シン・南斗の拳 俺達の戦いはこれからだ!   作:マジカル☆さくやちゃんスター

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Q、何で原作よりマシになってるのにケンシロウは闇堕ちしたの?
A、基本落ちっぱなしの原作と違って、こっちでは上げて落とされたから。


第五十四話 お前は永久に、ここまで上がってくる事は出来ん!

 ――少しだけ、昔の話をしよう。

 まだ世界が核で荒廃する前の話だ。

 

 正直に言って当時の俺は、宿命というものを舐めていた。

 原作でやたら宿命だの天の意思だの運命だのと連呼していたのは別に、そうした方向に誘導や強制をする『何か』があるわけではなく、ただの比喩だと思っていたのだ。

 何か都合の悪い事が起こった時の都合のいい責任転嫁先。

 あるいはゲン担ぎ、神頼み。そういう都合のいい概念こそが作中でよく語られる天なのだと俺は思っていた。

 

 この世界に転生して俺がまず考え、取り組んだのは核戦争で荒廃した後の対策ではなかった。

 俺はまず、核戦争後に備える事よりも核戦争を止める事を考えた。

 そもそも核戦争なんかが起きなければ、その後を恐怖する事も備える必要もなくなる。

 何より、北斗の拳という作品は物語が始まった時点で既に詰んでいる……というのが当時の俺の考えだった。

 何せ『地は裂け、海は枯れ』だ。

 大地が裂けるのは百歩譲ってまだいいとして、海が枯れたらそれはもう詰みだろう。

 秩序の崩壊だとかヒャッハーが蔓延る地獄だとか、もうそういう次元の問題ではない。

 仮に誰も馬鹿をやらずに全員で手を取り合って生きていくとしても、地球単位で終わりが見えている。

 海の生物は勿論、雨が降らなくなって湿度の低下や地球温暖化などの問題が起こり、陸上生物だってすぐに生存不可能となる。

 こうなってはもう、どうしようもない。

 ちょっと暴力に秀でただけの北斗神拳伝承者がいくら悪党をしばいたって、根本的に詰んでる現実は何も変わらないんだから遠からず生物は死滅する。

 どう考えてもエンディング後に生物が滅びて終わりだ。

 まあ……ワンチャン、火山活動とかで地球内部の水が外に排出されて奇跡的に環境が少しはマシになるとか? 地中の生物が長い年月をかけて陸上に進出して進化して、過酷な環境に適応した新人類が現れて新しい歴史を紡ぐとか? そういう可能性もゼロではないが……どのみち、現行人類は滅ぶだろうな。ちょっとマジで希望見えない。

 

 なので俺はとにかく、核戦争を止める為に行動を開始した。

 物心ついた時点で既に通常兵器による戦争は始まっていて、前世知識を持つ俺にとっては既に世紀末だったがそれでもまだ手遅れではないと信じたかった。

 俺は走った。遮二無二走った。

 裏工作、引き抜き、買収、脅迫……善悪問わず、効果が見込めるならば打てる手は打った。

 海を渡り、核兵器の使用に踏み切りそうな過激派の政治家を殺した事もある。

 イギリスに行き、サラやハートと出会ったのもこの頃だ。

 この時の俺はとにかく、核戦争を止めようと必死だった。

 

「ねえ、シン……私には分からないわ。何が貴方をそこまで怯えさせているの? いくら何でも、人はそこまで愚かじゃ……」

「愚かなのだ、サラ……! 既に主要国家は互いに核の照準を向け合い、それどころか自動報復の準備まで整っている。最早誤射一つ、誤作動一つでいつでも核の撃ち合いが始まる段階にまで至っているのだ!」

 

 サラを楽観的と罵る事は出来ない。何故ならほとんどの人間が同じ意見だからだ。

 心のどこかで可能性を考えつつも、いやまさか、そんな馬鹿な、と最悪の可能性を脳裏から排除してしまう。

 だがこの時、既に世界は核戦争のスイッチに指を置き、スイッチを撫でまわしている最悪一歩手前の段階だった。

 ――1983年。モスクワ郊外の防空司令部に「アメリカから核ミサイルが発射された」という警報が鳴り響いた。

 しかしこれはシステムの誤作動……実際にはミサイルなど発射されていない。

 この時、とあるソ連将校はこれを誤報と断定し、規定を無視して上官への報告を行わなかった。

 結果、世界は核戦争の危機を回避した。

 まさに英断……しかし常にその場に賢者がいるわけではない。

 次にその決定権を持っているのは愚者か、あるいは命令に忠実なマシーンかもしれないのだ。

 

 もう残された時間は少ない。

 それでも俺は、あらゆる手段を用いて何とか世界中の和平派による和平交渉まで漕ぎつける事が出来た。

 各国の和睦の使者が日本に集い、最悪を回避する為の会議を行う……はずだった。

 だが最悪の事態がここで発生した。

 各国の要人を乗せた飛行機が墜落事故を起こしたのだ。

 こんな……こんな馬鹿な事があってたまるか!

