元大統領が行くトレーナー生活   作:赤部二郎

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陽光の学び舎と黒髪の疾風

合格通知を手にした私は、数日後、指定された場所――ニカラグアトレイセン学園の門をくぐった。名ばかりの学園ではない。赤レンガ造りの正門の先に広がるのは、整然とした緑の芝、三棟に分かれた校舎、そしてトラックと練習用芝生に囲まれた本格的なトレーニング設備だった。

 

まるで軍の訓練キャンプを思わせる規模だったが、そこに立っているのは軍人ではない。耳と尻尾を持った少女たち――ウマ娘たちが、朝日を浴びながらランニングやストレッチに励んでいた。

 

「……まさか、本当にウマ娘がいるとはな。」

 

その光景を目にした瞬間、私はようやく実感を得た。これはゲームではない。現実なのだ。彼女たちは、ただの選手ではない。国の象徴となり、経済と文化を動かす存在。私がかつて統治した国家の英雄よりも、遥かに多くの注目を集めるであろう。

 

初日は、面談と校内案内で終わった。私はすぐに一人の担当ウマ娘を受け持つことになった。学園側から紹介されたのは――

 

「紹介するわ。彼女があなたの担当ウマ娘、サタデーナイトよ。」

 

私は彼女の姿を見た瞬間、言葉を失った。

 

黒く艶のある髪が風になびき、夜空のような深い紫の瞳がまっすぐこちらを見つめていた。肌は褐色に近く、日焼けではなく生まれ持った色だ。細身だがしなやかな筋肉が無駄なく備わり、歩くたびに風がその体を押し流すような感覚があった。

 

「……初めまして、トレーナー。サタデーナイトって言います。」

 

その声には、どこか距離を取るような硬さがあった。まだ誰も信用していない。それでいて、どこか諦めにも似た静けさがある。孤独な才能――私はそう直感した。

 

「私はアナスタシオ・ソモサ。これからお前のトレーナーだ。」

 

名前を告げると、彼女は小さく眉を動かした。だが何も言わず、すぐに視線を逸らした。

 

後から聞いたところによれば、サタデーナイトは**「期待外れ」と言われ続けてきたウマ娘**だった。名家の血を引いておらず、血統も記録も目立ったものはない。だが、基礎能力は高く、何より独学で鍛えた精神力がある。

 

「走ることしか、自分にはないんです。」

 

そう彼女は言った。自信ではなく、自己限定のような呟きだった。

 

私は即座に決めた。この少女を変える。走ることでしか自分の価値を見いだせなかった彼女に、自分の「意志」で走ることの意味を教えたい。かつて私は、誰かの期待を越えるために国家を率いた。そして破滅を迎えた。だが、今度は違う。彼女に必要なのは、押しつけではない。導きだ。

 

その日、私は初めてサタデーナイトの走りを見た。

 

午後の陽光の下、彼女は一本の直線を全力で駆け抜けた。タイムは平均以下。だが――そのフォームは鋭く、美しかった。呼吸は荒く、体は未完成。だが、その脚だけは迷いなく地面を蹴っていた。

 

「サタデーナイト、君は、誰よりも速くなれる。」

 

私はそう断言した。

 

彼女は驚いたように目を見開いたが、すぐにその目に微かな光が宿った。

 

「……ほんとに、そう思いますか?」

 

「思う、ではない。確信している。」

 

この日から、私とサタデーナイトのトレーニングの日々が始まった。

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