あの二人に長女を入れてみた   作:雪月-dox-

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第五話

ロジャー海賊団との旅が始まって、さらに一週間が過ぎた頃――

新世界中盤に浮かぶ、小さな島に船は寄港していた。海軍の目が届きにくく、物資の補給にうってつけのこの島はセラたちにとっても初めて足を踏み入れる土地だった。

夕暮れ時の港町…遠くからは酒場で飲み明かす男たちの喧騒まじりの笑い声がかすかに届いて来る

 

 

だがその頃、いつもなら騒がしくはしゃいでいるはずのバギーの様子がどこかおかしかった

甲板の端を行ったり来たりしながら、そわそわと落ち着かない様子を見せている

 

 

「バギー、どうしたの?」

 

 

その様子を不思議そうに見ていたモネが声をかける

 

 

「ん? モネか……いや、なんでもねェよ」

 

 

目を伏せて言い淀むようなバギーの態度にモネは小首を傾げた

 

 

「……セラがレイリーたちと街に行くって言ってたぞ」

 

「え!? 本当!?」

 

「おう、行ってこい。俺は船長にちょっと話があってな」

 

「うんっ!」

 

 

嬉しそうに駆け出していくモネを見送りながらバギーは小さく息を吐いた。そして、静かに医務室へと足を向けた――

 

 

 

―――

 

 

 

医務室ではクロッカスがロジャーの体を念入りに診察していた。やがて診察を終えたのか聴診器を外した彼は、ゆっくりと深い溜息をついた

 

 

「……どうだ、クロッカス」

 

「今のところ問題はない。ただし、無理はするなよ」

 

「ああ、分かってる」

 

 

ロジャーは静かに頷き、クロッカスもそれ以上は何も言わずに部屋を出て行く。見計らったかのようにバギーが扉をノックして中へ入って来た

 

 

「おう、バギー。どうした?」

 

「……この島で、俺……降ります」

 

 

ロジャーはその言葉に一瞬動きを止めたが、すぐに笑って頷いた

 

 

「そうか…。シャンクスには話したか?」

 

「話してねェっす。あいつ、話したらついて来そうなんで」

 

「はっはっ、確かにな。だが…たぶん無理だぞ?」

 

 

ロジャーは笑いながら枕元にあったマグカップを手に取り、中の水を軽く揺らした

 

 

「アイツはお前の顔を見りゃ、全部察する。……で、どこへ行くつもりだ?」

 

「……昔世話になった場所が近いんすよ。今も無事か、確かめたくて」

 

 

何処か言い難そうに目を逸らして伝えるとバギーは帽子を取り、胸元でぎゅっと握り締めた

 

 

「……ロジャー船長、これまでありがとうございました」

 

「礼を言うな。航海は人生の一部だ。次の海で宝を見つけたら、それで十分だろう」

 

 

その言葉にバギーは顔をしかめたような、照れたような、なんとも複雑な表情で小さく舌打ちをした

 

 

「……ほんと、嫌いじゃねェっすよ。そう言うとこ」

 

 

少し沈黙が落ちる。バギーは帽子を握り締めたまま、小さく呟いた

 

 

「セラたちには、何も言わねェっす……短ぇ間だったけど、あいつらに情なんてかけられたら……たぶん俺、降りられねぇ。もっと、この船に乗ってたくなっちまう」

 

 

ロジャーはわずかに目を細め、どこか寂しげに笑った

 

 

「お前らしいな。……優しいじゃねぇか、バギー」

 

「やめてくださいよ、船長。そう言うの一番、照れるんすよ」

 

 

そう言ってバギーは苦笑し、帽子を被り直して踵を返す

 

 

「……じゃあ、行ってきます」

 

 

その背中を見送りながら、ロジャーは小さく呟いた

 

 

「おめェらなら、いずれまた会えるさ。海が狭すぎるくらい賑やかになった時にな――」

 

 

 

―――

 

 

 

その頃。街から戻って来たセラはシュガーと遊んでいた。そこへ不機嫌そうなモネがやってくる。手にはくしゃくしゃに握られた小さな紙切れ――バギーの字で書かれたメモがあった

 

 

「お姉ちゃん、バギーとシャンクス、知らない?」

 

「いつもみたいに甲板とか食堂にいないの?」

 

 

セラはモネの不機嫌な理由をなんとなく察した。彼女はよく「バギーの字、読みにくい!」と文句を言っていたのを思い出す

 

 

「んー……もうすぐ出航って言ってたし、どこかで買い物でもしてるとか?」

 

「えー、何買ってるんだろ……」

 

「とりあえず、甲板に行ってみよっか」

 

「……うん」

 

 

