たかが七年   作:モラハラ

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魔法の前にまず理論

 

 

 

今のスリザリン、七年生の監督性はスラっとした冷徹な眼を持つ青年だった。

名をスタン。高難度の学問である錬金術に適性がある秀才殿で、背はスラリと高く、いつも長い黒髪を背中で束ねている。そして恐ろしく美男だった。

もう一人の監督生は明るい髪を一本の三つ編みにした魔女で毎日、髪色も顔立ちも変わる。七変化なのだ。

しかし絶対に長い三つ編みだけは変えないという信条があるようで、それが目印になっている。そのため、プラットと呼ばれる魔女である。

まったく正反対の性質の二人だったが、どちらも共通して若さと実力に裏打ちされた自信の持ち主で、パッと見で優秀なことが分かった。

 

スリザリンの新一年たちはこの二人を先頭に城の下へ下へと潜っていった。

スリザリンの寮は城の地下にある。理由は不明だが、おそらく創始者がとびきりの秘密主義なのだろう。古来より秘め事は、地下でやると相場が決まっている。

 

緻密な彫刻の施された堅牢な扉の前で二人は立ち止まった。

 

「バロンの二番」

 

と、スタンが言うと扉が崩れた。

 

「覚えるように。合言葉は不定期に変わる。分からないときは上級生を頼るように」

「忘れると中に入れなくなっちゃうからね〜。他の寮の子には聞かれちゃダメだよ」

 

プラットはシィ、と人差し指を唇に押し当てると、ニヤと笑った。

 

生徒たちはスリザリンの門を潜った。

ウィルは天井を見て思わずあっ、と声を上げた。ほとんどの人間が声を上げて上を見ていた。

地下とは思えないほど広い寮室は、部屋の全体が緑の炎で照らされ、その光がガラスの天井に反射し、床はキラキラと緑に光っている。なぜ、天井がガラス張りなのかといえば、それは見れば一目瞭然だった。

ガラス張りの天井には、先ほど船で渡ったあの湖が広がっていたのである。

人魚、グリンデロー、ケルピー、フーアにモハモハ…見れば分かる生物もいるが、そのほとんどがまだ名前も分からないような水の魔法生物だった。

鯨のように大きな淡水魚。

サメほどの魚を咥えている古代の鎧魚。

群れを成した目が八つあるアリゲーター。

神秘的な水性魔法生物たちが、緑炎の光でキラキラ鱗を輝かせながら悠々と泳いでいる。あまりに美しい、幻想的な光景だった。

天井の様相に、一年生たちは釘付けだった。その様子を高学年たちは慣れたように見ている。スリザリンに組み分けされた一年たちは、当分暇があればこの部屋に来て、ポカンと上を眺めるようになるのが恒例だった。

 

「素晴らしいだろう。地下の一部は湖の真下に位置するようになっているんだ。特別な魔法がかかっているからガラスが割れることもないし、上からはこっちが見えないし聞こえもしない」

 

横にいたトムがつぶやいた。

 

「…スリザリンでよかった」

「ああ…」

 

ウィルも流石に素直に同意した。

本当に素晴らしいと思ったし、これだけでスリザリンに組み分けられた甲斐があったと思った。これは、それほどすばらしい光景だったのである。

 

と、ここまではよかった。

その後、部屋分けが行われた。

ウィルはトムと同室になってしまった。無論、二人きりではなく他に何人も同室になった人間はいるのだが、もはや他の人間など目に入らない。

しかもベッドもすぐ隣である。

運がない、と笑える範疇を超えている。なにか縁でもあるのだろうか。

なぜウィルがこんなにもトムと同じ部屋になったことを嫌がっているかと言うと、単純に日常生活という無防備な時間をこの男と共に過ごすことが嫌なのだ。

彼は間違いなく善人ではない。そんなことは列車で分かっている。少し話せば、彼が道徳よりも効率と成果を優先する男だということは疑いようがない。それは別にいい。ウィルにはトムがどれだけ残忍だろうが、人間味が無かろうが関係はない。

しかし同室で、それもすぐ隣で一緒に寝るとなると、話は全く変わった。

早い話がこの男の前で隙を見せたくないのである。怖いので。学校生活であればまだいいが、それ以上深いところで彼と関わりたくなかった。

もっと無害で個性のない男が良かったなァ…と思っているとトムが話しかけて来た。

 

「どうしたの?」

「いや…」

 

