シン・南斗の拳 俺達の戦いはこれからだ! 作:マジカル☆さくやちゃんスター
――南斗鳳凰拳奥義 天翔十字鳳。
その正体は、脱力によって天を舞う羽根となり、あらゆる攻撃を受け流す『受け』の奥義だ。
サウザー自身が話しているように、構えとは防御の型という思想が鳳凰拳にはある。
その鳳凰拳が構えを取る以上、当然天翔十字鳳は究極の防御の型に他ならない。
しかし、ただの防御の型ではない。鳳凰拳は制圧前進の帝王の拳。
天翔十字鳳は受けにおいて比類なき威力を発揮するが、攻めにおいてもまた奥義なのだ。
武術において脱力とは、大きな破壊力を生むための重要な要素だ。
常に力んでいる状態から放つ拳より、リラックスした状態から放つ拳の方が鋭い。
ならば天翔十字鳳もまた、究極の脱力の後にこそ最も大きな力を生み出す事が出来る。
即ち攻防一体。あらゆる攻撃を流し、自らは最強の力で攻撃を加える。
これこそ南斗の頂点に君臨する鳳凰拳の真髄であり、外部破壊を主とする南斗聖拳では勝てないと言われる所以なのだ。
「ずえりゃあああッ!」
「えやーーーーッ!」
しかし今、天を舞う羽根は二つ。
シンとサウザーが、常人では目視出来ない速度で攻防を続けているが互いに決定打が入らずにいた。
シンの放つ貫手の連打は千の首を持つ龍を思わせる程に速い。
だがその全てがサウザーを突き抜け、背後の壁を砕くに留まる。
サウザーの放つ極星十字拳は鋼鉄だろうと容易く切断するほどに鋭い。
しかしそちらも、シンを通り抜けて自らの権威の象徴である十字陵の一部を切り裂いてしまった。
互いに天を舞う羽根と化した今、戦闘は完全な千日手へと入ってしまった。
羽根同士が空でぶつかったとしても、互いに大きな損傷を被る事はない。
ならばこのまま決着が着かずに終わるのか?
――否、それは違う。
「ぐっ……はあ……はあ……」
「フフ……フハハハハ! どうしたシン、息が荒いぞ! やはり帝王の奥義は負担が大きいようだな!?」
同じ奥義、同じ土俵。だが二人の間には決定的に違いがあった。
それは単純明快に『慣れ』の問題だ。
シンの天翔十字鳳は所詮は模倣。この場で他に選択肢がないから仕方なく出したものに過ぎない。
ぶっつけ本番ではない。この時を想定して練習は重ねてきた。
しかしそれでも、シンは本来の使い手ではない。本物の鳳凰拳の伝承者であるサウザーとの間にはどうしても差が生じてしまう。
また、精神的な負担も大きい。
究極の脱力による防御――それは即ち、サウザーの鋭く強力な拳を前に、力まずに全ての力を抜いて無防備を晒す事を意味している。
並の敵ならばそれも容易だろう。しかし相手は南斗聖拳最強の男サウザー。
彼を前にして全ての力を抜くというのは、その一瞬一瞬、常に『死』と隣り合わせの恐怖を抱く事に他ならない。
どうしても身体は本能的に、反射的に力もうとしてしまうのを必死に抑え、脱力による防御が失敗すれば即死確実という状況下で羽根と成り果せる。
それは一度でも成功すれば、その時点で奇跡と呼べる難度だ。そしてここまでに既に十分以上、シンはその針の穴を通すような苦行を続けていた。
サウザーは違う。確かに彼もまた、常にシンの拳の前で力を抜くという難行を強いられている。
だが彼はそれを自然に行えるだけの土壌があった。
何故ならサウザーは帝王。己の力と技に絶対の自信を抱く彼が下郎の拳を前に恐怖を抱く事はない。
ましてや鳳凰拳は普段から防御の構えを取らず、故に敵の前で無防備になるなど今更過ぎる話。
そう、帝王は普段から防御などしない。したがって無防備など日常茶飯事。恐怖がない。
鳳凰拳に防御の型が無い事自体が、この奥義を十全に扱うための土壌作りなのだ。
シンにとっては奇跡に等しい難行も、サウザーにとってはただの散歩のようなもの……これでは差が生じて当然。『奇跡』と『日常』ではどちらが長続きするかなど考えるまでもない自明の理!
