管理局の職務には多くの重要部門が存在するが、中でも「交換部門」は、次元世界間を行き交う物資の通関と仕分けを担う中枢機関だ。
外世界からミッドチルダ、クラナガン国際空港に到着するすべての郵便物は、この交換部門において厳密な輸入通関手続きが施され、分類・検査ののち、目的地に応じた発送工程へと送られる。
この部門の役割は、単なる物流の管理に留まらない。
外世界から流入する違法輸入品の摘発、禁止された原生生物の密輸取引、違法薬品の流通網の遮断、さらには資金洗浄を目的とした不正換金の監視など、多岐にわたる犯罪抑止の最前線でもある。
世界から世界へと交わされる「すべてのもの」を対象に、交換部門には厳格な監査権限が与えられているのだ。
だが、その重要性と裏腹に、現場は常に逼迫している。
日に次元を超えて輸出入される物品の数は膨大であり、担当者には魔力資質の有無を問わず、過酷な労働が強いられる。
魔導技術による処理の自動化が進められてはいるものの、それでもなお人的資源に頼る部分は多い。常に人材不足に喘ぐ時空管理局で交換部門に配属された職員の多くが、日々終わりなき業務に追われているのが現実だ。
ある職員はこう言った。
「通関処理一件につき寿命が五分削れる。連休明けのシフトはもはや人体実験の域」。
またある若手は、研修初日の段階で「なんでスライム(※生物分類上、液状型魔獣)が封筒で送られてくるんですか!?」と叫び。
先輩に「いいか、ここでは“封筒から出てこない”だけで優良案件だ」と言われたという。交換部門では、ユーモアがなければ正気を保つのが難しい。
交換部門で伝説として語り継がれる過去の事案としては、「カルナログ便密輸事件」最も有名だ。
表向きは工業用素材とされていた積荷の中に、次元法で禁じられた精神活性剤が数百キログラム単位で隠されていたのだ。
違反品は、精神干渉能力を高める特殊な粉末で、複数の犯罪組織が入手を試みていたという。
交換部門の担当者が、魔力反応の微細な異常を感知し、マニュアルに反して再検査を要請したことで未然に防がれた。
当時の担当者は「何か変な匂いがする」と言って箱を開けた職員は、のちに『鼻センサー検知能力保持者』として本部表彰を受けたが、のちに本人は「二日酔いだっただけ」と豪語している。
また別の例では、ある違法生物の幼体が、生花として輸入された植物の根元に潜ませる形で密輸されていた。
検疫の隙を突いた精巧な手口だったが、過去事例と微妙に異なる輸送書式に気づいた新人職員が厳格な照合を行い、摘発に成功した。
そのときの報告書の末尾には、「当該植物、通称“ハグフラワー”は発見時、検査官に抱きついたため処分」と、簡潔ながら涙ぐましい一文が添えられている。
このように交換部門は、単なる仕分け作業にあらず。彼らの目と手、そしてときに不屈の胃腸とユーモアが、世界の秩序を守っていると言っても過言ではない。
ここで交換局で働く人員たちが作成した日次報告書の一部を紹介しよう。
報告番号:EX-B0573-α
提出者:ラインフォード・ステップワゴン
事案名:生物検疫違反事案(高次分類:触手型)
概要:
5月12日 03:42、植物輸入品の中に未登録魔獣(小型・半透明・高粘性)を確認。
初動時点で検査装置を通過しなかったため、手作業にて開封検査を実施。
対象は検査官の右腕に接触し、軽度の吸着および「くすぐり反応」を示す。
対象は無害と判明し、局内隔離済。通関業者には既に注意喚起文書を送付。
補足:同梱書類に「お客様に癒しを」の文言あり。通関マニュアルへ該当表現に関する注意喚起項目の追加を検討中。
以下、上司コメント
「検査中にくすぐられた」という表現を報告書に公式採用するのは初ですが、現場での即応は評価に値します。
なお、“癒し”とはいえ触手の個人的接触は無許可の感触犯罪になり得るため、今後は魔法防護手袋の着用を徹底してください。
また、本件を受けて『癒し』『友好』『親しみ』などのあいまいな表現は、好戦的なカモフラージュ用語としても扱います。
ついでに、検査官個人に恋愛感情を抱く生物の対応マニュアルも草案作成を開始します。
……誰か暇な時に。
報告番号:EX-S0419-f
提出者:夜勤班班長 トレヴァー・カールス
事案名:外装異常による警戒対応(後に誤報)
概要:
5月13日 00:17、次元航送便に対するスキャン中、「精神干渉型偽装」の検知反応あり。
