あの二人に長女を入れてみた   作:雪月-dox-

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第四話

セラは、目の前に立つゼファーを見つめていた。

余計な威圧も、恐れもなく。ただ、自然体のままで。

 

まるで、それが己に課された運命だと――どこか、悟っているかのように。

 

ゼファーもまた、険しい表情を崩さない。

その鋭い眼差しに宿るのは、単なる敵意ではなかった。

 

若者の覚悟を見極めようとする静けさ。

そして、かつての自分を重ねるような、わずかな哀しみ。

 

動かぬ二人のあいだには、張り詰めた空気だけがあった。

まるで嵐の到来を前に、世界が息をひそめているような――緊張と沈黙。

 

だが、その静寂を破ったのは、セラでもゼファーでもなかった。

 

 

「待って!! 待ってよ!! 助けてくれたんだ!!」

 

 

声を上げたのは、医院長に抱かれていた少年だった。

小さな体でその腕を振りほどき、セラの前に立ちはだかるように両手を広げる。

 

セラは驚いたように目を見開いた。

 

 

「家の中に隠れてろって、海兵の兄ちゃんが言ってたけど……でも、あの、て、天竜人? が入ってきて、僕を……!」

 

 

震える声。それでも、言葉はまっすぐだった。

命を救われた恩に応えようとする――その姿は小さくとも、確かな勇気の証だった。

 

ゼファーはゆっくりと少年に歩み寄り、しゃがみ込みながら静かに言葉をかける。

 

 

「……大丈夫だ」

 

 

その声には威圧はなかった。

ただ、人としての優しさが、滲んでいた。

 

そっと少年を抱き上げ、セラの脇を無言で通り過ぎる。

そして、医院長のもとへ少年を預けた。

 

 

「……頼む」

 

 

医院長は複雑な眼差しをセラに向けたが、彼女は微笑んで軽く手を振る。それを見て、医院長は黙って頷き、少年を抱いて静かにその場を去っていった。

 

やがて――残されたゼファーが、再びセラの前に立つ。その瞳には強く、そして静かな決意が宿っていた。

 

 

「……俺は、海軍大将ゼファー。まずは――島民を守ってくれたことに、礼を言う」

 

 

その声は低く、抑えた熱を孕んでいた。

だが、続く言葉には重い現実がにじんでいた。

 

 

「……だが、天竜人を討ったという事実は――消えん。どれだけ動機がまっとうでも、それは、“世界”が許さぬ罪だ」

 

 

怒りではない。

そこにあったのは、葛藤と苦悩、そして哀しみだった。

 

拳を握る。

守るために振るってきたその手が、今や――守った者を罰するためにある。

 

 

「……お前に“正義”があるように、俺にも“正義”がある」

 

 

言葉を重ねるように、静かに告げる。

 

 

「だが……それがいつも正しいとは、限らんのだ」

 

 

その言葉は、己への戒めでもあった。

理想と現実――その狭間で揺れる男の声が、張り詰めた空気に溶けていく。

 

 

「若い頃の俺なら……きっと、お前に手を貸していたかもしれん。暴虐に抗い、命を守る。それこそが正義だと、信じていた」

 

 

一歩。

重い足取りが、地を軋ませる。ゼファーが前へと進んだ。

 

 

「……だが、時は流れた。仲間を失い、志も削れた。それでも俺は、組織に残った。“正義”が誰のためにあるのか、わからなくなる日もあった」

 

 

セラは、沈黙のままその言葉を受け止める。

否定も同情もなく――ただ、まっすぐに。

 

ゼファーもまた、その視線を逸らさなかった。

 

 

「ええ。分かっています。すべてを覚悟したうえで――私は、見過ごせなかった」

 

 

セラが一歩、前に出る。

その声音は静かで、曇りがなかった。

 

 

「……一つだけ、お願いがあります」

 

「……聞こう」

 

 

ゼファーが短く頷いたのを見て、セラは息を整え、言葉を選ぶように口を開いた。

 

 

「私のせいで、この島に“バスターコール”が発令されるかもしれません。それを止めていただけませんか? 私の名を使っても構いません。この島は私と無関係の存在として、私が偶然天竜人を襲った――そう言ってください」

