クリスマスの前日。
西洋において最大の祝日の日においても、ホグワーツはシンとしていた。
ウィルはパチパチと音を立てる薪のくべられた暖炉に背中を向けて本を捲っていた。ダンブルドアが貸してくれた本、タイトルは『感覚におけるブラックマジック』。要は人間の感覚を操作する闇の魔術の本である。手帳くらいのサイズの本だが、その内容は壮絶そのもので、この本を完璧に理解できればたった一年でひとつの国を落とすことも可能であろう。
しかし、普通に読んだだけでは単なる文学でしかなく、呪文の全貌を理解するためには何度も読むしかない。
そんな本を表情ひとつ変えずに、しかし一頁一頁、慎重に彼は読んでいるのだった。
ウィルの上からフッと声が落とされた。
「今日クリスマス・イブなの、知ってた?」
「へぇ」
「知らなかったよね」
「いや、オーソンとかにカード出したから知ってるけど」
「君って意外とちゃんと友達いるよね」
「はい、君にも」
ウィルはクリスマスカードを手渡した。元々、渡そうと思っていたのだが彼は最近、よく寮を留守にしている。
「どうも。はい、お返し」
トムはカードを受け取ると、ウィルに返礼のカードを渡した。二人は意外と礼儀ごとには紳士だった。
「ここはクリスマスも特に祝ったりしないんだね」
「みたいだね。ま、人間って基本ミーハーだし、あと10年くらいしたらやるようになるんじゃないの?」
「なんでやらないんだろう」
「相性が悪いからじゃない?」
「相性?」
「だって、クリスマスってキリスト教の祭りだろ」
「?それが」
「この城が建てられた約1000年前。キリスト教は絶大な影響力があった。教会と魔法使いが上手くやれたとは思えない。奇跡の力は教会の脅威だから」
「……」
「だからイエス・キリストは磔になったんでしょ、ユダヤ教徒にとって邪魔だったから」
トムはソファに座ると、目で続けろよ、と合図した。興味が惹かれたのである。彼が言葉にするからには、この話には核心があるだろう、と思ったのだ。
「この城は、あまりに防衛向きだ。南に湖、出入り口は一つだけ。そこを封鎖したら誰も入ってこられないし、そもそも山に囲まれてるから進軍が非常に難しい」
「敵からの防衛も視野に入れてこの城は建てられたってこと?」
「そう思うよ」
「いつからそう思ってたの?」
「一番初めから。パッと見で違和感の多い城だと思ってた」
ウィルは話を切り上げたそうだったが、トムは完全に聞く姿勢だった。仕方がないのでウィルは話すことにした。
「何のために?」
「生きるため。あとは、マグルと魔法族の戦争を避けるためかな」
「魔法使いの方が圧倒的に強いのに?」
「どんなに魔法使いが強くても、マグルは魔法族よりずっと多い。マトモな戦争になったら魔法使いは当時でも勝てたか怪しいけど、負けもしないんだよ。魔法があるから。だから当時の人は無理に正面戦争をせず、魔法を完全に秘匿するものとして、魔法使いを守った」
今から約一千年前の話である。
当時、まだ魔法使いとマグルは近い距離感にいた。これは事実である。
しかし、本物の奇跡を使える魔法使いはキリスト教をはじめとする宗教とは折り合いが悪かったことは想像に難くない。
魔法使いは迫害を受けただろう。そうなった場合、人類史において本来、起こることはたった一つだ。
問題は。これに対し、当時の魔法使いたちが何をしたのかと言う話である。
当時の魔法使いたちは、おそらく、まだ火薬が出回り始めた頃であろうマグルを相手に、戦争は選ばなかった。記録にないような小さな争いはあったか定かではないが、魔法使いVSマグルによる全面戦争はなかったのである。
代わりに、逃げ隠れるようにこの学校を作り、魔法を魔法使いだけのものにした、というのがウィルの予想だった。
「Draco Dormiens Nunquam Titillandus(眠れるドラゴンをくすぐるべからず)って、そういうことなんじゃないの?」
ホグワーツのモットーであるその言葉は、そのまま受け取れば、余計なことをして無用なトラブルを起こすな、という教訓と捉えられるが。
しかし。この推測から考えれば別の意味が生まれる。
