時空管理局へようこそ(満面の笑み)   作:紅乃 晴@小説アカ

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法務部の仕事は辛いよ(コミュニケーション編)

 

 

法務部主任の端末がピコンと鳴った。

 

件名:「通訳課:至急」

本文:「※解釈不能」

 

そう名を打たれたメールに添付されたファイルは、報告書(64ページ)、訳注、音声データ、そして……謎の画像フォルダである。

 

「また通訳課か……」

 

主任は眉をしかめながらファイルを開く。スクロールするたびに増していく違和感。

 

「なになに……未分類言語群42号、通称「水音言語」……うわぁ、久々に来たなコレ……!」

 

水音言語。

 

それは文字文化を持たず、すべての意思伝達を「水に落ちる音と波紋の形」で行うという、幻想的で厄介極まりない高等思考言語である。

 

現地調整員たちは「ぽちゃん語」と気軽に呼ぶが、その実、誤訳一つで戦争になりかねない爆弾文化だった。

 

「で、これが外交問題に発展しかねない水音の再現スケッチです」

 

現地調査員が送ってきたスケッチブックには、芸術的なタッチでこんな記述が並んでいる。

 

「水たまりに角度45度でドーナツ状に波紋」

「バケツで一気にドボン(注:重低音)」

「小石3つを0.5秒間隔で連続投下」

 

丁寧だ。実に丁寧だ。だが……わからない。

全然わからん。

 

「これのどこが外交文書だ……!」

 

部下がため息交じりに報告を追加する。

 

「ドボンが『敵意表明』か、『結婚申し込み』か、『天候祈願』かで揉めてるそうです」

 

「どんな幅広解釈だよ!!」

 

さらに追い討ちをかけるように、現地からの映像通信が入る。

 

光学モニターに映し出されたのは、目の下にクマを刻んだ調査員と、耳を水音に集中させすぎて目が逝ってる通訳課のベテラン。

 

「こちら現地です……長老の「ぽちゃん」証言により、今朝の「ドボン」は『儀礼的挨拶』とのこと……ただし、隣にいた別部族代表が反発し、「大ボチャン」を演出。現場、評議会は大荒れです」

 

「ちなみに、現地に同行していた通訳士は、音波過多による精神過負荷で本日より療養に入ります」

 

主任は頭を抱えた。

 

「なんで毎回、音とかリズムとか水とかで外交してんだよ、この次元世界はァァ!!」

 

そこへさらなる追撃。

メールのポップアップ通知が跳ねた。

 

【決裁申請】

件名:異文化間水音外交における意思表示の定義と法的認可

 

関係部局:通訳課/外交支援課/現地調整員

コメント:

• 「もう無理です」

• 「これはもう法務部の案件です(※希望)」

• 「主任、なんとかしてください……」

 

部屋に沈黙が落ち、みんなが主任を見る。全員の視線を感じつつも、主任は無言で口を開いた。

 

「……人の心はないんですか?」

 

「主任が“わからん”って言ったら、全員で“わからん”って言えるから心理的に楽なんですよ」

 

「いや、それを平等って言うな! 地獄の均等分配じゃろがい!!」

 

結局。

 

主任はひとり、会議室のど真ん中。

 

スケッチブック、録音機材、水の再現装置に囲まれながら、「ぽちゃん」「ボチャン」「ドボン」「……大ボチャン……?」と、水音と波紋の再生を繰り返していた。

 

何度も流される、同じ水音。

角度を変えて波紋を見比べ、分度器と水理学の教本とを交互に手にし、主任は呟く。

 

「これ……何法に該当するんだろ……公文書偽造? いや、そもそも書いてないし……民法? 伝聞法? 水理学か……?」

 

顔に疲労の色がにじみ、手元のスケッチがしわくちゃになっていく。

 

そして、そっと閉じられるドア。

 

それを見送る部下たちの無言の背中に、“主任、あとは頼みました”の全責任が詰め込まれていた。

 

おおよそ半日。主任は、資料の山と水音の渦に飲まれながら、思考の迷宮をさまよい続けた。ついには、誰かが水汲みに使っていたバケツを手に取った主任が、たまたま通りかかった部下の頭にドボン。

