式典は、滞りなく終了した。
先方代表団との文化交流は見事に成功し、贈答品の交換も無事完了。
帰路につく賓客たちの表情も穏やかで、記録担当の広報企画部は「笑顔率98.6%」という統計を喜々として報告した。
同席していた法務部の主任も、広報企画部の主任も、珍しく肩の力を抜いていた。こと外交式典という場では、双方の価値観の微細な違いが問題を招くことがある。だが、今回ばかりは波風ひとつ立たなかった――そのように見えた。
だが、交換部にとってはここからが本番である。
「……棺、ですね?」
新人査収員の声が、静かな検査室に落ちた。誰も答えなかった。正確には、答えたくなかったのだ。
巨大な輸送箱。すでに魔力封印は解かれ、外装は丁寧に剥がされている。
中から現れたのは、見事な石の工芸品だった。重厚な装飾が施されたそれは、どう見ても「それ以外」の何ものでもない。
棺。
“先人たちの知恵”という文言とともに交換された品物の正体は、堂々たる石の棺であった。
「……棺だな」
重く沈んだ声で、ベテラン、ラグナ検査官も言う。
新人が戸惑いのまま顔を向けると、隣の同僚も無言で頷いていた。無言で。頷くしかできない空気。
検査室に、いやな沈黙が落ちる。
まるで、その場に誰もいなくなったかのような、そんな沈黙だった。
「で、でも、空っぽですよね? 中身は……」
「見りゃわかる。見た目はな」
「えっ……?え?」
「問題は、“見た目”で判断していいもんかどうか、だ」
ラグナはため息交じりに、棺の側面に刻まれた金属板を指差した。そこには、先方の文字でこう記されていた。
【ここに、先人の知恵、安らかに眠ること】
「……ああ、出たなこれ」
「“眠る”って、なにが……ですか?」
「知恵か、魂か、霊か、記憶か……あるいは全部か」
「ぜ、全部!?待ってください、なんでそんなファンタジー方面にスライドするんですか!?」
新人は完全に動揺していた。この部門に配属されたとき、受け入れ教育で最初に聞いていたのは“交易”と“文化交流”である。“宗教的遺物による霊的干渉”は履修していない。
「新人、落ち着け。深呼吸だ。これな、交換部じゃ“泣き品目”って呼ばれてる」
「な、泣き……?」
「処理担当が泣くし、関係部署が全員バラバラに巻き込まれて泣く、って意味さ。過去にも二件ある」
「……二件!?」
「一回目は中身入りだった。先方の元王族が納められてたんで、外交部と協議して埋葬式を整えた。こっちは国葬並みの対応だったよ。ちなみにかかった費用については相手政府と管理局で揉めに揉めた」
「に、二回目は……?」
「空っぽだった。でも、後から“神になったので昇華された”って連絡が来た。“召された”という言い方だったな。で、今も地下保管庫に鎮座してる。動かすとバチが当たるらしいから、誰も触れられない。これも担当が泣いた」
「バチって、物理ですか霊的ですか……!?」
「どっちかは分からん。ただ、触った奴は次の日に流行ウイルスに掛かった上に痔となった」
「合わせ技で来るんですか!?」
新人査収員は絶句した。というより、もう混乱のあまり、棺と目を合わせないようにしていた。
「そ、そんなものが……な、なんで来るんですか……?」
「知らん。それが文化ってやつだ。善意か悪意かすら定義できない。それが一番怖いんだよ」
「善意で棺を送ってくる世界って、どんな教育してるんですか……」
「さあな。だが向こうにとっては、たぶん“親切”のつもりだったんだろう。……たぶん、な」
「だからな、新人。これだけは覚えとけ。交換部は文化的判断をしない。できない。たとえそれが、どんなに空っぽで、どんなにただの石に見えても――」
ラグナは低く、重く言った。
「我々の常識で、判断するな。あっちは“常識”ごと違うからな」
新人は頭を抱えた。
「でも……現物があるんですよね?物理的には……“モノ”じゃないですか」
「そこが地獄の入口だ。物であるのに、物じゃない。概念が実体を持って届いた時点で、我々の扱える領域を超えてる」
「……は?」
ラグナが呆れたように鼻を鳴らす。
「要するに、“実在してるのに触れちゃいけない物体”ってやつだ。新人研修で教わっただろ?見るな触るな考えるなって呪物三原則」
「え、それって冗談じゃ――」
「……冗談ならよかったな」
新人が凍りついたタイミングで、隣のベテラン職員が口を挟む。
「この場合、餅は餅屋。文献解析は無限書庫、法的意味の検討は法務部。そして文化的影響の判定には、執務官クラスの関与が必要になる」
「要するに……この棺の“受け入れ”って、まだ終わってないんですね?」
「終わるどころか、今がスタートラインだよ。今日の仕事、もう一山……いや、二山は来るぞ」
誰かが小さく呻いた。
新人は黙ってうなずき、再び棺を見た。
沈黙の中、ただ無言で鎮座する、厄介すぎる石の箱。
ラグナ検査官が、端末を起動する。
「連絡入れとけ。無限書庫の司書長、ユーノ・スクライア。それから執務官、フェイト・T・ハラオウン。棺の検分を依頼する。急ぎでな」
「了解しました」
その声は冷静を装っていたが、ほんの少し、語尾が震えていた。
棺――それは静かで、動かず、語らない。
けれど、この世界で最も厄介なタイプの災厄が、今、またここから始まろうとしていた。
三度目の“棺”。前例はどちらも胃に穴を開けるレベルだった。
果たして今回は、“穴”で済めばラッキーな方なのかもしれない。
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間もなく、特別保管室に現れたのは、二人の魔導師だった。
ひとりは、淡い金髪と眼鏡が印象的な青年――無限書庫の司書長、ユーノ・スクライア。
もうひとりは、金色の長髪を後ろに束ねた、時空管理局の法務執務官、フェイト・T・ハラオウン。