つまり、自分たちは穏やかに城で魔法の研究だけやって生きていくから、余計なちょっかいをかけるな、というマグルに向けての意味があると考えられるのである。また、子孫たちに向けて、余計な動きをするなと警告しているようにも思える。マグルは基本的に魔法使いを認識しないのでこちらの意味の方があるだろう。
いずれにしても、当時の人間たちが戦争は望まなかったと考えるのが妥当である。
「どうしたら勝てるんだろう…」
トムはボソッと言った。
彼はこの説明に対して、当たり前に競争心が働いた。
トムなら徹底抗戦を選んだろう。やられておいて何もせず逃亡など、彼の思想には合わないのである。
彼は考えを巡らせて、勝ち道を思案した。当時、マトモな銃もないのだし魔法使いの方がずっと有利である。当時のヨーロッパの人口は多く見積もっても4200万人。5000万人もいない。対して魔法使いがどれほどの数がいるか不明だが、推察はできる。
現在、ホグワーツには約1000人の在学生がいる。これをキリよく1000人としよう。イギリスの魔法使いは、ほとんどがホグワーツに入学する。
これを人口に対する年齢を表したグラフであるつりがね型(すいません、分からなかったら画像検索して下さい。簡単にいうとその国の人口の年齢ごとを示したグラフです)に当てはめる。ややこしいが、つまりどの年齢層も同じくらいいるだろうと仮定するのである。
ホグワーツに在籍するのは11歳から17歳までの7年間だが、これを乱暴だがこの際、10歳から20歳の年齢までとする。魔法使いは平均でも140歳まで生きるため、どの年齢層も同じだと仮定すると、ザックリ14000人の魔法使いが現在イギリスにいると考えられる。
1930年代のイギリスの人口が大体4500万人と一千年前からあまり変わっていないので、大体、昔から魔法使いは10000人程度いたのではないか、という推測ができる。
ここからトムはどうやってたった10000の人間で4000万以上の人間と戦うかを考えたが。
「結婚」
これに対するウィルの回答はたった二文字だった。
「…どういうこと?」
トムは訝しげな顔をして尋ねた。
彼が考えていたのは、いかに効率的に殲滅ができる魔法や魔法生物である。伝播する呪い、バジリスク、籠城する場所の確保…などなど、具体的な戦い方を考えていたが、ウィルの考えは少し違った。
「特定の種を滅ぼすのに手っ取り早いのはその種族を繁殖できないようにすることだ」
「どうやって?」
「血を混ぜる。マグルと魔法使いを別の種と一旦仮定する」
「それで、どうするの?」
「魔法使いとマグルが結婚すると、生まれてくる子は高確率で魔法使いだからその生まれた子を教育すればいい。結婚はそんなに難しくない。魔法でも愛の妙薬でも使えばいい。それを千年くらい前にやれば今、イギリスは人口の半分くらいは魔法使いだっただろうね」
ウィルはもっと静かな戦略を一番に思いついた。
魔法使いとマグルが結婚すると、高確率でその子供も魔法使いである。おそらく魔法使いの遺伝子が優性なのだろう。稀に、スクイブと呼ばれる魔法使いを親に持つのに魔法が使えない子供も産まれるが、まあ、無視していい数字だ。
それほど稀なので、やろうと思えば時間はかかるものの、魔法使いの方がマグルより多くなる、という現象は可能だ。
それも強姦などの非人道的な手段を用いずとも、魔法使いは、魔法や魔法薬を用いれば、ごく簡単に魔法の知識を持たない人間など籠絡できるのである。それを非人道的ではないと言えるかは、また別の話だが。
「それでまずは魔法使いの人口を増やすってこと?」
「そう。でも戦争はしない。味方をちょっとずつ増やしていって、マグルの方を少数派にする。その方が万一戦争になってもずっと有利になる。ややこしくもなるけど」
「なるほど」
「今はマグルと魔法使いはまず結婚しない。よほどの理由があれば話は別だけど。でも千年前は?まだマグルに魔法使いが身近だった時代なら?」
「結婚は普通にあり得た。そうか、理解した。だから急に生まれてくる魔法使いは…」
「正解。ずっと先祖に魔法使いがいた」