調査の結果、貨物外装に貼られた“笑顔のシール”(15cm、反射加工)多数が、端末の干渉センサーに誤反応を引き起こしていた。
箱の中身は児童向け音声玩具で、「あなたを愛してるよ!」の発声を繰り返した。
結果として隊員1名が軽度のストレス症状(症状名:不自然な愛情過多恐怖症)を訴える。
以下、上司コメント
現場の冷静な判断と対応、お疲れ様でした。
それにしても「笑顔のシール」が精神干渉系に反応するとは……時代も技術も恐ろしいものです。
該当玩具については【感情認識型玩具】として再分類し、今後は輸入審査時に心理的圧迫力評価も加える方向で検討します。
なお、「あなたを愛してるよ!」の件につきましては、発声数が1日200回を超える場合には“洗脳未遂”と判断して良しとします。
※補足 班長へ:被害隊員には、局内カウンセリング(通称:無言の癒し)をご案内ください。
報告番号:EX-D0820-p
提出者:新人局員 三等補佐官サーラ・ノルト
事案名:書類偽装未遂(未遂)
概要:
輸送申請書の住所記載に違和感あり、再確認を実施。
該当住所が地理情報部により「未開発区域」と判明し、書類偽装の可能性が高いと判断。
貨物は全巻『絶対合法!禁輸マニュアル』と題された書籍セット(全10巻)であり、1巻のみ『料理マニュアル』と表記されていたため、カモフラージュの意図ありと判断。
書籍は押収保管。閲覧制限中。
以下、上司コメント
初動判断から照会まで、迅速な処理でした。新人ながら丁寧な仕事ぶりに感心しました。
今後は、「料理マニュアルにしては毒々しい表紙だな?」など、直感による一時保留も可能です。
また、“絶対合法”という文言が登場した時点で、おおむね真逆であると判断する姿勢は、交換部門の基礎教養と覚えておいてください。
書籍内容は教育部門で検討の上、『ダメな偽装例10選』として再利用予定です。ご協力感謝します。
このような報告書は、交換部門の資料室に山ほど存在し、一部のベテラン局員は「深夜の読み物にちょうどいい」と冗談を飛ばすほど。しかしその裏には、どんな奇妙な事案でも見落とさず、日々秩序を守ろうとする彼らの責任感と職人芸が垣間見えるもの紛れもない事実である。
▼
早朝5時。
クラナガン国際空港・交換部門第六通関処理室。
朝焼けが窓を赤く染める頃、交代の時間になった職員たちは今日も静かに、しかし心の中ではそこそこ大きな絶望を抱えて出勤する。
「おはようございます。昨晩の次元便、来てますか?」
「来てるどころか、寝てる間に倍になってます」
「今日も平常運転ですね」
あいさつ代わりの会話が終わるころには、すでに大型輸送カートの山が廊下にあふれている。
自動運転で運ばれてくるので端から端まで行けば半日は掛かる広大な空港で移動という重労働から解放されてはいるものの、自動運搬車で運ばれてくるその中身は地獄である。
生物検疫指定品、魔導薬品、各世界の支部に届ける共通貨幣など、全部扱いを間違えると即座に上から怒られる代物から、どう考えても“おかしい”荷物も混じっている。
具体例を言おう。
表記:「観賞用」→中身:「動く剣」。
「動く」ってなに?こっちが聞きたい。
表記:「書類」→中身:「チョコレートでできた契約書」。
溶けて読めない。この契約は有効なのか?誰か教えてくれ。
そんなカオスな荷物が今日も満載で交換部に運ばれてくる。夜勤者との引き継ぎを終え荷物の搬入を済ませれば午前9時。
魔力検知スキャンの担当は今年配属になったばかりの新人、ウィリアムだ。
今朝も魔力反応を誤検知したセンサーをリセットして赤外線センサーで中身を確認しておく。荷下ろし時の処置ミスや、明記に誤りがないかをチェックするが、多くの部門で新人が入るこの時期はミスが多い。表記間違いを見つけてチェックしつつ、ウィリアムは先輩へ報告する。
「これ、何回目でしたっけ?」
「今日だけで3回目だな。短時間の自己ベスト更新」
「昔俺もよくやったな。何も言わずにため息をつくレベルだぞ」
「それはもう怒られてるのと一緒ですね」
とてもなごやかに会話してるが、背景には山積みの荷物が増えていっている。
箱の検品をしていればあっという間に昼。
昼休憩は30分と短く感じるが、隣の班は15分らしい。天候不順で空間航路が遅延して、輸送便が昼に集中してしまった。誰も悪くない。悪いのは天候不順を起こしたお天道様だ。
