シン・南斗の拳 俺達の戦いはこれからだ!   作:マジカル☆さくやちゃんスター

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第四十七話 花守の丘

 静寂が訪れた。

 最後の衝突……それを制したのはトキだった。

 ラオウの拳はトキを僅かに外し、トキの貫手がラオウの秘孔に突き刺さったのを、その場の全員が確かに見た。

 だがシンは知っている。原作では勝ったと思った瞬間にトキの刹活孔が時間切れを迎え、あと一歩で届かなかった事を。

 本当にやったのか、という期待。結局無理だったのではないかという不安。それはその場の全員が共通して抱くものだ。そして……。

 

「ぐはあぁっ!!」

 

 ラオウが吐血し、崩れ落ちた。

 地響きを立てて世紀末恐怖の象徴が膝を突き、力なく大の字になって倒れ込む。

 その様子にシンは思わずといった様子で身を乗り出した。

 

「届いた!」

 

 本来の運命では後僅か、ほんの数秒の差で間に合わなかった渾身の一撃がラオウを仕留めた。

 リンとバットはトキの勝利に喜び、ケンシロウも深く頷いている。

 死兆星はトキの上に落ちなかった。いや、あるいは落ちていたのかもしれないが、トキは自らの力でその運命を乗り越えたのだ。

 しかしまだだ、とシンは早合点する己の考えを改めた。

 ラオウはまだ生きている。トキが今突いたのは命を奪う秘孔ではない。

 一時的に力を奪うだけの秘孔に過ぎない。

 

「トキ、止めを刺せ! 時間が貴様の命を奪う前に!」

 

 シンの焦りを含んだ指示に、トキは静かに微笑む。

 口の端からは血が流れ、彼もまた満身創痍である事は誰の目にも明らかであった。

 いかに一時的に全盛期の強さを取り戻しても、病が消えたわけではない。穴の空いた命の砂時計からは命の砂が刻一刻と流れ出続けている。

 そして今の戦いで見せた剛と柔の融合は見事だったが、病に冒されたトキにはあまりに負担の大きい戦い方だ。

 シンの見立てでは、刹活孔を突いたのと同様か、あるいはそれ以上にトキの命を縮めているはず。

 この勝利を確定させるには後一撃、止めをラオウに叩き込まねばならない。

 そうでなければ時間がトキの命を奪い、全てがひっくり返るだろう。

 

「フフ……見事だ弟よ……さあ、宿命の幕を降ろすがよい……貴様の手で天へ還るならば悪くない」

「ラオウ……」

 

 ラオウはもう満足に秘孔を突くだけの力もない。したがって、自らの手で幕を降ろす事も出来ない。

 しかしラオウの顔は穏やかなものであった。

 今日まで後ろを振り返ることなく前進し続けられたのは、自分が間違えた時に止めてくれる最愛の弟がいればこそ。弟の強さを信じればこそだ。

 自分がもし間違えていたならばトキが止めてくれる。そう信じる事が出来たからこそ、迷いなく前だけを見て走り続けたのだ。

 悔いはない……この弟の手で終わるならば。

 ラオウは静かに眼を閉じ、最後の一撃を待つ。

 

「よかろう……ならば最後に見るがいい。これが私の目指し続けた貴方の剛の拳」

 

 トキが全身から闘気を立ち昇らせ、それが右腕一本に集約されていく。

 この場の全員に、天に。何よりもラオウに見せ付けるように高々と掲げられた拳から放たれるのは、トキの生涯最後の一撃。

 

「北斗――砕覇拳!」

 

 シンの知るその奥義は本来、下から上へと突き上げる形で放たれる。

 しかしトキはその逆に、ラオウに振り下ろすようにして放った。

 トキの一撃で大地が砕け、血飛沫が舞う。

 十分な威力と速度だ。間違いなく終わった――そう確信したシンであったが、次の瞬間その表情は険しいものとなる。

 ケンシロウ、ジュウザ、フドウもまた驚愕に顔を強張らせ……誰よりもラオウが驚き、茫然としていた。

 ――命を振り絞ったトキの最後の一撃は、ラオウではなくラオウの顔のすぐ横の大地を砕いていたからだ。

 

「トキ……どういうつもりだ!」

「私が止めたかったのは貴方の暴走。私が封じたかったのは貴方の魔拳。

今、世紀末の恐怖の象徴……世紀末覇者拳王は死んだ。故にここにいるのは拳王ではなく、偉大なる我が兄のみ……そして今、私の戦いは終わった……」

 

 優しく微笑むと同時に、トキの全身から血が溢れた。

 彼に残された僅かな命の残量が遂に尽きたのだ。

 崩れ落ちるトキを、ラオウが咄嗟に抱き止める。

 

