時空管理局へようこそ(満面の笑み)   作:紅乃 晴@小説アカ

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管理局イベントだよ!全員集合(2)

 

 

イベント。当日早朝。

ミッドチルダ首都クラナガン 特設イベント会場。

艦艇展示エリア。

 

空がようやく白み始めた頃、艦艇展示エリアには既に怒号と金属音が入り混じるカオスが広がっていた。

 

「隊長!調査艦の右舷、まだ洗浄終わってません!!」

 

「じゃあ左から見せるぞ! 来場者の導線、反時計回りに変更しろ!! あとで説明文も直しとけ!!」

 

「展示をリアルタイムで戦術運用しないでくださいってば!!」

 

スタッフが叫び、清掃用のホバードローンが唸り、艦艇の説明文が書かれたパネルを掲げたスタッフが右往左往するなか、巨大な艦影が静かに鎮座していた。

 

外縁部調査隊旗艦《エンデュランス号》。

 

L-X級次元航行艦。時空管理局の名鑑《アースラ》と並び称された船体は、まるで“帰還した神話”のようだった。

 

が、その神話は今、泥臭い現実にまみれている。

 

元は標準的な設計のL級艦に過ぎなかった《エンデュランス号》だが、外縁部という年単位の長期調査のために現場での改修、魔導炉の再設計、拡張パッケージの追加、近代化改修などなどを繰り返し、今や艦籍番号こそ同じものの、設計図と現物の乖離率は100%を優に超えている。

 

しかもこの船、寄港していること自体がレア。

 

外縁部調査という名の通り、一度出航したら短くて一年、長ければ五年は帰ってこない超長距離まで行ってしまう船なのだ。マニアの間でも幻だとか、管理局が作った創作物の類と言われるほどで、この船が展示されるというだけでもSNSに住むマニア達は発狂し、チケットの争奪戦を繰り広げている。

 

また展示にこぎつけるまでにも多くの苦労があった。

 

広報企画部が上層部を何度も口説き落とし、時には直訴状を叩きつけ、ついには「一部展示、全面封鎖、機密領域は光学遮蔽でカバー、写真撮影禁止区域は艦内40%」という強引な折衷案を成立させた。

 

そして今。

 

その“ギリギリの妥協”を具現化するため、現場はほぼ火事場だった。

 

「誰だ、展示台の下に外装板の予備パーツ並べたの!!アレ、機密扱いだからバックブースに放り込んでおけ!!」

 

「仮置きですって言ったじゃないですか!?」

 

「あれ炸裂干渉装甲だから下手すると爆発するんだよ!」

 

「仮置きなら爆発しないパーツにしろよ!!」

 

「……今さらだけど、艦体の焦げ跡、ほんとにそのままで展示するんですか?」

 

「臨場感ってやつだ。わからんか?現場の匂いを残すことで、逆に説得力が増す」

 

「いやもう、現場の匂いどころか、焦げ臭ですよ」

 

「焦げ臭ってリアルだろ?」

 

「展示に凍結魔法が封入された消火剤が必要ってどうなんですか!?」

 

外装の展示でしっちゃかめっちゃか。そして艦内でも、さらに濃密な混沌が進行していた。

 

狭い通路を這う整備班、配線の山に紛れて監視タグを貼り直す魔導セキュリティ担当、頭から工具箱を被って意識が飛びかけてる新人。そのすべてが艦のリアルを演出するための血と汗である。

 

「赤い配線、絶対踏むなよ!?魔導炉の補助循環系に直結してる!!」

 

「このオレンジのは?」

 

「それはダミー。見た目で敵を惑わせる用だ。たぶん……おそらく……」

 

「曖昧な知識で配線に触らないでください!!」

 

「仕様変更が多すぎてどれが最新の配線図なのか全然わからん!」

 

「ていうか、魔導炉こんなに露出してていいんですか?」

 

「展示用だから隔壁をオープンにしてるんだ。安心しろ、動力ケーブルは外してある。見せたいところと隠したいところは明確にな」

 

「でもオープンにしたせいで、触っちゃいけないとこに触れるんですけど!?」

 

