工程整備部に、またしても一風変わった依頼が届いた。
会議室に招集されたのは、つい先日「演習場をちょっとだけ強化しよう」と言われた結果、対空迎撃施設に魔改造した若き設計者と、それを「よし、面白いからやれ!」と後押ししたベテランたちである。
そんな中、建設管理課の課長が淡々と口を開く。
「諸君に集まってもらったのは他でもない。上層部より、我々指名で依頼が届いた」
「また本部のエントランス改修とかですか?もう手を入れるところなんてないですよ」
若手の台詞に課長は咳払いひとつで流し、静かに告げた。
「……旧工場地帯を、公式演習場に再整備せよ」
「…………」
「…………課長。今、旧工場地帯って言いました?」
「いや、さすがに聞き間違いでは?」
「演習場も聞き間違いであってほしいんですけど……」
その場の全員が、手元にある一斉に資料を見て絶句。
旧工場地帯――かつてミッドチルダ北部で「産業の華」と呼ばれた工場群は、老朽化と更新費の爆上がりで見事に閉鎖され、稼働停止のとどめに大規模火災というドラマチックなフィナーレを飾った伝説の地。
今では完全に「地図にあるのがむしろ怖いゾーン」と化しており、一部の地元民からは「まだ何か生きてる」と囁かれている。
そんな場所に、よりにもよって管理局の広報用公式演習場を作れというのだ。
当然、誰かが声を上げた。
「……この案件、大丈夫なんですか?」
課長は書類をめくりながらにこりと笑った。
「しかも今回の演習は、次元世界規模の合同訓練。ミッドチルダはもちろん、他世界の魔導師も参加する一大イベント。その名も《管理局のエースたちが集う》だそうだ」
「ちょっと待って、名前のインパクト強すぎない?戦隊ものの劇場版か何か?」
「うっかり整備ミスで瓦礫が落ちたら、次元世界にニュース配信されるやつじゃん……!」
「でも派手に改造したら“景観が演出に向いてない”って怒られるやつだろこれ!」
つまり、求められるのはこうだ。
・廃墟を撤去して
・安全を確保して
・空戦魔導師が全力で暴れても壊れない構造を作って
・でも壊れそうに見える演出と、迫力ある舞台効果も盛って
・何より「映える」こと!
→ ハイ、建設管理課よろしく
その瞬間、室内に絶望のため息が充満する。
「……課長、我々、エンジニアですよね?」
「間違いない。演出建築演舞魔術師ではない」
「なのに何で……いや、もう今さらか」
「ああ……また夜勤が増える……」
「いやむしろ泊まり込み確定だろ、工場跡地ってことは水道も通ってねぇぞ!」
「いやもうこれ、舞台美術じゃなくて爆発演出付きのバトルドームだよな……?」
課長は黙ってカツカツとホワイトボードに「演出」「爆発耐性」「撮影映え」「ハザードマップ」と書き出していく。
「――とにかく広報企画部とも緊急対策会議だ。全員、腹を括れ。現場作業担当は作業着と防毒マスクの準備もしとけ」
「どんな演習場作る気ですか!!」
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「とにかく、現地を見なきゃ話にならん」
そうして建設管理課は主要メンバー総出で、かの地へと足を踏み入れることになった。
目的地は数十年前に閉鎖された旧工場地帯。
現在は立入禁止区域に指定され、複数の警備ドローンと物理ロックのゲートに守られた管理局のブラックリストスポットである。
入るだけで申請書類が30枚、許可証が5枚、現場用ガスマスクと防護スーツ一式が義務付けられており、すでにこの時点で建設管理課の胃にダメージが走る。
「俺たち、何しに来たんだっけ……?」
「演習場の整備だよ。整備な。除霊じゃないよな?」
ゲートが開き、いざ足を踏み入れたその先。そこに広がっていたのは、風化などという生易しい言葉では片づけられない、絶望的な光景だった。
メイン通りはまだ「朽ちた街並み」くらいで済む。しかし、一歩外れるとそこはもう――
「……ジャングルじゃん!!?」
もはやダンジョン化した廃墟地帯だった。
焼け落ちた鉄骨はツタに絡まり、煙突は傾いて今にも倒壊しそうな顔をしている。
足元には錆びたレールとコケが混在し、無造作に転がるドラム缶からは謎の液体がゆっくりと滲み出していた。
「草木に埋もれて見えねぇけど、ここ……建物の上じゃない?」
「たぶんそう。森の中の崩落ビルってジャンルの新規開拓だな」
さらに悪いことに、微かな風が吹くたび、何かが腐ったような、化学薬品のような匂いが鼻を突く。
メンバーが持参した測定器は、それぞれ違う数値で何かしらの「やばい反応」を検知していた。
「……ちょっと待って!? これ、ホントに演習場にする気ですか!?」
「地下のマップも確認したが、火災時に化学薬品が漏れて混ざってる可能性があるって、当時の報告書に――」
