二ノ宮先生が去ったあと、教室で一人残された僕はさきほどの言葉を振り返る。
男女比が1:10、男子は自由登校制、一戸建てでの一人暮らし……
想像していた学園生活とは、まるで違う現実だった。
とりあえず、これから暮らすことになる場所を確認するために、机に置かれた地図と二ノ宮先生から受け取った鍵を手に取り、それ以外の荷物を鞄に詰めてから立ち上がる。
教室を出て、下駄箱を経由して外へと出る。
地図を頼りに、大通りへと足を運び、さらに脇道へ進む。
整然とした住宅街の一角に、周囲の景観とマッチするように白を基調とした塗り壁、ドアや窓枠などは木材であしらわれたニ階建ての一軒家が目に入る。
「地図にあった家って、えー……ここか」
無人のはずなのに、庭の手入れも行き届いている。
外装でこれなのだから、中はいったいどうなっているんだろう…とワクワクしながら、鍵を差し込んでドアを開ける。
ほのかに新築の匂いがした。
玄関から中へ入り、リビング、キッチン、浴室、2階の寝室までざっと確認していく。
すべてが新品のように整っていて、まるでモデルルームのようだと思うのも使用感がないからだろうか。
これが一男子生徒への優遇措置の一つだというのだから、麻帆良学園には相当な資金があることが伺える。
資料にもあったように、男性は貴重な存在。加えて、年頃の女性が圧倒的に多い学園では、トラブル防止の観点から男子生徒に対して独立した生活環境が提供されるのだという。
しかし、冷静に考えてみるとそれはつまり――
男性が襲われる側、ってことなのか……?
今のところ実感はないけれど、可愛い子に襲われるならそれはそれで……アリだな!
前世でもそうだったが、男女比が偏ったこの世界では男嫌いは一定数いるだろうし、安全を確保するに越したことはないか。
そういえば、昔といっても数年前、幼馴染たちにも前世と同じように交流してたけど、彼女たちは大丈夫だったのかな?
それから程なくして、麻帆良学園のポータルサイトにログインし、何となくシステムを眺めていた時、ふと目についた項目があった。
"男子生徒向け支援制度:警護員派遣申請"
どういったものかと気になり、詳細を読む。
"本制度の目的は、男子生徒の安全の確保と豊かな学園生活を送ることを支援するためのもので、希望者には警護員を派遣します。また、警護員は本学園に在学・在籍する者で立候補した人の中から適切な人選を経て派遣する形となります。"
面白そうな制度だ、それに安全を確保する方法が欲しかったところだし応募してみようかな。
男の僕が守ってもらうのもなんだか馬鹿らしいような気もするけど、ここは前世の日本じゃない。
もしものことがあるかもしれないし、それにこの麻帆良学園は広すぎるから色んなことを教えてくれる人も欲しいし……申請だけしておくか。
画面を操作し、名前と学生証にあった学籍番号、それからメールアドレスを入力する。すると、数分もしないうちに男生課からメールが届いた。
男生課というのは略称で、正しくは男子生徒及び男子学生支援課というらしい。
"申請が受理されました。後ほど、担当者が挨拶に伺います。"
もう見つかったの!?速くないか……?
その数十分後、玄関のチャイムが鳴る。
ピンポーン、と軽い音が鳴っただけなのに、背筋がしゃんと伸びるのを感じた。恐る恐る玄関を開けると、そこに立っていたのは――
「はじめまして、でござる。拙者は長瀬楓。これより、君の護衛を任される者でござるよ。」
糸目で優しそうな顔立ち。長身で、すらりとした立ち姿。ポニーテールにまとめた髪が、風になびいている。
いや、デッッッッッッ!色々とでかい。
今世の自分の身長は150だかそんぐらいあるから、顔を見るには見上げなきゃいけないほどだ。
一見すると穏やかな雰囲気の女性だが、立ち姿はしっかりとしていて、隙がなさそうに見える。
なるほど、これが警護員として派遣されるほどの……。
「な、長瀬楓さん?」
「うむ。長瀬と呼び捨てで構わん。今後しばらくは生活圏を共にする故、かしこまりすぎるのもよろしくないでござろう」
制服は麻帆良学園のもので、ブレザーとスカート姿が特徴的だ。
そして、首にネックストラップをぶら下げている。
おそらく、警護員の証をつけているのだろう。
学園関係者とは書いてあったけど、生徒でも警護員になれるのか。
「今日から、よろしく頼むでござるよ。在間殿」
長瀬さんはそう言いながら手を差し出す、それに対して僕は応えるように握り返す。
「ふおっ!?ほ、本当に……?」
長瀬さんはひどく驚いたようで、すこし目を開いていた。
「?どうかしまし……ああ、そういえば……あまり女性と触れ合わないほうがいいんですかね」
「いや、そういうことではないのだが……」
握手の余韻が残る手をそっと見下ろしながら、長瀬さんは少し困ったような笑みを浮かべた。
「自然に握り返したことに驚いた次第」
「自然?」
「女性と接するとき、多くの男子は警戒して距離を取るか、邪険に扱うのが常でな」
そこで長瀬さんは一拍置き、真面目な声色で続けた。
「それを、何のためらいもなく――あたりまえのように手を取った。だから、驚いたのでござるよ」
僕はそれを聞いて、思わず苦笑した。
「前……いえ、僕の育った環境では女の子と仲良くするのは、そんなに珍しいことではなかったので」
また余計なことを口走りそうになり、言葉を飲み込んだ。
「そうでござるか。では、在間殿がそのままの在間殿でいてくれれば、拙者としても護衛しやすくなるでござるよ」
「護衛、ですか……」
長瀬さんは頷いた。
「うむ。ここ麻帆良は学園であると同時に、ひとつの"街"でもある。人の出入りも多く、外から見れば平穏に見えても、その実、さまざまな思惑が交錯する場でもある」
「そういうものなんですね」
「在間殿のような男子は、学園では注目の的になることは間違いないでござろう。中には好奇心や憧れだけでなく、あらぬ目的をもって近づく者もおる」
「はぇ~、じゃあ今回申請したのは間違っていなかったということなんですかね」
「左様。だが、むやみに構えることはない。在間殿の学園生活が豊かで楽しいものになるよう、あくまで補佐として務める所存でござる」
そう言って、長瀬さんは穏やかに微笑んだ。
その笑顔は、ただの護衛の関係以上に、何か温かなものを感じさせた。
「ありがとうございます。頼りにさせていただきます。長瀬さん」
「長瀬、と呼び捨てで良いと言ったでござろう?それに敬語も」
「では、お言葉に甘えて。長瀬と呼ぶね」
「うむ」
そう言うと長瀬は深く頷いた。
この人が警護員なら、この学園生活に慣れていけそうだ。
まずは、一安心といったところだろう。