シン・南斗の拳 俺達の戦いはこれからだ!   作:マジカル☆さくやちゃんスター

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第二十三話 ある秘孔を突くことで身体の痛みは数倍になる

「ジャギ……貴様は死ぬべき男だ……!」

「今の俺は昔の俺ではないぞ~!」

 

 伝承者が決まったあの日に道が分かたれた――いや、きっと最初から交わる道などなかったのだろう。

 ケンシロウとジャギ、遂に再会した北斗の兄弟が互いへの敵意と怒りを燃やして睨み合っていた。

 婦人が示した村で野盗を率いて待ち受けていたのは、アンナの知る彼から変わり果てたジャギの姿であった。

 素顔を隠すヘルメット。棘付きの肩パッドに、革ジャン。

 ケンシロウを騙る為だけに付けた胸の七つの傷。

 何より、かつては温かさを感じられた目には、狂気と憎悪の炎しか感じられない。

 そのあまりの変わりぶりに、アンナはすぐに声をかける事が出来なかった。

 ジャギもまた、一瞬驚いたようにアンナを一瞥した後は、まるでアンナがこの場にいないかのように彼女の存在を無視していた。

 アンナが何も出来ずにいる間にも、時間が動き続ける。

 ケンシロウとジャギはヘリポートへ向かい、そこで遂に北斗の兄弟による戦いが幕を開けようとしていた。

 

「見るがいい、ケンシロウ!」

 

 戦闘の前にジャギはケンシロウの前でヘルメットを取り、今の己の素顔を見せ付けた。

 そこにあったのはケンシロウの甘さという名の罪だ。

 ジャギの顔は崩壊しており、金具で無理矢理固定された酷いものと成り果てていた。

 そして今も彼は、秘孔を突かれた痛みを常に感じながら生きている。

 

「この傷が痛むたび俺はお前への憎悪を燃やし募らせてきたのだ!

その上アンナを俺の前に連れてくるとは……今の俺をあいつに見せやがるとは……!

テメェはどこまで俺様の神経を逆撫ですりゃあ気が済む!」

 

 ジャギが、今の自分を一番見られたくなかった相手……それはアンナだ。

 他の誰にこの醜い顔を見られても、彼女にだけは見られたくなかった。

 ジャギの心はケンシロウへの憎悪に燃え滾り、最早正常な判断すらできていない。

 

「あの時は俺が足を滑らせた為、運よく勝てたんだ! 今回はあんなヘマをせんぞ!」

「まだ気付いていないのか?」

 

 以前に戦った時、ジャギは足を滑らせてその隙にケンシロウの反撃を受けた。

 ジャギはそれをただの事故と考えているが、そうではない。

 まだ実力差に気付けない愚かな兄に、ケンシロウは冷たく真実を告げる。

 

「既に秘孔を突かれ、足の自由が奪われていた事に」

「なにぃ!!」

 

 ジャギは偶然足を滑らせたのではない。

 秘孔を突かれ、足の自由を奪われていたから動けなかったのだ。

 そしてその事に気付けないほどの実力差が二人の間にはあった。

 当時の甘いケンシロウでさえそうなのだ。ならば勝利への執念を身に着け、伝承者として強くなった今のケンシロウとジャギの差はどれほどか……。

 背筋を走る寒気に、ジャギが一瞬怯む。

 

「だが……今はお前を生かしておいた俺の甘さを後悔している。その悔いをこの場で絶つ」

「ほ、ほざきやがれえケンシロウ! 貴様に俺と同じ生き地獄を味わわせてやる!」

 

 ケンシロウとジャギが構えを取り、油断なく相手を見る。

 怒りと憎悪。燃え盛る感情が闘志を漲らせ、心の中から恐怖を消し去っていく。

 

「ここが貴様の死に場所だ」

「ケンシロウ如きに俺様が負けるはずがない!」

 

 天が雷雲(ゴング)を鳴らす。

 遂に戦いの火蓋が切って落とされた。

 ――今、運命を決める一戦……報復の時(THE TIME OF RETRIBUTION BATTLE1 DECIDE THE DESTINY)

 