2人で甲板へ向かうとロジャーやレイリーたちと話しているシャンクスの姿があった。彼は大きなリュックサックのような荷物を担いだ瞬間だった

 

 

「あ、シャンクス!」

 

 

モネが声を上げるとシャンクスは気づいて振り返り、ニカッと笑った

 

 

「よっ!」

 

 

その直後、シャンクスはセラに向かって何かを投げ渡した。反射的にそれを受け取ったセラの手には、小さな包みが収まっていた。それを確認するとシャンクスは港の方へ歩きながら、軽く手を振って叫ぶ

 

 

「俺とバギーは、ここで降りる!それ、プレゼントだ!」

 

「えっ――!?」

 

 

セラが目を丸くする。モネも唖然としてシャンクスを見つめた

 

 

「なんで…なんで急に…!」

 

「言ったらさ、お前ら泣くだろ?あ、バギーはもう泣いてて顔合わせられないってさ!」

 

 

そう冗談めかして言いながらシャンクスは港で手を振っていた。その隣ではバギーが背を向けたままじっと立っている

 

船はもう、ゆっくりと動き出していた…セラも、モネも、甲板から手を振り続けた

その姿が見えなくなる、その瞬間まで――

 

 

「……行ってらっしゃい、シャンクス、バギー」

 

 

泣き出しそうなモネの頭をセラはそっと撫でながら、静かに呟いた

 

きっと、また会える。そう信じて

 

潮風がセラの髪を優しくなでる。光を受けて、青い羽根の髪飾りがきらりと輝いた

それは、シャンクスが投げた包みの中に入っていたものだった

 

夕日に照らされ羽根は優しく、静かに揺れていた――

 

 

―――

 

 

天井の高いその部屋には重々しい沈黙が支配していた。壁一面に並ぶのは古びた書物と世界地図――積み重ねられた歴史と支配の象徴。中央にあるのは石造りの円卓。その周囲に座す五人の男たちは皆、老齢ながらその気配に一切の衰えを感じさせない。深い皺を刻んだ顔に、一人を除き、スーツに身を包んでいる。言葉を発さずとも威圧感を放つ彼らは…ただそこに座しているだけで空気を凍らせる

 

彼らの声は小さい。だが、その一言が――世界の均衡を揺るがす…

 

ここは、“聖地”の最奥

 

彼らが頷けば国が滅び、彼らが目を伏せれば、名もなき者が歴史ごと消える

 

そんな空間に控えの間を突っ切るような急ぎ足が響いた。一人の男が緊張と共に報告に現れる

 

 

「会議中、申し訳ありません!至急のご報告がございます!」

 

「……なんだ?」

 

 

低く抑えた声。両手で杖を突く男が問い掛ける、その一言に込められた圧に報告の男は思わず喉を鳴らした

 

 

「ハッ!ジュリアーノ聖が…奴隷の自害で騒ぎを起こされておりまして……」

 

 

――その奴隷の姓が、“ルミナ”と記されておりました――

 

 

 

その瞬間――部屋の静寂がさらに深まった。杖を握る男の目が細くなり、他の四人も僅かに顔を上げる。しかし…誰も言葉を発しない。ただ、無言のまま視線が交錯する…それだけで既に何かが“決まった”かの様に…

 

やがて、別の男がゆっくりと口を開いた

 

 

「……確認は?」

 

「はい。遺体の照合と記録の一致を確認済みです。“あの名”に間違いありません」

 

 

その言葉に、一人が静かに呟いた

 

 

「……まだ残っていたのか、“あの血”が」

 

 

短く、重い沈黙

 

 

「そうか。ならば――徹底的に調べろ。血縁、来歴、居所、関係者……一片も逃すな」

 

「それと、ジュリアーノ聖の感情を逆撫でするような報道は禁じろ。奴は……今、機嫌が悪い」

 

「記録から“ルミナ”を抹消せよ。その名が、再び歴史の光を浴びぬように」

 

 

報告の男は深く一礼し、踵を返す。足音だけが石造りの床に乾いた音を残して消えていった

 

――その後、誰も何も言わなかった

再び訪れた沈黙の中で世界の悪意が、静かに。そして確実に――動き出していた

 

 

 

―――

 

 

「…ロジャー。やはり、話しておいて良いのではないか?」

 

 

ロジャーは骨付き肉を持った手を止め視線だけをレイリーに向ける

 

 

「……お前の言いたい事は分かる。けどよ……あいつらには、まだ早ぇ気がしてな……」

 

「なら、試してみたらどうだ?おでんが残していった手紙――これがある」

 

 

その言葉にレイリーの隣に座っていたギャバンが懐から一枚の紙を取り出した。それを見たロジャーはしばらく眉をひそめたまま沈黙し、やがて小さく溜め息を吐いた

 

