あの二人に長女を入れてみた   作:雪月-dox-

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第三話

新しくなった船は、頻繁に立ち寄るホシバナ島の港に停泊していた。

医務室ではモネが、静かにカルテの整理と薬品の在庫チェックに集中している。今後は偉大なる航路(グランドライン)に入る。未知の気候、見知らぬ病、負傷の種類も増えるだろう。先回りしてできる準備は今のうちに済ませておきたかった。

 

 

「……酷いわね」

 

 

小さく漏らした声は、目の前の書類の束に向けられたものだった。

それは医務記録とは別に積まれた“隠し部屋”の調査報告書――ヒヅキの情報から探し出された、船の奥にあった秘密の空間に関する記録だ。

 

もとは海賊の船。かつての乗組員たちは複数の隠し収納を船内に設けていたらしい。そこからは、少なくない額のベリーと、一つの悪魔の実が見つかった。

 

だが、モネが最も顔をしかめたのは、その実ではなかった。共に保管されていた“顧客リスト”だ。

 

『見た目の良い女性を攫っては、適当な悪魔の実を食わせて“能力者奴隷”として売る。――売り先は“天竜人”』

 

 

「気に入らないわ。本当に……まぁ、今はこっちが先か」

 

 

吐き捨てるようにつぶやいた後に机の上に鎮座してる果実を見やる。

それは果実というより、まるで凍てついた花のようだった。六角形に尖った氷の結晶を思わせる形をしている。表面には渦巻きと雪の結晶の模様が刻まれ、吹雪の記憶を閉じ込めたかのように冷たく輝いていた。

 

 

ハンコックたち四人は能力者――いや、正確には違う。ハンコック、サンダーソニア、マリーゴールドの三人は、能力者に”された”。ヒヅキは攫われる前からすでに能力者だったようだ。

 

 

「結果的に食べるなら私、と言うのは分かるけど……ヒウヒウの実、自然系(ロギア)…氷風雪、ねぇ…」

 

 

開きっぱなしの“悪魔の実図鑑”をじっと見つめる。外見は確かにこれに近い。間違いない、多分、きっと。

 

 

(もし全然違う実だったらどうしよう……)

 

 

そんな不安が脳裏をかすめる。もし売れば、今後の航海に大いに役立つ。けれど――姉さんだけに戦わせるのは、やっぱり気が引ける。

 

そういえば、とふと思い出す。

──破れた服の隙間から見た、姉さんの体は……まぁ、凄かったなと。

 

そんな煩悩に顔を赤らめ、モネは深呼吸をした。

 

 

「こほん!煩悩退散、煩悩退散。よし……食べよう」

 

 

決意の表情で果実を持ち上げ、思い切って齧りつく。

 

 

「っっ……!!」

 

 

目を見開き、咄嗟に両手で口を押さえる。舌に触れないようにごくりと呑み下した。想像を超える不味さに水の入ったジョッキを一気に煽る。そして、セラに心から謝罪した。これ、全部食べたんだぁ…っと。めしょめしょしながら歯磨きに席を立つモネ。ふわりと頬を風が撫でたが気が付かなかった

 

 

 

―――

 

 

 

「それは……本当ですか?」

 

『ああ、間違いない。俺も今そっちに向かっている。いいか、出来る限り人を隠せ。』

 

「……わかりました」

 

 

通信が切れると同時に、ハルは電伝虫の受話器を乱暴に置き、机を拳で叩きつけた。重く響いた音に外の海兵たちが思わず息を呑む。普段は穏やかなその背中が怒りに震えていることを誰もが感じ取っていた。

 

 

「どうしたんです? いきなり……」

 

 

長年仕えてきた副官が戸を開けて声をかける。 ハルはゆっくりと振り返り、押し殺すように告げた。

 

 

「……この島に天竜人が来る。ロズワード・ドリック聖だ」

 

「は……!?」

 

 

副官の顔が蒼白になる。理由を問うような視線を受けながら、ハルは静かに説明を始めた。

 

 

「“品定め”だ。買う予定だった奴隷が乗った船が消息を絶ったそうでな。代わりの“商品”を探すために、この島に来るらしい」

 

 

沈黙。副官は言葉を失い、拳を震わせる。

 