「そこはもう、立て札で“触るな”って書けば大丈夫だろ!」

 

「触るなって書いてても、絶対触るやつ出ますよ!?」

 

「じゃあ触ったら軽く痺れるように調整しとくか」

 

「それ一般向けの展示的にアウトじゃないですか!?」

 

それでも艦は、そこにある。

 

不格好で、傷だらけで、どこか手作り感すら漂うその巨艦は、しかし確かに“帰ってきた”。

 

誰もが噂でしか知らなかった伝説の船が、クラナガンの空の下に姿を現した。

 

整備班も、展示チームも、警備員も、見に来る市民たちも、そのことだけは本能で理解していた。

 

展示エリアに搬入したのは昨夜。ギリギリの整備、直前の変更、誰かが倒れるほどの徹夜作業。

 

けれど、それでも。

 

誰もが口を揃えて言うのだ。

 

「……ああ、いいな。こういうの、嫌いじゃない。」

 

この船は今イベントの目玉の一つになる。そんな確信があった。多くの艦艇ファンが押しかけ、撮影するだろう。この船はそう言ったオーラを持っている。

 

展示開始まで、あと一時間。

 

そのカウントダウンは、もはや作業の進捗では止められない。

 

だが誰も、止めようとはしていなかった。

 

“現場”とは、そういう場所なのだ。

 

 

 

 

オープニング演目・直前

 

クラナガン特設イベント会場・空戦魔導師控えテント

 

演目開始まで、あと30分……のはずだった。

 

「えっ、アクセルシューターでの射撃演目……出力全開ですか?」

 

なのはが首を傾げる。純真な笑顔と“全開”という単語の殺意のギャップがエグい。

 

「そ、そうです! その……スターライトブレイカーを使う前提で、蒐集量が必要で……でも観客の真上なので、出力の調整は高町教導官の判断にお任せを……!」

 

「うーん、じゃあ……見てる人のスカートがちょっとめくれるくらい?」

 

「やめてくださいぃぃぃぃ!!!!!」

 

控えテントが一瞬で戦場と化す。

 

「観客席に子どももいるんですよ!? スカートめくれていいわけないじゃないですか!!」

 

「でも、魔導の風って、ちょっとは感じてもらいたいかなーって♪」

 

「その魔導の風が地獄風になるんですよ!?感じた全員がトラウマ持っちゃいます!!」

 

その頃、もう一人のエース、フェイト・T・ハラオウンも、片手でバルディッシュを持ちつつ、フォーム調整しながら呟いていた。

 

「……真・ソニックフォームでのリズム演目。スピンターンからの軌道加速で、リズムに合わせて脚をキメろって書いてある……」

 

「はい、あの、それはですね! スピード感を! ダイナミズムを! 映像映えをですね!」

 

「でもこれ……ほぼ戦闘機動による曲芸飛行だよ?」

 

「わかってますよ!こっちだって胃が五個くらい潰れそうなんですよ!!」

 

なのはが無邪気にフェイトに話しかける。

 

「フェイトちゃん、今日ちょっとテンション高くない?」

 

「うん、たぶん……寝てないのと演目内容のせいで、おかしくなってるんだと思う……」

 

「わかるー、私も今、めっちゃ楽しくなってきた♪」

 

「たのしいー♪」

 

「「やっっっっばーーーーーい!!!!!!」」

 

スタッフ全員の魂の絶叫が重なった。

 

「高町教導官!! ハラオウン執務官!! 本当にお願いします! せめて高度100メートル以上! 出力50%以下!!」

 

「うん、でもそれだと蒐集率落ちるから、80%で!」

 

「いや落ちろ! 蒐集率は今落ちていい!! ていうかいっそ蒐集しないでください!!」

 

「じゃあ、フルチャージで溜めるだけ溜めて、撃たずに空中で爆発させるとか?」

 

「やめて!!それ花火じゃなくて災害!!」

 

一方のフェイトも、淡々と準備を進めながら口を開く。

 

「……じゃあ私は、『リズムに乗ってバリアジャケットを光の輪で変形させる演出』……やってみようかな」

 