 戦闘開始と同時にジャギが後ろに跳んだ。

 恐怖からの退避だろうか? いや、違う。

 突然そこにあったタンクを掴み、ガソリンを床に撒き始めたのだ。

 呆れたような目をするケンシロウに向けてショットガンを発射。

 ケンシロウはそれを軽々と避け、失望したように言う。

 

「まだそんなものに頼っているのか?」

「フッ……フフ……最早こんな物は使うまでもない!」

 

 ケンシロウの嘲りに、ジャギがショットガンを捨てた。

 ジャギが走って跳び、ケンシロウに跳び蹴りを放った。

 ケンシロウはそれを冷静に防御し、続く拳、屈んでの蹴りも難なく防ぐ。

 

「北斗千手殺!」

 

 千本の手に見えるほどの高速の拳打。

 だがケンシロウには通じない。

 カウンターの蹴りでジャギが吹き飛び、無様に転がった。

 追ってきたケンシロウへ、絶好の勝機とばかりにジャギは己の持つ最大の技で迎え撃つ。

 

「北斗羅漢撃! 俺様の速い突きがかわせるかぁ!?」

 

 突進しながらの突きの連打。

 師父リュウケンより教えられた奥義をもってケンシロウへと挑む。

 しかし北斗羅漢撃は憎しみ、恨み、妬み、嫉みなどの全ての雑念を取り払った者にしか極める事が出来ない奥義だ。

 邪念に塗れたジャギが極められる技ではない。

 ジャギの突きよりも速いケンシロウの拳が全てを打ち落とし、ジャギが殴り飛ばされる。

 

「お、おのれ!」

 

 ジャギは何とかダウンを避けて踏みとどまり、その場にあったバールで殴りかかる。

 だがこれも通じない。ケンシロウの拳が先に当たり、ジャギはまたも地面を転がった。

 しかし転がった先にあったショットガンを拾い、寝そべったまま発射する。

 

「馬鹿め! 勝てばいいんだ、何を使おうが!」

「下らん」

 

 だがこんな姑息な手はとうに見抜かれていた。

 既に跳躍していたケンシロウがジャギの背後に立ち、咄嗟に防御したジャギを蹴り飛ばす。

 続けてヘルメットの上から拳打。己の罪深さを思い知らせるように一発一発丁寧に打ち込んでいく。

 その攻撃にジャギが恐怖したように後ずさる。

 

「や、やめてくれえ……頼む!」

 

 かつて兄と呼んだ男の哀れな姿。

 それを前にケンシロウが攻撃を中断する。

 ――好機!

 ジャギは変わらぬ弟の甘さに内心で高笑いをあげた。

 

「かかったな!」

 

 ――含み針。

 だがこれも無駄だ。ケンシロウは表情一つ変えずに全て指で受け止めてしまった。

 驚くジャギに、またしてもケンシロウの拳骨がめり込んだ。

 

「心と共に技まで腐り果てたか……お前に北斗神拳を使う資格はない」

「ぐっ……ぐぐっ……この非情さ……この凄み……! 昔のケンシロウではないな……!」

 

 以前とは何もかもが違う。

 ジャギはここにきて、自分がケンシロウに感じていた恐怖と劣等感をハッキリ認識せざるを得なかった。

 ジャギもまた一流の拳士……本当は彼だって分かっていた。ケンシロウが自分よりも強い事を。

 だが認めるわけにはいかなかった。

 だが認めなかろうと、自分は騙せない。ケンシロウが自分より強いことを、心ではなく拳士としての本能が感じ取ってしまう。

 だからジャギは、拳での対決を避けて武器ばかり使うようになったのだ。

 ジャギは屈辱にギリギリと歯を噛みしめる。

 ……負けるわけにはいかない。

 復讐の為に今日まで生きてきて、その為にアンナまで捨てたのだ。

 もう、後に退く事はできない!