『天翔十字鳳同士の戦い』という土俵に持ち込んだ時点で、シンの敗北は既に見えていたのだ。
そして遂に、その時が訪れる。
「フフフフハハハハハハ!!」
サウザーの蹴りがシンに命中し、そのまま階段を駆け上がるようにシンの身体を登る。
後方宙返り――からのバツの字を描くような斬撃!
シンの胸から血が噴き出し、膝をついてしまった。
「俺の拳を前に、よくぞここまで羽根となった! だが既に勝負は見えたなシン。
貴様の肉体は既に、度重なる重圧に晒され、自らを守ろうとする本能で余計な力みが無意識に生じている! 貴様の羽根には恐怖という重りが圧し掛かった! 最早天を舞う事叶わず!」
「ぬっ……ぬうう……!」
「今こそ我等の因縁の幕を降ろす時が来た」
疲労し切ったシンに、サウザーが一歩近付き天を指差す。
「極星は一つ!」
空で星が輝き、その場の誰もが眩い十字の光を見た。
「天に輝く天帝は南十字星!」
サウザーが天を舞い、後方に翻る。
そして未だ未完成の十字陵の頂点に立ち、両手を広げた。
「衛星は極星に勝てぬ! そして今! シン、貴様を葬る事で俺は名実共に南斗最強の男となるのだ! ――死ね! シン!」
サウザーが羽ばたいた。
この時シンは見た。紅蓮の闘気を纏い、死を与えんと飛翔する鳳凰の姿を。
ならばこちらも天翔十字鳳を……と思うが、すぐに無理である事を悟る。
シンの身体はシンの意思に反し、力みが生まれてしまっている。これでは究極の脱力は成功せず、ただ力を抜いた状態で敵の攻撃を受けるだけだ。
――死ぬのか? 俺は……。
一秒が一分にも感じられる、圧縮された時の中でシンは己の内から湧き上がる恐怖に震えた。
スローモーションに映るサウザーの姿を見ながら、シンは目を見開く。
――己の矜持を捨て、拳を捨ててまで戦って、それで無様に死ぬのか!?
サウザーに勝つために、原動力だった執念を捨てた。欲望を捨てた。
心を限りなく空に近付け、天を舞う羽根となった。
運命を超える為と自らに言い訳をして、それで結局この結末ではあまりに惨めではないか。
ゆっくりと迫る鳳凰を前に、シンの脳裏にここまでの道のりが、これまで出会ってきた人間の姿が思い浮かぶ。
ダンネ……まだ一人前に育てていない。俺がいなくなった後、あいつはこの世紀末で家族と共に生きていけるのか?
ガルダ……頼むから、早まってくれるなよ。俺が死んだ後を任せられるのはお前しかいない。
レイ……敵討ちなど考えるなよ。
シュウ……ケンシロウが来るまでカレンと共に何とか生き延びろ。
ケンシロウ……正直今でもこいつが何を考えているのかよく分からない。
ハート……お前はどうしてああなってしまったんだ。
ジュガイ……許せ。後は任せるぞ。
サラ………………。
その時、シンは刹那の中で思い出した。
それは、フウゲンの忠告を受けてサザンクロスを出る前の事。
『待って、シン!』
『……何だ?』
『私は……無理に今の貴方を変える必要はないと思うわ』
シンを呼び止めたサラは言う。
シンはシンのままでいいと。
『私もアルフレッドも、他の皆も……貴方だからついていこうと思ったのよ。
他の誰でもない、シン……貴方だからこそ。こんな時代でも常に前を向いて、自分の叶えたい事を全力で叶えようとしている貴方だからこそ、私達もついていきたくなった』
『…………』
『他の人もフウゲンさんのように、今のままではいけないと言うかもしれない。
でも、私はそう思わない。今の貴方だからこそ、ここまで来られたんだと信じている。
だからシン……自分を信じて! 貴方は――強い! 誰よりも強い!』
――俺は……俺は! 俺は!