「それ一歩間違えるとソニックブームで地面割れますよね!?」

 

「たぶん大丈夫。高度300メートルでやるから」

 

「高度の問題じゃなああああいッ!!!」

 

だが、もう誰にも止められなかった。

 

バリアジャケットが展開され、魔力制御が開始される。演目用の空中スクリーンには演題が表示される。

 

全力の踊り子たちは、いま空へと飛び立った。

控えテントの片隅で、広報担当の一人が泣きながら空を仰ぐ。

 

「もう知らん……!全部……実行委員会ってやつの……仕業なんだぁぁぁぁぁ!!」

 

魂の叫びが青空に吸い込まれていく中、なのはとフェイトは拳を軽くぶつけ合った。

 

「いこう、フェイトちゃん」

 

「うん、全力全開でね!」

 

直後、控えテントが「気のせい」レベルでは済まされないほどの爆風で揺れた。スタッフが一斉にしゃがみ込む。

 

「揺れてる!揺れてるってこれッ!ここが震源地じゃない!?」

 

「魔力震度、観測不能ぉぉぉぉ!!」

 

その直後、演目が始まった。

 

なのはのアクセルシューター全開連射に続き、フェイトの真・ソニックフォーム舞踏飛翔が大空を裂く。

 

二人の全力が奏でる空戦演舞が繰り広げられる。

 

そしてフィナーレ。

 

最終演目、スターライトブレイカー。

 

観客席の上空、高度300メートル。空中に描かれる、魔力の花。

 

その瞬間。

 

広報部と防衛隊に属する魔法資質持ちの局員たちが合同で強力な結界を展開。事前に十重二十重に仕込まれた衝撃遮断、熱量拡散、音響調整の結界が一斉に展開され、クラナガンの空は、まさに魔法の天蓋と化した。

 

結果として、観客と来賓席への被害は一切なし。

 

魔導の風すら感じない完璧な制御の中、音も光も、ただただ「美しい演目」として空を染めた。

 

終わった瞬間、観客席は割れんばかりの拍手。

 

SNSは秒単位でトレンドが更新される。

 

「今の何!?映画じゃん!?」

「スターライトブレイカーが花火になった……(語彙力喪失)」

「本気のなのフェイ、見た。もう死んでもいい」

「あれを“演目”って言い張る実行委員は狂ってる」

「管理局はエンタメ組織だった説」

 

という歓喜の嵐が流れ続けた。

 

だがその裏で――

 

演目を支えた裏方たちは、広報テントの床で真っ白な灰になっていた。

 

「………………」(視線だけが空を彷徨う)

 

「俺……見たよ……アクセルシューターが空で分裂して……結界三層突き抜けて戻っていった……一瞬だけ、死を確信した……」

 

「私はね……スターライトブレイカーの光をね……裏から見たんですよ……あれ、演出じゃなくて爆心地の景色なんですよ……?」

 

「今度またこれやるなら……二度と担当にはつかない……」

 

「やるなら次は……後方から双眼鏡で見ます……」

 

一方、演目を終えたなのはとフェイトはというと。

 

「ふぅ……楽しかったー♪」

 

「ほんと、すっきりしたね」

 

控えテントに戻った二人の笑顔は晴れやかだった。

その後ろで、広報スタッフの誰かがそっと呟いた。

 

「……魔導師って、空を飛ぶのが本業じゃなくて、人の理性を焼き尽くすのが本業だったのかもしれない……」

 

イベントは成功。大成功。

 

でも、誰もその代償については語ろうとはしなかった。

 

 

 

 

イベント開幕の午前10時。

管理局の広大な演習区域が、ついに市民へと開放された。

 

祝砲代わりのスターライトブレイカーが空を彩り、入場ゲートがゆっくりと開く。

 

子どもたちは走り出し、魔導技術に憧れる学生たちは目を輝かせ、艦艇マニアたちは展示図を睨みながら既に謎の論争を始めている。

 

開幕直後とは思えない熱気だ。

 

SNSでは「#管理局の日」「#あの光なんだと思う?全部スターライトブレイカー」などのハッシュタグがトレンド入りしていた。

 