 

「俺は今日まで無数の敵の血を流してきた。友と呼べる強敵……その強敵の血が俺を変えた」

「友? シンか……いや、この言い方……リュウガの事か!」

「そうだ……お前の命もこれまでだ」

 

 ケンシロウの言葉に、ジャギは仮面の中で笑った。

 まだ付け入る隙はある。

 ジャギはケンシロウを揺さぶる為に、己の知る真実をぶちまける事を決めた。

 

「ふはははは! こいつは笑えるぜケンシロウ。

いい事を教えてやろう……お前が今、強敵(とも)と呼んだリュウガ……そいつの魂を悪魔に売らせたのはこの俺だ!」

「何!? 貴様の為にリュウガとユリアの兄妹は死んだというのか!?」

「ヒャアーッハッハッハ!」

 

 案の定ケンシロウに動揺が走った。

 その隙を見逃さずにジャギは懐からマッチを取り出し、火を点ける。

 

「ケンシロウ! 俺が何故このヘリポートを選んだと思う!?

このタンクにガスが残っている事を知っていたからだ! そして……見ろ!」

 

 ジャギは火の点いたマッチを先程撒いたガソリンの上に放り投げた。

 すると爆発するように引火し、ヘリポートが一気に炎に包まれる。

 ジャギは跳躍して爆発から避難し、タンクの上に飛び乗る。

 

「これで最早お前に逃げ場はない!」

 

 拳の勝負では勝てなかった。

 だが命の奪い合いはまた別だ。

 ジャギは勝利を確信したように高笑いをあげる。

 いかに北斗神拳だろうと、炎に包まれたこの状況では死あるのみ。

 しかしジャギは選択を誤った。

 彼がガソリンを撒いたのは現実に存在する火種だけではない。

 ケンシロウの心に燃える怒りの炎にまでガソリンをぶちまけてしまったのだ。

 

「ヒャーッハッハッハ! どうだぁ? 悔しいかぁ!?」

「許さん……許さんぞジャギ! ぬぅおおおお……!」

 

 怒りこそ北斗神拳の真髄。

 普段以上の力を発揮したケンシロウがヘリポートの床を殴りつけた。

 するとヘリポートが崩壊し、ジャギは下の階へと転落してしまう。

 

「なっ、なんて奴だ!」

 

 何とか転がって瓦礫を避け、這いずるジャギ。

 その彼の前にケンシロウが立ち、冷たい氷の目で彼を見下ろした。

 

「ジャギ……俺の名を言ってみろ!」

「ケ、ケンシロウ……!」

 

 ……勝てない。

 ジャギの心に絶望が足音を立てて忍び寄る。

 北斗神拳では勝てず、武器や罠を使っても駄目だった。

 追い詰められたジャギは、狼のように素早い突きを放つ。

 

「こ、この技は……南斗聖拳!」

「フフフ……その通り。俺も昔のジャギではない。俺の北斗神拳は見切れても南斗聖拳は見切れまい! 今度こそ貴様のツラを八つ裂きにしてやる!」

 

 ……それは、ジャギ本人に自覚のない敗北宣言であった。

 彼は今、自ら北斗神拳の使い手として自分がケンシロウに決して勝てない事を認めてしまったのだ。

 何と哀れな宣言だろうか。ケンシロウを北斗の伝承者に相応しくないと言った男が、その北斗神拳では決して勝てない事を自ら口にしている。

 その結果、ジャギは『逃げた』。北斗神拳の使い手として勝てないから、南斗聖拳に逃避した。

 だがそれでも彼は決して認めない。自分がもうとっくに負けを認めている事を認めない。

 いつまでも矛盾し、迷走し続ける。故にジャギはいつまでも前に進めず、ケンシロウとの差は開く一方のままだ。

 

「受けやがれえ! 南斗邪狼撃!」

 

 ジャギが再び両手で突きを放つ。

 だがケンシロウはその一撃を容易く見切り、逆にカウンターの蹴りをジャギに叩き込んで沈めた。

 

「ば、馬鹿な!」

「貴様の南斗聖拳などシンの足元にも及ばん」

 

 そしてケンシロウは既に、シンという南斗聖拳の使い手を相手に修練を重ねている。

 したがってジャギのにわか仕込みの南斗聖拳など、北斗神拳以上に通用しない。

 哀れなのは、この南斗聖拳への脇道が本当に迷走でしかなかったという点だろう。

 そもそも北斗神拳には、一度見た技を我が物とする北斗水影心がある。

 つまりジャギが余計な迷走をせずに、あくまで北斗神拳に拘り修行し続けていたならば……あるいは、水影心を会得していたかもしれない。

 そうなれば今以上の完成度の南斗邪狼撃を放つ事も出来ただろう。

 

「アタァ!」

 

 蹴り飛ばしたジャギに闘気を纏ったケンシロウが追いつき、殴る。

 

「ホォーワタァ!」

 

 ジャギが壁に衝突して跳ね返り、その先に待っていたのはまたケンシロウの蹴り!