 

「……ふざけてる……この島を、なんだと思ってる……!」

 

「声を落とせ。動揺が広がる」

 

 

低く、それでいて鋼のような硬さを宿したハルの声音に副官は返す言葉を失った。

 

 

「……島民には、“政府の視察”と伝えろ。徹底して丁重に迎え入れるんだ。反抗すれば、どんな末路になるか……お前も分かっているだろう」

 

 

ハルの視線は窓の外へと向く。陽光に照らされた、穏やかな街並み。その一つ一つに、彼は顔を知る人々の暮らしを思い浮かべていた。

 

 

「……子どもを隠せ。女と老人も、できる限り森の避難所に。あいつらは、“選ぶ”。それが、一番恐ろしい」

 

 

副官が、憎悪を噛み殺すように呻く。

 

 

「……クソッ……!」

 

「どうして……世界政府は、あんな連中を許すんですか……!」

 

 

ハルは静かに、だが深く――答えた。

 

 

「それが、“世界”だ。俺たちが生きている、“現実”だ」

 

 

 

―――

 

 

 

「毎回、こんなことしてるの……?」

 

「そうだよ! モネお姉ちゃんがほとんどだけど、手が足りないときは私もお手伝いしてるの!」

 

 

まだ幼いシュガーが元気いっぱいに答える。その一方で、すでにマリーは頭を使いすぎてぐったりしていた。ヒヅキが持ってきた林檎に、もはや無心でかじりついている。

 

 

「すごいね……あたし、何が何だかさっぱりだったよ」

 

「慣れだよ! でも……セラお姉ちゃんの仕事は無理~。重いし、動くし、力要るし~」

 

 

げんなりと口を尖らせるシュガーを見て、マリーは内心(じゃあ次はそっちやろうかな……)と考えていた。頭を使うよりは、ずっとマシに思えたのだ。

 

 

「ハンコックさんは……?」

 

「ハンコックで良いと言っておろう?」

 

 

その声と共に現れた少女――ボア・ハンコック。だが、いつもの高貴な威圧感は少し薄れ、どこか疲れたような表情を浮かべていた。

 

 

「おつかれさまー!」

 

「うむ、お主は元気じゃのう……」

 

 

そう言ってハンコックはしゃがみ込み、まずはシュガーの頭を撫で、次いでソニアの頭にも手を置く。二人とも思わず頬を緩める。

 

 

「……さて。みな、船に戻るぞ。少し…良くない話を聞いた」

 

 

その言葉に休憩していた一同の目が集まる。ハンコックは言葉を選びながら告げた。

 

 

「この島に世界政府の“視察”が来る。海兵から聞いた話じゃ。信ぴょう性は高い」

 

「……視察?」

 

 

鋭く反応したのはソニアとマリー。ヒヅキは反応せず、ただ二個目の林檎にかじりついた。

 

 

「詳しくは、船に戻ってから話そう」

 

「はーい!」

 

 

元気よく返事をするシュガー――だったが。

 

その瞬間、ぞわっと、全身を駆け抜けるような不快な感覚が走る。 体の奥底を逆撫でされるような、ぞっとする気配。

 

 

「……ひゃっ……!」

 

 

反射的に声を上げたシュガーに、近くで荷物を担いでいたマリーが慌てて駆け寄る。

 

 

「ど、どうしたの!? 何かあった?」

 

「……海の方。なんか……怖いの、来てる……」

 

 

シュガーの小さな身体が、震えていた。

 

 

 

―――

 

 

 

ハンコックたちが急いで船へ戻り始めた頃、港には緊迫した空気が満ちていた。駐在する海兵たちは口を揃えて呟く――なぜこの島に、天竜人が来るんだ…

 

まるで災厄そのものが上陸するかのようだった。彼らは新世界に通じる戦力を従え、気まぐれに街を練り歩く――必ず何かが起きる。そう確信した海兵たちは民間人に外出を控えるよう、事前に避難を促していた。

 

そして、その時は訪れた。

 

天竜人を乗せた巨大な船が港へ入ってくる。船底には海楼石が敷き詰められ、凪の帯(カームベルト)すら安全に航行できる世界政府の象徴。その圧倒的な存在感に、港に停泊していた漁船や商船たちはまるで影を潜めたように沈黙する。