 

 

ゼファーの眉が、かすかに動く。

数秒の沈黙のあと、低く、鋭い問いが返された。

 

 

「……お前は、何者だ?」

 

 

その問いに、セラは小さく苦笑し、眉を下げる。

どこか困ったような、寂しげな微笑みだった。

 

 

「――“空白の100年”に関わる一族。……その生き残り、セラ・ルミナです」

 

 

ゼファーは目を細め、ゆっくりと腕を組む。

その名が意味するもの――それは、世界政府にとって“抹消対象”であるという告白。

 

動機が何であれ、もはや関係ない。

“セラ・ルミナ”という名が出れば、すべての矛先は彼女ひとりに向く。

 

――島は守られる。

――天竜人の死も、彼女の単独犯行として処理される。

 

それを語らず、彼女は背負った。

天竜人を討った、その罪と責任を。

 

ゼファーの胸に去来したのは、理屈でも義務でもなかった。

ただひとつ――かつて己が捨てたはずの理想への、微かな痛みだった。

 

 

「……だが、今のお前じゃ――俺には勝てんぞ?」

 

 

ゼファーの言葉に、セラはゆっくりと首を横に振る。

 

 

「ええ。不可能です。ですが……逃げることなら、“ほぼ不可能”くらいです」

 

 

静かな口調に、ゼファーの眼差しがわずかに細まった。

 

 

「……もし逃げられなかったら、どうするつもりだ?」

 

 

セラは一瞬だけ視線を落とし、そして、かすかに微笑む。

 

 

「その時は――」

 

 

 

剥製にも、玩具にもなります――そう言いかけた時

 

 

「……待て」

 

 

ゼファーが静かに手を上げる。その声音には、どこか――優しさがあった。

 

 

「……そういうことは、口にするもんじゃない」

 

 

セラは言葉を飲み込み、彼を見つめる。

それは“敵”としての叱責ではなかった。もちろん“味方”のそれでもない。

ただ――かつて同じ道を歩いた者としての、静かな願いだった。

 

彼女は、その思いを受け止め、今度ははっきりと笑う。

皮肉でも虚勢でもない。戦いを前にしてなお、そこには確かな感謝が宿っていた。

 

 

「……ありがとうございます、ゼファーさん」

 

 

それが、交わされた最後の言葉だった。

 

再び訪れる沈黙。

張り詰めた気配が風を止め、空気が重く沈んでいく。

 

圧力が空間そのものをねじ伏せ、空気に緊張の刃が走る。

 

 

「……話は、終わったな」

 

「はい」

 

 

セラの背に、光の翼が展開される。

腰に()いた直剣が抜かれ、その刀身は漆黒に染まり、淡い輝きを纏ってゆく。

 

放たれる光は熱を帯び、空気を揺らし、景色を歪ませながら灼き焦がす。

 

一方、ゼファーは無言で外套を脱ぎ捨て、両腕を覇気で覆う。

艶やかな黒に染まった拳が、鈍く、重々しく空気を揺らす。

 

 

 

そして――

 

二人の覇王色の覇気が激突した。

 

 

 

黒雷のような閃光が天地を裂き、空間は軋み、地は抉れ、天は悲鳴を上げる。

空を覆う黒の波動がうねりを上げ、周囲の空気を、何もかもを押し潰していく。

 

 

 

まさに――覇王と覇王の衝突。

 

 

「お前がどれほどの想いを抱えていようと……今の俺は、“秩序”を守る剣だ。ゆえに――拘束させてもらう」

 

 

その言葉は、誰よりも――己自身に突きつけた戒めだった。

 

 

「ええ。……それでも、私はあなたに抗います」

 

 

刹那。

 

ゼファーの姿が掻き消えた。

 

風が止まり、音が遅れて世界に追いつく。

 

 

 

「――征くぞ、セラ・ルミナ!!」

 

 

 

大地を揺るがす咆哮。

地を砕いて迫る、黒鉄の拳。

 

セラは一切の迷いなく剣を構える。

その一太刀に、命と信念のすべてを込めて――迎撃を選んだ。

 

 

 

―――

 

 

 

「何をしている! 早く港を封鎖しろ! ドリック聖が――殺されたんだぞ!」

 