 

「ヒャホォオウウウ!!この波紋は絶望の表現だァァァァ!!」

 

という一撃をもって、主任のシンキングタイムは終了。

強制的に次フェーズへ突入する。

 

時刻は17:00。

 

定時をガン無視した時間設定であるが、下手をすると外交問題に発展する危険があるのでしのごの言っている場合でもない。

 

『法務部水音特例対策会議(緊急)』という名目で借り出された法務部第3会議室。

 

大型ホワイトボードに死んだ目で主任が書き殴った《水音文化:波紋形状別対応》を前に、その場に、法務部精鋭と呼ばれる者たちが集められていた。

 

「状況は切迫しています。『ドボン』が“求婚”と解釈された件で、種族の間で正式抗議が提出されました」

 

「うちの姫が勝手に求婚された!って言ってる方と、うちの坊ちゃんが勝手に婿扱いされた!って怒ってる方ですね……」

 

「そう。つまり両方怒ってる」

 

どよめく会議室。

そのどよめきは状況の不味さによるどよめきかのか、それとも水音文化に関する意味のわからなさのどよめきなのかは、この際は置いておく。

 

机の上には、波紋の図解、通訳課の録音資料、古代碑文の拓本まで広がっている。

 

「……これ、わかる人います?」

 

「いません」

 

即答である。「正直でよろしい」と主任は言葉を切り上げる。

 

馬鹿げた内容であるが、事態は深刻。

 

文化衝突の行く末、魔導的な名誉決闘にまで発展する可能性があるとの報告も上がっていたのだ。下手をすれば戦争につながりかねない。

 

「我々の任務は、法的に安全かつ外交的に破綻しない解釈を確定させること。さあ、文献班、報告を!」

 

文献班の凛とした佇まいの女性スタッフが立ち上がる。

 

「水音文化の記録は、30年分の通訳課の日誌と、ユーノ・スクライア司書長の協力で無限書庫から過去300年分の資料を閲覧した結果、断片的にしか情報は残っていません」

 

彼女は手元のファイルをめくった。

 

「最古の記録によりますと、波紋の三段活用では『神に祈る』意図を持つ儀式だったとあります。しかし、80年前の記録では『小魚を追い払うジェスチャー』になっており、30年前には『帰省の合図』です」

 

「おい変遷激しすぎんだろ!!!」

 

思わずメンバーからのツッコミが入るが、文献班の彼女は、はにものを着せぬ言い方で言葉を返す。

 

「一応、10年前には『ドボン』を『結婚の申し込みと解釈する地域が出現しています」

 

「それ!それです!それが今回の火種なんです!!」

 

よく見つけてくれたと言わんばかりに主任は会議室のテーブルをバンバンと手のひらで叩いた。

 

「つまり! 我々は今、種族間戦争の火種にも、祝賀ムードにもなる時限爆弾を抱えている!」

 

「……通訳課は?」

 

「全滅です。ベテラン通訳士は『もう水が怖い』って泣いて帰りました」

 

「現地調整員は?」

 

「あとはよろしくお願いしますってコメントだけ残して転送帰還しました。ふざけんな」

 

会議室が静まり返る。ひとまず状況整理と、事態の逼迫さを確認することはできた。しかし明確な打開策が一切思い浮かばない。そもそも未分類言語群自体が解読や解釈が五里霧中な分野なのである。

 

良かれと思って翻訳した結果、互いの種族を滅びす全滅戦争につながる可能性もあるのだ。そんな第六文明の遺産を呼び起こして共倒れする未来を誰が望むのか。

 

この場にいる全員はそんな絶望的な未来を忌避して意見を出さない訳じゃない。その未来を回避するためにどれが最善なのかを必死に考えているのだ。

 

全員が、解釈内容をまとめた本とクソ分厚い注釈資料を睨みつけていた。誰もが脳をフル回転させ、どうにか正解らしきものを捻り出そうと必死にもがいていた。

 

重い空気の中、ぽつりとひとつ、手が上がった。

 

「……あの、ひとつ提案が」

 