ウィルは深緑のソファに座り直した。
ずっと考えていたことだった。彼はホグワーツにおいて、完全なマグル育ちという少数派の人間である。WW2(第二次世界大戦)前に生まれ、魔法界で育ったわけではないからこそ、出た発想だった。
「大人になって、急に魔法使いの才能が出た人間は記録がないからほぼ間違いなく、魔法使いの才能は遺伝的なものだ。生まれつき決まってる。トンビがタカを産むことは魔法使いではあり得ない。絶対に先祖に魔法使いがいたんだよ」
「……」
「すべては、魔法使いを後世に残すため。無駄な血を流さないため。現に今まで、大きな戦争は魔法使いとマグルの間には起こっちゃいない」
「どうして、戦わなかったんだろう」
「そんな必要はなかったんだろう。ソリが合わないなら、住む世界を分ければいい」
「力があったのに?」
「力があったから、絶対に戦争をする必要はなかった」
トムとウィルの間に、一瞬ピリついた空気が流れた。明確な噛み合わなさを感じた。しかし両者はあえてそれを無視する。
トムはあえて挑戦的に言った。
「じゃあ、純血主義は間違ってたわけか。純血だろうがそうじゃなかろうが、魔法使いの素質がある人間なら絶対に魔法使いの血が流れてるんだから」
「いや、意外とそうでもない」
「なぜ」
「純血思想はただの選民思想じゃなくて、魔法使いとマグルを分離するためのものだった。魔法使いとマグルが結婚すると高い確率で魔法使いが生まれてしまうからね。千年前、それを誰より強く提唱していたのが…」
「サラザール・スリザリン」
「その通り。魔法使いとマグルを分離したいなら関わらせないのが一番だ。子供を作るなんて一番タブーなんだよ。マグルを差別の対象にしておけば次第にマグル生まれは減るだろう」
「サラザール・スリザリンは戦争をさせたくなかったから純血主義を唱えたってこと?」
「不明だ。なにせ、一千年も前の話だから。彼が何を当時考えていたかは分からない。ただのマグルが嫌いな人間だったかもしれない。だけど一つだけ言えるのは、彼は馬鹿な人間ではなかった」
「この学校を作ったほどの魔法使いだからね」
ウィルは一拍の間を置いた。
サラザール・スリザリンは、ホグワーツの創始者の一人で、名の通り、このスリザリン寮の元になった人物である。
この寮にウィルは問答の末に。トムは一瞬の間すらおかずに選ばれた。
スリザリンの資質。それは、機知、狡猾さ、野心。
そしてーー純血性。
狡猾な人間が、はたして真正面からの戦争を望んだだろうか。同胞を危険に晒す選択をしただろうか。
「彼は、湿原から来たと言われる」
「…ああ。確かに、そう言われている」
ウィルはその答えを彼の出身に見出していた。
「湿原というのは、水資源が豊富な分、攻めてくる敵も多い。強く、狡猾でなければ生きてはいけない環境だ」
「…」
「一方、彼と敵対したと言われるゴドリック・グリフィンドールは、荒野から来たと言われる。荒野という環境は水が少なくて、外に出なければ資源に乏しい。生きるために、外に出る必要があったか、外に出る必要がなかったか。両者の決定的な違いはそれだ」
「グリフィンドールは…勇猛さを最も重視した」
「ああ。保守派とは正反対な男だった。普通ならソリが合わないだろう。水と油だ」
「でも、決定的な時までは二人は友でいられた」
「うん。だって目的が合っていたから。それに、学校を作ったのはこの二人だけではなかった。ヘルガ・ハッフルパフとロウェナ・レイブンクロー。ヘルガは緩衝材だったし、ロウェナは極めて賢く、サラザールにもゴドリックにも理解を示しただろう」
「だから、四人の創設者なのか…」
「そう。本来は一人でも十分すぎる才能のある人物たちが、当時、何らかの理由で結託した。その理由は、おそらくマグルから追われた結果、最終的に集まった場所がここだったから」
「こんな、辺境まで追い詰められたのか…」
「ああ。でも幸運だった。規格外の天才四人がいたから。四人は持てる力と知恵の全てを使って、この城を作った。学舎にして、最後の砦。ここはそういう場所だよ」
ホグワーツが作られた意味。
