時空管理局へようこそ(満面の笑み)   作:紅乃 晴@小説アカ

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フェイト・T・ハラオウンの憂鬱

 

 

時空管理局執務官。

 

それは、確かな素養と実績、そして難関の筆記・実技・倫理・精神耐性テストを突破した者だけが就ける、選ばれし管理職である。

 

事件捜査、外世界での法の執行、現場人員への指揮権、ついでに時折、迷子の保護も兼ねる“なんでも屋”。

 

その職責は重く、任務は多岐にわたる。次元航行艦に乗り込んで各世界の揉め事に突っ込む者もいれば、管理局本部で延々と法令データベースとにらめっこする者もいる。

 

そしてフェイト・T・ハラオウン執務官は、その卓越した魔導素質と実力、加えて鉄壁の信用度を兼ね備えたエリートであり、「執務官の中の執務官」などというありがたくもプレッシャーのある称号まで頂戴している。

 

犯人追跡、事件捜査、現地調整……専門分野を軽やかに超えながら、どの現場でも的確に案件を回す彼女に、後輩も上司も頼りまくる。

 

──が。

 

今、そのフェイトが一人、執務室で沈んでいた。

 

 

 

 

「やっぱり……これ、マズいよね……」

 

青ざめた顔で机に並ぶ試作品を見つめるフェイト。

並んだそれは、どれも美しく磨かれ、魔力伝導率は最上級。芸術品のようなナイフたち。

 

そのすべてブラックロック製。

 

“それ”が問題だった。

 

ブラックロック。

 

美しさと希少性で知られ、一部の世界では“持つ者の品格を表す”とも言われる鉱石である。

 

……が、それが災いして密輸、違法採掘が後を絶たず。数年前、管理局交換部にて密輸未遂をフェイト自身が摘発したという、まさかの前科持ち鉱物。

 

現在は法務部によって危険指定鉱物に登録されており、採掘・輸送・加工のすべてが制限対象。

 

しかも監査部に至っては「見るだけで胃が痛くなる」とコメントを残している代物である。

 

そんなブツを、なんと“外交贈答品”として贈る案が──すでに“可決”されていた。

 

「フェイトさん、頼まれていた資料ですが──あ、その顔……また例の件ですね?」

 

執務室に入ってきた副官、ティアナ・ランスター。

フェイトのしょもしょも顔を見た瞬間にすべてを察するあたり、さすがの付き合い年数である。

 

「うん……実は──」

 

フェイトは困り顔のまま、ティアナに経緯を説明した。

 

発端は、ある外世界との交流会食。

 

先方の代表が“ブラックロックのナイフ”を得意げに見せびらかしたところ、それを見たプレゼンター側の政府関係者が「これは文化的象徴に違いない!」と勝手に納得。

 

そして勢いで「ブラックロック製ナイフを贈ろう!」という提案が、管理局への事前相談もなしに文化的配慮として可決。

 

その後、管理局に届いたのは「デザイン案をハラオウン執務官に一任します」という無慈悲な文面だった。

 

「いやいやいやいや」

 

ティアナは即ツッコミを入れた。

 

「申請は?監査部の許可は?そもそもブラックロックって名前だけで爆弾処理班が動きそうな代物ですよね?」

 

「……申請中。監査部にもまだ正式には……」

 

「詰んでるじゃないですか!」

 

フェイトはしょんぼり肩を落とす。

 

「撤回=誠意がないって思われたら困るし……でも、このまま進めたら確実に爆発するし……」

 

「爆発しますよ。法務部か広報部か、たぶん両方で」

 

副官の言うことは事実だ。なので事態をなんとかしようと、フェイトは悩んだ。

 

──が、そもそも得意分野は犯罪捜査である。外交儀礼だの文化贈答だのは、完全に専門外。

 

「こういうときは……誰か、知恵を借りるべきだよね」

 

開き直ったフェイトは、まず信頼する仲間たちに相談することにした。

 

それは決して、“またあの人に面倒ごと持ち込んだら溜息つかれそうで怖い”とか、そんな理由じゃない。

 

ないったらない。ほんとにない。

 

 

 

 

 

フェイトが最初に頼ったのは、教導隊の教官として日々後進の育成に励んでいて、そして何より、親友である……高町なのはだった。

 

「ちょっとだけ、時間いい?」

 

そう声をかけたのは、午後も半ばを過ぎた中央管理局庁舎の職員食堂。

 

