交易保全管理局。
それは、時空管理局という巨大な行政組織の内部に存在しながらも、あえてその枠から半歩退いた、独立性の高い特殊機関である。
名目上は「局内組織」だが、ミッドチルダ地上本部をはじめとする各支部、そして本局においても、その扱いはやや異なる。
あくまで参加組織としての立場をとり、日常的な運営は自己完結している。言い換えるなら、時空管理局が100%出資している準公的子会社。その性格上、全ての局員が存在意義を正確に理解しているとは言いがたい。
当然、犯罪者の確保や違法デバイスの摘発を任務とする前線の魔導師たちのような、空を駆け、戦場に立つ彼らとはほとんど接点がない。
だが、交易保全管理局の役割は、そうした最前線の戦いとは別の場所で、世界の背骨そのものを築くことにある。
彼らが相手にするのは、整った世界ではない。
法が未整備な辺境世界。
魔力災害によって都市機能が崩壊した管理世界。
あるいは、文明と呼ぶにはあまりにも脆く、支援を受けなければ“明日”を迎えることすらできない次元世界。
……まず最初に。
時空管理局は原則、時空管理局は未開文明や低技術文化圏への直接干渉を避ける方針を持つ。統一政府を持たず、文化レベルの差が大きすぎる場合には、積極的な介入はせず、あくまで「観察」と「管理」にとどめるのが原則だ。
高町なのはや、八神はやてが暮らす地球などがそういった例に当てはまる世界だ。
交易や技術支援、外交関係の樹立は、相手世界がある程度の自立性と統治能力を備えてから。それが通例である。
だが、中には例外がある。
たとえば、文化的には外世界との交信が可能であっても、かつての戦争やロストロギアによる破壊により、社会基盤を完全に喪失した世界。
かつて文明があった痕跡だけを残し、復興の糸口すら掴めず、人々が“生き延びること”だけに追われているような次元世界。
そうした場所に、最初の港を築き、最初の取引を根づかせるのが、交易保全管理局の仕事だ。
そして、それは単なる支援ではない。
魔力炉や浄水設備、医療支援パッケージを送り込み、物流と経済の足場を整備する。それらを「無償」で提供するのではなく、自立への道を前提とした公益契約として成立させることが重要である。
なぜなら、支援はやがて依存を生み、依存は衝突を招く。一方で、過度な利益取得は搾取とみなされる。
交易保全管理局が追い求めるのは、そのどちらでもない。
そういった次元世界と“継続可能な信頼”を構築すること。
港に火が灯り、取引所が開き、人と物が行き交うようになる。それが数年後、あるいは十年後の“安定した管理世界”を生む。
彼らの仕事に、戦闘の派手さはない。
だがその静かな積み重ねこそが、次元世界における秩序と平和の「土台」そのものであった。
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「永遠結晶事件」
そう呼ばれた事件は、惑星エルトリアからの訪問者、キリエ・フローリアンがことのきっかけであった。
永遠結晶内に封じられていたユーリ。ユーリに対して復讐を誓うイリス。キリエの姉あるアミティエ・フローリアン。
管理局の英雄たち。
高町なのは
フェイト・T・ハラオウン
八神はやて
彼女らが関わり、幾度もの激戦の末に解決へと導かれた「永遠結晶事件」。
その終息とともに、エルトリアから訪れていたキリエ、アミティエ、ユーリ、イリスらは自らの故郷へと帰還し、今は星の再建に身を投じている。
だが、彼女たちが帰り着いた惑星エルトリアの状況は、想像を遥かに超えて深刻だった。
星は病に侵され腐食し、空気は毒を含み、大地は沈黙していた。
長年にわたり続いた崩壊の連鎖により、住民の大多数はすでに地表を離れ、宇宙コロニーでの生活を余儀なくされていた。
かつて存在した「惑星再生委員会」は、記録と技術を遺したのみで実体はすでになく、星を救うための「意志」だけが、静かに受け継がれていた。
惑星再生委員会を知るイリスと、長い悠久の時を生きてきたユーリの知識と経験は貴重だった。
加えて、エルトリア帰還後にイリスが発見した再生委員会が残した膨大なデータも希望の光ではあった。
だが、星を蘇らせるには、あまりにも多くの時間と人手が不足していた。星一つの呼吸を取り戻すには、百年単位の試みすら必要とされていたのだ。
そこで、動いたのが交易保全管理局だった。
まず彼らは、事件の中心人物でもあり、復興を強く望んでいたイリスに接触。
彼女を介して、宇宙コロニーで組織された現在のエルトリア政府との交渉へと乗り出す。