 現地で会場のセッティングをしていた俺はすぐに救助部隊と共に出動したが、残念ながら生存者はいなかった。

 

 墜落の原因は、ただの事故だ。

 風向き、計器の故障、整備不良、機長の判断ミス。

 一つ一つならば対処出来ただろう不幸が重なり、重大な事故へと繋がった……それだけだ。

 結局、この一件をもって最終戦争を止める手はなくなり、最早核戦争は回避不可能……その事を悟り、俺は絶望した。

 俺は失敗した。最後の最後で、間違えてはならぬ選択肢を外したのだ。

 せめて俺が同じ飛行機にいて、何か出来ただろうか?

 俺などが何しても結果は同じだったのではないか?

 所詮全ては天の意思のまま……歯向かうだけ無駄というもの。

 

 それから数日後には俺はこの世界を諦め、失意の中で最後の日をただ待っていた。

 もうこの世界は駄目だ。全てがケンシロウやユリアの踏み台になる為だけの世界など、期待するだけ無駄というもの。

 さっさと核戦争でも何でも起きて、終わらせてくれ。

 そして俺はこんな世界からおさらばして、来世に期待をかけよう。

 なあに、一度転生したんだ。次もあるさ……なんて、本気で思っていた。

 ハッキリ言えばそれは逃避だ。俺はこの時、負け犬としての道を歩んでいた。

 

 激しく流れる川を見る。

 運命とはいわば、この濁流のようなもの。

 そして俺は言ってしまえば、この濁流に流される小石一つだ。

 石ころ一つで流れは変わらない。どう足掻いても押し流されるだけのちっぽけな存在に過ぎない。

 そうだ……俺は最初から間違えていたのだ。

 所詮ここは北斗の拳の世界……全てがケンシロウとユリア、リンの為だけに動き、生き、死んでいく。

 だがそんな俺を、一人の女が叱咤した。

 

「情けないわよ、シン。いつもの自信に溢れた貴方はどうしたの? 貴方が何に挑んでいるか私は分からないけど……負け犬のまま終わっていいの? このままじゃ貴方はずっと、敗北者よ」

「ハァ……ハァ……敗北者……だと?」

 

 俺は歯を食いしばった。

 そして直後に頭を怒りが支配した。

 

「貴様に……貴様に何が分かる! 何の宿命も背負っていない貴様如きモブに何が!

どうしようもない! 俺如き小石がいくら足掻こうが、運命という川の流れは変わらない! この世界は天の意思による人形劇の舞台に過ぎんのだ!

俺には何も成し遂げる事は出来ん!」

 

 ああ、そうだ。所詮ここは創作物の世界。

 紙の上に書かれたインクだろうが。

 何度ページを巻き戻そうと先に書かれた展開は変わらない。

 何度一巻から読み直そうと、最終巻までの物語は変化しない。

 それと同じで、俺が何をしようと大局は変わらないのだ。

 何故ならここは創作物だから。完成された物語だからだ。

 この時の俺は本気でそう思っていた。いや……前から心のどこかでそう思っていたんだ。

 所詮は物語の中。俺以外は全員登場人物で、作られたモノで、生きて等いない。

 そう思って見下していた。軽んじていた。

 そんな俺に彼女は……サラは言った。

 

「流れは変わらなくても……」

 

 サラは小石を掴み、鋭く投げた。

 すると投げられた石は川の近くにあった小石にぶつかり、弾き飛ばす。

 それは放っておけばいずれ川に落ち、流されていただろう別の小石だった。

 

「こうして、別の小石……誰かを川の流れから助ける事は出来るわ」

「…………その程度の事で……」

「でも積み重ねれば、川の流れを塞き止める量にだってなるかもしれない」

 

 何を下らん事を、と思った。

 たかだか石の一つや二つを川の流れから外してやっても、何も変わらないではないか。

 そう思う俺に、彼女は言った。

 

「私を見て」

 

 サラは俺の顔を両手で掴み、視線を固定させる。

 

「私は今、生きている。

ここに、貴方のおかげで運命が変わった人間が一人いる事を思い出して。貴方がいなければ私は死んでいた」

 

 その言葉は俺にとって衝撃だった。

 俺のおかげで運命が変わった……などという慰めの言葉の方ではない。

 ――「私は生きている」……そんな当たり前で、今更考えるまでもない言葉こそ俺にとって衝撃で、そして忘れていた事だった。

 俺はこの時初めて、彼女達が生きているという当たり前すぎる事実を認識したのだ。

 震える手でサラの頬に触れる。

 人の形をした天の意思の操り人形でもなければ代弁者ではない。得体の知れない何かでもない。

 生きて、血の通った人間だった。

 

 俺はこの時初めて、この世界と向き合ったのだと思う。

 これまでは夢の延長のような感覚で、どこか他人事で……言語化しにくいが、死に際に見ている夢に近い感覚で接していた。

 サラが俺を叩き起こしてくれた。

 俺の目を覚まさせて、この世界と向き合う機会をくれたのだ。

 

 俺はこの時決意した。

 使命も天の意思も主人公やヒロインもどうでもいい。

 何を犠牲にし、何を踏み躙ろうとも……運命というやつに全力で噛み付いてやろう、と。

 だから……。

 

