時空管理局へようこそ(満面の笑み)   作:紅乃 晴@小説アカ

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アースラの近代化改修について

 

 

 

「何度言われてもダメなものはダメです」

 

その言葉が部屋に落ちた瞬間、空気が重く沈んだ。

 

高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、そして八神はやて。

 

管理局でも名の知られた三人のエースを前にしても、工程整備部、艦船保全課のチーフは一切の妥協を許さなかった。

 

その毅然とした態度に、なのはとフェイトは言葉を失い、はやてが静かに前へ出る。

 

「でも、L級の近代化改修なんて、普通のことやと思うんやけど……」

 

はやてが手にしていたのは、数枚にわたるL級次元航行船《アースラ》の近代化改修案だった。

 

かつてリンディ・ハラオウン提督の座乗艦として、多くの任務を遂行し、その名を馳せた《アースラ》。その艦は本来の役目を終え、いまや退役の準備が進められている。

 

来年には艦艇ミュージアムに展示されたのち、解体。

 

それを知った三人、特にはやては今後の機動六課の活躍や、いざという時に動かせる次元航行船として、どうにかアースラを現役艦として残せないかと奔走し、この改修案を携えて整備部を訪れた。

 

だが……。

 

「確かに、L級の改修事例自体はあります。実際、現役艦にも改修型は多く存在します」

 

チーフはそう前置きしたうえで、静かに首を振る。

 

「でも……アースラはただのL級じゃありません。アルカンシェル搭載をはじめ、独自の魔導拡張と構造変更が施された艦です。標準の近代化改修キットでは対応不可能です」

 

机の上に広げられた資料に手を置きながら、チーフは言った。口調は丁寧で誠意あるものだったが、どこかに鋼の芯があった。

 

「それって単に……手が足りんから、断る理由にしとるんちゃうの?」

 

はやての声に、わずかな棘が混じる。

 

感情を抑えていた理性が、技術の壁に跳ね返されたことで揺らぎ始めていた。

 

その言葉に、チーフの眉がわずかに動いた。

 

しかし、怒りは見せずに無言で立ち上がると、書棚の奥から艦艇の模型と技術図面を取り出し、卓上の光学式モニターに展開した。

 

「……こちらが標準的なL級の構造図。そして、こっちが現在の《アースラ》の構造図です」

 

二つの図面が並び、モニターに映し出された。

 

見比べるまでもなかった。

 

アースラの構造は、もはや原型を留めていない。展開装甲、魔力排熱板、アルカンシェル用格納スペース……本来のL級とは全く別物だった。

 

「見ての通り、アースラはL級の設計をベースにしてはいますが、その実、装甲も内部構造も、特注品の寄せ集め。改修には既製キットが一切使えません」

 

なのはが息をのんだ。

 

フェイトも黙って図面を見つめる。

 

そしてはやても、目の前の図面から目をそらせずにいた。

 

どれだけ思い入れがあっても、技術と物理の前では、それだけではどうにもならない現実が、ここにはあった。

 

チーフはふたたび視線を三人に向ける。

 

その瞳には、技術者としての矜持と、どこかに諦めにも似た無念が滲んでいた。

 

「近代化改修キットは、大きく三つのセクションに分かれます。一つ、動力系統。二つ、内装。そして三つが外装です」

 

チーフは端末を操作し、ホログラフモニターに映し出された艦体構造図のうち、外装部分を強調表示させる。明滅する赤いフレームが、その要点を無言のまま示していた。

 

「……問題は、この外装です」

 

声色が、わずかに硬くなる。

 

「アースラは、アルカンシェルを搭載するために、標準艦としての設計から大きく逸脱しています。展開式装甲、排熱プレート、さらにそれらを動かす可動ユニット群……すべてが特注で、標準規格外です」

 

モニターには、アースラの外装を縫うように張り巡らされた複雑な機構の数々が浮かび上がっていた。図面を読み慣れていない者であっても、それが並の艦ではないことはひと目でわかる。

