あの二人に長女を入れてみた   作:雪月-dox-

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第六話

「はぁぁ!」

 

「もっと速く!相手の行動を読みながら攻撃するんだ!」

 

 

甲高い金属音と共に激しい風圧が巻き起こる。武装色で硬化された木の棒が激しくぶつかり合い、互いに押し合う鍔迫り合いに、レイリーの体勢がわずかに変わる……前蹴りで距離を取ると読んだセラはすかさず足を跳ね上げ、顎を狙って高く蹴り上げた――

 

 

「甘い」

 

 

レイリーは涼しい顔で迫る蹴りを片手で受け止めた、鋭い蹴撃が鍛え抜かれた掌に鈍く止められる

 

 

「だったら…!」

 

 

受け止められた脚を軸に体をひねり、勢いのまま逆脚で回し蹴りを放つ!

華奢な身体が空中で一回転し、風を切る音と共にレイリーの側頭部を狙った鋭い一撃が迫る

 

 

「……ほう」

 

 

レイリーは軽く身を引いて躱しセラの脚を離す。セラは着地と同時に姿勢を低く保ち、すぐさま棒を構え直す

 

 

「いいぞ、そうやって流れを切らすな」

 

「はい…!」

 

 

模擬戦の様子を少し離れた甲板の端からロジャーとギャバンが眺めていた

 

 

「凄い成長速度だな……覇気を知ったのはこの船に乗ってからだってのに、もう纏わせてるのか」

 

「それだけじゃねぇ。レイリーの動きに食らい付く為に、見聞色を必死に使ってやがる」

 

 

ギャバンが肩をすくめて笑う。その膝には歩ける様になったばかりのシュガーがちょこんと座らされており、隣にいたロジャーの髭を狙って、懸命に両手を伸ばしていた

 

 

 

―――

 

 

 

「おう、次のシャボンディで俺とレイリーは降りる。ヘクトがいるから、東の海(イーストブルー)までは問題なく行けるだろう」

 

 

鍛錬を終え、モネに傷の手当てをして貰っているとシュガーを抱えたギャバンがそう告げた。セラは事前にレイリーから聞かされていたため、驚きはしなかった

 

 

「さっき海を潜ったのは……」

 

「“新世界”から“楽園(パラダイス)”に戻ってきたんだよね?」

 

「ああ。ちゃんと勉強してるな」

 

 

セラの手当てを終えたモネは誇らしげに胸を張る。だがすぐに、少しだけ寂しそうに視線を落とした。そんな彼女の頭をギャバンがわしゃわしゃと優しく撫でる

 

 

「また会えるさ。俺もレイリーも、死ぬわけじゃねぇしな」

 

「……うん!でも……レイリーはもうちょっと手加減してほしいけどね!」

 

「あはは……私は大丈夫だよ?」

 

「大丈夫でも、痣とか残ったら意味ないでしょ!」

 

 

ぷりぷりと頬を膨らませて抗議するモネにセラもギャバンもつい吹き出してしまう。小さな口を尖らせ、ふんっと背を向けるモネだったがシュガーの楽しそうな『きゃっ、きゃっ』という笑い声が聞こえすぐに向き直り、嬉しそうに頬を緩めた

 

船の上には、ゆっくりと穏やかな時間が流れていった――

 

その夜、船内ではささやかな宴が開かれた

 

 

 

―――

 

 

 

「あいつらには何も言わなくていいのか?」

 

「十分、別れは済ませたさ。餞別も置いてきたしな」

 

 

夜明け前――まだ薄闇に包まれた静寂の中、シャボンディ諸島の片隅に船はひっそりと停泊していた。ロジャーが声をかけたのは、荷物を抱え船を降りようとしているレイリーとギャバンに向けてだった

 

 

「おいおい、俺には何もないのか?」

 

「半生をお前にくれてやっただろうに」

 

「ワーハッハッハッハ!確かにな!」

 

 

ギャバンの冗談に三人は声を上げて笑った。そこにヘクトとクロッカスが加わる。ヘクトは口元に指を立て、囁くように言った

 

 

「あんまり騒ぐと起きちゃいますって」

 

「ああ、それは良くないな……クロッカス、ヘクト。こいつとセラたちを頼んだぞ」

 

「どうだろうな。こいつを任されるのは、正直、骨が折れる」

 

「なんだとぉ!?」

 

 

小声で怒鳴るという器用な事をするロジャーにクロッカスは肩を竦めて呆れた様子で笑った。言う事を聞いてこなかったロジャーに対しはそう言う意味の信頼は全くないのだ

 

