あの二人に長女を入れてみた   作:雪月-dox-

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第二話

シュレイを下した後、セラは静かに甲板へ降り立った。太陽に照らされた甲板には先ほどまでの激戦の痕跡が色濃く残っている。だが、あれほど喧噪に満ちていた空間は今や静寂に包まれていた。

 

辺りを見渡せば、恐怖に駆られた船員たちは戦闘の余波から逃れるように海へ飛び込み、すでにその姿はない。

 

 

「……船も、物資も、奴隷も。全部置いて逃げ出したのね。まあ、その方が助かるけど」

 

 

セラはつぶやき、視線を海の向こうへと移す。すると、遠くにいたはずの商船が白波を立てながら最大全速でこちらに迫ってくるのが見えた。

 

 

「来るのが早いわね……」

 

 

苦笑を浮かべる間もなく、セラは踵を返す。モネたちが到着する前に船内を確認しておこう。

 

 

 

―――

 

 

 

船内に足を踏み入れたセラは思わず足を止めた。想定していた構造とはずいぶん違う。

甲板から見た印象では、船の大部分を檻が占めていると考えていた。だが、実際には――広い空間の中央に中型の檻がひとつ、ぽつんと置かれているだけだった。

 

その檻の中――

 

三人の少女が身を寄せ合ってこちらを見ていた。怯え、警戒、そして驚愕。表情には強い不安の色が浮かんでいる。顔や衣服は汚れにまみれ、痩せ細った体がこの船でどれほど過酷な日々を過ごしていたかを物語っていた。

 

セラは静かに歩み寄り、檻の格子のひとつに指先でそっと触れてみる。すぐに、あの感覚が返ってきた。

 

 

「……やっぱり、海楼石ね」

 

 

力がわずかに鈍る、まるで海の底に引き込まれるような感覚――それは能力者であるセラにとって、疑いようもない証だった。

 

 

「こんなものを子どもに使うなんて……」

 

 

小さく呟き、周囲へと視線を移す。壁際に据えられたくすんだ木製の机が目に留まった。

 

セラは近づくと引き出しをひとつひとつ丁寧に開けていく。乱雑に放り込まれた紙片や工具を押し分けながら手探りを続け、指先に冷たい感触が触れた。

 

 

「……あった」

 

 

小さく息を吐き、セラは鍵をつまみ上げる。少し錆びついてはいたが十分に使えそうだ。

 

 

「今開けるから、待っててね」

 

 

そう声を掛けると三人の少女たちはビクリと身をすくめた。だが、セラの声の柔らかさが伝わったのか、徐々に強ばっていた肩が緩み始める。そっと鍵を差し込み、錆の軋む音を立てながら、檻の扉を引っ張った

 

 

「姉さん!」

 

 

白衣を乱しながらモネが慌ただしく船内へ駆け込んでくる。

 

 

「怪我は……その子たちは?」

 

「大丈夫よ。モネ、この子たちを私たちの船に運んであげて」

 

 

セラがそう言って少女たちの方へ視線を向けると――檻の中で二人を守るように抱いていた、黒い長髪の少女がセラに向かって叫んだ。

 

 

「頼む……!奥の部屋にいる者も助けてくれ!」

 

「妾たちを庇った所為で、あの者は――あの者は酷く傷を負って閉じ込められておるのじゃ!……あの者がいなければ……」

 

 

途中から声が震え、最後はかき消されるように途切れた。

 

 

「姉さん、奥を頼んでいい?」

 

「ええ。任せて」

 

 

セラは頷き、すぐに奥の通路へと足を向けた。その背に向かって、少女――ボア・ハンコックは震える声で、だが真っ直ぐな瞳で言った。

 

 

「恩は……忘れぬ」

 

 

 

―――

 

 

 

セラが奥の部屋に足を踏み入れた瞬間、強い潮の香りが鼻を突いた。血や汗、薬品とも違う――自然なはずなのに不自然に濃い“海”の匂いだった。

 

 

「……これは……?」

 

 

辺りは薄暗く、窓もない閉鎖空間。セラは手をかざし静かに柔らかな光を生み出した。淡く優しい輝きが、じわりと部屋を照らし出す。そこに隠されていた光景が、ゆっくりとその全貌を現した。

 

部屋の中央――

 

大きな木製の樽がひとつ置かれていた

 

セラの視線が樽の中に吸い込まれる

 

 

「っ……!?」

 

 

樽の中には海水に浸かった少女がいた。顔だけがかろうじて水面から覗き、細い首には重く鈍い鉄の首輪。その鎖は底へと伸び、まるで少女を沈めるためにあるかのように……。濡れた髪が顔に張り付き、薄く開いた瞳はうつろで、呼吸は浅く、震えていた。