若手だ。先日、資料室で異文化法律系の資料と格闘して真っ白になり、当面は資料運びを主だった仕事にしていた新人。役職持ちが雁首揃える中、沈黙が走る。

 

だが主任は即座に応じた。

 

「今はなんでもウェルカムだ。言ってみろ」

 

「あの、波紋の意図じゃなくて……相手の反応を基準に、法的解釈を下すのはどうでしょうか」

 

一瞬、間があく。

 

その発想は、どこか非常識のようでいて、どこかで聞いたことのあるような、けれど今までこの場では誰も口にしなかった視点だった。

 

「……なるほどな!」

 

主任がバンと手を打った。

 

「波紋の真意は置いといて、受け手がどう感じたか──そこにフォーカスするわけだな!」

 

「はい。環境ノイズが多すぎる言語圏では、発信者の意図より、受信者への影響を主軸にした前例がいくつかあります。ちょうど先日見ていた資料の中にあった第三辺境区の『くしゃみ三段活用』とか──」

 

「それ、危うく衛星砲撃間際まで行ったやつか……よし、それでいこう!報告書の改訂に入れ!」

 

会議室が一気に動き出す。さっきまで静かだったのが嘘のように、光学モニターとキーボードの打鍵音が飛び交い、次々に指示が走った。

 

書類は踊り、議論は飛び、誰かの頭が爆発しそうな音を立てた(比喩である)。

 

誰も眠気を口にしなかったが、全員の目の下にはもう、完璧な時差ボケの影が落ちていた。

 

そして、明け方。

 

夜を徹した混乱と集中の果てに、ようやく解釈報告書の草案が完成した。

 

そこにはこう記されていた。

 

 

 

【解釈報告書草案(仮)】

 

件名:水音文化圏における「波紋三段活用」の外交・法的対応指針

 

起案部局:時空管理局 法務部(言語解釈特別対策班)

概要:文化的誤解に起因する外交問題の予防、及び対応の統一方針

 

 

■ 基本方針

・「波紋」などの非言語的表現について、発信者の意図ではなく、受信者の解釈(反応)を重視して対応を判断する。

 

・表現が誤解を生んだ場合、文化的背景による影響を考慮し、原則として即時に調整対応を行う。

 

 

■ 優先対応事項

1.受信者が侮辱・信仰的挑発と受け取った場合

→即座に謝罪・釈明し、文化摩擦の火種を最小化。

 

2.受信者が婚姻・個人的意思表示と解釈した場合

→現地調整員を通じて誤解の有無を確認し、必要に応じて一時的な合意調停措置を行う。

 

3.「波紋」が複数解釈される状況(例:神事とプロポーズが並立)

→最も強い感情的反応を示した側を基準に、対応を優先する。

 

 

■ 運用指針

(1)通訳者・調整員は「受け手の反応」を最優先に観察・記録すること。

 

(2)発信者(職員・使節など)の意図は、必要に応じて補足として記録に残すが、弁解材料にはならない。

 

(3)必要に応じて、現地の文化調整員(クッション係)を派遣。

 

 

■ 備考

参考文献:「くしゃみ三段活用事件」「指パッチンによる国交断絶未遂(第4境界帯)」

 

 

 

光が差し込む会議室。コーヒーと疲労と達成感が混じった、妙に爽やかな空気が漂っていた。

 

「……よくやった」

 

ぽつりと誰かがつぶやいた。たぶん主任。でも、それは全員の気持ちだった。

 

新人の彼は、書類の山と睨めっこしていた一夜の記憶を思い返していた。自分の提案が通るなんて思ってもみなかった。ただ、混乱の中で、何か手がかりになるかもしれない──それだけだった。

 

「君の案がなかったら、たぶん今ごろ文化衝突で爆発してたな」

 

主任が肩を軽く叩いてくる。突然のそれに、新人は言葉を失った。

 

「いやぁ……法務って、もっと地味な仕事だと思ってました……」

 

「なに言ってんの。うちは波紋一つで戦争止める部署よ?」

 

「水面下の外交ってやつですね」

 

誰かが冗談めかしてそう言うと、重かった空気がやっとほどけて、会議室には疲れた笑い声が広がった。

 