 

「……まぁ、仕方ねぇか」

 

 

そして、目の前の席で仲睦まじく食事をしている少女たちへと視線を向ける

 

 

「セラ。これ…読めるか?」

 

「ふぇ?」

 

 

突然の問い掛けにセラはフォークを落としそうになりながらも慌てて手を伸ばす。手渡された紙を受け取り、隣にいたモネと一緒に覗き込むと

 

 

「……なにこれ? バギーの字より読めないじゃん。ていうかこれ、本当に文字? 記号にしか見えないんだけど」

 

「……え?」

 

 

モネの無邪気な言葉にセラの瞳がわずかに揺れる。正面に座ったレイリーが真剣な表情でこちらを見つめていた

 

 

「セラ。君はどうだ?」

 

 

しばらく紙を見つめた後、セラは小さく頷く

 

 

「……読めます」

 

 

その答えに、大人たち――ロジャー、レイリー、ギャバン、クロッカスの四人の表情がわずかに曇った

 

 

「モネ。そう言えばお前、医者になりたいって言ってたよな?」

 

「うん!」

 

「そうか。じゃあ、俺の医学書をやるよ。もう俺には必要ないやつだけどな」

 

 

クロッカスはそう言って席を立ち、モネの肩を軽く叩くと彼女を連れて部屋を出ていった。やがて、ロジャーが渋い顔をしながらセラに問い掛ける

 

 

「……で? そこには、何て書いてある?」

 

 

セラは紙に視線を落とし、ゆっくりと読み上げる

 

 

『――“旅の終わりに涙は流さないが、別れの痛みは否定できぬ。

それでも前を向くのが男というもの……と、私は信じたい。

ありがとう、我が友。そして……君たちが未来でこの文字を読んでいるなら、

少しは恥ずかしいが、誇らしくもある。”』

 

 

読み終えた瞬間、ギャバンがふっと笑う

 

 

「……おでんの野郎め」

 

「照れ隠しに古代文字を使う奴がいるかよ……ったく」

 

 

ロジャーは額を指で押さえながらも、どこか懐かしげな笑みを浮かべた。…一方でレイリーの表情はもう一度真剣なものへと戻っていた

 

 

「セラ。…ルミナ一族について君に話して置こう」

 

 

改まった雰囲気にセラは緊張しながらも真っすぐにレイリーを見つめる。レイリーは一呼吸置いてから静かに語り始めた

 

 

「……ルミナ一族。それは、世界でも限られた記録にしか残っていない一族だ。ルミナの名を知る者も今や殆どいない。何故なら、この一族には極めて稀に生まれながらにして《古代文字》――ポーネグリフの文を読む事が出来る者が現れる、そしてその“力”を恐れた世界政府が彼らは“危険因子”と見なし……徹底的に、抹消してきた」

 

「……!」

 

 

ロジャーが補足する様に口を開いた

 

 

「ルミナの血を引いてるからって、誰もが読めるわけじゃねぇ。読めない奴も居たって話だ…それに、時が経つにつれて血も薄れ、やがて誰も現れなくなった。だからこそ、いつの間にかルミナの名も、その力も忘れ去られちまったんだ」

 

 

ロジャーはセラの手から紙をそっと取り上げ、言葉を続ける

 

 

「だが――お前はその力を持って生まれた。ルミナを名乗られた時は驚いたぜ……」

 

 

にっと笑うロジャーに続き、レイリーが静かに口を開く

 

 

「古代文字は“語り継ぐ為の言葉”だ。だが今、その言葉を理解出来る者は世界で限られている…

セラ。君はその中のひとりだ。君にはそれを読む“資格”と同時に“選択する責任”がある」

 

「責任……?」

 

 

セラが小さく呟く。まだ年端もいかない少女にはその言葉の重みはすぐには飲み込めなかった

 

 

「そう難しく考える必要はねぇよ」

 

 

ギャバンが少し笑って言葉をはさむ

 

 

「前にロジャーが言ったろ?大事なのはな、お前が“どう在りたいか”って事だ。誰かに決められるもんじゃねぇ」

 

 

レイリーが頷き、優し気に頬を緩ませた

 

 

「さて、明日からの鍛錬は今まで以上に力を入れるとしよう。どんな選択であれ……君には“力”が必要になる」

 

 

その言葉にセラは苦笑いしながら頷いた

 

 

(……なんだかんだ言って私が強くなっていくのを一番楽しんでるの、レイリーさんだよね)

 

 

豪快に笑ってジョッキを煽る三人を眺めながら少しだけげんなりしながらも気合を入れ直した

 

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