もしあの時、違う選択をしていたら?   作:三ツ石 冷夏

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そして、光の先へ

 

宇宙世紀0083年、地球圏は静かなる嵐の予感に包まれていた。一年戦争の終結から四年。表向きは平和が謳われ、復興の槌音が響く一方で、水面下では新たな不和の種が芽吹き始めていた。地球連邦軍は、かつてのジオン公国軍の残党勢力「デラーズ・フリート」の暗躍に神経を尖らせていた。彼らは、一年戦争の復讐を掲げ、「星の屑作戦」という名の、地球連邦への大規模な攻撃を計画していたのだ。

 

国立ニュータイプ研究所の奥深く、アムロ・レイは自らの研究室に籠もっていた。彼の周囲には、宇宙の膨大なデータが渦巻いていた。モニターには、ニュータイプ波形と、それによって引き起こされる空間の歪みが視覚化され、彼はその一つ一つを丹念に解析していた。かつて戦場の狂気をその身に刻んだ瞳は、今はただ純粋に、宇宙の真理を見つめているようだった。それは、宇宙の深淵を覗き込み、その法則を読み解こうとする、探求者の眼差しだった。

 

「アムロさん、デラーズ・フリートの動きが、さらに活発になっています。連邦軍の警戒態勢も、最高レベルに引き上げられました」

若き助手は、報告しながらも、アムロの放つ静謐なオーラに、畏敬の念を抱いていた。彼は、アムロが単なる研究者ではないことを、漠然と理解していた。

 

アムロは、データを見つめたまま、静かに答えた。

「……彼らの『想い』が、宇宙に満ち始めている。それは、憎しみと絶望に染まった、歪んだ光だ」

 

アムロは、ジオン残党の抱く深い絶望、そして連邦軍内部に台頭しつつある、ニュータイプを兵器として利用しようとするティターンズの暗部を、そのニュータイプ能力で感じ取っていた。彼が最も恐れていたのは、自身の能力が再び戦いの道具として利用されること、あるいは、ニュータイプという存在そのものが、人類に破滅をもたらす可能性だった。彼はもう、モビルスーツのコックピットに座り、命を奪うことなど望んでいなかった。しかし、だからといって、この新たな動乱をただ傍観するわけにはいかない。彼の中には、ララァ・スンが最期に彼に示した、「分かり合う」という希望の光が、何よりも強く宿っていたからだ。

 

やがて、デラーズ・フリートは動き出す。地球連邦軍の観艦式への奇襲、そして宇宙世紀における連邦軍の象徴である旧ソロモン要塞、すなわち「コンペイトウ」の奪還作戦が、電撃的に敢行された。アムロは、研究所のモニター越しに、戦場の生々しい映像と、そこに渦巻く兵士たちの恐怖、そして敵のパイロットたちの狂気を感じ取っていた。かつて自身がガンダムで駆け巡った宙域が、再び血に染まっていくことに、彼は深い悲しみを覚えた。

 

その時、ミライ・ヤシマから緊急の連絡が入った。彼女は地球軌道艦隊の要職に就いており、デラーズ・フリートの動きを警戒し、アムロの非凡な洞察力を求めてきたのだ。

 

「アムロ! あなたにしか頼めないことがあるわ!」

通信回線の向こうで、ミライの声は焦燥に満ちていた。彼女は、アムロの真の力が、ただの戦闘能力にとどまらないことを、誰よりも理解していた。

 

アムロは、静かにミライの言葉に耳を傾けた。そして、彼の能力を最大限に引き出すための、新たな試みが始まった。それは、彼自身の意識を、研究所内で開発されたニュータイプ専用の通信システムと同期させ、広大な宇宙の意識へと接続するという、前例のない試みだった。彼の肉体は研究所にありながら、彼の精神は、戦場の最前線へと向かおうとしていた。

 

彼の予見は、もはや抽象的なイメージではなかった。それは、戦場のパイロットたちの脳裏に直接語りかける、言葉にならないメッセージ、あるいは、彼らの心に直接触れる「理解」の光として現れた。連邦軍の若きエースパイロット、コウ・ウラキがデラーズ・フリートのガンダム試作2号機と激突する瞬間、アムロの意識は、コウの迷いと、デラーズ・フリートのパイロット、アナベル・ガトーの悲痛な決意に、同時に触れていた。

 

「……彼らは、互いの正義を信じている。しかし、その正義は、憎しみを再生産しているだけだ」

アムロは、自身の意識の深奥から、その言葉を宇宙へと放った。彼の言葉は、直接的な命令や指示ではない。それは、戦場の混乱の中で、人々の心に「なぜ戦うのか」「何を信じるのか」という問いを投げかける、共感と理解の波動だった。

 

アムロの「声」は、時に戦場の流れを微妙に変えた。絶体絶命の窮地に陥った連邦兵の心に、冷静な判断をもたらしたり、あるいは、過剰な憎しみに囚われたジオン兵の心に、一瞬の迷いを発生させたりした。それは、彼らの行動を直接的に操作するものではない。しかし、アムロが放つ「理解」の光は、彼らの心の奥底に眠る、人間としての理性や良心を刺激し、わずかながらも、新たな選択肢を生み出していった。

 

デラーズ・フリートによるコロニー落としが現実味を帯びる中、アムロは自身の能力の限界を超えようとしていた。彼の顔からは血の気が失せ、肉体は極限まで疲弊していた。しかし、彼の瞳には、決して消えることのない、強い光が宿っていた。彼は、過去の過ちを繰り返させないため、そして人類が真に分かり合える未来を信じるために、自らの全てを宇宙へと解き放とうとしていた。

 

「もう、ガンダムに乗ることはない。しかし、俺には、別の形で、未来を切り拓くことができる」

アムロの言葉は、彼の研究室に響き渡るだけだった。だが、彼の放つ「理解」の光は、広大な宇宙の隅々にまで届き、来るべき時代の夜明けを、静かに、そして確かに照らし始めていた。彼は、モビルスーツのパイロットとしてではなく、「閃光の果て」に辿り着き、宇宙の生命と共鳴する、真の「導き手」として、未来へと続く道を、静かに、しかし確かな歩みを進めていくのだった。

 

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