時空管理局の仕事は多岐に渡る。
それは当然のことだ。
なにせ、次元世界という、常識も物理法則も倫理観も、下手すれば空気の濃度すら違う領域をまたいで、管理、運営しなければならない組織なのだから。
局員たちは、次元世界の調査、探索だけに留まらず、物流の規制、渡航者の管理、文明レベルに応じた技術供与の是非、さらに現地の法体系と管理局法の整合調整にまで手を出している。
つまり、「やらねばならぬこと」が文字通り次元を越えて飛んでくるのだ。
魔法で全てが解決できる?笑わせるな。
そんなことを口にした新人には、管理局の官僚構造をコンコンと説明した上で、未決裁の稟議書類の山を見せつけてやりたい。
人が魔法を使うからこそ、それをどう扱うかの“ルール”が死ぬほど重要なのだ。
中でも、法務部は地獄の一丁目一番地の最前線である。
新たな次元世界が一つ発見されれば、もれなく地雷付きで稟議が山ほど舞い込んでくる。
■ 舞い込んでくる稟議内容(抜粋):
Q1:「この文明における“財産”の概念が、管理局法第17条の定義とズレている気がするんですけど」
A:確認したところ、当該文明では「財産」が物理的所有物ではなく、社会的信認に基づく“共同記憶の蓄積”として扱われている点が、管理局法第17条(私有財産の定義)と齟齬を生んでいます。
現地における“財産”は実体のない精神的価値(例:詩の記憶、祖霊の加護など)に重きが置かれているため、法17条をそのまま適用するのは困難です。
ついては、同文明に限り「第17条附則第3項:価値の文化的変容に伴う柔軟運用条項」の適用を提案します。文化省とも連携し、継続的に補足規定を設ける方向で検討中。
※補足:物品としての通貨が存在しないため、損害賠償請求の概念も存在しません。頭が痛いです。
■Q2:「魔法の使用が“神託”とされる文化圏に対し、非干渉原則を適用すべきか否か、決裁お願いします」
A:原則として、文化的、宗教的信仰に直結する体系において魔法が“神託”と解釈されている場合、管理局法第9条:次元文化尊重および非干渉原則に基づき、干渉は避けるべきです。
ただし、現地が“神託を解釈、運用する宗教団体”を政治的手段として用いており、かつ局員の行動が信仰体系を意図せず変容させる可能性があると判断される場合、「観察的関与」という暫定措置のもとで関与を限定的に容認できます。
よって、本事案では“非干渉を原則とした限定的関与”を提案。現地調整官は事前に祭司階級と調整し、誤認が発生しないようプロトコルを明示してください。
※補足:過去に管理局の使者が“神の再臨”と誤解されて国教化された前例があります。マジで取り扱いには気をつけて。
■Q3:「現地では“魔導具”に魂が宿るとされているため、破損すると“殺人未遂”になります。どうしたら?」
A:本件は文化的生命観の相違により発生する刑法解釈の衝突に該当します。現地では“魔導具”に意思が宿るとされ、破損が「霊的生命体の殺害未遂」とみなされるとのこと。
このため、当該世界においては魔導具の使用および修復行為に関して、法務部が発行する「意志存在非承認証明書」の携帯を必須とする方向で調整中です。
当面は現地裁判所と協定を結び、「局の技術規格に基づく魔導具には自立意志がない」ことを通達。該当事案が発生した場合は第32条b項「意図なき文化衝突への免責措置」の適用を請願します。
※補足:現地の“魔導具”が人格を持って語り出す事例も確認されています。うっかり返答しないよう注意してください。
とまぁ、こんなことが日常茶飯事なのだ。
発見された世界の価値観は思った以上に自由すぎる。
文化人類学と魔法理論と国際法が三つ巴で大乱闘を繰り広げるのが、法務部の日常だ。
そんな法務部の激務はこんな感じである。
──深夜2時、法務部第3課の執務室。
管理局唯一三直交代制を採用し不眠不休で戦う局員たち。途中で停止して再起動をかけたばかりのコーヒーメーカーが聞いたことのない異音をかき鳴らしながら苦め濃い目に永久設定されたコーヒーを捻り出すために唸りを上げる。その音はコーヒーメーカー界のヘビィデスメタルに違いない。サツガイせよ!