「何故だトキ! 何故俺を殺さなかった! その優しささえなければ俺を……俺を殺せたものを!」

「あ、貴方はまだ死すべき男ではない。貴方を待つ者達が……貴方を待つ国が、あるのだから……」

 

 この戦いは最初から、ラオウの頭上に死兆星など輝いていない一戦だった。

 トキの目的はラオウを超える事……そしてラオウを止める事だ。殺す事ではない。

 そしてその目標は達成された。

 

「私はずっと貴方を見てきた……だから、貴方がどれだけ『あの男』を尊敬し、そして止めたいと願っているかを知っている……何故なら私もまた、貴方という偉大な兄を目指し続けたのだから……兄さん」

「ト、トキ……!」

「『あの男』を倒せる者は他にいるかもしれない……だが救えるのは……貴方だけなのだ。

貴方だけが、彼にとっての本当の救世主になれる……だから兄さん、貴方に託したい……どうか、彼を……我等の兄を、救ってやってほしい……!」

 

 震えながら差し出された手を、ラオウは思わず掴み取った。

 分かる。分かってしまう。もうトキにはほんの僅かな力すらも残されていない事を。

 最後に残された力を、ラオウを止める為に全て放出してしまったのだと、強く実感出来てしまう。

 

「兄さん……私にとっては、この地こそが故郷だ……幼かった私の心はあの国を離れ、貴方と過ごしたこの場所を心の故郷とした。ここが私にとっての還るべき場所だった……だが、貴方は違う」

 

 トキは語りながら思い出す。

 ここには父がいて、育ての母もいた。何より尊敬する兄ラオウがいてくれた。

 だから、自分が生まれた本当の故郷の事を朧気に覚えていながらも、そこに戻りたいという気持ちはなく、未練もなかった。この場所こそがトキにとっては生まれ育った場所だった。

 育ての母の事も、本当の母だと思って慕っていた。

 だがトキは気付いていた。ラオウが時々、海の向こうを見ていた事を。海の向こうにいるもう一人の兄の事を今でも尊敬している事を。

 トキにとって、ここは生まれ故郷だ。だがラオウはそうではない。

 ラオウにとっての故郷は昔と変わらず、今でもあの海の向こうの国なのだ。

 

「トキ……なんという男よ……! お、お前は……残された最後の力を、このラオウを止める為だけに……!」

「貴方の夢は私の夢だ。どうか私の魂も連れて行って欲しい……貴方の故郷へ」

 

 ラオウが涙を流し、トキを強く抱きしめる。

 その姿を見てジュウザとフドウが驚愕した。

 

「ラ、ラオウが涙を……!」

「トキ……その心が……幼き日のままの心が。

死を覚悟してなお、まだこのラオウを目指したその心が!

この俺の枯れた涙を呼び戻した!」

 

 もうそこに、非情の拳王の姿はなかった。

 最愛の弟の心を受け取り、涙する一人の兄の姿だけがあった。

 血塗られた道を歩むと決めたその日から、涙は流さぬと決めていた。

 だが今だけは……今、この瞬間だけは一人の兄として溢れる涙を抑えられない。

 きっとこれが、生涯で流す最後の涙となるであろう。

 

「ラオウは本当は知っていたのだ……最後に人を救うものは暴力ではなく愛である事を。

そして……最早己の暴走を止める事が出来ぬ事も。

だからその暴走を止める為に奴はトキの拳の前に自ら倒れる事を望んだ……だが、トキはそんなラオウの本当の心を見抜いていた……!

だからこそトキは、ラオウの暴走だけを止めたのだ! その命を捨ててまで……!」

「……見事だ、トキ」

 

 涙ながらに語るケンシロウの言葉に、シンが偽らざる感想を述べた。

 この暴力が支配する世紀末において、優しさを持ち続ける事は難しい。

 ラオウやサウザーと方向性こそ違うものの、シンもやはり暴力を用いて支配圏を広げている。

 優しさを捨てた非情の拳を以て邪魔者を始末し、死体の山の上に平和を築き上げようとしている。

 しかしそれは所詮、引き算の救世である。

 足すのではない。余計な者を間引く事によって相対的にマシな人間だけを残し、最終的に平和な世の中にするというのがシンの目指す道だ。

 それを間違いだとは思わないし、今後も続けるだろう。

 だが、己とは違う道を選べるトキの強さに感銘を受けたのもまた事実であった。

 トキは決して優しさを捨てなかった。何度も天に見放され、裏切られ、踏み躙られ、報われず……それでも何一つ捨てる事なく、背負ったまま、茨で出来た坂道を裸足で登り続けたのだ。

 どれだけ運命から石を投げつけられようと……優しさという十字架を、彼は決して手放さなかった。

 シンは思う。あれこそが真に強い男の姿なのだと。本当に強い者は……大事なものを、決して捨てない。全て抱えたまま困難な坂道を進めるのだ。それはシンであっても困難な偉業であった。