――まだ死ぬわけにはいかん! 死んでなるものか!!
――俺はまだこの手に何も掴んでいない! 世界も……何より、サラの本当の笑顔も!
崖際まで追いつめられた断末魔の一瞬! シンの内にある生存本能がかつてない叫びを上げた!
最後の最後でシンの心を支配したのは、生物が持つ根源的にして最も強い欲望。
即ち『生きたい』、『死にたくない』という純粋な願いだった。
生きたいから生きる。死にたくないから死なない。ただそれだけの、理屈も理由もない原始の欲望と執念!
それがシンの肉体に宿り、シンは今までと異なる行動に出た。
脱力ではない。むしろその逆……過去例がないほどに力む!
全身に力と闘気を漲らせ、魂から生じる原始の欲望と執念で爆発させる。
シンの眼が光り、そして偽りの鳳凰は大鷹へと戻った。
シンとサウザーが交差し、眩い光にその場の全員が目を塞いだ。
そして光が晴れた時、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「ぐっ……あああああ!? ば、馬鹿な……! これは、何故……!」
――サウザーが、肩から腹を裂かれて血を噴き出していたのだ。
その後ろに立つシンは金髪を闘気で逆立て、肩を震わせている。
「ク、ククククク……クククク……クハハハハハハハ!
フハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……!
ハァーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」
シンは、何が可笑しいのか、腹の底から笑っていた。
何かを確かめるように拳を握り、開き、そして静かに言う。
「サラよ……やはりお前こそが俺のクイーンだった……」
シンが振り返った。
そこには、先程までの自分に納得していないような彼はもういなかった。
自分に絶対の自信を抱く、サザンクロスのKINGの傲慢な笑みが戻っていた。
「情けない……俺ともあろう者が血迷ったわ……!
己の拳に自信一つ抱けぬ男が勝利を掴めるものか。これまでの自分を信じられぬ者に栄光が掴めるものか!
敵のはずの南斗鳳凰拳に頼った時点で既に俺は敗北者の道へ進んでいた」
立ち昇るオーラが更に力強さを増す。
その余波だけで大地が震え、十字陵が罅割れて行く。
「サクヤ達の予言を切り捨てる事が出来ず、運命を超えるのに欲望と執念を捨てる必要があると思ってしまった……思えば馬鹿馬鹿しい話ではないか。運命を超える為に、何故運命を見通す女の――『運命の奴隷』の言葉に従わねばならんのだ」
シンは過去に、三人の女から同じ忠告を受けていた。
サクヤ、エバ、ユリア……誰もが未来を見通す力を持つ世紀末の神女だ。
彼女達は口を揃えてシンに忠告をした。欲望と執念に拘る限り運命は超えられない。欲望と執念を捨てろ。
シンの師であるフウゲンもまた、同様の忠告をしていた。
そんな中でただ一人、今のシンを肯定してくれたのがクイーン……サラであった。
「奴等の予言に従えば、それこそ運命の通りにしかならん。真に運命を超えるならば、予言を覆してこそ……未来を見通す三人の女の言葉などより、未来など視えずとも『今』を全力で生きる一人の女の言葉こそが、俺にとっての唯一の真実だった」
サラは未来を見通す世紀末の神女などではない。
何の宿命も背負っていない、ただの今を生きる女だ。
だが、人はそもそも未来など視えない。誰だって不確定な未来を目指して『今』を全力で生きている。
既に決まっている未来に向かって歩くのではない。
自分達で未来を作る為に歩いているのだ。
ならば、未来を先に見て、まるで天からの天啓助言気取りで齎される忠告に、一体何の価値がある? ――無い!
まだ決まっていない未来を恐れて、己の可能性を狭めて、どうして運命を乗り越えられる?
既に決まっている未来など、壊せ! 踏み躙れ! 蹴り砕いて、その残骸の上に己の描く未来を築き上げろ!