「報告書が「可能性がある」って濁してる時点でアウトだよ!!何で爆発しなかったのかが奇跡だよ!むしろ、今爆発する可能性を疑うべきでしょ!?」
さすがのエンジニアたちも、この光景には笑えない。いや、笑うしかない。いや、笑ったら死ぬかもしれない。
その場で誰かが、叫んだ。
「──き、緊急会議ぃぃぃぃい!!!」
風に舞う粉塵。足元で小さく跳ねるドラム缶。たぶんそこ、さっきから微妙に動いてる。
こうして、建設管理課、工程整備部本部。
さらに状況がまったく把握できていないまま巻き込まれた広報企画部をも招き、事態は急遽、緊急対応プロジェクト会議へと突入するのだった。
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管理局次元本部、工程整備部・第3会議室。
普段は「どうしても会議室が足りないとき」以外には使われないこの地味な部屋に、今、異様な熱気が渦巻いていた。
「それで?要するに演習場にしてくれって言われた場所が、化学汚染と構造崩壊のワンダーランドだったってことですか?」
広報企画部からやってきた主任が、頭を抱えながら現状を確認する理
確かに話は聞いていた。つい昨日まで、エースたちのプロモーション映像のロケ地は「エモい廃墟」くらいの認識だった。
「エモいどころか、あそこはもはや終末世界だ」
と建設管理課の課長が頓着なくそう言い切る。
「グラフィック的には映えるかもしれませんが、下手すればスタッフが爆発する映像になりますけどいいんですか?」
「そ、それはちょっと困ります!」
「でしょうよ!」
会議室の空気がピリつく中、課長が資料をバンッと机に置く。
「現在、旧工場地帯において確認された危険要素は、構造崩壊、薬品汚染、電磁異常反応、あと……なんかの生体反応だ」
「なんかの……って何ですか!?マジでヤバいやつ!?」
「いや、動物かも知れん。ツタの中に目が光ってた」
「え、なにそれ無理怖い」
全員が一瞬沈黙したそのとき、ひとりの男がゆっくりと手を上げた。
「……逆に考えるんだ。危険で崩れてて、得体の知れない要素があって、地下が謎で、爆発の可能性がある。つまり!」
ドン、と立ち上がって叫ぶのは工程整備部の部長。マッドを地でいく暴走機関車である。
「最高にエキサイティングな演習場になるってことじゃないかッ!」
「「「安全性皆無で誰も呼べんわ!!」」」
「はいはい座って座って」
全員の総ツッコミが飛ぶ中、副部長が背後から力技で座らせる。この男がブレーキ役でなければ、この演習計画は確実に地獄になる。
「……それで、我々はどう進めるんですか……?」
広報企画部主任がようやく口にしたその問いに、建設管理課の課長がため息混じりに答える。
「……やれる限りの安全対策と、演出効果を最大化する構成を同時にやれって話になってる」
「無茶ですよ!」
「いつものことだ」
課長の返しに、建設管理課全員がうんうんと頷く。
「そもそもこのプロジェクト、名前が悪い。管理局のエースたちが集うって……なんだよあれ。集うって言った時点でろくなことにならないんだよ!」
「わかる。集うって字面だけでフラグが立ってる。集まった結果、絶対何か起こる」
「しかもエースたちって複数形!だいたいエースって高町なのは教導官一人だろ!?複数いる時点でなんかおかしい!」
「しかも広報が言い出した炎の空中戦を背景に、廃墟に咲く友情と絆って……爆発させる気満々じゃねーか!」
「言ってないですそんなキャッチコピー!!」
責任の押しつけ合い、口論、ツッコミ、飛び交う見積書と安全基準の解釈。
それでも――議論は進んでいるようで、全員、どこかノッていた。
誰もが思っていたのだ。これは確かに無茶だ。けれど、ここまでぶっ飛んだ企画だからこそ、腕が鳴る。
「……で、爆発エフェクトはどこに仕込む?」
「まずは仕込まない方向で検討して!!」
会議は踊る。
されど確実に――何かが、始まっていた。
次に見たいもの
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法務部の活躍
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交換部の活躍
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広報企画部の活躍
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新しい部門の話
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各部門の主任は同期なので飲み会とか