 

「八神司令。私が『できない』と申し上げたのは、単に予算や工数の話ではありません。これは、技術的に『再現不能』な領域に、すでに足を突っ込んでいるからです」

 

その言葉に、空気が一瞬止まったように感じられた。なのはとフェイトは顔を見合わせ、はやては唇を噛む。

 

静寂の中で、チーフは姿勢を正し、語調をあらためる。

 

「……ご説明します」

 

凛と張ったその声に、三人は自然と背筋を伸ばした。

 

「次元航行船は、大気圏内、宇宙空間、そして次元空間を移動します。その中で、艦体に最も大きな負荷がかかるのが『次元空間の航行』です」

 

チーフは指先で図面を切り替え、次元空間航行中の艦に加わる圧力分布の図を表示する。そこには見えない力が艦体全体を圧縮し、ねじるような力がかかっていることが描かれていた。

 

「この極限環境に耐えるため、L級の装甲は特殊な合金と魔力繊維を多層に重ね、動力炉から供給される魔力を内包したまま、外部への漏洩を最小限に抑えるため、『特製の装甲材』で構成されています」

 

そして、さらに一枚図面が切り替えられた。

 

「アースラは、その装甲を一度切り刻み、アルカンシェル用のシステムを埋め込む改造を施しました。つまり、元の均整構造は完全に破壊され、特殊部材も再利用できない状態になっている」

 

フェイトが、小さく息をのむ。

 

「……ということは?」

 

慎重に、問いかける。

 

「つまり、いまのアースラは、もはやL級ではない。完全な別設計艦です。これを現行の近代化改修キットでどうにかするのは、不可能です」

 

チーフは静かに言葉を置いた後、さらに付け加える。

 

「この外装を改修するには、現存する装甲をすべて撤去し、新造しなければならない。そしてその特殊製法……素材の生成から成形、加工は、L級の開発元であるハイテック・シップヤード社が独占的に特許を保有しています。外部での再現は不可能です」

 

「ってことは……私たちがどうにかしようとしたら……」

 

「予算が――死にます」

 

チーフは即答した。

 

ためらいも遠回しな表現もなかった。

 

三人が同時に沈黙した。

 

それぞれが心に抱いていた思い。

 

アースラをもう一度空へという願いが、あまりにも重く、現実から浮いていたのだと、突きつけられた瞬間だった。

 

「私たちだって、アースラには特別な思いがあります。幾度も任務を共にし、数々の奇跡を目撃した、名艦中の名艦です」

 

チーフはふと、モニターに映る艦影へと視線を向けた。その目には、懐かしさと敬意が滲んでいた。

 

「けれど……技術者として、私は断言します。不安定な素材、不完全な再現、無理な構造補填……そういったものを用いて船を飛ばすことは、絶対に許容できません。それが、どれだけ想い入れのある艦だとしても、です」

 

重い言葉だった。

 

だが、それは拒絶ではなかった。誇りと、責任と、愛着の末にたどり着いた、ひとつの覚悟だった。

 

その言葉に、ようやくはやては悟る。

 

この人は、「できない」と突き放したのではない。

 

「誇りをもって、断った」のだ。

 

「……すいません。私が、浅はかでした。もっと……もっと船について、勉強せんとあかんな」

 

はやては小さく頭を下げ、素直にそう言った。

 

「いえ。技術ってのは……なかなか、人に伝わらないものですから。責めるつもりはありません」

 

チーフは苦笑するように言い、ゆっくりとため息をついた。

 

重苦しかった空気が、少しずつ緩んでいく。

 

技術者としての厳しい言葉は確かに突き刺さったが、それは無理解による拒絶ではないと、三人にも伝わったからだ。

 

穏やかな静けさのなか、誰もがそれぞれの思いを胸に沈めかけたその時。

 

「……装甲も、塗装すれば元に戻るような仕組みだったら、いいのにね」

 