「俺は今こそ悟ったぞ……やはり俺を高めてくれるのは果てなき欲望……そして尽きる事なき執念! 生きようとする欲望と執念は何よりも……何よりも強い!」
北斗と南斗は表裏一体!
内部破壊の北斗は陰、外部破壊の南斗は陽。
そして……哀しみを背負い、力に変える事こそが北斗の究極ならば。
南斗の究極はその逆! 哀しみを背負わない事! 即ち生きる事、活かす事。
自分も、自分の大切なものも死なせない。失わない。必ず生きて帰るという誓いの拳!
哀しみを背負う為の拳ではない。大切な者に哀しみを背負わせない為の拳!
「これが俺の辿り着いた真実……俺だけの南斗聖拳……!
鳳凰の羽ばたきも、空に消えた無想も、無関係に全て破壊する外部破壊の極み。
俺の拳から逃れる事は誰にも出来ん」
サウザーは夥しい血を流して膝を突き、歯を食いしばってシンを見上げた。
あの一瞬、何が起こったのかを正確に把握しているのはシンとサウザーの二人だけだ。
そして彼は確かに見た。
激突の一瞬――鳳凰が攻撃に転じた瞬間にシンの手刀が自らを引き裂いた瞬間を。
「そうか……カウンター……。
天翔十字鳳といえど、攻撃の一瞬のみ敵と同じ地に降りる。
その瞬間を狙い打ち、全霊の一撃を俺に浴びせた……」
「そうだ。それはまさに生と死の二択……仕損じれば死ぬという狂気の世界。
凡そ、人間の体感時間では捉えきれるはずもない刹那の中の刹那のタイミング。
だが必ず生きて帰るという執念と欲望が、俺に奇跡の呼吸を掴ませた」
シンの奥義は、言葉にしてしまえば単純だ。
要するにただのカウンター。
羽根だろうが無想だろうが、攻撃をこちらに加える瞬間は確実に同じ場所にいる。
それは時間にすれば瞬きほどの時間もない一瞬の事だ。
その一瞬を見切り、そこに全霊の拳を叩き込んで破壊する……ただそれだけの奥義。
それも、相打ちでは駄目だ。全霊を込めている以上はこちらも無防備なのだから、相打ちでは死んでしまう。
ならば狙うべきタイミングは、こちらに攻撃が当たる直前。
敵の攻撃は決してこちらに届けず、その上でこちらの攻撃だけを当てる。
それはまさに、一瞬という限られた時間の中での更なる一瞬を探すに等しい狂気の世界。
コンマ一秒を百倍に伸ばして、その中で更にコンマ一秒を探せと言われているようなもの。
しかしシンはその神業を、必ず生きて帰るという欲望と執念で見事掴み取ったのだ。
――自らを生と死の狭間に立たせつつ、生還する!
これこそが、彼の辿り着いた、新なる南斗聖拳! 真の究極奥義! シンだけの極致!
彼は今、南斗聖拳を超えたのだ。
「俺は南斗聖拳を超えた……故に、我が拳は既に南斗聖拳であって南斗聖拳にあらず。
我が真なる拳……その名は――南斗真拳!」
【天翔十字鳳】
このSSでは脱力による超回避と設定。
要するに消力(シャオリー)みたいなもの。
鳳凰拳が普段防御の姿勢を取らないのはこの技を十全に使いこなす為の下地作り。
普段から防御しないのを当然としているサウザーと、そうではないシンでは最初からサウザーの勝利が見えていた。
【予言無視】
予言に従うというのは、その時点で運命に従っているという事。
これでは運命を超えるなど出来るわけがない。
サクヤ達の予言はシンを運命に従わせる為のただのトラップ。
ただし彼女達に罠を張っていたという自覚はあまりない。
サクヤだけは賢いので自分の発言の矛盾に薄々気付いていた。
【結局どういう奥義なの?】
すごい割り込み。
暗転中だろうが無敵中だろうが無視して割り込みをかけて一撃死をブチ当ててくる。