 

「じゃあな。精々、穏やかに過ごせよ」

 

「それは分からないな。この島は刺激が多い」

 

 

クロッカスの言葉にレイリーはニヤリと笑い返す。そして、ギャバンと共にゆっくりと船を降りていった

 

その頃、船内ではセラだけが目を覚ましていた。二人の気配が遠ざかっていくのを静かに感じながら――彼女は胸の中で感謝を呟いた

 

 

―――

 

 

「みーんな、黙っていなくなっちゃう……」

 

 

翌朝。セラとヘクトが用意した朝食をテーブルへ運びながら、モネがぽつりと呟いた。レイリーとギャバンが船を降りる事は前々から知らされていた。けれど――出来れば、最後に見送りたかった。それが、モネの本音だった

 

 

「そりゃあ、水と間違えて酒を飲んだお前が悪いんだろ」

 

 

にやにやと笑みを浮かべ、ロジャーが悪びれもせず続けた

 

 

「むきーっ!ジョッキを入れ替えたの、あんたでしょーがっ!」

 

「ワーハッハッハッ!甘い甘い、そんくらい見破れっての!」

 

 

朝から笑い飛ばすロジャー。その様子に呆れながらトレイを持ったヘクトがぼそりと漏らす

 

 

「……子ども相手にマウント取ってどうすんスか」

 

「ん?今なんか言ったか?」

 

 

ロジャーが振り向くなり、ヘクトのサンドイッチをひょいっとかすめ取り、かぶりついた

 

 

「それ、めっちゃ辛いっスよ?」

 

 

「うぐっ!?な、なんだこれ!?口が燃えるぅぅ!!」

 

 

ロジャーが慌てて水を一気飲みするその様子にヘクトはにやにやとさっきまでのロジャーと同じ笑みを浮かべた。つられてモネもけらけらと笑い出し、セラはさりげなく辛いサンドイッチを口に運んでいる

 

 

「まったく……人が減ったってのに、どうしてこうも騒がしいんだか」

 

 

クロッカスが苦笑まじりに鼻を鳴らし、手元のマグカップを静かに煽った

 

 

 

―――

 

 

 

レイリーとギャバンが船を降りた今、セラの鍛錬はロジャーが手を貸す形へと変わっていく。その指導の中には、"覇王色の覇気"についての話も含まれていた

 

甲板の片隅。朝の騒がしさがひと段落した頃合い。セラはレイリーが残してくれた片刃の直剣に纏わせた武装色を解き、ふぅっ…と息を吐いた。ロジャーはその様子を見ながら、背中を壁に預けてニカッと笑う

 

 

「おい、セラ。そろそろ“あれ”の話をしてやるか」

 

 

セラはロジャーを見つめる。ロジャーは腕を組み、空を仰ぎながら口を開いた

 

 

「“覇王色の覇気”――あれはな、生まれ持ったもんだ。誰にでも使えるわけじゃねぇし、鍛えりゃどうにかなるもんでもねぇ。だから、“教える”なんてのはちょっと違う。やるとしたら…“引っ張り出す手伝い”ってとこだな」

 

「引っ張り出す……?」

 

「そうだ。持ってる奴は最初から魂に刻まれてる。だけど、それが表に出るかどうかは…そいつ次第だ。焦って無理やり起こしゃ、下手すりゃ自分で自分を壊す。だから、今のお前なら――って判断するまで俺は黙ってた」

 

 

ロジャーは口角を上げて笑ったまま、けれどその目は真剣にセラを見ていた

 

 

「いいか、覇王色ってのはよ。“王の資質”なんて言われるが、俺はそうは思わねぇ。“誰にも道を譲らねぇ意志”。“絶対に曲げられねぇ覚悟”――そいつが、力になるんだ。持ってるだけじゃ意味がねぇ。火がつくかどうかは、“譲ったら自分じゃなくなるもん”を、心に抱えてるかどうかだ」

 

「お前らを拾ったあの時…お前からそれをはっきり感じた。命を懸けても守りたいって――本気で願ってたな。ああいう瞬間にこそ、魂の奥底から湧き上がる。それが……覇王色の覇気だ」

 

 

そう言ってロジャーはゆっくりと壁から背を離すと、セラの頭に手を置いた

 

 

「もう一度、思い出せ。あの時の気持ちを」

 

 

手を離し、少し距離をとる

 