 

怒号が港に響き渡る。

血の気の引いた顔で、ドリック聖の亡骸を抱えたCP0のエージェントが叫んでいた。

 

その視線の先――

ゆっくりと湾を離れようとしている、一隻の商船。

 

静かに舳先を進めるその影に、場の空気がわずかに揺らいだ。

 

 

「あの商船は……!」

 

「隊長、どうしますか……?」

 

 

動揺を隠せない若い海兵の声が、緊迫感をさらに煽る。

 

 

「そいつの指示なんか待つな! 軍艦を出せ、今すぐだ! このタイミングで出航など、あの女の一味に決まっている!」

 

 

怒鳴り返すエージェントは、亡骸を抱えたまま政府の船へ飛び乗る。

おそらく死体を置いた後、すぐさま商船に攻撃を仕掛けるつもりだろう。

 

 

「くっ……全員、出撃準備! 湾を抜けようとする商船を――沈めろ!」

 

「……ハ、ハッ!!」

 

 

号令に応じ、部下たちが一斉に動き出す。

だが、その場にいた誰もが――わずかに、ためらいの色を滲ませていた。

 

 

ハルは、ちらりと一隻の船に目をやった。

 

ハルの目に映ったのは、既に砲塔を商船へ向け終えたゼファーが率いて来た部隊の軍艦だった。

――準備は、完了している。

 

拳を強く握りしめる。

 

 

あの船に――乗っているのは、よく知る顔だった。

長年にわたり、この島へ物資を届け続けてくれた者たち。

中でも、彼女とは何度も顔を合わせていた。

 

 

「……くそっ……!」

 

 

ハルは低く呻き、苦悩に満ちた目で船を見つめた。

 

だが。

 

彼は“海兵”であることを選んだ。

個人の感情を超えて、“命令”に従う者として。

 

 

その時、島の中心部から地を割るような圧が広がってきた。

肌に刺さるような、殺気と気迫。――間違いない。ゼファーだ。

 

 

「……全艦、追撃用意。だが――撃つのは俺の合図を待て」

 

 

低く、抑えた声。

 

それは、“人”としての感情が、軍人の理に抗うために絞り出した、最後の抵抗だった。

 

 

 

―――

 

 

 

「こっち向いてるよ! 動き出すかも!」

 

 

甲板の上、シュガーの叫びが風にかき消されそうになる。

 

 

「帆は張ったまま! 逃げるわよ!」

 

 

モネが声を張り上げ、すぐさま行動に移る。右の掌に集めた氷を含んだ雪のつむじ風を、勢いよく海面へと放った。

 

白銀の竜巻が海を突き刺し、瞬く間に凍結が広がる。氷塊が吹き荒れ、薄い吹雪が視界を覆い、冷気が一帯の海域を白く塗り潰していく。

 

 

「……これで少しは、目くらましになるはず……!」

 

 

だが、モネの表情は苦しげだった。本来なら砲撃すら受け止め得る力もある。だが今は、未熟な制御の中、視界を封じ、進路を妨げ、帆に風を送るだけで精一杯だった。

 

 

「ハンコック! 舵をお願い!」

 

「わかっておる!!」

 

 

モネの声が届くよりも早く、ハンコックはすでに舵を握り、波に抗って船を操っていた。ソニアとマリーは半獣の形態となり、モネが送る風に煽られる帆を支えるため縄を抑え、指示に応じて俊敏に動く。

 

――そのときだった。

 

気配。

 

シュガーの見聞色が、甲板のすぐ近くに迫る“殺気”を捉えた。

 

 

「敵! 此処に――っ!」

 

 

警告を発しようとした瞬間。黒く染まった掌――いや、“殺意”を帯びた貫手が、すでに彼女の頭部を狙っていた。

 

見聞色が捉えた気配と、シュガーの間に割って入ろうとするモネ。だが、間に合わない。

 

その手は、シュガーの頭部を―――

 

 

「何してるの?」

 

 

振り抜かれる寸前で、止まった。

 

鈍い衝突音が空気を裂き、火花が散る。割り込んだのは、鋼鉄のような血の塊――否、血で構築された重厚なメイスだった。

 

