たかが七年   作:モラハラ

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【一年生編・後半】イギリス人は仲のいい人間ほど基本的に塩対応である
大人と子供


 

 

 

ウィルはパチッと目を覚ました。何度か瞬きをして、そしてハッキリと目を覚ます。

もう彼は、いつものウィリアム・ウォーカーだった。

寝起きから、授業を受けている時と遜色ない思考の状態に脳が切り替わる。

彼の脳は、起動は少し遅いが、一度目を覚ますと意識が一気に明瞭になるタイプだ。

時刻は7時ちょうど。

彼はきっかり7時に目を覚ます。そういう体なのだ。起きている人間もいるが、まだ寝ている人間もいる。

いつもはそんな時間帯である。

 

「…え?」

 

誰もいなかった。

これは比喩でも何でもなく、文字通り寝室はガランとしていて、一人もいなかったのである。

ウィルは窓際に立ちながら、世にも奇妙な物語みたいなことになっていた。

彼はこれを夢だとは思わなかった。見たことがないので。

ウィルは寝巻きのまま人を探した。珍しく少し焦っていた。すると一人だけ、ベッドで寝ている人間を見つけた。オーソンである。

 

「オース、おきて、オース」

「…う、やめろマジで。誰だ、殺すぞ。…あ?ウィル?どうした」

「オース、寮に誰もいないよ。なんで?今日なんかあった?」

「…は?なにって、お前」

 

オーソンは不機嫌そうな声で答えた。

 

「もう冬休みだぞ」

「あ」

 

沈黙が起こる。

ウィルは一種で状況を理解した。

 

「クソ…起こしやがって」

「ごめん」

「死ね」

「言い過ぎだろ」

 

オーソンはシャッ!とカーテンを閉めるとまた寝てしまった。

ウィルはそうかもうそんな時期か、とその場で立ち尽くしながら思った。

 

「…」

「ウィル?今起きたの?」

 

後ろから声にバッと振り向く。そこには本を数冊抱えたトムがいた。

 

「そう…」

「あ、そう。君は帰らない人間なんだ」

「うん…」

 

フウン、とトムは言って自分の机に本を置くとその本を読み始めてしまった。

ホグワーツからロンドンに帰るには半日ほどかかるので、その列車に間に合うよう殆どの人間はもう身支度をして、今頃は朝食を食べているのだった。だから別に帰らない人間や、夜の便で帰る人間はまだ寝ている。トムがなぜ早く起きているのかというと、単にショートスリーパーだからだった。

 

ここで、ウィルは帰らない、という選択を取った。別に帰ってもいいことはないし、帰ったら確か魔法が使えないので鈍るなと思ったからだ。

 

部屋はシン、としていた。トムがたまに本のメモをペンの音がするくらいで、驚くほど静寂だった。

 

「おはよう、大罪人」

「オース」

 

オーソンが後ろにいた。彼は冬眠明けのクマのように不機嫌そうにしていた。

 

「寝てなかったの?」

「お前が起こしたから寝付けなかったんだよ極悪人」

「はいはい、ごめんね」

「許せないな」

「おはよう、オース。君は帰らないのかい?」

 

本から顔を上げたトムが尋ねると、オーソンは不機嫌そうに答えた。彼は寝起きが最悪なのである。ちなみにオースというのは彼のあだ名である。トムがそう呼ぶので、ウィルにもこれが感染ったのだ。

 

「俺は夜の列車で帰る。早起きはごめんだ」

「そうかい」

 

オースは寝巻きの上にローブだけ羽織ってきてまだ立ち尽くしているウィルの背中をバン!と叩いた。

 

「いたっ」

「朝飯行くぞ」

「…はいはい」

 

大広間はすでに生徒で賑わっていた。

オーソンは朝食を食べて脳が動いてきたのか、

もう叩き起こされたことは気にしていないらしい。

 

「お前は帰るの?」

「帰らない」

「なんで?」

「めんどくさいから」

「フーン」

 

オーソンはトーストを頬張りながら納得したのかしていないのか、適当な返事を返した。さほど関心はないらしい。

ウィルは大皿からシリアルを少しよそうとモソモソ食べ始めた。彼は朝からそんなに食べたい男ではない。

ウィルがシリアルを一杯食べ終わる頃にはオーソンはトースト3枚とベーコンを5枚、サラダをボウル1杯を食べ終わっていた。それを朝からよく食うな、とウィルは見ていた。

オーソンは別に見ていなかった。何かする時、そのこと以外に目がいかないのだ。

 