セラは目を閉じ、あの時の事を思い出す。モネとシュガーを守りたいと必死に願った。今はそこにどんな苦しみの中でも生きたいと誓った

 

潮風が吹き抜け、セラの纏う雰囲気が変わった。ピリリっと張り詰めた空気だ

 

ロジャーは口元を吊り上げる

 

 

「……いいぞ。忘れんな、それが“お前自身の覇気”だ」

 

 

 

―――

 

 

 

セラがロジャーに鍛錬を見てもらっている頃、モネはシュガーの面倒を見ながら、クロッカスからより専門的な医学を学んでいた。クロッカスはモネの呑み込みの早さに舌を巻きながらも楽しげに次々と知識を伝えていた

 

だが、ふと手を止め、視線を遠くに向けた。モネは急に黙ったクロッカスを見て小首を傾げる

 

 

「どうしたの?」

 

「いや……なんでもない。――この船も、そろそろ東の海(イーストブルー)に着く。俺も、この辺で降りようと思ってな」

 

「……そっか。ずっと一緒ってわけには、いかないもんね」

 

「そういうこった。……半年ぐらいか?あの時から見りゃ、随分変わったよ」

 

「そうかな……? 自分じゃあんまり分かんないや」

 

 

クロッカスは手に持っていた本を静かに閉じ、数冊の本をモネが使っていた机の上に並べた

 

 

「全部は持たせきれねぇしな。今のお前にとって大事なものだけを選んだ。……医学書ってのは、探せば山ほどある。――だが、お前がこれから先、自分の目で選んで、自分の頭で考えて読むことが、一番の成長に繋がる。いいな?」

 

「うん……!でも、まだ降りるのは先でしょ?それまでは、ちゃんと付き合ってよ」

 

 

モネは頬をふくらませ、ぶーぶーと文句を言いながら本のページをトントンと指で叩いた。クロッカスは鼻で笑い

 

 

「……生意気な小娘になりやがって」

 

 

そう口では言いながらも、もうすぐこんなやり取りも出来なくなるのかと、ほんの少しだけ寂しさを覚えていた。――クロッカスはもう一度椅子に腰を下ろすと、いつものようにモネの勉強を見始めた

 

 

クロッカスはページをめくる手をふと止めると、本を伏せて静かに言った

 

 

「……一つだけ、医者としての心得を教えておくか」

 

「えっ?」

 

 

モネはきょとんとした顔でクロッカスを見つめる

 

 

「難しい話じゃねぇ。ただな、どんな薬よりも効く“モン”がある。なんだと思う?」

 

 

モネは少し考えて、首をかしげた

 

 

「えー……愛情、とか?」

 

 

クロッカスはくくっと笑った

 

 

「まぁ、半分正解だな。俺が言いたいのは“諦めねぇこと”だ。どんなに手が尽くされたように見えても、患者の命が尽きるまでは諦めるな。それを手放した瞬間、医者はただの観察者になっちまう。心が折れそうになったら“目の前の命を救う為の最後の砦は自分だ”そう思え」

 

 

モネは、まっすぐにその言葉を聞いていた

 

 

「……うん」

 

「お前は優しい、その分迷うことも多いだろう。でもな、迷ってもいい。“絶対に見捨てない”って意志だけは手放すな。いいな」

 

「……分かった。忘れない」

 

「よし、んじゃあ続きをやるぞ。どこまでやったっけな……ああ、そうだ。内臓の構造だったな」

 

「はいはい、センセー」

 

 

モネは笑いながらも、しっかりとした顔でペンを握り直した

 

 

 

―――

 

 

 

東の海(イーストブルー)――少し栄えた島。朝靄の中、ロジャーの船はゆっくりと滑る様に港へと静かに停まった。クロッカスは荷物を肩に担ぎ、帽子を深く被り直す。その隣にはヘクトが立っており、同じように荷物を肩から下げていた

 

 

「……じゃあな、ロジャー。セラ、モネ、シュガーも」

 

 

小さく手を振りながら、ヘクトは船の甲板をゆっくり見渡した

 

 

「船長、お願いですから沈没だけはしないでくださいよ?」

 

「おい、お前が乗る前は俺が動かしてたんだぞ?」

 

「あれ、そうでしたっけ?」

 

 

ヘクトは笑いながらも、寂しげに目を細めた。ロジャーは一歩前に出るとクロッカスとヘクトに向けて静かに口を開く

 

 

「……お前たちには、本当に世話になった。感謝してもしきれねぇ」

 

 