 続けて拳! 容赦なくケンシロウがジャギを追い詰めていく。

 

「アタァ! これはリュウガの分! 醒鋭孔!」

 

 跳躍して殴り、醒鋭孔で龍頷を突いて蹴る。

 龍頷は敵の痛覚神経を剥き出しにする秘孔。これによりジャギは指で触れただけで全身に激痛が走る身体となった。

 そのジャギに肘打ち、拳打、蹴りが何度も命中し、何度も何度も壁に叩きつけて逃がさない。

 

「これはユリアの分!」

 

 跳躍して殴りながら背後に回り、蹴り飛ばす。

 すぐにケンシロウも後を追い、追撃。

 空中から落ちるより先に何度も空でジャギを殴り、翻弄する。

 

「あの婦人の分!」

 

 無惨に爆死させられた婦人の無念が乗った拳打がジャギの肩の骨を砕いた。

 最後に蹴り飛ばし、ジャギを瓦礫の山へ突っ込ませた。

 ジャギはゴミの上で醜く死ぬのが似合いの最期だ。

 そう考えたケンシロウが、ジャギに相応しい墓標へ送り込んだのだ。

 

「そしてこれは……これは……! 貴様によって最愛の人を失った……」

 

 ユリアが実際は生きて、五車星と共にいる事をケンシロウは知らない。

 リュウガからはユリアが死んだと伝えられ、真実を知るシンも黙しているからだ。

 だからケンシロウはユリアが死んだと思い、強い哀しみを抱き続けている。

 その哀しみと怒りが籠った拳を握り、一歩一歩ゆっくりとジャギへ近付いていく。

 もう、あの時のような甘さは見せない。

 かつて兄と呼んだこの男に、今ここで死を与える。

 迷いはない。本当ならばあの時殺しておくべきだった男が、今日死ぬだけだ。

 そして拳を振りかぶり――ケンシロウの前に、アンナが飛び出した。

 

「この俺の怒り――な、何っ!?」

 

 ケンシロウは咄嗟に拳を止め、アンナの額に届くギリギリで何とか制止に成功した。

 危ないところだった……あと少し、拳を止めるのが遅かったらアンナは死んでいた。

 命がけでジャギを守った少女の姿にケンシロウは何も出来なくなり、ジャギも突然の事にどうしていいか分からず呆然とする。

 だがハッとしたように両手で己の顔を隠し、惨めに叫んだ。

 

「……み、見るなアンナ……。

俺を……俺を見るんじゃねえ! こんな俺を見るなあああ!」

 

 既にジャギに戦意はなかった。

 一番見られたくない人に素顔を見られる恥辱に、完全に心が折れてしまったのだ。

 しかしアンナはジャギへ無遠慮に振り向くと、顔を隠している腕を強引にどけた。

 そして数秒ジャギの顔を見て、無言でビンタを一発。

 更に二発、三発と叩き、それでも気が済まないのかとうとうグーでジャギの顔を殴った。

 

「この馬鹿!」

 

 まだ終わらない。

 アンナの攻撃など、本来ならば鍛えたジャギにとっては蚊に刺されたほどにも感じないだろう。

 だというのに、この拳は先程までケンシロウから受けていた拳よりも……痛い。

 というか今は醒鋭孔で痛覚神経が剥き出しなので精神的にどうこうの話ではなく、本当に痛い。

 

「馬鹿! この大馬鹿!」

「ばわ! ばわわわわ! や、やめてくれぇ……!」

 

 馬乗りになり、無遠慮に何度も叩き込まれる張り手にジャギはたじたじだ。

 最後にアンナはジャギの首を掴んで引き寄せ、しっかりと目を合わせた。

 

「何よ! 大して変わらないじゃない! 元々アンタはそんな上出来な顔でもないでしょ! 顔で選ぶなら、始めからアンタを好きになったりしないわよ! 私は顔でアンタに惚れたわけじゃない!」