創設から一千年経っても持続する守りの結界。初見ではとても把握できない迷路のような作り。残された肖像画。魔法で隠されたいくつもの部屋。
それには全て意味がある。
しかし、その大元があるとウィルは考えていた。
「大昔、純血主義の人間ほど戦争を望んでいなかったとしたら」
「…」
「一番怖かったのは簡単に人を殺戮できる魔法ができることだ」
暖炉の火がパキッと音を立てる。
「分かるよね?目に見えない銃や、掠るだけで致命の剣、一度ついたら消せない炎なんかが開発されたら困るんだよ。あったとしても万人が使えては困る。極めて難解な術にしなくてはいけない。もし誰もがノーリスクで扱えるなら、絶対に誰かが使って、マグルと争いになるから」
「…」
「人が死んだらもう戦争しかない」
魔法とは突き詰めれば、ただの技術である。
だが、極めて殺傷力の高い技術だ。
「近代の技術と魔法の折り合いが悪いのもそういうことだと思うよ」
「あ…」
「明らかに意図的だ。魔法の論理体系を作った人たちがそうなる式を組んだ。一番初めからそうなっているんだから、後の人間もそれを当たり前のものとして疑いもしない。空は青い、血は赤い、死者は生き返らない…そういう当たり前の認識になる。そういう認識を作ったのは、この学校ができるよりずっと昔、一千年より前の、未来を予期していた創世記の賢人達だ」
「つまり、やろうと思えば、魔法と近代兵器は組み合わせられる?」
「できると思うよ。物には当たり前に魔法がかけられるのに、機械に掛けられないのはおかしい。確かに、対象が複雑であればあるほど難易度は高くなる。でも、機械に対する魔法の反応はそもそも拒否するみたいだ。そうなるようにしたとしか思えない」
そう言うと。
ウィルは白けたように笑った。暗い部屋の中では、彼の詳しい表情までは見えなかった。
場の緊張の糸が解ける。
「やめよう。陰謀論になってきた。きっと考え過ぎだし、こんな話を他の人間に聞かれたら、それこそ呪われるよ」
トムは息を吸った。疑問がある。
「一つだけいいか」
「なに」
「君はこのことをどう思ってるの?」
「それって考察?それとも俺個人の感想?」
「君個人の感想だ」
彼はずっと引いた視点から外れずに最後まで語った。当事者の誰にも擁護も否定もしなかった。
だが、結局のところ。誰がどう思い、どう行動するのか、というのが最も重要である。トムはそれを知っていた。
「いいんじゃないか。戦争なんてやる必要ないならやらない方がいいに決まってるし。俺は魔法族の数が増やせたらまだ勝算があるって話をしただけで、現実的にそれが可能とは思ってない。反感が多くて、どっかで破綻したよ」
「…そう」
トムは一瞬、瞼を閉じた。どこかで分かっていた。彼はやり方が分かっても、実際行動に移すことはない、と。
「でも撤退を選んだ生物はどこかで絶滅する」
「……」
「生物を進化させるのは競争だから、それをやめたらあとは時代に追いつけなくて滅ぶだけだ…きっと魔法使いもいつかはそうなるだろうな。苦しくはないだろう。ゆるやかな安楽死だ…」
ウィルは常と同じように言った。熱はない言い方だった。
だが、感情は僅かに見えた。
「もう一つだけいい?」
「好きにすれば」
「君は以前、人に暴力を振るった。それは今君が言ったことに矛盾しないか」
「しない。平和主義といざという時、戦えるかっていうのは両立できるから。この城なんてその最たるものだろ」
トムは口角を上げる。
本心が見えた。ああ。この男と、この時代に会えてよかったと心から思えた。周囲の愚かさに、心が完全に折れる前に。まだ、この男に牙があるうちに。
会えてよかった。
本当にそう思った。
「要は君、人を殺せるんだ」
「本当に必要ならば」
「覚えておけよ。その言葉」
「ああ」
「じゃあ、もし僕がさ、君にこの世界を取る算段があるから、うまくいったら半分あげる代わりに僕の下についてくれって言ったら、そうしてくれる?」
「要らなさすぎる」
「どうして?」
「俺が欲しいのは、この部屋の4分の一くらいの部屋と身の安全くらいだ。妻ができたら2番の一が、子供ができたらこのくらいの広さは欲しいかな。世界の半分もいらない」
