時空管理局へようこそ(満面の笑み)   作:紅乃 晴@小説アカ

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管理局 経理部の一幕

 

 

 

時空管理局 経理部。

 

一見、経理とは地味な仕事。

 

イメージとしては、静かな事務所の片隅で、分厚い帳簿と電卓、そして膨大な申請書類の山に埋もれているようなものかもしれない。

 

なのはやフェイトのように空を飛ぶこともなければ、魔法陣を煌めかせることもない。

 

戦場を駆けるような緊迫感も、指揮所で飛び交う通信の嵐もない。

 

派手な戦いもなく、オペレーターのように「状況を報告してください!」と叫ぶこともない。

 

それでも──いや、それだからこそ、彼らがいなければ管理局は明日から一歩も動けない。

 

物資の補給にも、デバイスの整備にも、艦艇のドック入りにも、全てに予算が必要。

 

どんな優秀な魔導師も、伝票の裏付けがなければ出張には行けないのだ。

 

何かを守る盾にも、誰かを導く光にも見えない。

けれど、組織の“心臓”を地味に、確実に動かしているのは、そういう「見えない仕事」なのである。

 

 

 

 

「八神司令?」

 

静かで涼しい、けれど心に凍える風を吹き込む声が響く。

 

「はいぃ……は、反省してますぅ……」

 

すでに敗北を認めた犬のような声。口元は引きつり、視線は机の木目をさまよう。

 

「……そのセリフ、今月で三回目です。記録更新おめでとうございます」

 

経理部担当は書類の束をパラリとめくる。

 

その視線は冷たいが怒ってはいない。怒る気力すら超越した“経理の悟り”。すべてを受け入れるが、決して妥協しない聖者のまなざしだった。

 

「うぅ……もうちょっと喜ばしい記録がよかったですぅ……」

 

「では、今月分のご提出内容を確認します」

 

はやての言葉をぶった斬りつつ、ぱさ、とファイルが開かれた瞬間、はやての背筋が反射的に伸びる。その反射行動は心理的トリガーでもあった。

 

「まず交通費精算書──領収書なし」

 

「うぅ……道が混んでて、つい……タクシー……」

 

「タクシーは領収書が出ます」

 

「……ですよねぇ」

 

「宿泊費精算──途中までしか記入されておりません」

 

「ふ、不慣れな書式で……」

 

「四月から変わってません。八神司令は七回目のご利用です」

 

「すいません……!」

 

「任務経費──“いろいろ必要やってん”と、直筆で一筆」

 

「それ、書かなくても伝わるかなって思って……!」

 

「伝わりません。“いろいろ”の内訳を三つ以上、即答でお願いします」

 

「え、えっと……まず、部隊用の燃料費と──」

 

「それはすでに予算項目Aで別途申請済みです」

 

「え、えーと……おやつ……?」

 

「却下です」

 

「う、うわぁぁん……!」

 

はやては両手で顔を覆い、机に突っ伏した。完全なる敗北。無慈悲なる経理の制圧である。

 

担当者は、そんな彼女を気にする様子もなく、書類を丁寧に一束まとめて閉じる。その音は、まるで諦めの墓標を立てるように、静かに、重く響いた。

 

「八神司令。貴方は部隊のトップであり、給与も責任も大きいのです。トップなら部下の申告した書類を確認し、不足があれば指摘し、しっかりと揃え、領収書を添え、期限内に提出する──この三原則は、時空管理局経理部の“経理大原則”です」

 

「うぅぅ……やたら厳しい……」

 

「書類は魔導戦より過酷です。記載ミスは即、爆発」

 

「物理的な!?」

 

「心が、です」

 

「……お見それしましたぁ……」

 

「ちなみに、こちら──」

 

担当者は一枚の領収書を持ち上げ、指先で器用にひらひらさせた。

 

「特別出張用うなぎ弁当(極)任務に不可欠との記載がありますが、具体的に?」

 

「う、うちの子たち、最近疲れてて……このうなぎ食べたら笑顔が戻って……それって、つまり任務効率がアップして……!」

 

「なるほど。では、どのような科学的根拠に基づいて?」

 

「気持ちです」

 

「却下です」

 