「ア、アンナ……」

「よっく分かった……あんた、私がいないと駄目だわ」

 

 アンナはもう逃がさないようにジャギの頬をつねり、それからケンシロウへ振り返る。

 ケンシロウとジャギの確執の全てを知るわけではない。

 ただそれでも、ジャギが殺されても文句の言えない……いや、殺されて当然の事をしてきたのは分かる。

 ここに来る前にも、ジャギの非道ぶりをハッキリと見た。

 だからケンシロウにはジャギを殺す権利があるだろう。

 一度見逃して、それで大勢の被害者を出してしまったのだから止めを刺す義務もあるだろう。

 だから正しいのはケンシロウで、間違えているのはこちら。

 その事を承知の上で、アンナはそれでもケンシロウに懇願した。

 

「ケンシロウ、こいつは私に預けて欲しい。もう二度とこんな馬鹿な事はさせない。罪を償いきるのは無理だけど、それでも一生かけて私も一緒に償う」

「ならぬ……俺は一度その男を殺せなかった。それが多くの涙を生んだのだ……同じ間違いは犯せない。

その男がもしもまた、誰かを泣かせたらどうする?」

「一緒に死ぬ」

 

 威圧をかけて話していたケンシロウだが、一瞬の迷いもなく言い切ったアンナに逆に気圧される。

 アンナの目は真剣だった。僅かな嘘もそこには含まれていないとケンシロウは理解する。

 

「この馬鹿がもしもまた復讐に狂って誰かを泣かせたら、その時は私がこいつを殺して死ぬ」

「ア……アンナ……そんな事……!」

 

 何かジャギが言いかけていたが、アンナは拳骨でジャギの頭を叩いて黙らせた。

 そしてケンシロウに再び視線を向ける。

 後はケンシロウの判断に委ねる、と彼女の目が語っていた。

 ケンシロウの怒りは真っ当だ。だからジャギをこの場で殺そうとしても、それを責めはしない。

 

 その時は、ジャギと一緒にケンシロウの拳で散る……その決意が彼女の顔にはあった。

 

 

「……それで、ケンシロウは結局ジャギを殺さなかったのか?」

「はい。甘い男です」

 

 俺は玉座に腰かけながら、ジョーカーから報告を受けていた。

 ジョーカーにはケンシロウを監視させていたのだが、どうやらジャギの運命は本来のものから大きく外れたらしい。

 ケンシロウとジャギの間に割り込んだアンナは、ジャギが変わり果てても尚、彼の事を愛した。

 以前ジャギは、俺に言った。こんな醜い顔で、アンナの元に帰れるものか、と。

 それに対するアンナの答えは、何とも痛烈なものであった。

 大して変わらない、か。

 俺は思わず、クッ、と笑った。

 なるほど、酷い言い草だが道理だ。確かにジャギは最初からそんな整った顔をしていない。

 不細工とまでは言わないが、ラオウ、トキ、ケンシロウと比べてしまえば、モブチンピラ顔である。

 少なくとも、面食いならば選ばない顔ではあるだろう。

 とはいえ、それでもケンシロウのせいでグロテスクな顔になってしまったのは間違いない。

 だというのに、それでも気にせず愛を貫くとは……なかなか、大した女ではないか。

 

「フッ。何もかもケンシロウに負けている男だが……一つだけ、ケンシロウに負けていないものがあったな。どうやら女運にだけは恵まれているらしい」

 

 ま、ここはぶっちゃけ個人の好みに左右されるので、俺個人の意見だがな。

 しかし俺から見れば少なくとも、アンナは決してユリアに見劣りしない、いい女だ。

 

「しかし、放置してよろしかったのですか? 私に命じて下されば必ず仕留めてご覧に入れますが」

「構わん。今は奴に手出しするな」

 

 ジョーカーの疑問に、俺はジャギを放置するように念押しした。

 実はジョーカーには監視を命じる際、もしケンシロウが敗れそうならば救出を、ジャギが敗れ……その上で生存するならば手出ししないように命じておいたのだ。

 ケンシロウがジャギに負ける事などないと思うが……まあ、保険だ。

 もっとも、万一負けても何だかんだで誰かの犠牲の上に生き延びて、哀しみと怒りを背負ってパワーアップするだけだろうが。

 そしてジャギがもし生き延びたならば、その先どうなるか、実に興味深い。

 