この交渉自体は、驚くほどスムーズに進んだ。というのも、エルトリア政府にとって管理局との連携は、むしろ渡りに船であったからだ。
いまやコロニーで生き延びる人々は、新たな定住可能な世界を求めており、もし時空管理局が保護する未開発かつ自然豊かな移住候補地の紹介が受けられるのであれば、それはまさに希望となりうる提案だった。
さらには、かつて政府としても、国民としても見限るようにして捨てた母星エルトリア。
その地に再び支援の手を差し伸べることは、エルトリア政府の加護下で生きる人々にとって、過去の選択に対するささやかな贖罪でもあった。
交易保全管理局が提示したのは、惑星復興における技術・人的支援。
ただし、それは単なる慈善ではない。星が再び呼吸を始めた暁には、その地から産出される資源、あるいは交易品をもって契約を履行すること。
つまり、「未来の実り」を見越した長期投資でもあった。
ただ問題は、その「未来」までの道のりである。
惑星エルトリアは、一度“死”を迎えた世界だ。かつて文明が息づいていた痕跡は今も残っているが、再び人が住み、暮らすにはあまりにも多くの障壁があった。
腐食した土壌、封鎖されたインフラ、港湾施設のシステムの不全。
ひとつひとつが星を蝕む“傷”であり、その修復には専門の技術、長期間にわたる投入資源。そして何より……星を信じる意志が求められた。
それでも、人々は希望を捨てなかった。
長期的な会談と調整にて、交易保全管理局とエルトリア政府はある合意する。
エルトリアを単なる星とせず、次元世界における「テラフォーミング成功例」のモデルケースとして保全し、段階的に自然環境を回復させ、その上で復興可能な地域を“交易港”として整備するという方針を。
それは百年計画にも近い長期スパンの試みだった。
だが、それでも構わなかった。
なぜならそれは、二度と失われてはならないもの。この星に根を張った者たちの故郷を、未来へ引き継ぐための最初の一歩なのだから。
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「オーライ! オーライ! ……はい、そこでストップ!」
がたん、と音を立てて輸送車両が停止すると、指揮を取っていたスタッフが軽く手を挙げて合図を送る。
積まれていたコンテナの一つがクレーンでゆっくりと持ち上げられ、まだ赤土が剥き出しの地面にそっと降ろされた。
「研究棟の建設はどれくらいかかりそう?」
問いかけに答えたのは、現場責任者の一人だった。
カラビナのついた腰袋を下げたまま、資料端末を確認しつつ答える。
「ひとまず仮拠点ですからね。今週中には基礎を打って、来週には“ちゃんとした屋根の下”で作業できる予定です。最低限の遮蔽、配電、空調までは通しますんで」
そう語る彼の視線の先には、すでに幾つものテントが張られた現地拠点が広がっている。
それは、こうした辺境の復興現場においては、もはや“日常”とすら言える光景だった。
テントは展開が早く、組み立てはほぼ自動化されており、人手の少ない初期配置には最適な装備である。
もっとも、長期の滞在や高負荷の作業には到底耐えられない。現場にとっての“拠点”とは、単なる居住スペースではなく、活動の基盤でなければならない。
そのため、本格的な復興作業に先立って設置されるのが、建設管理課が開発・配備した軽量プレハブユニットだ。
現地の地形や気候に応じてパーツが自動調整され、数時間で展開できる構造を持つ。
地盤が脆い場所では杭基礎モード、岩盤地ではレールフレーム方式を採用。いずれにしても、特別な工事機械を必要とせず、最低限の作業班で立ち上げ可能な優れものだった。
「まあ、ちゃんとした“研究棟”は、資材と許可次第ですねぇ。そっちは来月末までにはって感じでしょうか」
「それでも早いな……流石、局標準仕様」
現場には今なお、再生前の痕跡が色濃く残っている。酸化した鉄のにおい。かつて焼け落ちた建物の跡。そして、大気の異常による突発的な上昇気流が、時折、音もなくテントを揺らす。
それでも、人はここへ戻ってくる。
この星に、再び命を灯すために。
この地に根を張り、未来を築こうとするために。
そのために、彼らはここへ志願してきたのだ。
交易保全管理局。時空管理局の一角に名を連ねながらも、色濃く“民間的”な性質を持つ特殊部門。
入局に際して魔導資質は必須ではなく、求められるのはむしろ、技術と意志。建築、農業、エネルギーインフラ、機械整備と、あらゆる専門知識と、何年にも及ぶ現場経験が物を言う。