「ぐはっ……!」

 

致命的打撃を受けてはやてが崩れ落ちる。

 

「ちなみに、極じゃなくて並なら、まだ交渉の余地はありました」

 

「お、おごりの差し入れで、極しか売ってなくてぇ……!」

 

「やむを得ない事情の場合は部下への慰労品として別件処理可能です」

 

「それ、領収切れますか……!?」

 

「贈答・慰労費で検討は可能です。ただし、申請書の追加が必要です」

 

「が、頑張ります……!」

 

こうして、今日も経理部は戦っている。

 

数字と、締切と、そして魔法より厄介な書類を相手に、静かなる攻防が繰り広げられる。

 

この日、はやては経費申請書類のうち2件を差し戻され、再提出期限を「明後日正午」と告げられた。

 

「司令の名にかけて……今度こそ、書式完璧に仕上げてみせます……」

 

「お待ちしております。経理部は、いつでも平常運転ですので」

 

経理とは、怒らず、慌てず、しかし決して許さず。

 

そしてその冷酷な美学こそが、管理局の財務を支える心臓の鼓動なのである。

 

ただ、これはまだマシなほう。涙目で書類を処理する司令官よりもやばい案件は経理部にも存在していた。

 

 

 

 

経理部が直面するややこしい問題。

 

それは単なる書類ミスや、領収書の添付忘れといった瑣末な話ではない。

 

いや、むしろそういった人為的過失は、まだ人間らしくてかわいい部類である。

 

本当に厄介なのは、もっと根幹的な事案だ。

 

ここは単なる経理部ではない。

 

次元世界における最大規模の司法組織・時空管理局の経理部なのだ。

 

つまり、現実世界の会計基準や国際税法が通用する保証はどこにもない。

 

次元が違えば、常識も違う。

 

提出される書類も、通貨も、場合によっては“概念”すら変わる。

 

具体的な事例をひとつ挙げよう。

 

ある日、提出された申請書類を経理部のスタッフが見て、静かに書類ホルダーを閉じた。

 

表情は変わらない。

 

だがその目元には、一瞬だけ「虚無」が走った。

 

書類に不備はない。

 

担当は法務部。さすがに完璧である。文面も整っており、必要書類もすべて揃っていた。が、問題はその中身だ。

 

 

 

支出項目:「対外調整活動による文化交流の成功に対し、謝意として受領」

受領内容:「三グラティア」

換算対象:──不明。

 

※備考:現地通貨の単位は「感謝の深さ」である。

 

 

 

その世界では、物の価値は“どれだけ相手を想ったか”で決まる。

 

交易も商談も、すべては「どれほど誠実だったか」で価格が変動するという、倫理学者すら胃痛で寝込む仕様だった。

 

曰く、交渉の席に出た長老が目を潤ませながら語ったという。

 

「あなた方の尽力に心から感謝を。これで三“グラティア”分の価値はあるでしょう……!」

 

……で、それは、何と換算すればいいのだろうか?

 

経理部は悩んだ。

 

グラティア。それは通貨でも、物品でも、測定器で量れる代物でもなかった。

 

感情であり、精神性であり、時には詩であり、花の数であり……なにより、人によって値が変動する。

 

だが、経理は数字の世界だ。

 

感情に値段をつけるのは非倫理的だとしても、数字にしなければ処理ができない。

 

帳簿は感情で回っていない。魔力や信頼では精算できないのだ。世界が滅びても帳簿は締まる。

 

議論は長引いた。

 

「このグラティアを標準通貨に換算するには、せめて現地の物価データが必要では?」

 

「いや、あの世界には物価という概念がないんだ。全部、気持ちでやってる」

 

「せめて高級感謝と軽めの謝意の違いくらい、レート表が……」

 

「言ってる我々もおかしいと気づいてるだろう!? 何が高級感謝だよ!」

 

議論の末、彼らは決断した。

 

「これは……概念的謝意による無償とするしかないですね」

 

最終的に、帳簿上の処理はこうなった。

 

 

・受領内容:物品評価不能(実体なし)

・換算結果:無償

・会計区分:外交文化資産(仮分類)

 

備考欄:「※文化的理由により通貨換算不能、物資提供として記録」

 