「だが監視だけは怠るな。村に密偵を送り込んでおけ」

「そう言われると思い、既に手配済みです。あの村には私が選んだ腕利きの密偵が数人紛れております」

「流石だ、ジョーカー」

 

 俺はジョーカーの有能さに笑みを零す。

 ジャギはこれから、アンナの村で暮らす事になるだろう。

 しかしジャギは拳王軍と通じている。アンナとその兄は拳王軍否定派のようだが、だからといってジャギがラオウとわざわざ敵対するとは考えにくい。

 場合によっては村の安全と引き換えに、ラオウを手引きする可能性もある。

 だが、それこそ好都合。ジャギのその動きは密偵を通して俺に筒抜けとなり、ラオウの動きを把握出来るようになる。

 そうなれば待ち伏せをして、ラオウを叩く事だって出来るかもしれない。

 

「他はどうだ?」

「奇跡の村は拳王からの接触はありません。もう用済みとして、捨て置かれているのでしょう」

「予想通りか。一応、そのまま見張りは継続させておけ」

 

 そして密偵を放ったのはアンナの村だけではない。

 アミバの支配する奇跡の村やアスガルズル、シュウの反乱軍、慈母星軍、拳王軍や聖帝軍にもジョーカーの選んだ密偵が侵入しているのだ。

 拳王軍や聖帝軍ときたら、その辺の腕自慢や野盗をガンガン吸収してるからな。

 その中に少数くらい、野盗に擬態した俺の配下が混ざっていても気付く事はない。

 逆に、こちらに聖帝軍や拳王軍の密偵が入り込んでいる可能性もあるので油断は出来ない。

 実際、今日までに難民や兵士志願者の中に紛れ込んだ拳王軍の密偵が十人以上発見され、入国前の段階で処分されている。

 ただまあ……ラオウの部下ってぶっちゃけ分かりやすいんだよな。

 でかいババアとか見れば分かると思うが、変装が雑なんよ、あいつ等。

 むしろ何でそれで騙せると思った、と突っ込みたくなる恰好で来るもんだから一周回って逆に実は拳王軍と関係ないのでは? と思ってしまうレベルで酷い。

 あるいは逆にわざと発見させて本命を隠す為の囮なのではないかと、いもしない本命を探して時間を無駄にする羽目になった。

 いや、あるいはこうして俺が時間を無駄にすることを読んで、わざとそうした手合いを送り込んできたか?

 ラオウめ……味な真似を。

 

「慈母星軍に放った密偵のうち、ドロー2とワイルドからの報告が途絶えました。恐らくリハクに気付かれたのでしょう」

「問題ない、その二人はデコイだ。リハクのような自分を賢いと思っている人間には、あえて満足出来る『答え』を用意しておいてやるべきだろう?」

 

 慈母星軍に紛れ込ませた密偵が二人発見されたようだが、こちらは予定通りだ。

 リハクならば必ず密偵がいる可能性を考慮するだろう。

 なので、わざと気付かれる程度にしか擬態出来ない馬鹿を二人放り込んでおいた。

 その二人は、KING軍の権力を笠に、俺に隠れて一般市民に高圧的な態度を取っていた奴だ。死んでも惜しくないというか、むしろここで死ななければ俺が処していたような連中である。

 そしてリハクはここで、密偵を発見したという『答え』を得たことで警戒が緩む。

 まあ、『カイジ』で一条がやられたのと同じだな。

 賢い奴相手には、そいつが満足出来る答えを用意しておいてやればいい。

 そして、その裏で本命の密偵――ゴッドランド崩壊後に引き抜いた残党……厳しい訓練を乗り越えた本物のプロが難民に紛れ込んでいる。

 

「今頃は尋問されているだろうが、二人には大した情報を持たせていない。いい隠れ蓑だ」

「しかし、それならばいっそ虚偽の情報を持たせておく事で奴等を混乱させられたのでは?」

「いや、確かに俺もそれは考えたが悪手だ。短期的には効果的だろうが、リハクもそこまで馬鹿ではない。偽情報はいつか必ずバレる。そうなった時、ドロー2とワイルドは最初から見付かる事前提のデコイだったとバレ、本命の探索に乗り出すだろう。それではデコイの意味がない」