たしかにキッツイな、これ。とウィルは思った。

組み分け帽子はここまで予期していたのだろうか。たしかにこの環境が7年も続いたら、精神はその辺の聖職者より強くなるだろうが。

まあ、天才になるには精神からと言うことなのだろう。

 

ウィルはハァ〜とため息を吐いてベッドに寝っ転がった。もう疲れていた。当たり前である。環境も場所も、全く違うところに行って今日だけで一年で新しく出会う人間の数よりも多くの人間と出会っている。

疲れた。眠い。一刻も早く寝たかった。だがこの男が横にいるというのがどうも引っかかる。

しかしチラッと横目でトムを見れば、彼も眠いらしかった。目がトロリとしている。

当たり前なことなのに、ひどく驚いた。初めて、この少年を同じ人間なんだと思った気がした。

まあ。今ならいいか。

危険じゃないとかそういう意味で。猛毒を持った毒蛇でも満腹で眠い時くらいは気を抜いてもいいのと同じようなものだ。

それに、眠い。本当に眠い。彼は三代欲求のうち、睡眠欲が半分以上を占める男なのだ。眠い時はとことんIQが下がる。ウィルはその鈍った判断力で特に考えずに思ったことを口にした。

 

「…仲良くしようね」

「もちろん」

「本当に約束してくれよ…」

「うん」

「寝首とか掻くなよ、頼むから」

「どの時代から来たんだ君は」

「…」

「??」

 

不自然に途切れた会話を気にしたトムが振り返った。

 

「あ、もう寝てる」

 

ウィル・ウォーカーは寝ていた。

ピクリとも動かない。死んだような寝顔だった。トムはハハ、と笑った。乾いた笑いだった。

おもしろい男と一緒になったな、と思った。

 

 

 

 

 

 

「ーーだから〜〜というわけさ。ここは大事だからよく覚えといてね」

 

壇上の若い男はカン、と黒板をチョークで叩いた。一年生たちはそれを一斉にノートに書き写す。

ホグワーツでの初回の授業は思いっきり座学であった。突然である。ほぼ全員が、魔法の論理を少しも知らないのだから。教科とかそう言うのとは別で、先ずはイントロダクションから。毎年あるそれは、今年はDADA(闇の魔術に対する防衛術)の教師が引き受けていた。

杖を振って魔法を唱える単純なことに思えるが、洗練されたものほど簡単に見えるものである。たった三文字の呪文でも、その裏には本一冊分の論理があるのだ。

教師はその突き詰めると複雑極まる論理を、子供に向けて物凄く噛み砕いて、細かいところは端折って話していた。それでも情報量は多い。内容に頭がついていかない者もいれば、なんとか整理しながらノートを書いている者もいる。いずれにせよ集中しなければ全く分からない。

 

「質問ある人〜?」

「はい、先生」

「どうぞ。ジョンくん」

「4頁の、魔法は結果ではなく過程という言葉が簡潔過ぎて分かりません」

「いいね。芯をついた質問だ。これはね、魔法そのものは過程を無視した現象であるということだよ。分かりやすく言うと、マグルの人は頑張って火を起こすけど我々は杖を振って呪文を唱えるだけで魔法を起こせるよね?物事に対するプロセスが全然違うんだ。でも結果は一緒だね。つまり魔法っていうのはこの過程における動作を示すんだよ。オーケーかい?ここは今はあんまり重要じゃないけど覚えとくといいよ。はい、じゃ次、5分で魔法の起源について説明しまーす」

 

教師はゆるい口調だが、常に核心を話している。

彼は本当に5分で分かりやすく魔法の起源について話した。普通は二時間かけて話終わる頃にはなんだったか分からなくなるようなことを、ビギナー向けに簡潔に話したのである。学び始めた人間に、意義とか歴史とか話し過ぎても仕方がないからだ。

ウィルはこの教師を初回で好きだな、と思った。こうやって分かりやすくて、かつ面白く学問について話せる人間は稀である。だが、歳をとった人間というのはそういうところばかりに力を入れる。それがいかにつまらなくて意味がないかを、若く賢いこの呪文学の教師はよく分かっていたのだ。

そんなふうに、まずは徹底的に論理を学んでから杖を抜くのである。そうでなければとんでもない事故が起こりかねないので。

 

ようやく終わった初回授業。

一年たちのほとんどは疲れた顔をして教室を出た。

しかしトムはニコニコしていた。彼は頭がいい上に知識を吸収することが楽しいので、この授業が楽しくてしょうがなかったのだ。

 