だからこそ、ここにはさまざまな種族が集う。人間はもちろん、耳の長い獣人族や小人族、鱗や甲殻に覆われた異形の者たちもいる。
だが、外見などは二の次だった。
誰も、そこを問題にはしない。
なぜなら、彼らの多くが、かつて自らの故郷を喪った者たちだからだ。
交易保全管理局の働きによって復興し、独立を取り戻した世界は、すでに数え切れない。破壊され、奪われ、死にかけた星々が、再び呼吸を取り戻していく。その様を見て、あるいは、かつてその支援を受けた側として、彼らはここへ来た。
だから、復興任務は原則志願制である。
その任務は長期に渡り、ときに十年、二十年。あるいはそのまま、その世界で余生を過ごすことすらある。
それでも、志願者は絶えない。
むしろ、年々その数は増えている。
彼らは知っているのだ。
たとえ、その行いが「偽善」だと蔑まれようと。
たとえ、「利益目的の活動」だと揶揄されようと。
それでも、救われる命が確かにあるのだと。
もう一度、空を見上げられる人々が確かにいるのだと。
だからこそ彼らは、今日もこの死にかけた星の上に立っている。
まだ、誰も知らない“未来”を掘り起こすために。
▼
「……予想はしてたけど、ほんとにすごいわね。管理局って」
傍らで腕を組みながら、イリスがため息交じりに言葉を漏らす。
目の前では、停泊した連絡船から次々とクレーンで下ろされるコンテナの群れが、整然と基地の片隅に積み上げられていた。
事前にイリスやユーリから提供された資料をもとに集められたのは、発電設備、浄水システム、医療資材、土壌改良剤に、なんと仮設風呂まで。
準備された物資の量は、すでに「支援」という言葉の域を超えていた。隣で口を開けて見上げていたユーリも、思わず目を瞬かせる。さらに、後方からついてきていたアミティエやキリエ、ディアーチェたちも、その物流の圧に圧倒されて、思わず目を白黒とさせていた。
「実態で言えば、我々は“管理局の傘下組織”なんですけどね」
そう答えたのは、現場を指揮しているチーフだった。
この人、イリスに最初に連絡を取ってきた張本人である。エルトリア政府との交渉にもスーツで現れ、冷静かつ正確に取り決めをまとめ上げた交渉役だ。
だが、今の彼は作業着にヘルメット。腰には工具ベルトを巻き、埃にまみれながら陣頭に立っていた。
そのギャップに、イリスと同行していたキリエも軽く目を丸くした。
「……まさか同一人物だとは思わなかったわよ。見た目、別人すぎ」
小声でつぶやくイリスの横で、ユーリがくすっと笑った。
聞けば、彼はこれまで幾つもの辺境世界で復興事業を手がけてきたプロフェッショナル。その現場経験は年単位では収まらず、指示系統の明快さ、判断の速さ、人員の配置に至るまで、現場の誰もが彼を絶対の信頼で見ていた。
イリスやユーリは知らない。だが、ここにいる技術者や労働者たちにとって、彼は精神的支柱そのものだった。
そして、エルトリア復興への関わりもまた、彼は本気だった。
「居住区とインフラが確保できたら、家族を呼び寄せるつもりです。ええ、すでにエルトリア政府から許可も出ていますから。学校の設置も、段階的に進めていく予定です」
彼は、ごく当たり前のことを話すかのように淡々と言ってのけた。
まるで、明日が来るのが当然であるかのように。
イリスは、その言葉を聞いて一瞬、息を呑んだ。ありがたさが胸に押し寄せる一方で、正直に言えば、少し引いてしまったのも事実だ。
(……いや、覚悟、決まりすぎでしょ)
それでも、彼のような人間が、この星に未来を見てくれているという事実は、どんな理屈よりもイリスの心を揺さぶった。
誰かが“未来”という言葉を、現実の中で口にすることの重み。それを彼は、何のてらいもなくやってのける。
それは、信仰にも似た、真っ直ぐすぎる意志だった。
整然と並べられた資材の山。その横で、整地された土地に、研究棟の骨組みが静かに立ち上がっていく。
まだ地面には、黒く焼けただれた跡や、爆風でえぐれた窪みが痛々しく残っている。
けれど、それらは次第に、人の手によって覆われていく。土が積まれ、杭が打たれ、鉄骨が組まれ、確かな“形”が生まれていく。
「……やっぱり、すごいな」
ぽつりと漏れたキリエの言葉には、心の底からの驚きと感嘆が込められていた。
隣でアミティエが、ゆっくりと頷いた。
「本当ですね。あの人たちには感謝しかありません。復興に向かって、一寸の迷いもないように見えます。怖くないのでしょうか……と、思ってしまうくらいに」
現場では誰かが資材を仕分けしながら笑い、誰かが重い荷物を担いでいる仲間の背を押している。