「カード出すからお前も送れよ」

 

という言葉を最後に、オーソンは帰ったのだった。

 

 

 

 

 

 

ウィルはホグワーツのフクロウ塔に一人佇んでいた。ボーッとバルコニーでニケを撫でている。

やることがない。

何が楽しくて生きてたんだっけ。

ウィルはすっかり腑抜けてしまった。やることが無さすぎて、こんな風になってしまったのだった。ただでさえも、無機質な男なのに今は正気がなさすぎて死人と同じだった。三日で人はここまで変わってしまうのである。

ニケも長時間構われてめんどくさそうだった。

 

ウィルはついに歌を歌い出してしまった。

1937年にリリースした現在でも有名な歌である。

キーッ、とニケが地鳴きした。いい加減にしろということである。

 

「マグルの歌かね。ミスター・ウィリアム」

 

ハッ、とウィルは歌うのをやめた。

振り返るとそこには変身術の教師、アルバス・ダンブルドアがいた。

ウィルは気まずい顔をして曖昧に微笑む。恋人にマズイところを見られて言い訳をする男と同じ顔をしていた。

 

「…ダンブルドア先生」

「いい天気だね」

「すみません、お恥ずかしいところを…」

「いい。休みの日までとやかく言う気はないから楽にしなさい」

「ありがとうございます」

 

ダンブルドアはやさしく、しかし困ったように微笑んだ。

 

「歌を歌う、それも人生だよ。大事なことだ。しかし…その、そんな死んだ目で歌を歌う子は教師になってから、初めて見た…」

「そんなにですか?」

「素敵なラブソングが葬送曲に聞こえたよ」

 

ダンブルドアがそう言うのも無理はなかった。

音痴なわけでは無いのだが、感情が全くこもっていないので彼の歌声は不気味に聞こえるのである。

 

「はは…」

「何か困ったことでも?」

「暇で」

「君は家へは帰らなかったんだね」

「はい」

「なぜ?」

「普通に忘れてました」

 

ウィルは悪びれることもなくそう答えた。

今、彼には恥とか無いからだ。恥で言うなら歌っているところを見られている時点で今更なのである。

ダンブルドアはこれに対し「家族は恋しいか」と聞こうと一瞬思ったが、あまりにも個人的すぎる質問だったのでやめた。代わりに別の質問をすることにした。

 

「ウィリアム」

「はい。ダンブルドア先生」

「ホグワーツは好きかね?」

 

この質問にウィルは目を開いて驚いた。

一瞬の沈黙の後、ウィルは迷いなく答えた。

 

「好きですよ。とても」

「ほほ、それはよかった」

「ここは何でも入ってるおもちゃ箱みたいな場所です」

「そう言ってもらえると教師をやっている甲斐があるよ」

 

ウィルは実際にそのように思っているのだが、その言葉にダンブルドアは本当にうれしそうに笑った。

彼は学校をそのようなものにしたい、と思っている男なので、これはうれしかったのである。

学校は勉強をするだけの場所ではないと理解しているのだった。

 

「君は、ミスター・リドルと仲がいいね」

 

ダンブルドアは核心的な質問をした。一番彼に聞いてみたい事だった。

 

「え?」

「違っていたかい?」

 

ダンブルドアは穏やかな声で尋ねた。彼の目は、何の誤魔化しも効かないアイスブルーで老獪さと子供心が同居していた。

 

「…いや、別に」

「おや。ではなぜ一緒にいるのかな」

「その方がお互い都合がいいねってことになったんですよ。ほら、俺と彼はマグルの生まれですから」

「ああ。そうだね…つまらない事をする人間も世の中にはいる」

 

わざわざ全てを言わなくともダンブルドアは理解したようである。

 

「長々とすまなかったね。もう中にお入りなさい。ここは冷えるから」

「はい。ニケ、もう行きな」

 

ウィルはフクロウ小屋を後にした。

ダンブルドアは手を後ろに組み、廊下で待ってくれていた。彼は背の高い男で、11才のウィルからすればとても巨大な男だった。

 

「冬休み中、退屈なら私の部屋に来なさい。損はさせないから」

 