「第18次稟議資料の最新版どこやった!? 旧版しか見つからん!」
「翻訳課に回した! 原文が古代言語で、一文が二千字超えてるから自動翻訳機が吐いて昇天した!!」
「第46条と現地の名誉決闘制度の整合どうするの!? 法廷で魔法撃って決着した判例なんて存在しないんですけど!!!」
「もういっそ魔力で全部吹き飛ばせば良くない!?」
「合法的に吹き飛ばせる法律があるなら教えてくれよ!!!」
そんな怒号が飛び交う戦場と化した業務課の反対側……資料室の片隅では、山のような異文化法律文献と格闘している新人局員が一人。
「僕は……異文化交流がしたくて入局したんですけど……」
そう呟く姿には過去のフレッシュさは皆無であり、すでに人生を二周くらいした賢者のような雰囲気を漂わせていた。本当に強く生きてほしい。
現地との交渉も混沌としている。オンライン会議では、通訳課の頼れる相棒とともに、意味不明な宗教比喩や神託の謎ポエムを咀嚼しながら交渉に挑んでいる。
「えーと、【我らが主の声を水晶に映して下され】……これって、『意志確認は水晶による媒介通信を介して』ってことで合ってる……のか?」
通訳課の局員が困惑の顔をしながら、なんとか落とし所を探す調整員。すでに彼は15連勤目である。働きすぎて目力がバキバキになっていて怖い。
そしてメールボックスには毎朝のように、各部署から「法務部判定待ち」の赤いフラグがずらりと並んでいる。
これを激務と呼ばずして何と呼ぶ。
最先端の次元世界で、今日も変わらず血反吐を吐いて“法”を作っているのである。
とくに難しいのは、「相手に悪意がないが、管理局法に照らすと完全にアウト」という事案。
とある次元世界では、治癒魔法を“支配者の証”として王族のみが用いるという文化があった。
だが、現地で事故に巻き込まれた管理局局員が反射的に治癒魔法を使ったことで、王族冒涜罪という厄介な扱いを受け捕縛、投獄される事案があった。
法務部は即時に現地の法典と文化的背景を調査し、現地の祭司団と折衝。
結果、管理局が“神の代理人”として認可されることで事なきを得たが、それまでの3日間、担当チームはほとんど寝られないデスマーチを強要された。
裁判機関に関しても、例外ではない。
時空管理局は独自の司法制度を保有している。
扱うのは、次元世界間の干渉是非や技術流出問題、そして「その世界では合法だけど、こっちでは真っ黒」というグレーどころか漆黒の犯罪案件だ。
この裁判制度の最大の特徴は、あらゆる文明圏の価値観を「尊重」しつつ、局としての中立性を貫くという、言葉にすると綺麗だが実務では胃に穴が開く仕様。
要するに、「全ての世界の常識を知っておきながら、どの常識にも染まるな」という鬼畜ミッションである。
裁判官に求められるのは、法の知識だけではない。
宗教学、言語学、文化人類学、次元力学、政治学、心理学……そして胃薬への耐性である。
実際に持ち込まれる事案は、「“死んでから5日後に生き返る”民族社会での殺人未遂の扱い」や、「“契約を歌で交わす”異文化でサビだけ歌って帰ってきた調査官の責任の所在」など、そもそも法で裁く前に説明書が厚すぎて読み切れないレベルのものばかり。
裁判の進行も一筋縄ではいかない。
証言台に立つ被告が分裂して自己弁護を始めたり、証人が“霊的存在につき可視化できない”ために通訳が翻訳できないなんてケースも多発。
極めつけは、あの有名な「第198次次元干渉事案」における管理局中央法廷での一幕。
当時の裁判長(※現在三期目、白髪進行中)は、「この被告の行為は、この世界では“愛の証”ですが、別次元では戦争の引き金です」との証言に対し、裁判長はしばし沈黙したのち、目の前の書類を無言で食べた。しかも一枚一枚味わうように食べた。あれ以来、彼のあだ名は「紙食い判事」である。
このように、時空管理局司法部門は今日も「宇宙規模の地雷原」を裸足で突っ切っている。ある者は頭を抱え、ある者は神経をすり減らし、ある者はそっとコーヒーにウィスキーを注ぐ。
それでも裁きは必要だ。
秩序ある多次元社会を維持するために。
そしてなにより、誰かがやらなければ、誰もやりたがらないのだから。
故に、法務部は――地獄である。
定時? それは異世界の幻獣と同じで、目撃例はあるが証拠がない。
月に二度、時計通りに帰れればそれはもう奇跡だ。
この部署の仕事は、上司の顔色ではなく、異世界の長老会や、精霊信仰をする宗教国家などのご機嫌を取ることにある。
そのくせ、やることは全部「管理局の中立的な立場でよろしく!」ときたもんだ。精神的にも肉体的にも、タフさと無茶を笑って受け流すセンスが必要不可欠。
それでも、彼らがこの業務を投げ出さない理由は、ひとつだけ。
それは、次元世界の調和と秩序を守るという、時空管理局の理念そのもの。
どんなに理不尽な条文が届いても、どれほど意味不明な法体系が襲ってきても、「自分たちが“法”という名の道を切り拓く」という矜持だけが、彼らの背中を押している。
地味で、地獄で、地道で、スポットライトも当たらず、誰にも称賛されない裏方の戦い。
だが、それでも誰かがやらなければ、世界は崩れる。
そして今日もまたデスクに置かれた通知が赤く点滅する。
