ロジャーと別れてから数ヵ月が経った。セラたちはロジャーから託された資金で小さな住居を手に入れ、船を買うための資金を稼ぐべく日々仕事と鍛錬に励んでいた。時折、モネが『海賊でも来てくれれば、船を奪えるのにね』と冗談めかしてこぼすと、セラはやんわりとそれをたしなめた。……まぁ、確かに一理あるのだが
「明かり、消すよ」
「うん……」
部屋の中央でふわりと浮かんでいた光に、セラがそっと手を向ける。すると、何事もなかったかのように、光はふっと消えた。ロジャーから託された“悪魔の実”を食べて以来、こんな力が使えるようになったのだ。あれは本当に不味くて、何度も吐きかけながら、どうにか完食した。後に分かった事だが一口で良かったみたい、モネ、もう少し早く教えてよぉ……。
最初は何の変化もなかったが、ある時くしゃみをした拍子に光の粒子が舞い、さらに背中に違和感を覚えたと思えば……なんと、翼が生えていた
あの時は本当に驚いた。今思えば、もう少し慎重になるべきだったかもしれない。だが、この町の人々は心が広く、誰一人として騒ぎ立てたり、追い出そうとしたりはしなかった。……とは言え、『天使ちゃん』と呼ばれるのは、やっぱりちょっと恥ずかしい
「まぁ……消せるからよかったけど」
「何がー?」
「背中の翼だよ」
セラの独り言に、同じベッドで寝ていたモネが反応する
「ふわふわで柔らかいよね。真っ白できれいだし」
「おかげで『天使様』とか『天使さん』って呼ばれちゃってるけどね」
セラの愚痴に、モネはくすくすと笑った
「私も『お医者さん』って言われるから、同じじゃないかな?」
「そう、なのかな……?」
「港のおじさんたちは、ちゃんと名前で呼んでるよ?」
「あ、確かに……」
そんなふうに、ここでの暮らしの事をぽつぽつと話し続けているうちに――
いつの間にか眠ってしまっていた
目を覚ましたのは、外から聞こえてきた大きな声だった
『号外!号外だよーっ!』
―――
「お姉ちゃん……」
眠たげな声に目をこすりながら、セラは薄く目を開けた。窓の外はうっすらと明るくなり始めており、港のほうからは人々のざわめきが聞こえてくる
「今の……新聞売りの声?」
「うん。なんか、すごく大きな声だった……」
寝巻のまま階下へ降り、玄関を開けるとすでに何人かの住人たちが通りを行き交い、新聞を手にしてざわめいていた。セラは不安を覚えつつも一枚を受け取り、目を通す
そこには、大きな活字が踊っていた
“海賊王”ゴールド・ロジャー、ついに捕縛! 公開処刑決定――!
その見出しのすぐ下には男の写真があった。目元にはわずかに疲れが見えるが、それでもなお笑みを絶やさない――確かに、ロジャーだった
「ゴールド…ロジャー…?」
「知らないのか?世界を騒がせた大悪党だよ!」
新聞に書かれている名前を読み上げ、小首を傾げるセラに新聞売りの男が軽く答え、また通りの向こうへと声を張り上げていった
「“海賊王”ゴールド・ロジャー! 数千人を虐殺! 世界中に恐怖を撒き散らした悪の化身、ついに断罪へ! 奴隷貿易にも関与か!? 裏で操っていた黒幕の疑い! 五老星、異例の声明――『二度とこのような男を生まぬように』」
セラは手元の新聞をめくりながら小さな声でその“罪状”を読み上げていった。次のページ、また次のページへと目に飛び込んでくるのは信じがたい内容ばかりだった
「……なに、これ……?」
ページを捲るたびに羅列されていくありもしない犯罪。見出しはどれも恐怖と怒りを煽るような言葉で飾られ、ロジャーを"極悪非道な存在"として仕立て上げていた。まるで都合の悪い過去を全てロジャーという存在に押しつけて、記憶ごと焼き払おうとしている様に……
―――
「――漸く、“ゴール・D・ロジャー”が捕まったか」