また別の誰かが、ふと立ち止まり、汚れた空を見上げて、深く息を吸っていた。
空気はまだ、どこか金属の匂いを含み、焦げた土の臭気が鼻につく。
それでも彼らは、臆することなく、その空気を吸い込むのだ。まるで、これが“生きている証”だとでもいうように。
「……違うのよ、アミティエ。怖くないんじゃない。怖いって、ちゃんとわかってるの。わかってて、それでも踏み出してるのよ。だから強いの」
イリスが静かに、けれど力強くそう言った。
その視線の先には、ずっと一人の男がいた。
――あのチーフ。
交渉人でありながら、彼は今や土を掘り、杭を打ち、鉄骨を担いでいる。
作業着には泥と埃、日焼けした腕には傷と汗が滲み、指揮をとる声には一切の迷いがなかった。
まっすぐで、実直な人間。
理想を語る者ではなく、それを形に変える者。
「……生きてるうちに、この星が緑でいっぱいになる日を見るのが夢でね」
それは、まだ前哨隊しかいなかったある夜。
イリスたちの古屋の近くに張ったテントで、焚き火を囲んでいたときのことだった。
炎がパチパチと音を立て、夜空には星の光さえ届かないその場所で、彼はふと口にしたのだ。
「だから、やるんです。もし自分が途中で倒れても、続けてくれる誰かがいれば、道は必ず繋がります。……この星が緑に包まれた日には、きっとみんなで笑えますから」
その横顔は、イリスの記憶に残る“父”と重なって見えた。
理屈ではない。損得でもない。
ただ心から、星の再生と未来を願っている。その想いの強さが、火のように彼の中に灯っていた。
誰も返す言葉を持たなかった。
けれどその沈黙は、決して否定でも疑念でもなかった。
そのとき、イリスの心の奥に、確かに何かが芽生えた。小さな光。けれど、決して消えない希望の灯。
それはまだ言葉にすらならないものだったが、それこそが、この星の再生に必要な、最初の一歩だったのかもしれない。
重機のエンジン音が辺りに低く唸り、組み立て中の研究棟では、支柱を固定する音がリズムのように響いている。
イリスはその光景を、静かに見守っていた。
肌寒い風が頬を撫で、首元に巻いたスカーフがひるがえる。その風に、どこか懐かしい匂いが混ざっていた。土の匂い、鉄の匂い、そして、かすかに花の香り。
「……あ、これ……」
気づいたのはユーリだった。手に持っていた携帯機器を下ろし、ふと顔を上げる。間違いない、この香りを忘れるわけがなかった。惑星再生委員会の中で育てた花の香りだ。
「花の種……昨日、試験農区に蒔いた……たしか、在来種の耐性テスト中だったはず」
「本当に……?」
アミティエが目を見張り、キリエが小さくガッツポーズを作った。
「よし、それ見に行こ! いやもう、行かない理由ないでしょ!」
声が弾む。足取りが軽くなる。イリスもまた、口元にかすかな笑みを浮かべて、少女たちのあとを追った。
研究棟から少し離れた、まだ整備途中の農業実験区。鉄製の柵に囲まれた小さな土地の一角に、それはあった。
ほんの数輪。色もまだ薄く、丈も頼りない。
けれど間違いなく、そこに咲いていた。
エルトリアの土に根を下ろした、小さな命。
「……咲いたんだ」
ユーリの声が震える。
「生きてる……こんな土地でも、ちゃんと生きようとしてる……」
イリスは、しゃがみ込んで花にそっと触れた。手袋越しに伝わってくる、柔らかで、まだ不安定な感触。
それでも。
「……なら、私たちも、もう少し、しぶとく生きてやらなきゃね」
彼女の言葉に、キリエが笑った。
「うん。花だって咲けたんだもの。星だって、生き返るよ」
それは、確信だった。誰かが言葉にしなくても、そこにいた全員が同じことを思っていた。
未来は、まだ霞んで見える。
けれど、足元には芽吹きがあり、空には雲の切れ間がある。
この星が再び生きるために、必要なのは、奇跡でも奇術でもない。
ただ、今日も手を動かし、信じ続けること。
交易保全管理局の人々も、エルトリアの住民たちも、そしてイリスたちも。それぞれの立場で、それぞれの仕方で、未来を耕し始めていた。
星は、きっと、もう一度微笑んでくれる。
そしてそのとき、彼らは誇りを持って言えるだろう。
「この星を、私たちが救った」と。
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交換部の活躍
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広報企画部の活躍
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