シュガーと男の間に立ちはだかる影。

 

それは“鎧”だった。血を核として編まれた赤黒い全身装甲。流線形の構造には生物のような柔軟さと、獣のような荒々しさが宿る。関節部からは紅い蒸気が噴き出し、肩の装甲が微かに金属音を立てて震える。紅く発光する双眸が、眼前のCP0のエージェントを真っ直ぐに射抜いていた。

 

 

「……ヒヅキ、お姉ちゃん……?」

 

「大丈夫? ……モネ、シュガーをお願い。こいつはボクがやる」

 

「シュガー! こっちに! ……頼んだわ!」

 

 

モネが叫び、手を差し伸べる。

シュガーが駆け寄るのを横目に――ヒヅキは力を込め、重厚なメイスを振るう。

 

鈍い衝突音と共に、男の貫手を弾き返す。

後退して間合いを取る男の姿を見届けると、ヒヅキは血の爪に滴る赤を、軽く腕を振って払った。

 

CP0の男は、一歩引く。

だが――その額に滲む汗が、語っていた。

“敗北”という言葉が、無意識に脳裏をよぎっていたのだ。

 

 

「……何者だ、貴様……!」

 

 

問いかけた声は、威圧というよりも、警戒の色が濃かった。

 

ヒヅキは首をわずかに傾け、静かに返す。

 

 

「アンタこそ、誰?」

 

 

その直後――。

 

ヒヅキの背から伸びる“尾”が、うねりを上げた。筋肉のように収縮し、蠢きながら収束する血の尾。刃の生えたその先端が、光の軌跡を描く速度で甲板を這い、男の足元を鋭く薙ぐ。

 

“剣尾”は、根元こそ太く、軟体生物のように滑らかに蠢動しながら自在に伸縮する。まるで意思を持つ獣のように、標的を追い詰める異形の斬撃器官だった。

 

 

「ッ……!」

 

 

反応した男は間一髪で跳躍し、空中へ逃れると、即座に脚を振る。

 

 

嵐脚・斬空(らんきゃく・ざんくう)!」

 

 

空気を裂く巨大な十字の真空刃が、帆へ向かって撃ち放たれる。

 

 

「――甘い」

 

 

跳躍したヒヅキが、さらに空を踏み、両手でメイスを振るう。強烈な衝撃音が空を震わせ、斬撃は軌道を逸れ、遥か海上へと水柱を上げた。

 

 

「チッ……!」

 

 

追撃の構え。ヒヅキの意思に呼応し、剣尾が再び唸りを上げて疾走する。

滑らかで獰猛なうねりを描きながら、死角から迫る刃が再び弧を描く。

 

――躱したかに見えたその瞬間。尾の先端が跳ね上がった。刃の側面が男の頬を掠め、斜めに紅い線が走った。

 

 

「ッ……!」

 

 

エージェントはとっさに武装色で硬化した拳を叩きつけ、尾を弾き返す。だが、その顔は苦々しさに歪んでいた。

 

 

(……どうなってる!?)

 

 

押し寄せる焦りを、必死に押さえ込む。仲間のCP0三人は瞬く間に”あの女”に無力化され、天竜人までもが殺された。

 

そして今、目前にいるのは――見聞色すら欺く、“怪物”だった

こんな存在、東の海(イーストブルー)どころか、“楽園”(パラダイス)にすらいるべきじゃない。

 

だが武装色なら、こちらのほうが上だ。そう言い聞かせる、その最中にも。厄介な“尻尾”は、また静かにうねり始めていた。

 

 

「逃げるなら逃げなよ。――じゃないと、殺すよ」

 

 

ヒヅキは淡々と告げ、メイスを構える。そして一歩――いや、“空を踏み”、宙を滑るように突進。死角を狙って尾がしなり、鋭く追従する。

 

 

「ッ……舐めるなああッ!! 鉄塊・剛(てっかい・ごう)!!」

 

 

エージェントが叫び、全身を覇気と鉄のような筋肉で覆う。背後から迫った剣尾は、鋭い金属音と共に弾かれた。

 

――だが次の瞬間。

 

 

「ぐぉ……っ!!?」

 

 

ヒヅキのメイスが武装色を纏った拳と激突し、空気が潰れるような衝撃が弾けた。

男の身体は弾き飛ばされるようにして、後方――そのまま海面へと叩きつけられる。

 

水柱が激しく跳ね上がる。

 

だがヒヅキは止まらない。追撃はもう、始まっていた。

 

海へ落ちたエージェントに向け、メイスを投擲。同時に両腕の装甲が開き、内側から変形した血液が鋭利な“杭”として射出される。

 

 

――ズン! ズズズンッ!