重厚な円卓を囲み、五人の老人が静かに腰を下ろしていた。荘厳な石造りの会議室には、外界の光は一切差し込まず、ただ重苦しい空気だけが満ちている。
「これで、“真実”を知る者は、あの船に乗っていた者たちのみとなったか」
「“歴史の全て”を見た者どもを……放置するわけにはいかんな」
「ロジャーの命で散ったか、あるいは身を潜めているか……いずれにせよ、すべてを消し去らねばならん」
「“あの娘達”の行方は?」
ロジャーの船にルミナの血を引く娘が乗っていた――。その情報は既に一部の者たちの耳に届いていた
「未だ不明……だが、いずれ必ず浮上する。時間の問題だ」
「モネ・ルミナ、シュガー・ルミナ……そして、セラ・ルミナ。奴隷商にモネ・ルミナを売り払おうとしていた話があった。そこから情報を洗い出し、名前を割り出した」
老人たちは無言で頷き合った
「……全ては、“空白の一世紀”を守るために」
―――
「お前の所為で、金獅子がマリンフォードに攻め込んできたぞ!」
「ワーハッハッハ! 悪ぃ、悪ぃ!」
処刑の三日前。護送船の牢の中、鎖に繋がれたロジャーは、ガープの怒りを豪快に笑い飛ばした
「笑い事じゃねぇよ、まったく……」
「謝ったろっ。……なぁ、ガープ。一つ、頼みがあるんだ」
「おい、俺は海兵だぞ。海賊の頼みなんか――」
「わかってる。……けど、子供を残してきたんだ」
「はあっ!?」
ガープの怒声が鉄の船体に反響する。だが、ロジャーは動じることなく、静かに言葉を紡いだ
「お前……ほんっと勝手なやつだな」
「もうすぐ生まれる子だ。……俺の名なんて、足枷にしかならねぇ。けど、せめて――生きてほしい。海に殺されるような人生じゃなく、普通に……笑って生きてほしいんだ」
ガープは無言で拳を握りしめる
「……俺は正義の海兵だ。お前みてぇな海賊の頼みなんて――」
「それでも、お前になら託せる。……“エース”って名前だ。あの子を、頼む」
しばしの沈黙――やがて、ガープは深く息を吐いた
「……チッ。本当に、死ぬほど勝手なヤツだな、ゴール・D・ロジャー」
ロジャーが笑う。その声はどこまでも穏やかだった。そして彼は懐から一枚の紙切れを取り出した。かすかに揺れている、それはビブルカードだった
「それ……なんだ?」
「セラって娘のビブルカードだ。……少し前まで、船にいた子でな」
ガープが眉をひそめ黙っていると、ロジャーは続けた
「血は繋がっちゃいねぇ。でも、いつかエースの助けになるかもしれねぇ。……お前が、渡してやってくれ」
ガープはそれを無言で受け取り、くるりと背を向ける
「……聞いてねぇぞ」
「ありがとな、ガープ」
嵐の波が鉄の船体を打ちつけていた
―――
処刑の日
セラたちはいつもの様に日常を過ごしていた。ローグタウンに行くことも考えた
だが――行ったところで、何ができる?
……何より、ロジャーの死をこの目で見たくなかった
そのとき、街に設置された報道用の電伝虫がゆっくりと目を開けた。現場にいる記者が持つ個体と繋がったのだろう。ピクリと触角が動き、まばたきを一つ
次の瞬間、記者の興奮した声が響いた
「まもなく、海賊王ゴールド・ロジャーの処刑が執行されます!ローグタウンの広場には、押し寄せた群衆で埋め尽くされ――!」
セラは思わず顔を背けた。聞きたくないと思ったからだ
「ゴールド・ロジャー! 最後に何か言い残すことはあるか!」
一瞬の沈黙――そして
「……おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやる。探してみろ――この世のすべてを、そこに置いてきた!」
その声は堂々と響き渡った。死を恐れず、未来に笑いかけるような、ロジャーのいつもの声だった
そしてこの瞬間こそが
後に“伝説”となり、世界中の人々を海へ駆り立てる――
大海賊時代の幕開けであった