窓を叩いた。

 

「!本当に降ってきた」

「言ったろ」

 

ウィルは短く言った。

トムはウィルが降水をピッタリ言い当てたことに気をよくして微笑んだ。彼は人間が好きだが、有能な人間が特に好きだった。

 

「君の声はパリッとしてて冬空みたいだね。歳の割に低くて、暖炉の薪が割れるみたい」

「詩的だね。だといいけど」

「自分では分からないの?」

「自分の声っていうのは自分では絶対に聞けない。自分が聞く声っていうのは骨に響いたものを聞いているから、実際より深く聞こえる」

「へぇ、知らなかったな。僕の声はどんな声?」

「君の声は甘いね。眠くなる」

「そう?」

「耳に馴染む声だ。低過ぎないし高すぎない。でも意図して高く話してるだろ。その方が聞きやすいから」

「意外と人をよく見てるんだね」

「うん、でもラジオには悪いな…すぐに眠くなる」

 

そう言うとウィルはウトウトし始めた。また寝る気だこの男、と思ってトムは少しムッとした。

 

「寝ないで」

 

トムは命令口調で言った。

その声は大きくも小さくもなかったが、有無を言わせない強さがあった。しかし不快感はない。そういう話し方が板についている。言い慣れているんだろう。むしろ、こっちの方が好きだとすらウィルは思った。

 

「もう寝ないよ。眠いけど」

「よかった。また退屈になるところだった」

「でも君もどこかで寝た方がいい。着いてから疲れてると困るよ」

「どうにでもなる。それに僕、今楽しいんだ。眠りたくない」

「ふぅん。まあ、好きにしなよ」

「何で楽しいか聞いてよ」

「何で楽しいの?」

「君と話してるから」

 

トムは当たり前のように口説き文句のようなことを言った。

年に見合わない言葉なのに、違和感がない。

しかしウィルは何より、衝撃を覚えていた。そのようなことを言われたことがなかったからだ。経験がないから、脳で言葉を処理するのに時間がかかった。なかなか上手く飲み込めない。

そんなウィルの様子を見て、トムは満足げであった。この男の関心をやっと一つ引き出せたことに達成感を感じていたのだ。

 

「そんなこと、生まれて初めて言われたな」

 

 

 





ピクシブでやってるやつを短い方がいいかな?と思って一話分こっちに上げました。
続けるかどうかは反応見て決めます。ピクシブの方はとりあえずなんとか完結させたいので、そっちは多分確実に続きます。
読んでくれてありがとうございました。
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