その中心にあったのが、開幕を飾ったオープニングセレモニー。

 

高町なのはによるスターライトブレイカー射撃演目と、フェイト・T・ハラオウンの真・ソニックフォームによる演目。

 

演目中、地上では結界魔導師たちが一斉に防護結界を展開、広報部は叫びながら観客エリアに魔力遮断シートを配布、広報企画部はずっと「無事に終わってくれ……!」と念じ続けていた。

 

だが、結果は──大成功だった。

 

空に描かれた軌跡は、まるで光の舞踏。

 

観客は息を呑み、拍手と歓声が爆発した。

 

セレモニー終了直後には、実況映像が即座に編集され、スクリーンやSNSでリプレイされている。

 

「生で見たスターライトブレイカー、魂ごと持ってかれた……」

 

「フェイトさんの旋回時の靴裏から出てた光輪、ふともも、最高」

 

「管理局って戦うだけじゃなくて、エンタメとしても最強かよ……!」

 

一方その頃、演目を支えたスタッフ陣は控えテントの裏で仰向けに倒れて空を見ていた。

 

「……死ぬかと思った……」

 

「なんでアレが無事故で終わったのか……奇跡だ」

 

「もうあの二人、物理現象とかじゃなくて、奇跡の存在だよ……」

 

その余韻を吹き飛ばすように、またひとつトラブルが発生する。

 

「さあ、皆さん、どうぞ思いっきり楽しんでいってくださいねー!」

 

満面の笑みで来場者に声をかける若手広報スタッフ。しかしその背後に、誰にも見えない小さな修羅場があった。

 

「……マスコットキャラクターのじくまるの中身、まだ決まってません」

 

「え?このあと“じくまると写真を撮ろう”コーナー、あるんですよね……」

 

「えええ!? 誰が入るの!?」

 

「……貴女です」

 

「私ィィィィィィィィ!?」

 

パニックの声が少しだけスピーカーに乗って、

近くにいた子どもが小さく笑った。

 

さらに奥の展示エリアでは、ひときわ人だかりができていた。

 

外縁部調査隊旗艦《エンデュランス号》展示ブース。

 

その巨体は光を反射しながら、まるで帰還した伝説の巨神のように鎮座していた。

 

「本当に存在してたんだな……エンデュランス号」

 

「傷跡が生々しすぎて、むしろ展示NGにすべきだったのでは」

 

「現場の匂いが残ってるっての、こういうことか……」

 

一部には「本物ですか?実物大模型じゃないんですか?」という質問まで出たが、清掃班がまだ艦底を磨いている時点でどう見てもガチ本物である。

 

展示の裏側でこっそり清掃を続けていたスタッフが、遠くで写真を撮っている家族連れを見て、ぽつりと漏らした。

 

「……でも、こうやって子どもたちが笑ってくれるなら……苦労した甲斐、あるな」

 

そしてテント裏。じくまるのスーツと対峙したスタッフが、とうとう諦めた顔で両腕を上げる。

 

「……わかりました。入ればいいんでしょう。入りますよ、はい」

 

「ありがとうございます!着ぐるみの中、昨日の時点でサウナ並みなので、こまめな水分補給だけはお願いします!」

 

「そこは根性でカバーします!!」

 

イベントは、始まったばかり。

 

カオスと歓声とちょっぴりの涙が交錯する、管理局最大の“祭り”。その舞台裏では、今日もどこかで誰かが、限界を超えて頑張っていた。

 

 

 

 

午前11時45分。

 

本格的に入場者が増えるに伴い、企画されていた展示ツアーも始まっていく。

 

メイン会場から離れた第3展示ブロックでは、各種魔導装備、艦載兵器、通信技術などの最新鋭技術が一般公開中されている。

 

その目玉のひとつが、短距離転送装置の試作機であった。

 

……だったのだが。

 

「触らないでくださーい! そこの光ってる赤いレバーは絶対に引かないでくださーーい!!」

 

現場が、すでに悲鳴に包まれていた。

 