その言葉には幾度もの死線を共に越えて来た仲間への深い敬意と確かな感謝が滲んでいた

クロッカスはふん、と鼻を鳴らし、帽子のつばを軽く押し下げる

 

 

「言うこと聞かねぇ船長でな。……何言っても聞きゃしねぇ患者でもあった。何度降りてやろうかと思ったか、知れたもんじゃねぇ」

 

 

同じ様にヘクトは肩を竦め、無精髭を撫でながら言う

 

 

「言うこと聞かねぇ船長でな。何度マストから突き落としてやろうかと思ったか、数え切れねぇですよ。あと、つまみ食いで完食された時は殺意が沸きましたね」

 

 

クロッカスの口調や声を真似するヘクトにロジャーは堪えきれずに腹の底から笑った

 

 

「ワッハッハ!そりゃ悪かったな!」

 

「ホントこの人は……まぁ、いいっすけど」

 

 

ロジャーはゆっくりと頷き、ふたりに手を差し出す

 

 

「……じゃあな。達者でやれよ」

 

 

クロッカスも、ヘクトも、しっかりとその手を握り返した。そして二人は船を降り、港の石畳を歩き出す前に、振り返ってセラたちを見やった

 

 

「お前らも、色々と大変だろうが……しぶとく生きろよ。短ぇ間だったが一応面倒見たんだ、俺より先にくたばったら承知しねぇぞ?」

 

 

ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、その言葉には不器用な優しさと、積み重ねた時間への情が滲んでいた。隣のヘクトがすかさず口を挟む

 

 

「このおっさんはセラちゃん達が心配なのさ、素直になりゃ良いのにな? ……睨むなって。ま、なんだ……元気で居ろよ」

 

 

いつもの様にニヤリと笑いながら軽口を叩くヘクトの姿に張りつめていた別れの空気がほんの少しだけ和らいだ

 

 

「……はい。約束します」

 

「うん……!」

 

 

セラとモネは力強く頷いた。セラに抱えられていたシュガーだけは、クロッカスとヘクトに小さな両手を精いっぱい伸ばしていたが、やがて疲れたのか眠りに落ちた

 

言いたい事を言い終えたのか、二人はそれきりもう振り返らず、静かに港の石畳を歩き出す

 

彼らの後ろ姿をセラたちはしばらくの間、黙って見送っていた

 

船は再び風を受けて帆を張り、小さな港町のある島――次の静かな目的地へと、ゆっくりと動き出す

 

来たときと同じように

 

 

 

―――

 

 

 

「あの島でお前たちを降ろす。俺の記憶が確かなら、定期船も通ってる。ちょいと田舎だが…。ま、静かに暮らすには丁度良い場所だ」

 

 

船を操るロジャーは視界に現れた島影を指さし、冗談交じりに口を開いた

 

 

「海に出たきゃ、船を探せ。買ってもいいし、作ってもいい。……ただし、もう漂流はするなよ?」

 

 

軽く笑いながらも、ロジャーの声にはどこか本気が混ざっていた。そして――ふと視線を前から外し、セラの方を見やる

 

 

「よく聞け、セラ。……“ルミナ”の名は、そう簡単に口にするもんじゃねぇ。特に、平穏に暮らすと決めたならな」

 

「だが……もしお前が真実を追い求める気なら。世界にその名を響かせる覚悟があるなら――“ルミナ”は、お前にとって何よりも強い武器になる」

 

 

海賊王と呼ばれた男が、真剣な眼差しでセラの身を案じていた

 

 

「……使いどころを間違えるなよ」

 

 

ロジャーの言葉にセラは静かに頷いた。レイリーに教わった事が脳裏をよぎる。古代文字が読める――それだけで、世界政府にとっては“消すべき存在”。新世界の“怪物”たちにも狙われかねない

 

 

なるほど、確かに…『ルミナ』の名は、災いを引き寄せる呪いだ

 

 

だが、それでも――ロジャーたちのように、

 

“世界の果てを目指し、まだ誰も知らない真実に辿り着いた”

 

その姿に心を強く惹かれた、穏やかな日々が得られる保証がないのなら――いっそ真実を暴いてやるのも、悪くはない

 

そんなセラの表情を読み取ったかの様にロジャーはにやりと笑った

 

 

「よし。最後に“覇王色”の本当の使い方を見せてやる」

 

 

そう言うなり、ロジャーは腰に差していたサーベルをゆっくりと抜き放つ。重みを感じさせる刀身が光を反射して鈍く煌めく

 

 