「難しいもんだね、魔法って」

「だね。やる気なくなった?」

「いや?燃えるよ」

 

トムは意地の悪い顔をして「それに」と付け加える。

 

「あんなに分かりやすく話してもらって理解できない方がどうかしてる」

「まあ、プロだからね。先生方は」

「プロに教えてもらって無理ならもうどうしようもないよね」

「…」

 

トムは簡単に残酷なことを言った。

彼はこの頃からできない人間を見下していた。それはもう、誰がなんと言おうと変わらない、彼の根っこの部分だった。

 

「それも。そもそもやる気がないようじゃさ」

「…」

「サラザール・スリザリンは正しいよ。選民は必要なことだ…」

 

彼の本質はスリザリン生の見本のようなものだった。選民思想、狡猾さ、野心、権威主義、子供の頃から全て持っている。秒でスリザリンに組み分けられたのも納得である。

 

「君もそう思うだろう?」

「信じられない程どうでもいい」

「あ、そう」

 

トムは少し気を悪くしたようでそこからは無言になった。

ウィルは本当に彼の思想については関心がなかったので、どうでも良かった。それは裏を返すと、別に反対もしていないので、同調してもいいと言うことだったが敢えて少し彼が気に入らないだろう言い方をした。

その根底には、この男と精神的な距離を取りたい、という考えがあった。下手に与することも、敵視されることも避けたい。面倒だから。

 

しかしトムは人を見下すが、人を自分より下に見ると言うことは、人間の序列を明確にしたいということであり、逆に自分の身内だと思った人間に関しては分厚く面倒を見る。そういう性質もあるということだ。

だから彼は、これからきっと沢山の仲間に恵まれる。それだけの度量も能力もちゃんとあるし、これから身につけられる男だろう、とウィルは思っていた。だから別に彼の極端な思想に対して、大した危惧もしていなかった。

このように、トムはそういう男だった。結構ちゃんと人類に興味がないウィルとは真逆の人間である。

ウィルは興味がない人間の名前は10年一緒に住もうが覚えないし、言われても忘れるし、隣にいるのが国一の美女だろうが、その時関心がなければ無視をする。そういう、コイツはコイツでどうかしているやつだった。

この時代にはまだ存在しないが、彼の脳みそはきっと0と1しか存在しないコンピュータと同じだし、血の色は赤くないし、多分地球外からやってきた生物だった。

どうかしてる性質を持っている人間同士(トムの方が実は結構気を遣っている)だから、まあ意外と、馬は合うのだった。

 

 

 

 

 

 

教室はシン、と異様な集中で静まり返っていた。

トムは左手に赤いリンゴ、右手に杖を持っていた。彼は真剣な顔で、リンゴに杖を向ける。適当なようで、杖の角度、リンゴからの距離、力の込め方まですべて意識している。異様な集中力だった。

一拍おいて、杖が振られる。

 

「コロバリア」

 

赤いリンゴは黄金に変わった。形、重さはそのままにツヤすらそのままである。変わっているのは色のみだった。

トムは、どこを見てもリンゴの色が完璧に変わっているのを確認するとようやく表情を緩めた。

それを見た当時の変身術の教師であるアルバス・ダンブルドアは少し笑って言った。

 

「良い出来じゃ、トム」

 

それにトムもニッコリと笑って微笑み返す。純粋に褒められたことに喜んでいるようで、その実、彼の微笑みの下には明確な敵意があった。

それは、いつかお前に膝をつかせてやる、

という敵意である。

トム・リドルが他者に抱く感情は二種類だ。反骨心か侮蔑である。上か下か。自分より上ならいつか踏みつけてやろうと思うし、下なら見下してかわいがる。それだけ。彼のコミュニケーションは、たったこの2種類だけなのだ。

しかしダンブルドアは、というかこの学校の大半の人間が、まだこの頃のトムにとってははるか上の存在で、すなわちいつかは超えるべき者たちである。

彼は神の遣いのような姿をしてその実、男性ホルモンの化身みたいなメンテタリティの男だった。彼は多分この世の誰よりも精神性が男に寄っている男である。

あり得ないほど競争心と野心が強く、それをおかしいこととも思わないので、こんな少年が出来てしまったのである。

 