防護柵を軽々と越えていく子どもたち、それを追いかけるスタッフ、そして「なにこれすっごいSFっぽい!」と勝手にVRヘッドセットを被ろうとする父親。

 

「違うんですそれ訓練用じゃなくて本稼働用のやつですやめてください死にます!!」

 

通称、技術班の墓場と恐れられる第3展示ブロック。その洗礼を受けた見学者の一人が、スタッフにこう尋ねた。

 

「これ、もし暴走したらどうなるんです?」

 

スタッフは即答した。

 

「最悪の場合転送装置が暴走して一時的に空間が切断されるか、別次元の何かがこの場に転送されて、イベントが消えます」

 

「こっわ!?」

 

スタッフは慌てて訂正した。

 

「冗談です!冗談ですが冗談で済むの今だけです!どうか、どうか試作機からは距離を保って!」

 

そんな騒動の中、展示ツアーは進行していく。司会進行のスタッフが、ガイドマイク越しに精一杯の笑顔を見せた。

 

「はい、こちらが管理局の次世代魔導管制プラットフォーム、『エリオス・ユニット』になります! 本日は試験起動までご覧いただけますので──」

 

背後で、また赤いランプが点灯した。

 

「誰だ今なんか押したやつ!!!」

 

もはや半分ホラーのような緊張感だが、ツアー客たちはニコニコと写真を撮り、動画を回し、子どもはバリアごしにピースサインを送っていた。スタッフは心の中で泣いた。

 

一方その頃 。

 

空を貫いた、スターライトブレイカーの輝き。その混乱の裏で──天候が、変わっていた。

 

イベント当日の天気予報は「曇り時々雨」。

 

だが、高町なのはが撃ち上げたスターライトブレイカーが雲を貫いたその瞬間──空は、快晴となった。

 

生じた爆発的な衝撃はが上空の雲をかき乱し、観測班が絶句したほどの気圧変化。観客は拍手喝采、写真は逆光で映えまくり、SNSは大歓喜。

 

「あの演目、天候操作に含まれるべきでは??」

 

「管理局、天候すら殴って晴れにした」

 

この奇跡の天候に、ステージ司会者は叫んだ。

 

「皆さん、これは偶然ではありません……天候の神が我々に味方しているのです!!」

 

会場がどっと沸いた。

 

これにより、以降のダンス演目、空戦訓練模擬戦、式典演説、模擬救助訓練など、全てタイムスケジュール通りに進行するという奇跡が起きる。これを見ていた一部スタッフは、完全に悟った。

 

「もうね、あの人たちが全力で動いた時点で、自然現象のほうが折れるんだよ」

 

ちなみに第3展示ブロックでは、午後にも再びレバーが引かれかけたが、技術班のメンバーが「その装置、押すと高次元通信で未来の自分に怒られるやつです」と発言したため、それ以降、子どもたちは「未来から怒られるのはやだー」と素直に引き下がった。

 

 

 

昼過ぎ。

艦内見学ルート

 

エンデュランス号艦内のツアーが始まって20分。

 

新人案内役の隊員は、汗だくになりながらも笑顔を崩さず、艦内の設備を丁寧に説明していた。

 

「こちらが艦の制御中枢。一般には非公開のエリアです!」

 

だが、相手は好奇心と体力が無限の小学生軍団。

 

「ねぇこれ何するところー?」

「お昼まだー?」

「なんか爆発しないのー?」

 

案内役の声がどんどんかき消されていく中。

 

「……あっ! なんかピカピカのレバーあるーっ!!」

 

新人案内役の叫びが響く。

 

「それはダメ!!固定アンカーの解除装置なんです!!」

 

警備員が制止しようとするも、一瞬の隙をついて小学生がピカピカのレバーへとまっしぐら。その場の空気が凍る。

 

「待て!今、艦が空に浮いてんだぞ!あれ引いたら、地面がこんにちはだ!!」

 

そう叫んだのは、最前列でカメラ片手に見学していた、艦艇構造オタクのおじさんだった。

 

「下手すりゃバランスが崩れて船が落っこちてしまう!イベントでそれって重大インシデントでござるよ!」

 