カウンターで小さめのデザートを受け取っていたなのはは、「もちろん」と柔らかく笑みを返し、そのままフェイトと向かい合ってテーブルに腰を下ろした。

 

二人きりの静かな席。

 

遠くから聞こえるカトラリーの音や、ざわめきの向こうで交わされる他愛ない会話が、妙に遠く感じられる。

 

フェイトは、手元の資料にちらと視線を落としながら、小さく笑った。

 

「……こんなことで悩んでるなんて、ちょっと情けないかも」

 

そう前置きしつつ、問題となっているブラックロック製ナイフについての経緯を淡々と──けれどどこか歯切れ悪く語っていく。

 

一通り話を聞き終えたなのはは、湯気の立つコーヒーをひとくち口に運び、それから静かに目を細めて口を開いた。

 

「誠意を見せたいって気持ちはわかるけど……フェイトちゃん、ちょっと背負いすぎだよ?」

 

「……そうかな」

 

「うん。確かに文化的配慮は大事。でもね、外交って、気持ちだけじゃなくて、準備とか安全とか、現実的な部分もちゃんと考えなきゃ」

 

言葉は穏やかだったが、その芯にはぶれのない信念が通っていた。

 

テーブルの上には手つかずのケーキと湯気の消えかけたコーヒー。そしてフェイトの手元には、使いかけのメモパッドがぽつんと置かれている。

 

「でも……代替品に変えるなんて、失礼じゃないかなって」

 

フェイトの声は、いつものような自信に満ちたものではなかった。

 

語尾が不安げに揺れ、金色の瞳も伏し目がち。

 

指先が、無意識に資料の端をさわっている。

 

そこにいたのは、なのはが現場で何度も見てきた“完璧な執務官”ではなかった。

 

完璧であろうとするあまり、自分の気持ちを後回しにしてしまうところ。

 

どんな些細な案件でも、責任感から一人で抱え込んでしまうところ。

 

「これくらい自分で解決すべき」って、勝手に思い詰めてしまうところ。

 

そんなフェイトを、なのははよく知っていた。だからこそ、声をかける時のトーンも自然と優しくなる。

 

「フェイトちゃん、ちょっと背負いすぎだよ?」

 

それはただの忠告じゃない。「大丈夫、私はここにいるよ」という、なのはなりの静かな支えだった。

 

言葉にされなくても、伝わるものがある。

 

──たとえば今この瞬間。

 

ただ誰かが隣にいて、静かに話を聞いてくれているだけで、不思議と心の負荷が軽くなる。

 

「……ありがとう、なのは」

 

フェイトの声は、ほっと力が抜けたように柔らかかった。

 

そして、ほんの一拍おいて。

 

「それにさ、フェイトちゃん……思い込んでるだけかもしれないよ?」

 

「……え?」

 

「その代表の人がナイフにどれくらいこだわってたか、ちゃんと聞いた?」

 

「……あ、聞いてない……」

 

途端に、フェイトの言葉が止まる。

 

じわじわと冷たい現実が胸を冷やしていくような感覚が喉の奥に残った。

 

「つまり、今フェイトちゃんが悩んでるのって、自分たちの想像が原因なんだよ」

 

「……」

 

「だったら、想像を根拠に動いちゃダメ。まず事実を確かめないと。違う?」

 

その指摘は鋭くもあり、けれど責めるような色はどこにもなかった。ただ、親友として、大切な人の思考を少しだけ正したかっただけ。フェイトは視線を落としながら、ゆっくりと小さく頷いた。

 

その通りだ。

 

相手が本当にブラックロック製ナイフにこだわっているのか。

 

それとも、話の流れで出ただけなのか。

 

文化的意味があるのか、それとも単に「珍しいから」語られただけなのか。

 

何ひとつ、確認できていない。

 

「でも……私から直接、先方に問い合わせる手段はないんだ。外交窓口は全部、本部経由で」

 

「だったら、詳しい人を頼ればいいよ。たとえば……」

 

なのはがふっと笑みを浮かべ、少しだけ悪戯っぽく続ける。

 

「……あの法務部の主任さんとか?」

 

「……やっぱり、そうなるかぁ……」

 

フェイトは、ついに観念したようにうなだれた。

 

あの人に頼めば、確実に的確な手を講じてくれる。それは間違いない。だが、同時に鋭い皮肉と長めのため息もセットで返ってくるのは、もはや風物詩である。

 

それでも。

 

今のフェイトにとって何より重いのは、「誤解を根拠に事態を悪化させてしまうこと」だった。

 