ダンブルドアはこんな事を言った。

しかし彼は、ウィルが来るとは思っていなかった。

教師からみたウィルは優秀、しかし積極性にはかける、というものだったし、ダンブルドアは天才的な魔法使いだが、だからこそ威圧感がある。

ウィルも社交辞令のようなものかな?と思って実際には行かなかっただろう。普段なら。

翌日、ウィルは本当にダンブルドアを尋ねた。ダンブルドアは内心、驚きつつもウィルを部屋に通した。

 

「こんにちは」

「…こんにちは、ミスター・ウィリアム」

 

ダンブルドアの部屋というのは、教室兼研究室のような場所で、入ったところが教室、その奥がダンブルドアの研究室になっている。奥の部屋は天井やである本棚にところ狭しと本が並べられ、その傍にさまざまな魔法道具が置かれている…という、大変知的好奇心のくすぐられる部屋なのだ。

あまり無造作に触られては困る物もあるので、ダンブルドアは基本的にここに生徒はあまり入れない。だが、驚いた。ウィルはピッタリその部屋にハマる人間だった。ウィルは昔からよくそこに行くように部屋に入ると、蔵書を指差してこう言った。

 

「これ全部読んだんですか?」

「ああ、読んだよ」

「俺も読んでいいですか?」

「好きになさい」

 

それからウィルはダンブルドアの仕事部屋に居座るようになった。

ウィルはよく、窓際のヘリのところに座って本を読んでいた。昼間は太陽の光が心地いいのだろう。特に天気のいい日には背中の方から太陽の光が差して、彼はルネサンス期に描かれた絵画の少年みたいに見えた。

それがダンブルドアは結構気に入ったので、たまに書類から顔を上げて眺めるのだった。高価な彫刻と同じ扱いだった。

ウィルは基本的には無表情でページを巡っていた。しかし退屈そうではなく、表情は変わらないのに生き生きとしていた。知識欲が高い人間なのだろう。

それがたまにフッと緩むのである。面白いところを見るけると、そうなるらしい。その時だけ人間らしい。

ああ、これはトムにも気に入られるだろうなと思った。彼は聡明で、人の世に関与しない幻獣か何かに見えるのである。

まこと、美しい少年だった。

 

「ありがとうございました」

「ウン」

 

陽が落ちると彼は部屋から出ていく。

話すのはこれと、来た時の「お邪魔します」だけ。コミュニケーションはたったそれだけだったが、ダンブルドアはそれを当然だと思っていた。この少年は、俗世に興味は持たないと知っていたのである。

 

「先生」

 

そんな日が数日続いたある日、ウィルはダンブルドアに声をかけた。

ダンブルドアはハッとして顔を上げた。すぐ真横にウィルがいた。彼は重たい古い本を持っていて、ページのある項を細い指で示していた。

 

「これってどう言う事ですか?」

「あ、ああ、それはね…」

 

ダンブルドアは教師の本分を思い出し、彼に分かるよう説明した。彼がこの本を読んだのはだいぶ昔のことだったが、説明には一度の矛盾もなかった。

ウィルは5分程度の説明で納得したらしく「ありがとうございました」と言って、また絵画の人になった。

驚くほど高度な呪文の論理だった。本当に一年生に理解できるか、とても理解できるとは思えないが読んでいる本の傾向から見て本当に理解しているんだろう。

この日を皮切りに、ダンブルドアは時折、ウィルに質問をするようになった。なんてことはない質問だ。「どの本が気に入った?」とか「昨日はよく眠れた?」とか。さらにどうでもいいことだと「イギリスの料理ってマズくない?」「マズい」など。

ウィルからは本に対する疑問以外の質問はなかった。

そんな日が何日か経ったある日、ダンブルドアはかなり踏み入った質問を一つした。

 

「トムは君にとってどんな人かな」

「花ですかね」

「花ァッ???!!?」

 

ダンブルドアはズベッ!とズッコけた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

ウィルは床にすっ転んでいるダンブルドアに本を放り捨てて駆け寄った。教師に有るまじきことだったが、ダンブルドアはそれどころではない。

花て。どこをどう見たらトムにそんな印象を持つのか。

 

「ち、ちなみに何の花…?」

「タンポポ」

「たっ、タンポポォ!?!??!?」

「本当に大丈夫ですか?」

「し、失礼…。だが、なぜ花なんだい?」

「だって彼、顔がすごく綺麗じゃないですか」

「あっ」

 