 

 

紅の杭が海面を撃つ。それはまさに、“血の雨”。

数秒の連射を終えたヒヅキが、海面を静かに見つめる。だが、その瞳がわずかに動いた。

 

――見聞色が捉えた。飛来する砲弾。

 

彼女は片腕を掲げ、杭を再装填。背後からは剣尾が唸りを上げ、空を裂くように巡る。

空中で砲弾が炸裂した。杭と尾の一撃が、正確に撃ち落としたのだ。

 

そのまま――船と軍艦の間に立ち続ける。

 

砲弾の軌道を読み、撃ち落とし、船が湾を抜けるまで。

ヒヅキは“盾”となって、そこに立っていた。

 

 

 

―――

 

 

 

「諦めろ。もう限界だろう……捕まったとしても、お前の想像するような事はさせん」

 

 

乾いた声が、焦土と化した広場に響く。戦火の余韻が残る中、セラは膝をついていた。衣服は裂け、華奢な体には打撲と裂傷が無数に刻まれ、口元から血が滴っている。息は浅く、肩がかすかに震える。

 

――誰が見ても、彼女は“敗北寸前”だった。

 

対するゼファーは火傷や斬れ傷こそあれど、致命傷は一つもなく、覇気の消耗もわずか。なおも圧倒的な“威圧”を放ち続けていた。

 

 

「……いいえ。諦めません」

 

 

セラの声は小さい。しかし、力を帯びていた。その背に再び光が灯る。淡く輝く“翼”が一対、ゆっくりと広がる。立ち上がったその左手に剣の構えを移すと、右手を握る。

 

 

「――光よ、万理を穿ちて導け(ルクス・ランサ)

 

 

発した言葉と共に、眩い光が凝縮されていく。掌から伸びるのは、灼熱の光槍。ゼファーは何も言わず、わずかに腰を沈めて構える。

 

次の瞬間、槍は閃光と化し、一直線に彼を穿たんと迫る――

 

 

だが――

 

「……無駄だ」

 

 

ゼファーは寸前で動いた。槍の切っ先を片手で受け止め、握り潰す。爆ぜるように砕ける光の槍。直後、セラは光の残滓に紛れさせて仕掛けていた――無数の黒く染まった光の鎖が、彼の身体を拘束せんと絡みつく。

 

閃光と共に爆発が起きる。――しかし、吹き飛ばされたのはゼファーではなかった。

 

 

「がはっ……!」

 

 

彼を拘束した鎖は砕けていた、爆発と同時に接近し拳でセラを打ち抜いたのだ。彼女の身体は建物をいくつも貫き、瓦礫とともに地に沈む。ゼファーは構えを解かずに静かに立っていた。見聞色は捉えている、セラの気配は弱まっているが今の一撃で気を失ったわけではない。

 

 

「……っ、ぁ……」

 

 

土煙の中、セラは瓦礫に埋もれながらもゆっくりと手を伸ばした、指先に触れる剣を握り締める。全身が痛みを訴え、骨が軋み、肺が焼けるほど苦しい。

 

だが――心だけは、折れていない。

 

彼の気配は遠くにある。飛べば、落とされる。それはわかっている。振り切るには、致命的な一撃を与えなければならない。

 

――あの武装色と見聞色を、超える一撃を。

 

 

―――

 

 

朦朧とした意識の奥。ふと、あの日の声が蘇る。

 

 

『いいか、覇王色ってのはよ――』

 

――耳に届いたのは、懐かしい声だった。

 

 

土煙の中で横たわるセラの意識に、微かに残る温もりが滲む。それはかつて彼女たちを救ってくれた恩人の声。

 

 

