教室に足を踏み入れる、黒板やフローリングの床、教壇の前に陣取る机や椅子にも使用感がほとんどないように見えた。
それだけ、この教室が使われる機会があまりなかったのだろう。
誰もいない教室の空気は、静かすぎて息を呑むほどだ。
「じゃ、そこに座って。少しだけお話ししようか」
そう言って、二ノ宮先生は教卓の前に立ったまま、真面目な顔で僕の方を見た。
僕は指示された通り、席に座って姿勢を正す。
「ここまでの君の身振り手振りを見て思ったんだけど、本当に女性に拒否感を示さないんだね」
「拒否感……ですか?それはどういう?」
「えーっと、そうね……まずは、順を追って説明するね」
二ノ宮先生の言葉に同意するように頷くと、二ノ宮先生は軽く頷いて、ファイルから紙を取り出し僕に何枚か紙を渡す。
「在間くんのご両親からも言われていたことだけど、女性との関わり方は本来は気をつけるべきことなのよ。今この瞬間にも教室に私と二人きりだよ?それなのに、あまり警戒してないなんて、そんな男の子ほとんどいないのよ?」
むしろ、こんな美人な先生と二人きりだなんて嫌がる男はいるだろうか?
「それに、在間くんには幼馴染がいるんだってね」
「はい、二人いますね」
「二人とも女の子って聞いたわ。だからなのかな」
そう、僕には幼馴染が二人いる。どちらも可愛い女の子だったけど、今はどうしてるかな。
一人は正義感があって面倒見も良い子だ、テレビや新聞の報道にすごく興味を示していたと思う。
もう一人はアイドルにちょっと憧れている子だ、僕のやりたいことを共有したら目の色を変えてその日から人が変わったように機械をいじっていた気がする。
そういったことを考えていると、二ノ宮先生はため息を吐きながら答える。
「とりあえず、君は賢いってご両親から聞いてるから説明するためにも資料を用意したの。これを見てちょうだい」
そう言われて、僕は渡された紙に目を通す。
なになに……見出しは、男女の割合について?
"14世紀半ば頃から流行した疫病により、出生する子の性別に影響が―――"
"世界第二次大戦により、男子の数は減少。14世紀頃の疫病の影響も相まって、出生時の男女比は女児に対し男児は―――"
「一通り読んだかな?……見ての通り、男性の数は日本だけでなく世界でも少ないのよ。男女比にすると男性が1人に対して女性が10人くらいの割合かな」
ここに来た時から、いや、ずっと前からうっすら思ってはいたけど男性の数って思ったより少なくなっていたのか……。
今になって思えば、外で遊んだことはあまりなく、幼馴染と遊んだのも僕の家か幼馴染の家だったな。
「そんなわけで、女性は男性に対して色々と思うところがあるのよ。それに最近は女性同士……なんでもないわ」
「それじゃ、先生はどうなんですか?」
「私?パートナーがいるから平気だよ」
「そうだったんですね。だから、こうして落ち着いて話せていると」
二ノ宮先生の説明は、改めて衝撃的だった。男女比がおかしくなっているなんて、まるで前世の日本じゃないみたいだ。
でも前世と似通っている地名も歴史もあるし……とはいえ、時間の流れが不可逆である以上、転生もその法則に従うのだろうか、だとしたら、この世界はいったい。
僕の中では、ここが普通の日本であるという感覚が、少しずつ崩れてきていた。
前世の記憶――あの、誰でもどこにでも男性がいた世界との違いが、じわじわと浮かび上がってくる。
「……世界って、こうなってるんですね」
先生は少し眉をひそめて首をかしげた。
「ん?『世界って』って、まるで別の世界から来たみたいな言い方するのね」
「ああ、すみません。何でもないです」
あぶないあぶない、今のは余計だった。
前世の常識を当たり前と思って発言してしまったが、ここではそれを話すわけには行かない。
変に思われたら担任と生徒の関係上、学校生活も困る。
「そう、でも麻帆良は全国から生徒が集まってるし、生徒の多様性や学生生活の豊かさのためにも、男子生徒は積極的に招待しているの。だから、学園の外よりは男性を見かける機会は多いと思うわ。だから、安心して」
二ノ宮先生は僕を安心させようと、微笑みながら言う。
「それじゃ、難しい話はこれで終わり!そうそう、授業なんだけど男子生徒は自由登校になっているのよ。だから、授業を受けたい時は前日までに、配った紙に書いてあるurlから男子在校生専用サイトに飛んで、そこで受けたい授業を選んで登録するのよ」
「えっ」
「あと、君が暮らすことになる場所だけど、渡した紙に地図があるから、その通りに向かってね。あと、これ鍵」
「えっ」
「私はこのあと用事あるから、気を付けて帰ってね~」
先生はにっこりと笑い、教室を出ていった。
僕は一人残された教室の椅子に腰をかけたまま、さっき言われたことを頭の中で復唱する。
この世界も、学園生活も、どうやらこの世界は……
色々と思ってたんと違う!