不意に、なのはがぽつりと呟いた。

 

何の気なしの一言だった。感傷と願いがにじんだ、素朴な思い。その声に、フェイトもはやても思わず視線を向ける。

 

しかし、チーフだけは、まるで別の意味を受け取ったかのように目を見開いた。

 

瞬間、彼の瞳の奥に灯る光が変わる。

 

何かが閃いたような、鋭い色を帯びたその表情に、三人は思わず息を呑んだ。

 

記憶の底から、ひとつの会話がよみがえる。

 

――そうだ。あのとき、あいつが言っていた。

 

“圧力を再現し、内包魔力を安定させる塗料”。

 

まさか、あれが……。

 

言葉よりも早く、チーフの手が動いた。個人用端末を取り出し、素早く連絡先を呼び出す。

 

通話先は、ハイテック・シップヤード社に出向している同僚だ。同期にして、今も一線に立つ技術屋。数秒の発信音の後、ざらついたが陽気な声が返ってくる。

 

『おう、どうした? こんな時間に。飲みの誘いか?』

 

「ラーズ。すまない、急ぎだ。お前こないだ、言ってたよな? 圧力復元用の新型塗料の話」

 

『……あぁ?開発部のあれか。装甲材の圧力と構造を再現するやつ。内包魔力の安定化処理と一緒にできるっていう実験塗料だろ?』

 

「そうだ。同期のよしみで教えてほしい。それ、今どうなってる?」

 

『実証試験はほぼ終わってる。だけど社内に試験艦がなくてな。顧客の船に使うわけにもいかないし、話も止まりかけてる。多分このままお蔵入りだろうって噂もある』

 

「もし――」

 

チーフはひと息、静かに深く吸い込んだ。それは覚悟を決めるための一呼吸だった。

 

「もし、試験艦をこちらで用意できると言ったら? それも、ある程度の予算も見込めてるとしたら」

 

通信の向こうで、ラーズの声が止まる。短い沈黙。だが、その先に返ってきた声は、驚きと興奮を抑えきれない色をしていた。

 

『……本気か? それ、本当に実現するのか!?開発部、飛び跳ねて喜ぶぞ!下手したら俺も跳ねるぞ!?』

 

チーフは小さく笑ったが、その目は冗談ではなかった。

 

背筋に、ぞわりと戦慄が走る。

 

技術者としての直感。「いけるかもしれない」という確信に、全身がざわついていた。

 

これは、夢物語じゃない。

 

まだ、アースラを空へ戻せる可能性がある。

 

それは奇跡の一端だった。

 

けれど、技術と信念があれば、奇跡はただの偶然ではなく「結果」に変えられる。

 

モニターに浮かぶアースラの姿を改めて見つめ直す。

 

長く空を駆けた船が、もう一度、空を裂く姿が頭の中に、はっきりと浮かんでいた。

 

「……チーフ?」

 

最初に声をかけたのは、フェイトだった。

 

チーフが端末を閉じ、じっとモニターのアースラを見つめていたその横顔に、彼女はただならぬ気配を感じ取っていた。

 

「何か……突破口が見えたの?」

 

チーフは静かに頷く。だがその頷きは、迷いを断ち切った技術者のそれだった。

 

「塗装で構造を復元する――今までは空想の話でした。でも……理論上、実現できる可能性がある塗料が、実在する。今まさに」

 

「ほ、ほんまですか……?」

 

はやてが、少し目を見開いて言った。

 

その表情には、まだ信じきれないという驚きと、微かに希望がにじんでいた。

 

「ただの防御用じゃありません。圧力復元と構造補完、さらに魔力の内包処理まで――もし、その塗料がアースラの装甲にも適応できるなら……再現不能と言った構造そのものを、“維持”できる可能性があります」

 

チーフの言葉に、三人の視線が一斉にアースラのホログラムに向けられる。

 

「……すごい」

 