 

 

甲板には黒スーツに身を包んだ男たち。周囲に睨みを利かせるその姿――まさしく、CP0(サイファーポール“イージス”ゼロ)。その様子を遠くから見ていた老兵――ハルは、顔をしかめながらも表情を整え、迎えの体を取った。無言のうちに背筋を伸ばし、ゆっくりと港への階段を降りていく。

 

静まり返った港に、ハルの軍靴が打ち鳴らす音だけが異様に重く響いていた。

 

それが、唯一の“歓迎の音”だった。

 

やがて、甲板からタラップが金属音と共に降ろされる。

 

最初に姿を現したのは顔の半分を仮面で覆った黒服の男。一礼もせず、沈黙のまま周囲に鋭い視線を走らせる。

 

 

その直後――

 

 

「ほう……これが“下界”か。空気が……実に卑しい。鼻が曲がりそうだぇ」

 

 

と、間延びした声と共に“それ”が現れた。

 

顔を完全に覆うシャボンのドームヘルメットに金と白で装飾されたローブ。肥え太った身体を揺らしながら、天竜人は足元を見下ろすようにタラップを降りてくる。従えるのは四人のCPエージェント。

 

ハルは眉をひそめながらも、その場で背筋を伸ばして礼をとった。

 

 

「ようこそ、ホシバナ島へ……ご機嫌、麗しゅうございますか」

 

 

天竜人は返答しない。ただ、ローブの袖を揺らしながら鼻を鳴らし、背後にいる人間に問い掛けた

 

 

「奴隷は何人いるんだぇ?」

 

 

その声は品物でも選ぶかのような声音だった。ハルは短く息を吸い込んだ。視線を上げれば、背後の若い海兵たちが拳を握り締めるのが見える。怒りと恐怖、そして無力さ。それでも、彼らは引き金を引くことなど決して許されていない。

 

 

「……申し訳ありません、当島には“そういった者”はおりません。皆、平等に民として生活しております」

 

 

嘘ではない。しかし、この場ではそれが最大の挑発にもなり得た。天竜人の足が止まり、ぶすりとした表情でハルを見下ろす。

 

 

「――ふぅん。お前……今、わしに逆らったか?」

 

 

その一言で、空気が凍りついた。

 

 

「いえ、そのようなつもりは――」

 

「うるさいッ!!黙っていれば良いものを!!処刑だ!!」

 

 

ドリック聖が持つ豪奢な金装飾の拳銃…その、金色の銃口がハルに向けられ、ためらいなく引き金が引かれた――甲高い金属音が響く、天竜人とハルに最も近かったCPエージェントが臨戦態勢に入るが、すぐに解除した

 

 

「ドリック聖、この者は私の部下であり、任務に不可欠な存在です。不敬があれば私が責任を取ります。どうかお許しを――」

 

 

重々しく響いたその声と共に、金属を砕いたような音が耳を裂いた。ハルの目前、空気を切り裂いて放たれた銃弾は――黒く染まった掌に潰されていた。現れたのは短く刈り込まれた紫髪と威風堂々たる立ち姿。世界政府すら一目置く、――“黒腕のゼファー”だった。

 

 

「な、ななっ! なんだえぇ!? お前ぇ!!」

 

 

ドリック聖が喚き散らすように叫ぶ、恐怖や後悔ではなく単純な怒りで、だ

 

 

「失礼――私は、海軍“大将”ゼファーでございます」

 

「ゼファーさん……!?」

 

「怪我はないな?」

 

 

姿勢を正し、ゼファーはハルの声に短く応じると、再びドリック聖を見据えた。その視線には一切の畏れも揺らぎもない。一方、怒りに顔を歪めたドリック聖は血管を浮かせながらもゼファーの名を多少は知っているものの、ひるむどころか逆上し――再び引き金を引いた。

 

しかし、ゼファーは一歩も退かない。

放たれた弾丸は彼の武装色で覆われた肉体に当たるたび、金属のような音を立てて弾かれていく。

 

 

「えぇい!これだけで済むと思うなよ!わしを怒らせた事を後悔させてやるぇ!」

 