「ありがとう、なのは……少しだけ、冷静になれたよ」

 

「うん。フェイトちゃんがいつも頑張ってるの、ちゃんとみんな知ってるよ。だから、もっと頼っていいの」

 

フェイトは少しだけ照れくさそうに笑って、ようやく手元のフォークを取る。

 

が、その瞬間。

 

「でもね、主任さんには……なるべく怒られないようにね?」

 

茶目っ気たっぷりの念押しが、テーブル越しに軽やかに飛んできた。

 

フェイトは思わず肩をすくめ、でもその笑みは、もういつもの“執務官”のそれだった。

 

 

 

 

 

時空管理局 法務部。

 

深く息を吸って、静かに吐く。

 

フェイトは、わずかにためらいながらもノックを二回。間を置かずに「どうぞ」と返ってきた声に導かれ、扉を開けた。

 

室内は相変わらず整然としており、同時にどこか生活感のようなゆるさもある。

 

積まれた書類の山、湯気の消えたマグカップ、そして。

 

「お、珍しいな。執務官がこんな顔で来るなんて。何かやらかしたか?」

 

椅子にだらっと凭れかかっていたのは、法務部主任である。

 

整った顔立ちは相変わらずだが、少し寝癖の残る髪に、ゆるめのネクタイ。見慣れた“ボサっとした”風貌が、今日ばかりは妙に安心感を与えた。

 

「やらかしてない……とは言いきれないかも」

 

フェイトは苦笑しつつ、主任の正面に腰を下ろす。資料のフォルダを一つ、そっとデスクに置いた。

 

「──ブラックロックの件、相談したいことがあるんです」

 

「……ああ〜〜ブラックロック鉱石か……そいつはやばそうだな」

 

主任はそれだけ言って、すぐに表情を引き締めた。

 

フェイトが語ったのは、これまでの経緯と、自身が調整を任されている現状について。主任は途中、何度か目を細めたり、書類に目を通したりしながらも、最後まで遮ることなく静かに聞いていた。

 

「──……以上が、現時点での情報。規制対象の扱いをどう回避できるか、あるいは適切な代替品の選定が可能か、見解を伺いたいんですが……」

 

言い終わると、フェイトは背筋を正して、真っ直ぐに主任を見た。

 

沈黙が数秒。

 

主任は机に肘をついたまま、指先でくたびれたネクタイの結び目を引きつつ、ひとつ大きく息を吐いた。

 

「はー……ほんっと、あの連中は相談って言葉を知らねぇのな……」

 

「……やっぱり、マズい?」

 

「マズいというか、真っ赤だな。アウトの匂いがプンプンする」

 

主任はぼさっとした髪を指でかき上げながら、ぼやくように言う。

 

「ブラックロック鉱石そのものは危険性はないが、その価値がやばい。供給ルートに過去の犯罪組織の関与が疑われてた鉱石だ。今でも交換部では厳重審査をする対象だし、今回のことを監査部が知ったら鼻血出して怒鳴り込んでくるぞ、マジで」

 

フェイトは申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「……やっぱりそうなりますよね」

 

「なるとも。でも──」

 

主任は、ふと口調を変えた。砕けていた語り口が、きゅっと締まる。

 

「ここまで来ちまったなら、どう回避するかを考えるしかない。最悪、贈り物を渡さないで済む形に持ち込むって手もある」

 

「贈らない、って……?」

 

「今のご時世、法的に問題があるのでって、丁寧に説明して、相手に納得してもらう。筋通せば、外交問題にはならんよ」

 

主任の目がまっすぐフェイトを見据え、静かに腕を組んだまま資料に目を落とす。

 

フェイトは黙ってその様子を見守っていたが、やがて主任が視線を上げ、ぽつりと呟いた。

 

「……まったく、真面目すぎるんだよ。お前さんは」

 

フェイトは反応に困りつつも、苦笑いを返す。

 

すると主任は、ひとつ小さく息をついたあと、柔らかいが芯のある声で言った。

 

「こういうのは年上の役目だからな。存分に頼りなさい。それに面倒ごとは、上が引き取るのが筋だ」

 

フェイトが目を見開いたまま言葉を探していると、主任は立ち上がりどこかに電話をかけじめる。

 

「正式ルートは時間がかかる。こっちの方で、それとなく当たってみるよ。先方がどれだけそのナイフに思い入れあるのか、裏から感触を取る」

 

「……え、でもそれって──」

 

