私は確か、あの時――撃たれたはずだった。
意識が戻った瞬間、顔に細かな砂粒が貼りついているのを感じた。潮の香り。皮膚をなでる生暖かい風。波が寄せては引き、やがてまた打ち寄せる音が、まるで心臓の鼓動のように耳を打った。
「……ここは、どこだ?」
掠れた声が唇を離れた瞬間、違和感が全身を包み込んだ。私は、死んだのではなかったか? 暗殺者の銃口が向けられたあの瞬間の記憶は鮮明だ。だが今、私は見知らぬ浜辺に倒れている。背広ではなく、軽装。肌も若干若返っているような気がした。夢か、幻か。いや、そんな甘いものではない。
私はゆっくりと上体を起こし、かぶさっていた砂を払い落とす。頭に触れる感触に安堵が広がる。昔から使い慣れた、愛用のキャンペーン・ハット――それは生涯、私が手放すことのなかったものだ。
立ち上がると、目の前に広がるのは青々とした海、そして遠くには高層ビルの影。どうやらここはニカラグアのどこか――それも、現代の都市圏の一部であることは間違いない。歩き始めた私は、人々に道を尋ねながら最寄りの図書館を探した。
図書館にたどり着くと、私は真っ先に新聞を手に取った。日付は2010年5月。私はその数字を何度も見返した。1960年ではない。冷戦も終わっている。アナスタシオ・ソモサ・ガルシアとしての私が死んだはずの時代から、数十年が過ぎていた。
次に私の目に飛び込んできたのは、見出しに躍る「ウマ娘」の文字だった。
「……ウマ娘? まさか――」
私がかつて目にしたことのある、あのモバイルゲームの世界。異種の存在であり、超人的な能力を持ち、走ることで社会的地位を確立している少女たち――それが、ここでは現実なのだ。
転生の記憶は曖昧だが、確かに私は一度死に、19世紀末のニカラグアで目覚めた。そして、気づけばアナスタシオ・ソモサ・ガルシアという名を与えられ、己の生存のためにサンディーノと手を結び、米国に抗い、民衆の支持を得て政権を握った。
波乱に満ちた人生だったと自覚している。東西の狭間で綱渡りをしながら、民衆と体制の間を往復し、やがて銃弾に倒れた。
だが、私の死後――かつての同志サンディーノが国をまとめあげ、内戦は起こらなかったらしい。コントラ戦争は歴史から姿を消し、平穏が訪れたという。
「ならば――今度こそ、生きてみるか。」
そう呟いた私は、図書館のパソコンを開き、職を探す。時代は変われど、人は食わねば生きられぬ。検索画面に表示された一つの求人が、目に留まった。
『トレーナー募集――ニカラグアトレイセン学園』
私はその文字を見て、何かが運命的に動いた気がした。直感に従い、その日からトレーナーとしての勉強を始めることにした。地域や国家によって違うとされるトレーナー試験の内容だったが、私は幸運にも「国際共通試験」を受けられる地域にいた。試験は厳しいものではなかった。過去に政治家、軍人、そして統治者として鍛えた記憶と洞察が、思いの外役に立った。
数週間後、私は合格通知を手にした。運命の歯車が、静かに音を立てて回り始めた瞬間だった。