「カレーの匂いがする」
「でも食べてるのはサンドイッチ」
「つらい」
30分と15分で食べれるものは大きく違う。前者はカレーライスを掻き込み、後者はサンドイッチを頬張りながら書類にチェックを入れていく。
そして午後は事案が発生した。
荷物の中から「笑う箱」が発見された。
正確には、開けると中から「ワッハッハ!」と笑い声が鳴る魔導仕掛けらしい。
依頼主いわく「サプライズギフト」だそうだが、現場は数秒、静寂に包まれたあとに崩壊。
「だれだ!こんなもん仕分けラインに流したのは!」
「いやあ、ちょっと元気出るかなと思って……」
「元気は出たけど心は折れたぞ!」
18時。残業、確定。
上司が「今日は早く上がっていいぞ」と言った、わずか三分後。
次元便が、まさかの2便追加。
──「帰ってもいいぞ(ただし帰れるとは言ってない)」
交換部門に新たな呪文が誕生した瞬間である。
21時。
「今日も何もかもがおかしかったな」
「だいたい毎日おかしいですよ」
「でもまあ、生きてるからいいか」
「ええ、荷物のほうが元気そうでしたけどね」
明日もまた、荷物は届く。
違法品、珍品、「誰がこれを送ろうと思ったのか」と全員が首をひねる怪しい物体──すべてが、次元を超えてやってくる。
それでも彼らは、黙々と、粛々と、時にツッコミを交えながら業務をこなしていく。
──ベテラン、ラグナ検査官。
この道20年、次元犯罪の摘発数は三桁。押収品の記録写真だけで「そこそこ見応えのある犯罪博物館」ができるという、歩く検疫検査の伝説である。
だが同時に、
「生煮えのラーメンでも胃に入れば同じ」
「報告書を代わってくれるなら、時空犯罪者とタイマンしてきてやる」
などと口走る、やや危うい正義感と豪快な胃袋の持ち主でもある。
「よし、ウィリアム。新人教育だ」
「えっ」
「お前、今日は“鳴いてる箱”をさばけ」
「……鳴いてる、箱?」
「鳴く。夜になると歌い出す。昨日の夜勤組は耳栓して逃げた」
「それもう呪いの類じゃないですか……」
おそるおそる、ウィリアムがその箱に近づき、そっと耳を当てる。
「……な、中から……オペラが聞こえます……!」
「へぇ。昨日は演歌だったんだけどな。進化してるのかもしれん」
「箱が!? 成長するんですか、これ……!」
「たぶんな。前に同じ便に“ロミオとジュリエット人形”が入ってたから、混線したんだろ。もしくは恋をした」
「そんなロマンス要らないですよ!」
「大丈夫だ。恋が終われば静かになるさ。俺もそうだった」
「検査官のそれは別の話ですよね!?」
こうして今日も、交換部門は静かに──しかし着実に世界を守っている。
そして、新人ウィリアムとベテランのラグナ検査官のタッグが担当する仕事は、例外なく「どうしてこうなった案件」である。
「先輩、また検査端末がエラー出してます。『魔力レベル、意味不明』って……」
「それは“やばい”の上に“めっちゃやばい”が乗った状態だ。あと3回くらい見れば、目が慣れる」
「慣れたくないですよそんな世界線に!!」
「最初はみんなそう言う。だいたい3ヶ月後には『今日は静かだったな』って言いながら、謎の羽毛に包まれてる」
「どんな状況ですか!?それは!?」
夕方。通関未登録の“液体型生物”が、もれなく輸送パックから出てくる。
しかも床にベシャリと。
「ウィリアム、お前、初スライムだな。ほら、掴まえてこい」
「僕、生物係じゃなくて通関係ですよね!?確認なんですけど!?」
「交換部門ではな、“生きてる物”と“動いてる物”と“鳴いてる物”は全部ひとまとめだ!精神で分けろ!」
「意味が! わかんないんですよ毎回!!」
見事にスライムに足を取られてスライディング入場した新人を見守りながら、ベテランの検査官がそっと魔法陣を展開。すかさず囲んで確保する。
「……あ、ありがとうございます……」
「よし、合格だ」
ラグナ検査官が満面の笑みでウィリアムの肩をバンッと叩く。
「お前も今日から、“まともな局員ではない側”の仲間入りだ!」
「その称号、いらない側のやつですよね!? 名札に書かれるやつじゃないですよね!?」
交換部門の仕事は、毎日がユーモアと驚愕と軽めの絶望で溢れている。
通関なんて“判子押して荷物見るだけ”の楽な仕事だろうとタカをくくっていたウィリアムは、
配属承諾書にサインした自分を3日間くらいかけて説教したい気分だった。