 

怒声と共にドリック聖はCPエージェントを引き連れ、足早に街の方へと姿を消す。その背に向かって、ゼファーが皮肉げに声を投げた。

 

 

「護衛は……ご入用でしょうか?」

 

「お前も! お前の部下も! いらないぇッ!」

 

 

そう吐き捨てて、天竜人の一行は港を去っていく。その背中を見送りながら、ゼファーは拳を固く握りしめた――。

 

 

「まったく……無茶をする」

 

「いやぁ……まさか本当に撃たれるとは思いませんでした」

 

 

ハルは苦笑しながら肩をすくめる。だがその内心では、“天竜人”に対する認識を改めなければならない――そう痛感していた。そして、ふと疑問が浮かび隣の男へ問いかける。

 

 

「……ゼファーさん、大将はお辞めになったのでは?」

 

「海がこうも荒れていてはな。復帰を促されて、一時的に復職したというわけだ……まさか復帰後、最初の任務がこれになるとは思わなかったがな」

 

 

そう言ってゼファーは険しい視線のまま、港の奥――街の方へと目をやる。

 

 

「島民たちは?」

 

「可能な限り避難させました。ただ……奴がCP0を使って探し始めたら、我々では止めようがありません」

 

「……祈るしかないな」

 

 

 

―――

 

 

 

天竜人が島へ上陸した頃――島の中心部。セラは大きな木箱を病院の裏口に置くと額の汗をぬぐった。

 

――これが今日……ううん、最後の仕事だ。

 

船は改装を終え、出航の準備も整っている。次に目指すのは、“海賊王”ロジャーが最期を迎えた場所――ローグタウン。偉大なる航路(グランドライン)へ挑むにはそこで道具や情報を揃えなければならない。

 

 

「セラちゃん! ありがと! おかげで、しばらくは買わなくて済みそうだよ!」

 

「いえ、こちらこそ……ありがとうございました。……私たち、偉大なる航路(グランドライン)を目指すので……今回で最後になります」

 

「えぇっ!? ……そっか。……寂しくなるな……。あ、ちょっと待ってて!」

 

 

若い医院長はセラの言葉にしみじみと呟いたあと、何かを思い出したように慌てて院内へ駆け込んでいった。数分後、息を切らせながら戻ってきた彼の手には――小さなコンパスのような装置が握られていた。

 

 

「これ、いつか行こうと思って取っておいたんだけど……俺には無理そうだからな。今までのお礼も兼ねて、あげるよ。医療大国――ドラム王国の永久指針(エターナルポーズ)だ!」

 

 

そう言ってセラの手に永久指針をそっと押し付け、彼は屈託なく笑った。

 

 

「医院長さん……ありがとうございます」

 

「良いんだよ。それより、避難指示が出てるだろ?セラちゃんも早く船に戻った方が良い」

 

 

長年にわたって親交を築いてきた彼に、セラは心からの笑顔でお礼を告げる。

 

その時だった。

 

 

「おお……ッ!? これは、これは……! なんという輝き! ”下界”の泥の中に、これほどの宝石が眠っていようとは……!」

 

 

妙に間延びした、気味の悪い声が突然響く。セラと医院長は驚き思わず振り向いた――。声のした方に目を向けると、一目で“常識の外側”の存在と分かる男だった。

 

豪奢な金と白のローブ。頭部を覆うシャボンのドームヘルメット。だがそれ以上に目を引くのは、その“視線”――まるで品物を吟味する商人のように、舐め回すような視線をセラに注いでいた。

 

 

「透き通るような肌……鮮やかな髪……!おお……!こんなにも美しいものがあるとは……っ!」

 

 

彼の背後には黒服に身を包んだCP0のエージェントたちが控えていた。その姿勢は警戒ではなく――静かなる“殺気”。一歩でも不用意に近づこうものなら、即座に排除されるだろうという緊張が空気を支配する。

 

 

「貴様、名前は……? いや、聞かなくてもいいか。どうせこのわしの所有物になるのだから……」

 

 

唇の端をゆがませ、ドリック聖は愉悦に濡れた声でセラへと手を伸ばし

 

 

「お前たち、アレをわしに献上しろ!」

 