入学から僅か一ヶ月。

早くも同世代の誰よりも頭角を表していたトム・リドルが最も神経を使うのがこの授業だ。

無論、変身術そのものが神経を使う科目ではある。だがそれ以上に、自分の本性を知っている男の元で授業を受けるのが一番きつい。でも問題ない。

だって僕は優秀だから。ダンブルドア以外の人間はみんな僕を善良だと思っている。多数可決で、僕が正しい。

真面目で優秀、一度そのレッテルつけば誰からも疑われない。半分の人間が味方ならもう半分も味方のようなものだ。

圧倒的な魔法のセンス。

誰よりも強い向上心。

この二つが合わってウィルが思った通り、彼はすごいことになった。

 

「うわぁ…」

 

ウィルは引いた顔でトムを見ていた。彼は後ろの方で授業を受けた方が集中できるタイプなので、そのつぶやきは周りの人間の耳にしか入らなかった。そのはずなのに、トムはクルッ、とウィルの方を向いた。態度には出さなかったが、本気でビビった。バケモノと目があったかと思った。

トムはウィルに、人当たりのいい顔で笑いかけたのだった。

 

「…こわぁ」

「お前さっきから何ブツブツ言ってんの?」

「知らなくていいよ」

「愛想悪」

 

と、言ったのは隣に座っているオーソン・ブレイクというアメリカ生まれイギリス育ちという珍しい経歴の男である。しかしイギリスで育ったとは思えないほど無神経であり、体もデカければ態度もデカい、食事のたびにあり得ない量を食うのに少しも太らないという男だ。まあ一応、悪い奴ではない。

 

「え、お前いつの間にできてんの?」

「さっきできた」

「コツ吐けコツ」

「ノリと勢い」

「ただの若さじゃねーか」

 

とかやり取りして、最後にダンブルドアがまとめみたいなことを言って、授業は終わった。

ダンブルドアは、絶対にすごい魔法使いであるのに彼の授業はさほど感動はしない。

この男、あまりに天才すぎるのだ。

天才は教えることに向いていない。

簡単になんでもできるから、分かりやすい授業ではあるのに、いくら説明を聞いても中身がないように聞こえるのだ。おそらく教えるために、あとから理屈を理解したのだろう。

ちなみに隣のオーソンは素でキョトンとして話を聞いていた。

 

「ウィル。お前、何言ってたか分かった?」

「あんまり」

「やっぱ頭いい人の説明はわかんねぇわ」

「頭はいいよね、彼は」

「てかお前ってトムと仲良いの?」

「ホントに急だな、オマエ。なんで?」

「たまに話してるから」

「結論出てるじゃないか」

「つまり別にそんなに良くもないと」

「そう」

 

オーソンは大柄な体で無遠慮にウィルにもたれかかりながら言った。今日の授業はもうこれで最後なので、教室にはダンブルドアに質問を投げる奴、外に遊びにいく奴、図書室に向かう奴、色々だ。

二人は特にやることはないが、課題をすぐやるほどやる気はないので教室にいるという、要は多数派だった。

 

「重い」

「アイツ超できるから教えてもらおうと思って」

「いいんじゃない?下手にいったら優しく教えてくれるよ」

「上からいったら?」

「精神病棟に入院する必要があるほどの誹謗中傷を受けるな、間違いなく」

「ええ…」

「何してるんだい?」

 

上から声が響いた。

ウィルは顔を上げずに答えた。

 

「悪質ないじめを受けてる」

「してねぇわ」

「君の図体でそんなことされると簡単にいじめに見えるんだよ。恥を知れ」

「そんなに言うことあるか?あと本当にいじめられる奴はそんなデカい態度はしない」

「確かに」

「納得はするんだ。素直な奴…」

「ねぇ、彼を借りてもいいかな?」

「どうぞどうぞ」

 

オーソンは片手でグイッとウィルの背中を押して立ち上がらせた。トムは笑って「ありがとう」と言うと、ウィルの手を取って教室から出ていった。

ウィルは「勝手に借り出された…」とか「二十世紀になっても人は人権って概念が理解できないんだね。愚かしい」とか言いながら大人しく引っ張っていかれた。

 

「いや仲良いじゃん…」

 

その背中を見ながらオーソンはボソッと呟いた。

 

 





とりあえず三話まで。大体どんなノリか伝わったでしょうか。こういうノリです。
スタン兄さんとプラット姉さんは完全に私の趣味です。こういう二人が監督生だと非常に助かります。
あとオーソンは、コイツがいないと後々困るので出しました。一人くらい普通の指標がないと、何が何だか分からなくなるので。私が。
読んでくれてありがとうございました。
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