別の方向から飛んできたのは、防衛や結界魔法を学んでいる大学生らしき青年。

 

「保護魔法を展開します!警備員さん、侵入防止の結界貼って!」

 

もはやスタッフより詳しい連携で、暴走する小学生を制止、装置を結界魔法で保護、起動システムに擬似エラー信号を流し、フェイルセーフ状態へ……数分後、なんとか現場は沈静化。

 

「すごい……」

「さすが展示イベント」

「オタクすげぇ……」

 

小学生たちはぽかんとした顔で、その光景を見つめていた。そして、そんな彼らの口からポツリと出た言葉。

 

「ボク、大きくなったら管理局に入りたい」

 

「わたしも! 固定アンカー守る人になる!」

 

「転送装置、かっこよかった!」

 

「結界魔法を覚える!」

 

その場にいた広報企画部のスタッフは、何人かが声を出して泣いた。

 

「やって……やってよかった……っ!!」

 

その涙は、焦げたマニュアルと破られた通行帯ラベルの上にポタポタと落ちていった。

 

かくして、艦内見学ツアーは混乱の中にも希望が宿る、忘れられない時間となった。そしてこのあと、SNSではこんなタグが静かにトレンド入りしていた。

 

#未来の管理局員たちへ

#艦艇マニアありがとう

#オタクこそ世界を救う

 

 

 

イベントは終盤に向かいつつあった。

 

控え室の中には、各部署のスタッフが集まり、誰もがぬけがらのような顔で床や椅子に座り込んでいた。

 

「じくまる……転倒したけど……子どもに起こされた……」

 

ゆるキャラの着ぐるみの中から、新人スタッフが顔を覗かせて呻く。髪は汗と湿気でべったりと額に張りつき、目は虚ろ。

 

「それ、逆に感動エピソードじゃないですか」

 

「感動と酸欠は両立しないんだよ……あと視界ゼロで……湿度が……このマスコットが人を殺せるって……今日初めて知った……」

 

横では衣装担当がじくまるの着ぐるみを乾かしている。「今日だけで体重1.5kgは落ちてますよ」とか言ってるが、もはや本人には届いていない。

 

一方、編集班は壁際の機材ラックに張りつき、即時チェックを進めていた。

 

空戦デモは大成功。

 

艦内見学もSNS上で「エモすぎた」「子どもの一言で泣いた」など好評。

 

そして──「じくまる」が転倒して子どもに手を引かれるシーンは、広報企画部のPR動画編集会議で「使える。むしろ使いたい」と満場一致だった。

 

「編集ラスト、ここでスロー入れて……BGM、優しいピアノのやつで……」

 

「じくまる……本当にがんばったな……」

 

誰ともなく呟かれた言葉に、編集スタッフ一同が静かにうなずいた。

 

時計はまもなく17時。

イベント終了まで、あとわずか。

 

外から歓声が届く。

最後のステージに向けて、撤収班が動き出していた。それでも控え室の空気は、戦の後の静けさに満ちていた。

 

広報企画部の一人が、冷たいお茶を一口飲んで、ぽつりと漏らす。

 

「今年も……なんとか終わる……かな」

 

誰かが応える。

 

「終わるじゃなくて、やりきったって言いましょ。私たち、死にかけながらも、ちゃんと届けたんですから」

 

その言葉に、誰かが小さく拍手を始めた。やがてそれは控え室の隅々へと広がっていき、力なくも温かい拍手が響いた。

 

「来年は……来年こそは……予算、ちゃんと取りましょうね……」

 

「ね……」

 

拍手とため息と、笑いと、ぐったりした身体。

スタッフたちは、あらゆる意味で限界だった。でもその瞳には、少しだけ、誇らしさが宿っていた。

 

 

そしてグランドフィナーレ

午後17時30分

 

特設ステージの上、夕日を背にして立つのは、高町なのはとフェイト・T・ハラオウン。

 

その隣には、管理局の局長や執務官たちがずらりと並び、観客席の拍手に笑顔で応えていた。

 

「本日は、本当にありがとうございました!」

 