 

その身体からは冷たさと力のなさが伝わってくる。明らかに水に浸かり続けていた時間は長い。

 

セラは樽の縁に両手をかけ、慎重に少女の肩を支えながらゆっくりと引き上げた。首輪を光で切断すると鈍く重い音を立てて金属片は水底に沈む、首元が解放された瞬間、少女の体がわずかに弛緩した。そして、冷たく重い身体を抱き上げる。

 

 

「よく頑張ったね……もう、大丈夫」

 

 

優しく語りかけ、セラは少女をしっかりと抱きかかえると足早に船の甲板へと戻る。そのまま、少女を抱えて医務室に飛び込むと、モネの手当てを受けていた三人の少女――ハンコックたちの姿が目に入った。包帯を巻かれた手や擦り傷の残る頬。それ以上に、彼女たちの表情には深い安堵と疲労の色が濃く刻まれていた。

そして、セラに抱えられているもう一人の少女の姿を目にした瞬間――三人ははっと息を呑み、目を大きく見開いた。思わず立ち上がろうとする三人をモネがそっと押しとどめた。

 

 

「絶対助ける、だから大人しく休んでいて」

 

 

 

―――

 

 

 

シュガーに手当てをしてもらい、代わりの服に袖を通す。……ほとんど破けてたし。今思えば、血まみれでボロボロの服を着た人が突然現れたら……まぁ、驚くよね。新しい服の感触に肩を軽く回しつつ、セラは窓の外に目を向ける。遠くに小さな島影が見え始めていた。

 

けん引してきた海賊船は、運ぶ前にすでに海賊旗を外してある。あとは内装を大々的にリフォームして、帆と舵を直せば、十分に使えるはずだ。

 

――問題は、船員。

 

 

「うーん……人手が足りないな。私が操船はできても、大型船を一人で回すのはムリがあるし」

 

 

セラはひとつため息をつくと甲板の上を見上げた。太陽はまだ高く、今日一日を作業に使えそうだ。

 

 

「セラ……と言ったか?」

 

「ん?ああ、うん。もう歩いて大丈夫なの?」

 

「妾はあやつほど痛めつけられてはおらぬゆえな。……それより、人手が必要なのか?」

 

 

セラの独り言を聞かれていたことに、思わず頬をかく。けれど誤魔化すようなことでもない。小さくうなずいて答える。

 

 

「ええ。さっきの海賊たちの船を奪えたから、やっと偉大なる航路(グランドライン)に出られそうなんだけど……大型船はさすがに、一人や二人じゃ回らなくてね」

 

 

その言葉に、ハンコックは静かに目を伏せ、胸の前で手を組む。何かを思案するような仕草。

セラがその様子に口を開こうとしたとき――

 

 

「妾はハンコック。ボア・ハンコックじゃ」

 

「もし、お主が良ければ……妾を、お主の船の船員として迎えてはくれぬか? 代わりに……妾を含む四人を、この船に置いてほしい」

 

 

一瞬、セラは言葉を失った。だが、すぐに柔らかく笑って頷く。

 

 

「もちろん。むしろ、こちらからお願いしたいくらいよ」

 

 

ハンコックの表情がふっと緩む。ほんの少しだけ、張り詰めたものがほどけたようだった。

 

 

「……この船に乗りたい理由だけ聞いても良いかな?」

 

「恩を売ったつもりはないと言うじゃろうが……妾たちを助けてくれたのは、まぎれもない事実じゃ。ならば――妾はその恩に応えたい。救われたこの命で、のう」

 

 

そう言う彼女の声は震えていない。ただ、まだ幼さの残る声に宿るその決意は、本物だった。

 

 

 

―――

 

 

 

無事に島へと停泊した船の中――医務室には静かな時間が流れていた。外からは作業音がかすかに聞こえてくるが、この部屋の中だけはまるで別世界のように穏やかだ。

 

その静寂の中、眠る少女の傍らに寄り添っているのはサンダーソニアとマリーゴールドのふたり。ハンコックが医務室を後にした後、ふたりもまたモネに治療を受け、大人しくベッドに横になっていた。

 

……けれど。

 

隣で眠り続ける小さな少女の姿が気になって、目を閉じることができなかった。

 

 

「……まだ、目を覚まさないね」

 

 

マリーがぽつりとつぶやく。その声には不安と、少しの焦りが滲んでいた。ソニアは静かに首を横に振りながら、眠る少女の髪をそっと撫でる。

 

 

「でも……呼吸は落ち着いてる。モネも言ってた、もう危険な状態じゃないって」

 

 

マリーは唇を噛んだまま、小さくうなずいた。

 

すると――

 

かすかに、指先がぴくりと動いた。

 

 

「……っ!」

 