なのはが、ぽつりと呟いた。

 

「それって……まるで、船にもう一度、魂を吹き込むみたいですね」

 

その声は静かだったが、胸の奥に火を灯すような熱を帯びていた。

 

「でも、まだ確定じゃありません。あらゆる試験も必要で、塗料がアースラの特注装甲にどう反応するかも未知数です。期待だけで進めるわけにはいきません」

 

チーフは慎重に言った。

 

だが、それでもその表情には、ほんのわずか、希望が見え始めていた。

 

「でも、試す価値はあるってことですね?」

 

はやての瞳に、かつて幾多の作戦を指揮した司令官としての光が戻っていた。

 

「私もわかっとる。希望だけで船は飛ばへん。でも……希望がなかったら、飛ばそうという気にもならへん」

 

「やろう、チーフ。テストのための段取りは私たちも全力で手伝う。運用局や資材部にも掛け合う。必要なら、予算会議にも直接出るよ」

 

フェイトの声には、かつて指揮官として部下を鼓舞した時と同じ力強さがあった。

 

「アースラをもう一度、空に還そう」

 

なのはの声は、優しく、しかし迷いのない決意に満ちていた。

 

まるで、傷ついた誰かをそっと抱きしめるような言葉。けれどそこには、譲れない願いと、芯の強さが込められていた。

 

その三人の言葉を前にして、チーフは静かに目を閉じ、深く頷いた。

 

今この瞬間、希望が現実になる第一歩が、確かに踏み出されたのだった。

 

 

 

 

その後、新型塗料の適用を終えたアースラは、まるで長い眠りから目覚めたかのように、かつての艶やかな姿を取り戻していた。

 

艦体を覆う外装は、新たに施された特殊塗料によって圧力復元機能と魔力の内包安定性を獲得し、構造の微細な歪みさえも、まるで自ら修復しているかのような静かな安定感を放っていた。

 

塗料というより、もはや再生膜――そんな表現がふさわしい。

 

整備部のチーフをはじめ、工程整備部の技術者たちは、その仕上がりに一様に息を呑みながら、次元航行試験の開始を見守った。

 

宇宙空間での稼働、大気圏内での加速減速試験、そして最も艦体に負荷のかかる次元空間での長距離航行。

 

試験は、いずれも容赦のない環境下で行われた。

 

だが、アースラは全段階を鮮やかにクリアし、その艦体はかつての名に恥じぬ性能をはっきりと証明してみせた。

 

「……試験合格。各種データ、すべて基準値を上回っています」

 

試験監督官の報告が、張り詰めた静寂を打ち破った。

 

その言葉を聞いた瞬間、チーフはふっと肩の力を抜き、胸を撫で下ろす。彼の隣にいた若い技師が、思わず握っていた拳を震わせながら、声なき歓喜を噛みしめていた。

 

程なくして、フェイト、はやて、そしてなのはが試験施設に駆けつけてくる。

 

彼女たちの表情には、ひとつの夢が現実になった確信と、消えることのない希望の光があった。

 

「やった……!」

 

なのはが小さく、けれど力強く拳を握る。

 

「アースラが、また空を駆けるんだね……!」

 

その言葉は、誰よりもアースラの存在を愛した者の、心からの喜びだった。

 

復活を遂げたアースラは、その後も次元世界の各地で任務に就き、幾多の危機に立ち向かいながら、新たな伝説をその身に刻んでいく。

 

その姿は、ただの艦ではなかった――技術と信念が融合した希望の象徴として、多くの人々に語り継がれていくこととなる。

 

かつて誰かが「もう終わった」と決めつけた艦が、こうして再び航り出す。

 

それは、諦めずに信じ続けた者たちの物語の、何よりも雄弁な証だった。

 

 

 

次に見たいもの

  • 法務部の活躍
  • 交換部の活躍
  • 広報企画部の活躍
  • 新しい部門の話
  • 各部門の主任は同期なので飲み会とか
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