マイク越しに響くなのはの声。凛として、やわらかくて、まっすぐで。その一言に、観客のあちこちから「ありがとう!」と返事のような歓声が返ってくる。

 

続けてフェイトが一礼し、落ち着いた声で締めくくる。

 

「皆さんと過ごせた今日の時間が、私たちにとっても宝物になりました。来年も、またお会いできることを願っています」

 

広がる拍手。

 

上空に打ち上がる花火。

 

その中で飛び上がり、舞う二人のエースによる空中舞踏が、会場全体を幻想的な空気で包み込んでいく。

 

空は朱に染まり、星が滲み始める。

 

──その頃、控え室の広報企画部。

 

誰もが、限界を超えた人類の姿をしていた。

 

「終わった……のか……?」

 

「いや、終わってない。撤収あるし、アンケート集計とSNS対応と……明日も……報告書……」

 

「やめて!!私のライフはゼロよ!!」

 

ソファに倒れ込む者。着ぐるみを半脱ぎのまま動かなくなった者。エナジードリンクの空き缶が床に転がり、冷却剤のパックが床に並び、誰かの靴が片方だけ見当たらない。

 

「でも……やりきったよね……」

 

「うん……もうね……これがやりきるってことなんだなって、今すごい実感してる……」

 

「足が……ない気がする……」

 

「気じゃないです、それ脱いでます、靴……」

 

そのとき、ステージ上のなのはの声が、控え室のモニター越しに届いた。

 

『……このイベントを支えてくれたすべてのスタッフの皆さんにも、心からのありがとうを――!』

 

スタッフたちは一瞬黙り、誰かが小さく拍手を始めた。

 

「……うっ……ちょっと泣いていい……?」

 

「泣け。俺も泣く」

 

「来年は、外注……予算……増やそ……マジで……」

 

「……その前に、誰か、俺を埋葬してくれ……」

 

彼らが地獄を歩いたこの一日は、どこまでも華やかで、どこまでも過酷で、そして、きっとどこまでも、誇れるものになった。

 

管理局史上、最高動員数を記録した広報イベントは──こうして、静かに幕を下ろした。

 

 

 

数日後。

 

騒がしかったイベント会場の喧騒は静まり、広報企画部の編集室には、遅い夕焼けが差し込んでいた。

 

完成したイベント記録映像は、スタッフ全員の汗と涙と、ほんの少しの奇跡でできていた。

 

タイトルは、主任が最後の最後まで悩んで、たった一行に託したものだった。

 

 

『ようこそ、時空管理局のリアルへ。』

 

魔導も、汗も、トラブルも。

全部が本物だ。

 

君が踏み出すその一歩が、未来を変えるかもしれない。

 

 

スターライトブレイカーの光が雲を突き抜け、疾走するフェイトの背に風が舞い、展示エリアの小学生が泣いて笑って走り回り、マスコットのじくまるが、子どもにそっと手を引かれて立ち上がる。

 

ラストシーン。

 

じくまるがカメラにピース。空へとズームアウトするカットとともに、明るい音楽が流れ――映像は、静かに幕を閉じる。

 

ただ、映像には入らなかったラストの一文がある。

 

広報企画部のホワイトボードに、今もマーカーで書かれたままだ。

 

『※ただし広報企画部だけはやめとけ(真顔)』

 

誰かが言った。

 

「入れたかったな」

 

誰かが返した。

 

「でも、あの映像があれば……言わなくても、伝わるだろ」

 

みんな、黙って笑った。

 

全てを詰め込んだあの日の記録が、今――未来を目指す誰かの元に、届こうとしていた。

 

その一歩を踏み出す君のために。

 

私たちは、今日も汗をかく。笑って、走って、時には泣いて。

 

 

 

未来の誰かへ。

 

ようこそ、時空管理局へ。

 

ようこそ、本気の現場へ。

 

そしてできれば、本当にお願いだから――

 

広報企画部だけはやめておけ。

 

 

次に見たいもの

  • 法務部の活躍
  • 交換部の活躍
  • 広報企画部の活躍
  • 新しい部門の話
  • 各部門の主任は同期なので飲み会とか
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