 シンは打ち震えるラオウの背に、話しかける。

 

「ラオウよ。俺もまた貴様と同じく力を正義とし、この時代を制する事を狙う男だ。

それ故に、一度突き進んだ血塗れの道を後戻りする事がどれほど困難かは、この場の誰よりも知っているつもりだ。だが……」

「言うな!!」

 

 シンの言葉を遮るように、ラオウが叫んだ。

 そんな事は言われるまでもなく分かっている。

 暴走を今更止めるのは、それまでの歩みを全て自分で否定する事だ。

 これまでに殺してきた全てを無駄にしてしまう。志に共鳴して命を預けてくれた同志を裏切ってしまう。

 築き上げた犠牲の山も、散っていった仲間の命も、全てはその先に目指した答えがあればこそ。

 だがその答えへ至る道を後戻りしてしまっては、全てを裏切ってしまう。顔向けが出来なくなる。

 だから後戻りなど出来ないのだ。たとえ途中で間違えていると分かってしまったとしても!

 しかしそれでも……それでも、命を捨ててまで正しい道へ戻そうとしてくれている、この弟の心を無視する事は出来ない。

 

「……………………言うな、シン……」

「……無粋であった。許せ」

 

 ラオウの絞り出すような声に、己の失言を悟ったシンが黙り、それどころか敵であるはずのラオウに対して彼にしては珍しく詫びすら入れた。

 最早この場に、自分は完全な場違い。そう察したシンはマントを翻し、無言で去ろうとする。

 だが、そのシンの背中にか細い声で制止がかかった。

 

「……待ってくれ……シン……私を、彼女の許へ……」

「…………」

 

 シンはゆっくりと振り返り、トキを見た。

 彼はもう自分では起き上がる事も出来ず、その顔には明らかな死相が浮かんでいる。

 つい先程まで全盛期と見紛うほど力に溢れていたのが嘘のようだ。

 奇跡の時間は終わり、後には本来の弱り切った男だけが残った。

 恐らくはもう、死ぬまでに一日もかからないだろう。

 

「いいんだな? 最期を迎える場所が、この地でなくても」

「構わない……私の魂は、兄さんと共に……そして私の心は、彼女の許へ帰ろう……」

「……分かった」

 

 シンはトキの願いを受け、ラオウの側へ歩む。

 するとラオウもトキを抱えて立ち上がり、敵同士のはずのラオウとシンはこの時だけは目で分かり合った。

 ――最愛の弟を頼む。

 ラオウは険の取れた穏やかな目でシンに弟を託す。

 ――必ず届ける。

 シンもまた、普段の険しい目つきとは遠い静かな目でトキを受け取った。

 そのままトキを抱えて、ここに来るまでに乗って来た車に向かうが、ケンシロウとすれ違いそうになった時に、トキが手を伸ばしたのを見て足を止めた。

 

「……ケンシロウ」

「トキ……兄さん……」

「手を……」

 

 トキの差し出された手を、ケンシロウが強く握った。

 ――後は任せた。トキの目がそう語っている。

 ケンシロウもまた涙を流しながら強く頷き、トキは満足そうに微笑んだ。

 ほんの数秒の、無言の会話。だがトキの心は確かにケンシロウに伝わった。

 ゆっくりと惜しむように手を放し、そしてシンは車に乗り込む。

 

「全速力で飛ばせ。衝撃は全て俺が分散させる」

「はっ!」

 

 運転手に命じ、シンとトキを乗せた車が走り去った。

 今のトキを揺らすなど言語道断だが、トキに伝わるはずの衝撃は全てシンが分散させる事で彼の腕の中のトキには伝わらない。

 

 こうして宿命の兄弟対決は終わり、この日恐怖の拳王伝説に終止符が打たれた。

 同時に、この日を以て長く続いた拳王、聖帝、KINGの三つ巴が完全に崩壊し、KING一強の時代が幕を開けるのであった……。

 

 

 ――その後。

 トキは女医の許に無事帰還し、白い花が咲き誇る丘の上で抱擁を交わした。

 その後に二人がどんな会話を交わしたのかを、シンは知らない。

 最期の時間を邪魔するのは無粋と考え、その場を去ったからだ。

 

 そして夜が明け、朝日が昇る頃。

 ……トキの死が伝えられた。

 

 

サザンクロス一強時代到来!

けどこれ、シンが主役じゃなかったら後でシンが何か闇落ちしたり本性表したりして民を苦しめる暴君化して結局敵になってラスボスとして戦う流れになってただろうなあ……。

だってケンシロウ主役の物語として見た場合、絶対その方が盛り上がるし。

 

【枯れた涙】

言うほど枯れてない。多分この後また泣く。

 

【生涯で流す最後の涙となるであろう】

多分最後じゃない。また泣く。

 

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