『“誰にも道を譲らねぇ意志”。“絶対に曲げられねぇ覚悟”――そいつが、力になるんだ――』

 

あの日、太陽のように笑っていた男。誰よりも“自由”を愛し、海そのものをも味方につけた――海賊王の声だった。

 

 

『“譲ったら自分じゃなくなるもん”を、心に抱えてるかどうかだ――』

 

その言葉が、胸の奥に火を灯す。

 

 

 

『“覚悟”を宿せる奴の剣は――世界すら斬れる』

 

 

――気づけば、セラは笑っていた。

 

血まみれの顔、息も絶え絶えの体。だが、その瞳に宿る光は、もはや消えかけた炎ではなかった。

それは――揺るぎない“覚悟”だった。

 

あの時、誓ったではない。何があっても生きる、そして守り抜く、と――彼女は立ち上がる。

 

その覚悟に応えるように、セラの背に光が奔る。

瓦礫が爆ぜ、光の翼が羽ばたく。その翼は一対ではない。三対の翼が広がり、眩い輝きで地を照らす。

 

 

彼女が食した悪魔の実――

 

 

動物系(ゾオン)ヒトヒトの実、幻獣種 光堕天(ルシファー)

 

誰が為に神に反逆し堕とされた伝説上の生物。

 

 

純白の奔流が土煙を吹き飛ばし、セラは剣を握り直す。その刃に澄んだ光が収束していく、純白の輝き――それを侵食するように漆黒の覇気が絡みつく。白と黒。相反する色が渦巻き、やがて一つの力として昇華される。

 

剣は空気を震わせ、存在そのものが圧を放つ。纏う覇気は視界を歪ませ、大気を軋ませる。

 

 

セラを注視していたゼファーが、眉を顰める。

 

――読めない。

 

たった今まで確かに感じていた気配が霧散するように掴めなくなっていた。代わりに吹き荒れるのは、胸を圧迫するほどの覇王色。暴風のような覇気の奔流だった。

 

 

そして――その瞬間。

 

「――っ!」

 

 

ゼファーの目前に剣を振り抜く寸前のセラがいた。まるで空間を跳ねるように、一瞬で距離を詰めたその動きは、“消える”に等しい速さだった。

 

 

ゼファーの目は見開かれる。

 

 

――その構えは、ロジャーの……!?

 

 

奇しくも、セラが取ったのは――ロジャーの神避(かむさり)と全く同じ構えだった。

 

 

「……っ!」

 

 

反射的に両腕に覇王色を纏わせ、防御へと移る。もはや理屈ではない。経験に裏打ちされた直感だった。

 

 

 

刹那、斬撃が放たれた。

 

 

「――!!」 

 

 

激突。

 

白と黒が混ざり合った、漆黒の斬光が覇王色を纏った両腕に叩きつけられた。轟音と共に空間が悲鳴を上げ、大地が砕け、周囲の瓦礫が浮き上がる。衝撃波が広場を駆け抜け、遅れて爆発のような突風が吹き荒れた。

 

 

ゼファーの腕が軋む。咄嗟の防御は間に合った。だが――“重い”。

 

 

「ぬう……っ!!」

 

 

ゼファーは歯を食いしばる。足元の大地が沈み込み、砕ける。それでも彼は、一歩たりとも退かない。

 

正面から――受け止める。

 

 

「―――ォオオオオオッ!!」

 

 

咆哮と共に覇気を爆ぜさせる。力強く腕を振り払い、斬撃を上空へと逸らした。一拍遅れて、静謐な夜明けに現れる明けの明星のごとく、しかし凄まじい破壊力を孕んだ光の軌跡が空を切り裂き、爆発的な風圧が広場を薙ぎ払う。

 

 

「はぁ……はぁっ、逃げたか……」

 

 

ゼファーは息を吐きながら呟いた。セラの気配を探ろうと見聞色を巡らせるが――うまく掴めない。空間を満たすほどの、強烈な覇王色の暴風が気配を撹乱していた。

目視で周囲を探る。だが、すでにセラの姿はなかった。

 

ただ、静かに――

 

純白の羽根が一枚、空から舞い降りる。その余韻だけが、“ここにいた”ことを物語っていた。

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