 

 

数値はゼロだが、提出された報告書には、経理部員全員の精神的疲労が上書きされていた。

 

それでも、誰も文句は言わなかった。

 

これが、時空管理局経理部の日常業務なのだ。

 

そしてもちろん、経理部の頭痛の種は感謝の深さだけではない。

 

この世界には……数えきれないほどある世界には、理解不能の会計概念が山のように存在する。

 

経理部の職員たちは、それらをひとつひとつ「意味不明」と呟きながら、しかめ面で仕分けしているのだ。

 

 

 

 

事案①「領収書が石板で提出された件」

 

その荷物は、静かに経理部の窓口に届いた。

 

伝票に書かれていたのはたった一言、「領収書」。しかし届いたのは、重さ12キロの黒曜石だった。

 

最初にそれを開封した職員は、しばらく何も言わなかった。

 

沈黙ののち、ようやく一言。

 

「……これ、書類じゃなくて、岩では?」

 

だが、それは正真正銘の領収書だった。

 

現地では「記録とは永遠性を有するものでなければならない」とされており、紙は不適。石に刻むことこそが文化的に正式な記録とみなされるという。

 

つまり、彼らなりの誠意……まさに最重量級の誠意である。

 

黒曜石には、精緻な象形文字でこう記されていた。

 

「偉大なる魚と果実の宴に感謝を捧ぐ。対価は水牛の力強さにて支払済」

 

……意味がわからない。

 

「えーと……これは、昼食代でしょうか?」

 

「翻訳課によると、“魚”と“果実”の象形から判断して、たぶんランチです」

 

「通貨単位は……?」

 

「水牛の力強さに相当する誠意、だそうです」

 

「……水牛の力強さって、どれくらいの予算規模なんですか」

 

「……我々にもわかりません」

 

ファイル越しに、経理部内にゆっくりと漂う文化的敗北感。

 

いや、そもそも力強さの換算レートなど、世界のどこにも存在しない。

 

一瞬、本気で「水牛1頭を一度引っ張ってみるか」という議論がなされたが、予算と倫理の問題から断念された。

 

結局、この書類は「象徴的受領物、文化的記録」として処理されることになった。

 

内容の検証は不可能、破棄も不可(物理的に)、再提出は誠意を汚す行為として現地法に抵触する可能性がある──という三重苦の末、黒曜石の領収書は局保管倉庫へ静かに移送された。

 

帳簿上の処理はこう記された。

 

「文化的事情により、経理処理対象外とする。資料保管にて代替対応」

 

備考欄の最後に、担当者は小さくこう書き添えた。

 

※重量のため破棄不能。返送も予算外。処理困難。

 

 

 

 

 

事案②「時間課税」の処理

 

ある日、経理部に届いたのは一見して完璧に整った請求書だった。

 

封を切った担当者は、表紙を眺め、肩をほっと撫で下ろす。珍しくミスのない書類だ。今日はきっと平和だ。

 

そう。

 

最初の一文を読むまでは。

 

「本請求は、合同訓練に際し貴部隊が対象空間内に存在していた時間に基づき、課税を行うものである」

 

……存在していた、時間?

 

担当者は書類を一読し、静かにファイルを閉じた。

5秒後、再び開いて読み直し、今度はゆっくりと目を細めた。

 

「……これ、我々の存在が課税対象になってますよね?」

 

「ええ。そこにいるだけで税が発生するって概念だそうで……」

 

聞こえてきた同僚の声は、すでに悟りの領域に入っていた。

 

この「時間課税」は、現地での滞在、物理存在、空間エネルギーの使用……すべてを「秒単位」で換算し、そこに単価をかけて請求するという、ほぼ哲学に片足を突っ込んだ税制であった。

 

提出された明細書(抜粋):

・滞在:72,346秒

・拘束空間内物理存在:43,000秒

・訓練場エネルギー場使用:17,223秒

・合計:132,569秒

(単価:1ケラム秒=標準通貨0.008換算)

 

その瞬間、経理部の空気が一変した。ファイルを握る担当者の指がかすかに震える。ついに、課税対象は存在そのものに及んだのだ。

 

時空管理局、ついに「生きてるだけで赤字」の時代に突入である。

 