 

ふたりは同時に息を呑む。そして――まぶたが、ゆっくりと震えるように動いた。

 

 

「……ん……」

 

 

小さな声。次第に瞳がゆっくりと開かれていく。まだ焦点の合わない目が、ぼんやりと天井を見つめ――

 

 

「あれ。生きてる」

 

 

ソニアとマリーは同時に顔を上げ、目を見開く。ベッドに横たわる少女がゆっくりと瞼を開いていた。

 

 

「ヒヅキ……!」

 

 

マリーが声を震わせて名を呼ぶ。その声に応えるようにヒヅキはわずかに顔を向けた。ソニアとマリーの姿を見つけると、ふっと力が抜けたように安堵の吐息を漏らす。

 

 

「……マリー、ソニア……無事だったんだ……。ハンコックは……?」

 

 

かすれた声でそう尋ねながら、ヒヅキはゆっくりと上半身を起こそうとする。しかし――カーテンの向こうから入ってきた女性がそっとその肩に手を添えて制した。

 

 

「まだ、寝ててくれる?一番危なかったのは、あなたなんだから。……ハンコックは無事よ」

 

 

入ってきたのは白衣を羽織った女性――モネ。柔らかな口調でそう告げると、手早く問診を始める。

 

 

「……アンタが助けてくれたの?」

 

 

ヒヅキが問いかけると、モネは一瞬だけ手を止めて静かに微笑んだ。

 

 

「私はね、瀕死だったあなたの治療をしただけ。あなたたち四人を助けてくれたのは――私の姉さん。……この船の船長よ。セラっていうの。覚えておいて」

 

「セラ……」

 

 

ヒヅキはその名を小さく繰り返し、ぽつりとつぶやいたあと、天井を見上げる。

 

 

「……で、アンタは?」

 

「私はモネ」

 

「……助けてくれて、ありがとう。セラって人……強いんだね」

 

 

その言葉にモネは小さく頷きながら、口元に微笑みを浮かべた

 

 

 

―――

 

 

 

「起きたのじゃな」

 

「うん、生きてるっぽい」

 

 

 

医務室の様子を見に行くと言ったセラに付いて来たハンコックは目を覚ましたばかりのヒヅキを心配しながらも喜んだ。ヒヅキは視線をセラに向けると口を開いた

 

 

「アンタがセラ?」

 

「うん。意識が戻ってよかったわ」

 

 

セラはヒヅキを静かに見つめながら、その表情の乏しさにふと気づく。感情をあまり表に出さない子なのだろうか――。だが、見聞色で感じるその内側には、小さな不安と、安堵の入り混じった複雑な感情があった。セラは押しつけがましさも疑念もない、穏やかな声で語りかけた。

 

 

「ハンコックからの提案でね。ハンコックがこの船の船員になる代わりにあなたたちを乗せてほしいって、そうお願いされたの」

 

 

その言葉に、ソニアとマリーが顔を見合わせたのち、まっすぐセラを見据える。

 

 

「姉さまが乗るなら、私たちも一緒に!」

 

「そうです! 姉さまだけを働かせるなんてできません!」

 

「ソニア、マリー……本当に、それでいいのか?」

 

 

ハンコックが静かに問いかける。戸惑いを含んだ声音に二人は力強く頷いた。

 

 

「もちろんです……!」

 

 

そしてセラに向き直ると、揃って頭を下げた。

 

 

「私たちも、どうかよろしくお願いします」

 

 

セラが目の前の出来事に驚いていると、ヒヅキがぽつりと口を開いた。

 

 

「……なんでボクまで?」

 

「お主、行く場所がないじゃろ? お主が居なければ、妾たちの背にはあの焼き印が押されておった……。だから……勝手に決めてしまって、すまぬ……」

 

 

ヒヅキのまっすぐな視線に耐えきれず、ハンコックは目を伏せて視線を泳がせた。そして、わずかにうなだれるようにして謝る。

 

けれど、ヒヅキはすぐに首を横に振った。

 

 

「……ありがとう、ハンコック。ボクなんかで良ければ、乗せてよ。船員として」

 

「そこは客人としてじゃろ!?」

 

 

思わず叫ぶハンコックの声にヒヅキが小さく笑う。

 

 

「ボクだけ働かないのは不公平でしょ?」

 

「……ありがとう。あなたたちを、心から歓迎するわ」

 

 

 

セラが優しく微笑みながらそう言ったその瞬間、医務室の扉が勢いよく開け放たれた。勢いそのままに、元気いっぱいの声が響く。

 

 

「わーい! 新しいお友達ーっ!」

 

 

飛び込んできたのはシュガー。全身で喜びを表す彼女の姿にその場の空気がふっと和らいだ。

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