「あ、そ」
トムは途端、興味をなくしたような態度になった。まあ断るだろうと思っていたが、思っていた以上に無欲すぎる。仮定の話ですら断るほど。
これほど頭がいい男なのに。
悔やむのは、彼に野心がないことだった。
「君って…何か欲しいものとかあるの」
ツン、とした態度でトムは尋ねた。拗ねているのだ。
「金。他はない」
「あ…そう。意外と普通だね」
「あって損はない」
「ちなみに僕は前から欲しいものがあるんだけど」
「なに?」
「君の取り扱い説明書」
トムは真顔で言った。
「……俺って、そんなに難解な人間?」
「ウン、かなり。結構ちゃんと奇人の域だから若いうちにちゃんと自覚して付き合い方を学んだいた方がいいよ。多分治ったりしないから」
「そんなに?」
「金に困ったら見せ物小屋に行くといいよ。きっと展示してくれる。タイトルはマイノリティで」
「そうなる前に君を悪い人に売ろうかな」
「やってみろエゴイスト」
「黙れインペリアリズム」
二人はもうお互いを違う人種と認識しているため、遠慮というものが消えていた。だからこんなふうに軽口も叩いたりもする。特にトムは、コイツを籠絡するくらいなら世界平和の実現の方がまだ現実的だと思っているほどなので、普段の優等生然とした態度ではなくなっていた。
トムは他に人もいないので、足を広げてソファのアームに肘をつきリラックスしていた。行儀が悪いが、美少年なので様になる。ウィルはこういう昔の絵画あったなー、と思っていた。本質的には行儀のいい人間ではないんだろう。
「君、ホントどうにかした方がいいからね。将来困るよ」
「ほんとに何?余計なお世話なんだけど」
「君が将来、途方に暮れてるのが見えてるから言ってるんだよ」
と、二人はこんな有様なので真剣にクリスマスプレゼントを送り合う気などさらさらない。
ある程度仲良くなったとは言え、二人はお互いに、コイツどうかしてるな〜と思っているので。送ったとしてもウィルなら聖書だし、トムなら虫眼鏡である。ウィルは聖書でトムの邪気をワンチャン祓おうと思っているし、トムの虫眼鏡は、お前、目悪すぎて周囲が見えてないよ、ということだ。
そういう皮肉の応酬みたいなことにしかならない。イギリス人なので。
コイツに真面目なクリスマスプレゼントを送り合うなど普通に気持ち悪い、というのがこの二人の共通認識だった。同じ七面鳥をつつき合うのが精々である。
ちなみに他にちゃんと仲がいい友達はお互いにいるので、その相手には結構真剣に悩んでプレゼントを送った。
トムは悪い姿勢のままウィルを観察した。
彼は人に干渉したいタチなので、この男をどうにかできないものか、と思っているのである。
そして、ハッと閃いた。
「よし、君。愛想を覚えよう」
「急にどうした」
「君、仏頂面すぎて不機嫌に見えるんだよ。だから簡単に舐められないけど、人が寄ってこない」
「失礼だな君」
「はい、ニコって笑って」
「ええ…」
「早くしろ」
ウィルは不機嫌そうな顔のままだ。意図して笑ったことがないから意識的に笑うことができないのである。
「どうやんの?」
「口角あげるだけだよ、やってみな」
「んー…」
「あっ、怖」
ウィルは言われた通り口角を上げた。
しかし、口角しか上げないためそれは物凄く不自然な笑みだった。目が少しも笑っていないため、全く本心で笑っているようには見えない。
イギリス人らしい人を見下した笑顔である。
トムはあまりの下手さに、ウィルの顔に触れて顔を触り出した。多分、そもそも顔が硬いので、物理的にほぐそうとしているのだ。
ウィルは案外無抵抗にそれを受け入れている。人に触られる事に抵抗が特にないのだ。
「なにしてんの?」
「伸ばそうとしてる
「生地か、俺は」
「……よし、もう一回やってみて」
ウィルはもう一度やってみた。今度はもう少しマシだった。
「うーん、さっきよりはいい…かな…」
「顔が痛い」
「笑わなさすぎだろ」
「もうやめていい?」
「いいよ」
ウィルはスン…と顔を戻した。またいつもの仏頂面に戻る。
もうこの男はこれが正解なのかもしれなかった。
どっちが正しいんだろうね。