ダンブルドアはそうか、そういうことか、と納得したがウィルは続けて言った。彼を顔だけの男と認識していると思われるのは流石に不名誉なので。

彼はこの時、初めてダンブルドアに余計なことを話した。

 

「花は蜜を出しますが、それは虫のためじゃなくて低コストで遠くまで虫に花粉をより遠くまで運ばせるためなんですよ」

「あ、ああ、そうだね。蜜の原料は糖分だから、花粉よりずっとコストが低い…」

「策士ですよね。美しいから、いつの間にか人間まで花を育て始めた」

「……」

「特にタンポポって、すごく丈夫な花なんですよ。根が一メートルくらいある。どこにでも根付いて、踏まれてもまた生えてきて、タネは遠くまで飛ばす」

 

「花みたいに、狡猾で綺麗な男です」

 

 

 

 

 

「おかえり」

 

トムはウィルを認めると奥からトコトコ出てきた。休み中なのでローブは着ていない。スラックスに上はシャツを着てカーディガンという田舎の良家の跡取りという風な格好だった。

彼は普段、寒いだろうにベストくらいしかローブの他はシャツの上に着ないのである。大層な見栄っ張りだった。

 

「ただいま。また本借りてきたの?」

「そう。ところで君は最近何してるのさ」

「ダンブルドア先生のところにお世話になってる」

 

そう言った途端。トムはズベッ!とその場で転けた。ウィルが「大丈夫?」と言う前に彼は叫んだ。

 

「な、何してんだオマエーーーッッ!!!」

「え〜〜っ!!!」

 

トムはサイレンのような爆音で叫んだ。

 

「あの親父は僕のところに来て魔法で僕のタンスを燃やしたんだぞ!?燃えなかったけど!!」

「マジで?」

「マジだよ。とんでもないやつだよ」

「そうだったんだ…」

 

意外と過激なことするんだな…とウィルはダンブルドアを思い出して驚いていた。彼はいつもやさしく、あまり話しかけないし、聞いたことは答えてくれる。ウィルにとっては理想的な大人だった。

 

「でも本貸してるくれるし頭いい人だよ」

「も、物に釣られてる…」

「お菓子もくれる」

「が、ガキすぎる…」

 

ウィルの中でダンブルドアはもう本貸してくれて分からないところを教えてくれてお菓子もくれる気のいいおじさんだった。

実際は稀代の策士だし、バケモノ級の実力者だし、トムに負けず劣らずのポーカーフェイスである。

特にトムはダンブルドアを一切信用していないし、ダンブルドアもトムを危険視していたので、この二人はお互いこの頃から牽制し合っていた。

それなのに自分とよく一緒にいる彼が、当たり前のように警戒している男の元に行くのは困るのである。普通に嫌だし。ウィルは絶対、ダンブルドアと深く付き合えば彼と馬が合う人間だから。天才と天才は噛み合うか、徹底的に嫌い合うかの二択なのだ。

もしウィルがダンブルドアに絆されて彼の側に着けば、将来的にダンブルドア&ウィルVSトムとその仲間たちの構図になり、攻略がとんでもなく面倒なことになる。それが分かっているから、トムは本当にこれが嫌だった。

 

「いいか、別にあの男のところに行ってもいいが、絶対に僕のことは話に出すなよ」

「分かった(よく分かってない顔)」

「約束だぞ」

「ウン(でも約束は守るの顔)」

 

ウィルはちゃんと頷いた。

トムはふう、これで一安心だ…と胸を撫で下ろしたが、ウィル相手になぜ話してはいけないか、どう誤魔化したらいいか、など話しておかないのは悪手である。

 

翌日。ウィルは、早速ダンブルドアにトムのことを聞かれた際にはこう答えた。

 

「トムは元気かね」

「言えません」

「なぜ?」

「トムが言うなって言いました」

「ほほほ」

 

 

 




本当に一回ここまで。
ウィルが歌った曲はマジである曲なんですけど、著作権に違反しそうなんで乗っけるのはやめました。1937年に出た曲なんで、著作権ワンチャン切れてますけどめんどいので。気になる人は『Me And My ガール(英語)』で、調べてみてください。良い曲です。

後半戦、開始。

読んでくれてありがとうございました。
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