「なるほど……これが例の“贈答品”ですか」
フェイトが棺を一瞥し、目を細める。
「形式上は文化交流品として申請されています。ただ、内容物が棺となると文化的・宗教的意味合いが強すぎる可能性がありまして。申請にも不備があったため、実物検証をお願いしました」
「了解。じゃあ、さっそく始めましょう」
ユーノは棺の前にしゃがみこみ、手をかざすと淡く光る魔法陣が展開される。外世界由来の封印式文様が、彼の解析によって次々と読み解かれていく。
やがて、彼は冷静な声で報告した。
「封印文様は、すでに解除済み。……つまり、中は“開かれている”。」
「空っていうこと?」
「物理的には、ね。少なくとも何か詰まってる様子はない」
「よかった……」
後方で、新人の一人がへたりこむように椅子に腰を下ろした。だが、その安堵も束の間だった。
「ただ……厄介なのはそこから先なんだ」
ユーノの口調がわずかに重くなる。
「“先人の知恵”として贈られたって記載されてるけど、実際にはもっと複雑な文化的機構が内蔵されてる。……要するに、彼らの世界じゃ“棺”は、遺体を納めるためだけの器じゃない」
「……じゃあ、何だって言うんです?」
ラグナ検査官が眉をひそめる。
「“守護霊”の容れ物。先祖の霊が宿り、棺と共に在り続ける。物理的な干渉はしないけど、霊的な感情や記憶が残っていて、一定の範囲を“見守る”ために存在し続ける」
室内の空気が、再びひやりと冷えた。
「つまり、“空っぽ”だけど、“誰かいるかもしれない”ってこと?」
フェイトが確認するように問いかける。
「その可能性は高いね。強い残留思念……特に『守る意志』が濃いタイプの存在が、棺に留まってるケースは、わりとあるんだ」
「これは……文化財としての保護対象に切り替えた方がいいですね。関係各所には再発防止を通達。こっちからも法的助言を出しておきます」
フェイトは端末を操作しながら、的確に処理を進めていく。一方でユーノは、棺の天面をそっと撫でながらつぶやいた。
「“見守る”って、まあ、悪いことじゃないんだけどさ……。たまにいるんだよね、“見守る気が強すぎる”守護霊って」
その言葉でフェイトを含めた全員が棺から一歩下がる。
「……なんか、嫌な予感がするのは私だけかな?」
その瞬間だった。
棺の表面が、ふっと青白く光を放った。
「っ……反応、ありました!」
交換部の監査員が魔力反応計を指差し、声を上げる。ユーノが、まるで猫がいたずらを見つけたかのような苦笑を浮かべる。
「……ま、見守ってくれるだけなら、悪くはないよ。
ただ、夜中に廊下を歩き回らなければ、だけど」
新人が、椅子の背でもたれるように崩れ落ちた。
その後、交換部門から提出された報告書はこう書き綴られていた。
本事案において受領された“棺型贈答品”は、形式上「文化交流品」として提出されていた。
しかし、実際には封印処理を施された文化的儀式物と見られ、内部には物理的内容物の存在は確認されなかったものの、当該世界においては宗教的・精神的価値が付随する「守護霊の容器」に相当する可能性がある。
これを受け、本品目は執務官判定により文化財・特別保管対象として無限書庫管轄に一時移管。
法務部門・交流部門との連携を経て、以後の査収プロセスに関するガイドライン見直しが求められる。
なお、保管中において以下のような非物理的現象の報告が数件記録された。
● 周囲にて「視線を感じる」との申告(職員3名)
● 「背後で足音がする」等の聴覚的違和感(職員2名)
● 一時的な温度低下、照明の不安定化(保守ログによる自動記録1件)
これらの現象については現時点で物理的根拠を確認できず、科学的・魔導的な実体の特定には至っていない。
ただし念のため、夜間の単独巡回を回避する等、局内警備体制に一部調整を実施中である。
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当該棺は現在、無限書庫の奥、非公開エリアのさらに奥に設けられた特別保管室にて、厳重に保管されている。
アクセス権限は司書長と執務官クラスの一部に限られており、棺の周囲には物理・魔導の二重封印が施されている。
はずなのだが……それにもかかわらず、ときおりユーノ・スクライア司書長の執務室から、不可解な独り言が聞こえるという噂が流れている。
曰く、
「……うん、君の言いたいことはわかるけど、まず“人の許可なく動かない”ことから始めようか」
「ああ、それはね。こっちの世界では“脅し文句”として通じるんだ」
「……だから廊下に出るのはやめようって言ったじゃないか」
など。
なお、本人に確認すると、
「ああ……まぁ、“ちょっと話し相手が増えただけ”ですよ。静かな書庫には、悪くない存在かもしれません」
と苦笑しながら語ったという。
だが、その日の夜、深夜の書庫で“誰かが本をめくる音がする”という報告があったことを、ユーノはあえて記録には残さなかった。
次に見たいもの
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法務部の活躍
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交換部の活躍
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広報企画部の活躍
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新しい部門の話
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各部門の主任は同期なので飲み会とか