終業間際、指導役であるラグナ検査官と2人きりの中、奢ってもらったコーヒーを飲みつつ、ふとウィリアムが尋ねた。
「先輩、毎日こんな感じで……なんでやめないんですか?」
ラグナ検査官は一瞬だけ驚いたように眉を上げたが、すぐに口角を上げて言った。
「ん? 理由は簡単だ」
「……なんですか」
「毎日が無茶苦茶でもな、やることは一個だけなんだよ。“正しく仕分ける”。たったそれだけで、世界がちょっとぴり平和になる。俺は、そこが好きなんだ」
ウィリアムは一瞬黙ったあと、何も言わずにコーヒーに口をつける。
交換部門は混沌としている。
けれど、自分たちは戦わない。
最前線で犯罪者と戦う魔導師でもないし、未知の次元世界を調査するわけでもない。敵を倒すわけじゃないし、世界を救う魔法も使わない。
だがそれでも──俺たちは、“ここ”で、世界の境界線を守っている。
表彰はない。ヒーローにもなれない。
でもラグナ検査官は言う。
「地味な通関の、その先で誰かが平和に暮らせてるなら──それでいいんだよ」
明日もまた、荷物は届く。
意味不明な添付書類と共に。
だが、それでも交換部門で働き続ける理由は、一つだけだ。
「おかしなもんが、おかしなとこに流れないようにする。なぁウィリアム。たったそれだけのことが、どれだけ世界を静かに守ってるか、想像したことあるか?」
通関検査を一つミスれば、違法薬品が裏市場に出回る。生態審査を怠れば、次元病を持ち込む可能性のあるウイルスが都市に蔓延して、未曾有のパンデミックを引き起こす。未許可の魔導品がすり抜ければ、それだけで一国の均衡が崩れることすらある。
そしてその「ミス」は、いつだって――ほんの些細な判断ミスから始まる。
「たった一つのチェック漏れ」
「ちょっとした油断」
「処理が多すぎて、つい」
だからこそ、絶対に気を抜かない。
何千、何万と続く荷物の山を前にしても。
魔力の残滓、手書きの違和感、書類の文法の揺れ――そのすべてを、疑い抜く。
目と心で確かめ、一つひとつ、正しく仕分けていく。
「なにがあっても。どれだけおかしくても、俺たちは“正常”しか通さない。異常は止める。……逆に言えば、異常が届かないようにしてるから、みんな普通に暮らしてる。それが、俺たちの存在証明だ」
この言葉を新人に教えるとき、ラグナ検査官はいつだって背筋を伸ばす。交換部門に派手さはない。だがそこには、誇りがある。責任がある。それに見合うだけの、静かな矜持がある。
ウィリアムは、その言葉を胸の奥で反芻する。
今日もミスをした。
スライムは逃げたし、魔力検知機は過検出しすぎて壊れたし、最終的には「箱と会話していた」と上司に本気で心配された。
(※これについては箱のほうが先に話しかけてきた。これは事実である)
ここに配属されてから、一度も考えなかった日はない。「自分は本当に、ここに向いてないんじゃないか」と。
そんな彼に、ラグナ検査官は空っぽのコーヒーカップを弄びながらぼそりと言った。
「お前が検知したあの荷物……あれ、通ってたらクラナガン中心部で半径300メートル吹っ飛んでたってよ。ま、ギリギリの凡ミスで止められたのは――逆に才能だな」
ウィリアムは目を丸くして、思わず聞き返す。
「……それ、褒めてます?」
ラグナ検査官は豪快に笑いながら、彼の肩を叩く。
「褒めてるに決まってんだろ。ミスしても“止めた”って事実がある限り、お前はちゃんと仕事したんだよ」
その言葉は、くすぐったくて、でも、確かに温かかった。
外の世界では、英雄たちが空を翔ける。
ドラマの主役たちは、光と音を纏って戦う。
けれど俺たちは、地べたで荷物を仕分ける。
誰にも気づかれず、誰にも褒められず、それでも世界の裏側を、静かに、しぶとく、守っている。
それを「地味」だと思ってた。
でも、違った。
これは、誰かがやらなきゃ回らない、大事な仕事だった。
だから、明日もまた制服に袖を通す。ちょっと曲がった名札を直して、通関端末を手に取る。
ウィリアムは今日もこの場に立つ。
そして、心の中で小さく宣言する。
「よし。今日も、“おかしいもの”を、全部止める」
そんなふうにして、交換部門はまた一日、世界を守る。
静かに、確かに、愚直に。
次に見たいもの
-
法務部の活躍
-
交換部の活躍
-
広報企画部の活躍
-
新しい部門の話
-
各部門の主任は同期なので飲み会とか