「君、明日から“ドボン対策班”の正式メンバーね。覚悟して」

 

「えっ、対策班なんて本当にあるんですか?」

 

「今できた」

 

新人は思わず吹き出した。主任の口調は冗談めいていたが、その目は本気だった。

 

そして──新人は初めて知った。

 

言葉一つで誤解が生まれ、ほんの一文で命が救われる現場に、自分が確かに立っていたということを。

 

この夜明けは、彼にとってただの勤務明けじゃなかった。

法務部員としての、最初の“戦果”だった。

 

 

 

 

種族間戦争は回避された。第六文明の遺産も復活していないし、発動編も起こっていない。

評議会は無事に決着し、現地は祝賀ムードに包まれているという。

 

水面に落ちた一滴が大渦を呼びかけた瞬間を、法務部は踏みとどまらせたのだ。

 

束の間、法務部の執務室には静寂が戻った。

 

「……ようやく、落ち着いたな」

 

主任が椅子に体を預ける。

 

新人もようやく、紙コップのコーヒーを手にひと息ついた。

 

だが、その静寂は、ほんの一瞬だった。

 

「……今度は、言語が……ビートボックス……だと……!?」

 

至急というタイトルで届いたメール。その添付ファイルを三度見した。

読み間違いかと目を擦ったが、そこには確かにこう記されていた。

 

 

 

対象世界:第27管理世界

対象種族:ビート族

使用言語:ビートボックス

例:「bts・tsh・kuh・krrrrrrrr」

備考:リズムによって法的ニュアンスが変化。トーン、テンポ、肺活量により意味が転じる。

 

 

 

「これ……議事録、どうやって取るんですか……?」

 

新人が震えた声で言う。主任はすぐに転送メールで内容をメンバーに共有する。被害にあった部内のメンバーは一斉に頭を抱えた。

 

中でも「七百以上の言語を扱える才女」と謳われた局員は、「ドラムマシンと口の合体言語」という未知の単語に精神的泡を吹いていた。

 

「録音データを確認したのですが、交渉中、相手が高速ターンテーブル音を挟んできました。あれ多分、我々への警告です」

 

「警告って……あの、“クシャアァァァッ”ってやつ?」

 

「はい。“誠意が感じられない”って意味でした。あと、ベース音が足りないって怒ってました」

 

ビートボックス外交、過酷すぎる。

 

「き、緊急会議ぃぃぃぃぃい!!」

 

室内に響く机ドン、ため息、そして突然始まる通訳課と法務部の「口ドラム対抗戦」。

 

\ ツックパー チャックチャッパッ クパップパー /

\ ギュワワワン ダッダッツ クックッカッ /

 

「違う!そのリズムは“侮辱”になる!もっとファンキーに!!」

 

「くっ、肺活量が……!」

 

主任はこめかみに手を当てた。

 

 

 

■現地調整員からの報告(抜粋):

・「音律の正確さを“誠意”とみなす文化です。逆にいうと、音程ズレると“虚偽”です」

・「ビートに乗らず話しかけると、敵意とみなされます」

・「なお、通訳を挟む場合は、通訳士も“ノリがいいこと”が必須条件です」

 

 

提出された報告書を思わず机に叩きつける。

 

「ノリが悪いと契約破棄されるとか、そんな法あるか!!」

 

「あります、この種族には。なお、正式文書はレコード盤で提出されます。手書き不可。物理媒体です」

 

主任は深く椅子にもたれ、虚空を見つめながらぽつりと呟いた。

 

「……これが終わったら、静かな種族とだけ交渉すると決めてたのに……」

 

「主任。次の案件、“鼻歌で憲法を歌う種族”です」

 

沈黙。

 

そして、バンと机を叩いて立ち上がる主任。

 

「もう主任やめて歌手になるもんね!!!!」

 

会議室に、静寂と抑えきれない笑いが広がった。

 

そしてまた、法務部の長い一日が始まるのだった。

 

 

 

次に見たいもの

  • 法務部の活躍
  • 交換部の活躍
  • 広報企画部の活躍
  • 新しい部門の話
  • 各部門の主任は同期なので飲み会とか
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