 

その瞬間、医院長が思わず前に出る。

 

 

「な…!?やめてください!」

 

 

声が震えていた。それは恐怖ではない。怒りと、焦りと、護ろうとする意志から来るものだった。

だが、その行動は――天竜人にとって“許されざる反抗”だった。

 

 

「ドリック聖が“献上しろ”と命じたのだ。――邪魔をするな」

 

 

セラの拘束に動いたCPエージェントの冷淡な声音にはまるで命令のような重さが込められていた。それでも、医院長は一歩も退かず、声を震わせながらも怒りを露わにする。

 

 

「ふ、ふざけないで頂きたい! 彼女は人間だ! モノじゃ――っ」

 

 

その瞬間だった、乾いた破裂音が空気を裂く。

 

パンッ――。

 

誰よりも早く動いたのは――ドリック聖だった、豪奢な金装飾の拳銃がためらいなく火を吹く。銃口から立ちのぼる煙。硝煙の匂い。

 

しかし、その銃弾は目的を果たさなかった。

 

 

「……っ!?」

 

 

驚きの声を漏らしたのはむしろCPエージェントたちだった。発砲の刹那――セラが光のように駆け、医院長とドリック聖の間へと割り込む。黒く染まった掌が閃き、乾いた衝撃音と共に銃弾を弾いたのだ

 

その場にいたエージェントたちが、思わず奥歯を噛み締める。セラから放たれるのは圧倒的な覇王色の覇気――意識を刈り取るような圧が空気ごと重くのしかかる。

 

冷静さを保とうとするも、手がわずかに震えていた。

 

仮面越しの視線が交錯する。じりじりと距離が詰まり、空気が張り詰めていく。

――取り押さえる機を逸した。

次の瞬間、三人のエージェントが判断を下す。無傷での拘束は不可能――ならば、確実に仕留め遺体を献上する。迷いのない動きで全員が一斉に間合いを詰めた。

 

その背後――

ドリック聖は白目を剥き、泡を吹きながらその場に崩れ落ちていた。虚ろな目で空を仰ぎ、痙攣を起こしたまま反応がない。後方のCPエージェントが慌てて駆け寄り、無言でその身を抱え上げる。

 

 

「……指銃(しがん)!」

 

 

音もなく間合いを詰めたエージェントが武装色で染め上げた指を突き出す。

六式――人の肉体の限界を超える体術。その一点に覇気を纏えば、鋼鉄すら貫く“槍”となる。

 

 

だが――

 

 

「ぐ、ぁ…!?」

 

 

空間がきらめいた刹那、灼熱の鎖が奔る。

光で編まれたそれは質量を持ち、全身を絡め取ると同時に肉を焼き、骨を軋ませながら締め上げていく。

 

 

即座に残る二人が動いた――

 

一人は月歩(げっぽ)で上空から、もう一人は医院長ごと巻き込む位置から同時に叫ぶ。

 

 

嵐脚(らんきゃく)ッ!!」

 

 

空間を裂くような斬撃が十字にセラを襲う。セラは即座に漆黒の光翼を背に展開。その翼を盾にして、自身と医院長を包み込んだ。

 

キィン――!

澄んだ金属音が空気を震わせ、斬撃は光翼に弾かれて四散した。

斬撃を光の翼で弾いた瞬間、セラは動く。

 

その跳躍は音を置き去りにし、瞬く間に上空のエージェントの間合いへと迫った。

武装色を纏った拳が、その鳩尾をえぐるように叩き込まれ――

 

刹那、拳が光を纏い――爆ぜた。

 

ドンッ――!