「気にすんな。年上の特権で、ちょっと口利きするだけだ。お前が自分で全部背負うことじゃない」

 

そう言いながら端末を起動する主任の背中は、いつものようにやや気だるげで、ネクタイも相変わらずくたびれている。

 

だが、その姿勢には、フェイトが思わず胸の奥で息を整えるほどの、静かな信頼感があった。

 

「……ありがとう。でも、私──」

 

「お礼はあとでいい。今は黙って、ちょっと待っててくれ」

 

言葉の切れ味は穏やかでも、その調子に抗う隙はなかった。だからフェイトは、それ以上何も言わずに頷いた。

 

主任の端末から、手慣れたキー入力の音が静かに響く。あれこれを調べ、どこかに連絡を飛ばしながら、彼はまるでルーティンのように事を進めていく。

 

自分が一人で悩んでいた問題が、たったひとつの信頼と一言で、ここまで変わるものなんだ。

 

そう思ったフェイトの胸に、じんわりとした安堵が広がっていった。

 

主任は端末を軽く操作し、どこかにメッセージを送る。送信の確認音が鳴ると、彼は背もたれに体を預けた。

 

「……さて、と。こっちのツテには話を通した。あっちの担当が折り返してくれば、正確な情報は掴めるはずだ」

 

「……本当に、ありがとうございます」

 

フェイトは深く頭を下げる。

 

「言ったろ?気にすんなって。お前が今するべきなのは、自分の立ち位置を守ることじゃない。全体が潰れないように動くことだ」

 

主任の声は、あくまで穏やか。しかしその言葉には、現場を知り尽くした者の重みが宿っていた。

 

フェイトは、そのまま静かに微笑んだ。

 

「……はい。そうします」

 

「よし。じゃあ、しばらくしたら返事が来ると思うから、それまでの間はあまり眉間にシワ寄せんなよ。せっかくの顔が台無しになるぞ」

 

軽くからかうような口調に、フェイトはほんの少し眉を上げ──そして、ふっと笑った。

 

「主任こそ。ネクタイ、そろそろ新しいのにしたほうがいいですよ」

 

「おう、それは余計なお世話だ。……あとで情報持ってくるから、ちゃんと待ってろよ」

 

気軽なやり取りの中で、フェイトは胸の奥にあった重荷が、ふと一つだけほどけたような気がした。

 

まだ、問題は終わっていない。けれど、それを一緒に考えてくれる人がいる。

 

それだけで、少しだけ前を向ける気がした。

 

フェイトは、もう一度深く頭を下げた。

 

「……ありがとうございます、主任。本当に、助かりました」

 

「礼はいいって。ほら、さっさと戻って仕事しな。今度は余計な心配せずに済むだろ」

 

主任がひらりと手を振るのに、フェイトは小さく笑いながら応じる。

 

「では、失礼します」

 

丁寧に一礼して、フェイトは法務部を後にした。

 

廊下に出た瞬間、張り詰めていたものが少し緩み、胸の奥から深い呼吸が漏れる。

 

思えば、最初にこの件を知ったときから、どれだけ神経を張り詰めていたか、今になってようやく、実感としてわかる。

 

足取りは軽くない。

だが確かに、少しだけ、重さが違っていた。

 

やがてフェイトは自分の執務室の扉を開け、静かに中へと入っていく。

 

戻ってきたいつもの場所。けれど、ほんの少し見える景色が違って感じられた。

 

彼女は椅子に腰を下ろし、机に視線を落とす。まだまだ、やるべきことは山積みだ。

 

「……がんばろう」

 

ひとつ呟いたその声に、いつもの冷静さと、わずかなあたたかさが混ざっていた。

 

 

 

 

 

数時間後。

 

フェイトの執務室のドアが、ノックもなく軽やかに開いた。

 

「返答、来たぞー。すっごい拍子抜けなやつ」

 

書類の束を脇に抱えた主任が、まるで散歩ついでかのように入ってくる。

 

「えっ……どうでした?」

 

フェイトは反射的に姿勢を正す。先ほどまでの緊張が、また首筋に戻ってくる。

 

「「ああ、あれ、向こうの観光案内所が勝手に売ってる民芸品みたいなもんで、別に期待してないです。お気遣いなく」──だとさ」

 

「…………え?」

 

「「ナイフに限らず、何かお心遣いがあれば嬉しいです」とも。つまり──完全にこっちの早とちり。多分、流行ってるらしいって誰かが言ったのを、全部が真に受けて広がった感じだな」