《至急:新規次元世界に関する法的検討案件 第一報》
またか、というため息とともに、局員たちはコーヒーを啜り、椅子に深く沈み込む。
そう。今日も変わらず、地獄の稟議が幕を開けるのだ。
▼
朝7時。
誰よりも早く出勤し、未決書類の山を前にコーヒーを啜っていた。背筋は痛いし、右手首は軽く痺れている。これでやっと金曜日。つまり、地獄はまだ終わっていない。
「主任、3課から“第九文明法文書の修正協議”が回ってきました」
「第九? あれ昨夜決着したはずじゃ……」
「はい、ですが現地評議会が突然構成員を全員入れ替えたそうで……」
「その世界にだけ物理で殴って解決してくれる担当置いてくれない?」
軽口を返しながらも、手は止めずに次の稟議資料に目を通す。「神権魔導国家」だの「宗教戦争時代の憲章の再適用」だの、字面がすでに胃に悪くてもたれる。なのに手続きは今日中。誰だこのスケジュールで了承出したやつは。
──そんな中。
「……フェイト・T・ハラオウン執務官、入ります」
控えめなノックの音が扉越しに聞こえた次の瞬間、あの金色の髪が部屋に差し込む光のように現れた。
「……えっ」
「おはよう。主任、少し話せる?」
書類と疲労とカフェインの臭いが渦巻くこの法務部という名のブラックホールに、天使みたいな見た目で、戦艦並の情報量とプレッシャーを携えて現れる災害が一人。
部下たちは反射的に背筋を伸ばし、ある者はカップを取り落としかけ、ある者はボサボサになった髪の毛を整え、死んだ顔をしていた業務課の女の子はにこやかに挨拶を交わす。
自分は、というとフリーズした脳で「机の上を片付けるフリ」という非論理的行動に走っていた。
「ハラオウン執務官……今日は非番では?」
「非番、だったんだけど。ひとつ確認したくて」
彼女は端末を操作し、目の前に一つのホログラムデータを投影する。それは、つい先週、法務部が満身創痍になりながら収めた神格存在との法的地位協議の記録だった。
「この交渉記録、相手側の“神”の発言があいまいに処理されてるの。もし、これが契約の一部として有効って扱われるなら、管理局の立場が……」
「――変わる可能性がある、ですね」
言い終わるより早く、自分の端末で当該記録を呼び出していた。
さすがに鋭く、着眼点がピカイチ。
執務官フェイト・T・ハラオウン、伊達に「次元世界対応の切り札」と言われていない。
「ここの原文、彼らの言語体系では“誓約”というより“導き”に近いニュアンスです。“契約”じゃなくて、“神託”に分類される宣言的行為ですね。つまり法的拘束力は薄いと判断できます」
「……さすが。主任に聞いてよかった」
フェイトが、ほんの少しだけ口角を上げた。
それだけで、部屋の酸素濃度が上がったような気がした。胃薬を噛み砕きながら生きてる我々社畜には、この人の笑顔は最上級の栄養補助食品なのかもしれない。
「でも……こんな時間にわざわざ? 法務部なんて今、魔王城より空気重いですけど」
「……あなたが、寝てないって聞いたから」
一瞬、心拍が止まった。
「昨日、なのはから聞いたの。主任がこの3日、仮眠室に一度も入ってないって」
「あー……まあ……事実ですね……その通りで……」
「身体を壊したら、判断にも支障が出る。私は、主任の判断を信頼してる。だから、ちゃんと自分を労って」
それは、命令ではなく、叱責でもなく。
ただ、真っ直ぐで優しい――けれども、誰よりも重くて強い、フェイト・T・ハラオウンの言葉だった。
「……了解しました」
素直に頷き、彼女の目の前で、抱えていた処理案件を数件、部下たちに引き継ぐよう指示を出した。
その一手に、フェイトはほっとしたように微笑み、静かに端末を閉じた。
「じゃあ、私は戻るね。主任、次会うときまでには――ちゃんと仮眠、取っておいて」
金の髪がふわりと舞い、軽やかに扉が閉まる。
彼女が去ったあとの執務室は、空気が柔らかくなっていた。部下たちの緊張も解け、どこか誇らしげに仕事へ戻っていく。
自分はというと――再び山積みの書類に目を向けながら、静かに思う。
あの人の信頼を、裏切らないためにも。この混沌の中で「道」を示す仕事を、誇りとして続けるためにも。
今日も、やるしかない。
──そうして死ぬ気で処理した結果、なんとかその日は、日付が変わる前に退勤することができた。
次の出勤は8時間後。とにかくベッドに横になってギリギリまで寝て、次の書類仕事に備えると心に決めるのだった。
次に見たいもの
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法務部の活躍
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交換部の活躍
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広報企画部の活躍
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新しい部門の話
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各部門の主任は同期なので飲み会とか