「威圧するだけが覇王色じゃねぇぞ……!」

 

 

刹那、ロジャーの全身から膨大な覇気が奔流のように迸る

 

黒紫の稲妻のような閃光が空気を裂き、辺りを重々しい圧で支配していく

 

 

「――“神避(かむさり)”!」

 

 

その瞬間、振り下ろされた斬撃が空間ごと裂き、奔流のような覇気を纏って海へと一直線に放たれた

 

 

一瞬の静寂――

 

 

海面が爆ぜた――

神ですらその場を避けたくなる、圧倒的な“覇”の奔流。天を衝く水柱が空を裂き、海は呻くようにうねり狂った

 

激しい衝撃にセラは思わず体勢を崩すが、その光景から目を離せなかった。剣が届く距離ではない。だが、確かに“斬っていた”

 

 

これが――“覇王色の覇気を纏った”技

 

 

「刃はただの鉄だ。……けどよ、“覚悟”を宿せる奴の剣は――世界すら斬れる」

 

 

ロジャーはそう言い、満足げに剣を納めた。彼が見せたのは、ただの力ではない

 

『覇気』とは“意志の力”――信念で世界を斬り裂く、その証明だった

 

 

 

―――

 

 

 

「……お前たちとの航海、楽しかったぜ」

 

 

船を桟橋に寄せながら、ロジャーはいつものように豪快に笑った。だがその笑みの奥には、ほんの僅かに名残惜しさを滲ませる静けさがあった。桟橋に降りたセラは胸に込み上げる感情を押し殺し、深く頭を下げる

 

 

「こちらこそ……助けてくれて、本当に、ありがとうございました」

 

 

隣でカバンを胸に抱えたモネも、ぎゅっと唇を噛みしめながら頭を下げた。泣かないように必死で堪えていたが、その瞳には光るものが滲んでいた。そんなモネの様子にロジャーは思わず吹き出すように笑い、だが次の瞬間ふっと表情を引き締めると、セラにひとつの果実を差し出した

 

 

「……一つだけ、預けておきたいモンがある」

 

 

それは、旅の最中に偶然手に入れた“悪魔の実”だった。形は林檎に似ていたが、表面は漆黒に染まっている

 

 

「こいつは“悪魔の実”だ。食えば、一生海に嫌われる……ま、こいつは食うことすらできねぇ代物だけどな。どういうわけか、やたら硬くて歯が立たねぇ。何処かに売っちまえば、それこそ海軍相手なら高く売れるだろ」

 

 

そう言って果実をセラの掌に乗せた瞬間――変化が起きた

 

黒一色だった果実に、白がじわりと滲むように混じり始め、まるで“応える”かのように、その質感が柔らかな温もりへと変わった

 

 

「ワーハッハッハッハ!おいおい、偶然にもほどがあるな!なるほど……“悪魔の実”が、人を選んだか!」

 

 

その様子を見てロジャーは豪快に笑い、やがて真剣な眼差しに戻ると、静かに言葉を紡いだ

 

 

「……そいつは、お前にやる。何の実か、俺にも分からねぇ。だがな――お前が触れた瞬間、応えたってんなら、そいつはもう“お前の相棒”だ。どう使うかは、お前が決めろ」

 

「……はい!」

 

 

セラはその実を両手で包み込むように抱え、大切そうに荷の中へとしまい込んだ。背負われたシュガーに目をやったロジャーは、にかっと笑いかける

 

 

「お前は、まずはしっかり大きくなれよ。……じゃあな、おめぇら!」

 

 

そう言い残し、ロジャーは片手を高く振りながら、《オーロ・ジャクソン号》へと軽やかに飛び乗った。丁度その時、風が帆を大きく膨らませ、堂々たる船体が海を切って動き出す

 

 

「っと、忘れてた忘れてた!」

 

 

甲板へ駆け上がったロジャーが慌てた様子で叫び、船室の奥から袋をひとつ引っ掴んで戻ってくる。袋はずしりと音を立て、パンパンに膨れ上がっていた

 

 

「これくらい持ってけ!せめて最初の旅の資金だ!」

 

 

そう叫びながら、ロジャーはその袋をセラたちの足元めがけて投げた。袋は地面にドサリと落ち、金属の擦れる音とともに中のベリーがわずかに覗く

 

 

「ワーハッハッハ!遠慮すんなよーッ!」

 

 

高らかな笑い声を残して、ロジャーを乗せた《オーロ・ジャクソン号》は風を受けて加速し、港から徐々に遠ざかっていった――

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