 

「………………」

 

フェイトは膝から崩れ落ちる。何かのスイッチが切れる音を、確かに聞いた気がした。

 

「私、三日も資料読んで……規制法とにらめっこして……広報に交渉して……」

 

「で、全部空振りと」

 

「報われてないッ!!」

 

目は虚ろ。魂はたぶん、今も取り寄せた鉱石取引規制条文の中をさまよっている。

 

「どこまでも真面目だねぇ。もうちょい肩の力抜けよ。眉間にしわ寄せすぎて、法務部を指揮する未来も見えてくるぞ」

 

「……これが……法務部の洗礼……」

 

「いや、まだ軽いやつだな。世界が滅ぶ間際までいってないから」

 

「軽くてこれ……?」

 

「うん。重いやつは、“贈ったはずの品が外交的に爆弾認定されてて、気づいたのが贈呈式の2時間前”ってやつ」

 

「こわッ!!!?」

 

フェイトは机に突っ伏したまま、体をぴくぴく震わせる。

 

──怖すぎるぞ、法務部。

爆弾解除班でもそこまでギリギリ攻めない。

 

「まぁまぁ、良い勉強になったろ。外交の誠意ってのは、モノより確認なんだよ。事前確認。あと再確認。さらに確認」

 

「……本当に法務部、世界を救うんですね……」

 

「そりゃそうよ。逆に言えば、確認しない奴が世界を滅ぼすとも言える」

 

「名言なのに怖い……」

 

主任はそんなフェイトを見下ろしながら、無情にも平然とした調子で言った。

 

「で、代わりに何贈る?」

 

「……もう……主任が決めてください……脳がオーバーヒートしてるので……」

 

「じゃ、お菓子な。現地のハーブ使って、癒し効果の魔術を少し添えて。あったかくなる贈り物って、鉄板なんだわ」

 

「お菓子に癒し魔術って、法務部が考える贈答ってすごいな……」

 

「ちなみに、前にリラックス効果強すぎて寝落ちするクッキー作って怒られた。味は良かったけどな」

 

「それ……兵器寄りじゃないですか……?」

 

「フェイトもいずれ分かる。外交贈答は、ちょっといいと、ちょっと効くのバランスが命」

 

「……名言だけど、やっぱり怖い」

 

「でしょ?」

 

主任は書類を机に置きながらにやりと笑う。

 

「じゃ、広報には俺から言っとく。お前は眉間のシワを伸ばして、もう少し人間に戻れ」

 

「主任こそ、ネクタイ。そのへたり具合、もう魂の消耗品ですよ」

 

「それはな、法務部の勲章ってやつだ」

 

「勲章……?」

 

「そのうち、お前にも似合うようになるさ。覚悟しとけ、未来の主任候補」

 

「や、やめて……その未来、ちょっと胃が痛い……!」

 

二人のやり取りに、ようやく緊張の糸がほどけ、笑いがこぼれる。

 

──問題は、まだ山ほどある。

 

けれど、共に戦ってくれる誰かがいるならば、どんな法務部の洗礼でも、きっと乗り越えられるはずだ。

 

 

 

 

 

後日。

 

先方政府への贈り物として選ばれた癒し効果付きハーブクッキー詰め合わせは、非常に好評を博した。

 

特に好んだのは、緊張の多い儀礼席に毎日顔を出す通商関係者たちで、「これはただの焼き菓子じゃない。心に届く、異文化のやさしさだ」などという名言まで飛び出し、公式コメントにまで採用された。

 

ブラックロックの影も形も、そこにはなかった。

 

まるで最初から、そんな問題など存在しなかったかのように。

 

 

 

 

そしてその日の夜。

 

フェイト・T・ハラオウンは、自室の机に突っ伏していた。

 

「……何だったの、私の三日間……」

 

呟きはかすれ、魂の抜けた背中が小刻みに震えている。

 

肩を落とし、未整理のメモと条文プリントに囲まれた彼女の姿は、まるで規制対象と戦い抜いた戦士の末路そのものであった。

 

──贈答品の確認は、ちゃんとしよう。

 

命より大切な、外交の鉄則。

 

教訓は、深く静かに刻まれた。

 

世界を救うのは、火力ではないと改めて痛感するのだった。

 

 

 

 

次に見たいもの

  • 法務部の活躍
  • 交換部の活躍
  • 広報企画部の活躍
  • 新しい部門の話
  • 各部門の主任は同期なので飲み会とか
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