 

空気そのものが震え、衝撃が大気を揺らす。セラはすかさず地上へ急降下し、爆ぜた閃光が地面を穿ち、白い爆煙が一帯を包む。やがて、煙の帳をかき分けるように姿を現したのは――

 

首根っこを掴まれたCPエージェント。その顔は苦痛に歪み、意識は朦朧としている。セラはその体を放り捨て、静かに振り返った。

 

 

「ドリック聖……!! お下がりください!!」

 

 

残った一人のCPエージェントがセラとドリック聖の間に身を滑り込ませるように立ちはだかった。

 

だが――

 

 

「うるさいぇ!!」

 

 

甲高く、喚き声が響いた。気を失っていたはずのドリック聖が、いつの間にか意識を取り戻していた。癇癪を爆発させるように喚き散らす。

 

その腕には、一人の子供。怯えた様子で目に涙をためている。次の瞬間――子供は地面に叩きつけられ、呻く暇もなくその身体を踏みつけられる。

 

 

「なんで役に立たないえ! なんで命令を聞かないえ! お前も、お前も! みんな奴隷になるえ!!」

 

 

歯を剥き、涎を飛ばしながら、金で装飾された銃を握り締める。そして――震える子供の髪を掴み、頭に銃口を突きつけた。

 

 

「お前ぇ……この屑が死んでもいいのかェ!?わしは知ってるぞ……こうやってやれば、お前らみたいな下等は黙るってなァ!」

 

 

泣きたいのに泣かない。子供は声を殺し、必死に耐えていた。銃口の向こう、セラはその光景をじっと見つめていた。

 

そして――一度だけCPエージェントに視線を送ると、そのままドリック聖を真っ直ぐに見据えた。

 

 

「な、なんだぇ!! その目は! 何なんだぇ、その目はぁ!!」

 

 

異様な空気を感じ取ったドリック聖が焦燥に駆られて喚き散らす。自分が気を失っていた原因がセラにあると直感し、恐怖を滲ませた声で叫んだ。

 

 

「おい、お前ぇ! この女を捕まえろ!!」

 

 

彼は更に叫ぶ、セラの背後で身を低くしていた医院長にすら命令した、何故なら今まで全員が従ってきたからだ。だが…彼は動かない、ドリック聖の顔がひきつる。

 

 

「お……お前ぇ…!! わしが気に入ってやったからって調子に乗りおって!!何してるぇ! 早く! わしに献上――」

 

「……もう、喋らないで」

 

 

セラの声は低く、冷たく響いた。その瞳は揺れず、ただ真っ直ぐにドリック聖を見つめている。

 

――次の瞬間。

 

光が静かに弾けた、予備動作は皆無。怒りでも激情でもなく、ただ“当然の処置”として灼熱の光がドリック聖の全身を絡め取った。

 

 

「……ッ!?」

 

 

声にならない驚きと、全身を締めつける激痛にドリック聖は反射的に少年を手放す。そして、焼き焦がすような高熱がその身を貫いた。

 

 

「あ……あががが、がぁああああアァァァァ!!!」

 

 

痙攣する両腕、金のローブが炭のように黒く変色し、シャボンのヘルメットが軋みながら崩れ落ちる。

 

 

「き、貴様……っ! なんてことを……!!」

 

 

悲鳴にも似た怒声を上げたのは残るCPエージェントの一人だった。怒りと動揺、そして恐怖が混じるその視線がセラへと集中する。

 

その隙に、医院長が素早く動いた。倒れた少年に駆け寄り、その小さな身体を両腕に抱え上げると、無言のままセラの背後へと身を隠した。

 

 

「……モネ、すぐに出向の準備を。――いいえ、私以外が揃ったら出して。必ず追いつくわ」

 

 

懐から小型の電伝虫を取り出し、セラは静かに囁いた。

 

 

「……もう、来たのね」

 

 

背後――震える少年を守るように立つ医院長の姿を見やり、セラは一度だけ深く息を吐く。逃げていくCPエージェントに視線を向けることなく、彼女の意識はすでに“次”を捉えていた。

 

――見聞色が捉えた。

 

港から一直線に向かって来る、あまりにも重く、鋭く、そして巨大な“気配”。

 

海軍最高戦力。その名を知らぬ者はいない。天竜人に手をかけた今、彼が現れるのは必然だった。

 

無駄な争いは避けたい――だが、譲れぬ一線がある。セラの決意は既に揺るぎない。

 

そして。

 

白のコートを翻し、現れたその男はまるで空気を裂くように場を支配した。

 

背に刻まれた『正義』の二文字。黒檀のごとき風貌、鋼鉄のごとき気迫。全てを圧倒する威容。

 

――海軍大将、”黒腕の”ゼファー。

 

その名が示す通りの“力”が、ついに目の前に現れた。

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