 

 本命の密偵を隠す為の囮は、囮とバレないからこそ意味がある。

 だから情報を多く与える事はしなかったが、わざと偽情報を与えるような事もしていない。

 

「スキップとリバースからの報告は?」

「今の所、慈母星軍に動きなし……しかし、相変わらずKINGとの接触を図ろうとしているようです。

残念ながら、最後の将との面通りも叶わぬ難民や末端の兵ではこれ以上の情報は……。

もっと最後の将に近い位置ならばより精度の高い情報を抜く事も出来ると思いますが」

「駄目だ、ユリアとは絶対に直に接触させるな。その瞬間、奴等は寝返ると思え」

「KING……お言葉ですが、流石に警戒しすぎでは? スキップとリバースは厳しい訓練を積んだ軍人です。たとえ拷問を受けても寝返る事はないかと……」

「ユリアの人心掌握力を甘く見るな。恐らく、その点に関してだけ言えば……世界一だ。

ラオウに忠誠を誓い命すら投げる忠臣だろうが、ユリアの為にラオウに弓引くようになる……あれはそういう、魔性の類だ」

 

 いやこれ、冗談みたいな話だけどマジだから。

 原作でラオウに忠誠誓ってたはずの兵士すら、ユリアを守る為にラオウに矢ぶっぱするくらいにはやばい。

 あの女の事は、テンプテーションを常時振りまいている妲己と思うべきだ。

 それも自分が妲己だという自覚のない妲己である。

 あれはもう魅力じゃない、魅了だ。そういう術と思うべきだ。

 

「報告は以上か?」

「はっ」

「ご苦労……下がっていいぞ」

 

 俺が下がるように命じると、ジョーカーはスッと姿を消した。

 密偵の手配に偵察にと、ジョーカーが有能すぎてやばい。

 後で何か褒美をやらんといけないな、これは。

 ジョーカーが去ってから俺は懐から一枚の親書を取り出し、目を通す。

 そこにはユリア直筆と思われる文――当たり障りのない挨拶から始まり、今の世の中を憂う気持ち、サザンクロスと俺への賛辞、自分達はきっと手を取り合えるという綺麗事、ケンシロウを利用していることへの苦言……最後に一度、直に会って話し合いたいという言葉が綴られていた。

 正直破り捨ててやりたいが……まあ、返事くらいは書いてやるか。

 『邪魔だから引っ込んでろ』ってな。

 

 

【ラオウめ……味な真似を】

シンの考えすぎ。

わざわざデコイを用意して本命を送り込むなんて回りくどいことをラオウはやらない。

というか密偵作戦自体ラオウは関与していない。

そういうのは全部部下に丸投げして本人は領土を広げることに注力している。

ちなみにその部下もヒャッハーなので、デコイを用意するなんて真似はしない。

どう見てもバレバレの雑な変装をバレないと確信して送り出している。そしてサザンクロスに入ることすらできずにバレる。

 

【醒鋭孔】

ややこしいが醒鋭孔は技名で、突いている秘孔は龍頷。

検索すると検索候補に「感度3000倍」が出る。

リーチは短いが星を一つ奪い、一定時間通常攻撃で体力が削れるようになる。

ACやMUGENでは何度も何度も醒鋭孔を使う鬼畜ケンシロウがよく目撃される。

ちなみにアンナはこの技の効果など当然知らないので、ジャギの痛覚が数倍になっていることを知らずにボコボコにしてしまった。

ジャギはこの後、なんとか自分で治した。

途中、天に還ったはずのシェルターの婦人の亡霊が見えたことで1度ミスって身体の痛みが数倍になった。

 

【ドロー2/ワイルド】

サザンクロスの密偵。

コードネームが与えられているので本人達は自分達を重要人物だと思っているが、実際はただのデコイ。

 

【スキップ/リバース】

本命の密偵。

リバースはコードネームのせいでよくデビルリバースと間違われて肩身の狭い思いをしている。

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