書類を囲んだ者たちは、黙ってお茶をすすった。

 

この異次元税制の衝撃を受け、管理局本部は即座に三段構えの緊急対応を発動した。

 

①外交による「交渉による一部免除措置」

②法務部による「時間課税の前提概念に対する異議申し立て」

③経理部による「異次元租税交渉部門設置検討案」の提出

 

この三重奏によって、かろうじて全額課税だけは免れたものの「滞在していたこと自体を証明しないと無効」と先方からカウンターを喰らい、状況は混迷の度を深めた。

 

なお、この事態を受けて経理部内部では一時、

 

「部隊員全員の次元滞在時間をログで管理しよう」

 

という案が出されたが、現場からは即座に、

 

「それやったら任務じゃなくて、ただのタイムカード地獄なんですが!?」

 

という悲鳴とともに、申請書が物理的に破かれて返却されてきた。案は棚上げされ、いまだに解決の目処は立っていない。

 

時間は金なり。

 

それは誰もが知っている格言だ。

 

だがその時間が文字通り請求される日が来るとは、誰が予想しただろうか。

 

 

 

 

事案③:「歌」を対価とした契約

 

当該世界は高度に発展した音楽主義文化圏。

 

論理より旋律、文字より歌詞、経済よりハーモニーに重きを置く。そんな価値観を持つ住民たちに、局員は誠意を尽くして接した。

 

彼らの信頼を勝ち得た方法が「共に歌を歌う」だった。

 

その世界において「共に歌いし者」とは、もはや魂の共有者であり、最高の贈与関係を結んだ存在とされる。

 

そして、その関係は、経済的対価の発生要因でもあった。

 

経理部にも提出された契約書は、こう始まる。

 

「共に歌いし者は、その恩義を以って1000音価と換算し報酬を支払う」※本当にこう書いてある。

 

問題はただ一つ。その「音価(おんか)」が、貨幣単位ではないことである。楽譜でも、CD売上でも、ダウンロード数でもない。

 

経理部に届いた解説書には、こう記されていた。

 

「音価とは、魂に響いた度合いに応じて自然に発生する信頼価値です」

 

つまり、要するに。

 

「歌って感動したら、金払う」

 

という、情緒と財政が直結した、最も経理泣かせの課税制度である。

 

「……この音価の精算方法、どうしましょう」

 

「オーディエンスの涙の量で換算されてるそうです」

 

「……つまり泣いたら1000音価。相当が歌唱力が求められますね」

 

「しかもその涙に嘘がないことが必要だそうです」

 

「……我々、どう申請すればいいんですか」

 

「泣いたって、素直に報告書に書いてください」

 

こうして、ある日提出された任務報告書。

 

そこには、「現地文化交流において、職員三名が歌唱。現地民が全員泣いたため、報酬1000音価が発生。当該職員も感極まり、任務報告書を涙で濡らしました」と、達筆で記されていた。

 

ただし、備考欄にはきちんと記されている。

 

「感動による報酬が再発生する可能性あり。次回以降、携行ハンカチを装備すること」

 

こうして、また一つ、経理部の伝説が増えた。

 

 

 

 

 

 

こうして、時空管理局経理部は今日もまた、数字と戦い、概念と殴り合い、文化の壁に頭を抱える。

 

異世界の通貨に悩み、時間に課税され、歌で請求され、ついには石板で殴られるような日々であっても……それでも帳簿は、回るのだ。

 

なぜなら、世界は理不尽であっても、帳簿は正確でなければならないから。

 

どんなに意味不明でも、どんなに泣きたくても、処理しなければ世界は止まる。

 

そして、この日も経理部の壁に掲げられたプレートが、静かにその真理を語っていた。

 

「書類に不備があっても世界は回る。だが、帳簿に空白があれば宇宙が止まる」

 

誰が言い出したかもわからない。だが今や、経理部の信仰にして鉄則である。

 

──数字こそが、この世界の秩序なのだ。

 

 

 

 

 

次に見たいもの

  • 法務部の活躍
  • 交換部の活躍
  • 広報企画部の活躍
  • 新しい部門の話
  • 各部門の主任は同期なので飲み会とか
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