 

「笑って、待っていてくれ」

 

 ケンシロウとの戦いに向かおうとする俺に、サラだけが気付いてしまった。

 だがこれは俺の戦いだ。

 宿命などと言うつもりはないが……宿命を超える為の戦いなのだ。

 他の誰も連れて行くつもりはない。

 だから俺は、俺の勝利の女神に微笑んでくれる事だけを頼む。

 彼女の腹を一度見て、安心させるように俺はいつも通りの悪辣な笑みを見せてやる。

 必ず生きて帰る。俺にも、死ねない理由はあるしな。

 

「お前の笑みは、決して不幸の引き金などではない。それを証明してやる」

 

 それだけを告げ、俺はケンシロウとの決着をつけるべく荒野へと飛び出した。

 

 

 今日は死兆星がよく見える。

 というか死兆星でかくね? 普段は見えるとしても北斗七星の脇で輝いてる程度なのに今日は月よりでかいんだが?

 それに光りすぎだ。太陽じゃあるまいし、何故あんなにギラギラ輝いている。

 これもう地球に向けて超高速で接近してるんじゃないかと思ったが、俺以外には見えていないらしい。

 目の前を黒猫が横切るが、なに、黒猫はイギリスでは幸運の象徴だ。むしろ縁起がいい。

 カラスがカーカー鳴いているが、カラスが集まるというのはそれだけ我が国が豊かである証拠よ。

 急な事だったのでまだ夕飯を食べていないのが、少し残念だ。今日はステーキとパインサラダだったのだが、まあ帰ってきてからゆっくり食べればいいだろう。

 その時は……そうだな、ケンシロウも招待してやっていいだろう。

 だから――。

 

「返してもらおうか、ケンシロウを」

 

 俺は前に向き直り、黒いオーラを滾らせるケンシロウと睨み合った。

 いや、ケンシロウではない。ケンシロウを利用し、俺を排除しようとしているこの世界の意思……即ち、天。

 俺が真に戦うべき相手を前に、否が応でも闘志が高まる。

 これは魔闘気で暴走したケンシロウ? 馬鹿を言うな。

 たとえ暴走しようが、ケンシロウが無辜の民に拳を向けるものか。

 俺はケンシロウが好きではない。天に愛された救世主という存在が、運命の操り人形のようでずっと気に入らなかった。

 いや、もう曖昧な言い方は止めよう。

 誤魔化すのは止めて、そろそろハッキリさせようじゃないか。

 俺はケンシロウの事が好きではないというのはかなり控えめな表現だ。

 正しく俺の心証を言語化するならば――ああ、そうとも。俺はケンシロウの事が嫌いなんだよ。大嫌いさ。

 ハッキリ言って俺はケンシロウアンチと断じて間違いないだろう。

 こいつの澄まし顔が昔から大嫌いだった。口数が少なくそのくせ表情も変わらないから何を考えているか分からない不気味さも気に入らなかった。

 そのくせ妙にこちらに好意的なのも腹が立ったし、半端に悪党に情けをかけて事態を悪化させる姿には憎悪すら覚えた。

 こいつの半端な甘さには反吐が出るし、勝手に一人だけ傷だらけになっていく無様さには虫唾が走る。

 だが……反転アンチという輩がいるように、好意と嫌悪は表裏一体だ。

 特定の有名人を嫌いだと断言して叩いている輩の方が下手なファンより余程そいつの事を知っているし、調べているというのはよくある事だ。

 アンチに対する煽りとして、よく「これもうファンだろ」というのがあるが、嫌いだからこそ逆に目につくし詳しくなってしまう。

 それと同じように、俺もケンシロウが嫌いだからこそ分かる事がある。

 

 ――こいつは決して、その拳を弱い民に向けたりしない。腹が立つほどのお人好しだ。

 ――そんな事をするくらいなら、自分一人が傷付いて涙を流す方を選ぶ……だから俺はこいつが嫌いなんだ。

 

 故にこそ、村の長老を害したという報告を聞いた時、俺はハッキリと確信した。

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「やっと会えたな」

「…………」

「ケンシロウに言っているのではないぞ。俺は今、ケンシロウを操っている薄汚い何かに言っているのだ」

 

 運命、天の意思、歴史の修正力……言い方は色々とあるが、総じて本来の流れに戻そうとする何か。俺はずっとその存在を感じ続けていた。

 この世界が北斗の拳の世界だと知った時、俺は何とか核戦争を止める事が出来ないかと動いたが全てが無駄に終わった。

 トキの一件で何があってもケンシロウとユリアだけは不思議と、周囲を犠牲にしながら生き残るのを知った。

 あまりの理不尽さに、一度は膝を屈したものだ。

 無理だ、どうしようもない。運命などという不確かなものを相手に、ちょっと拳法が使えるだけの人間が抗えるはずがないのだと。

 激しい運命という激流から、本来そのまま流されるはずの人間一人の命という小石を救いあげて生き残らせる程度は出来ても、流れ自体はどうしようもない。

 核戦争が起き、世界が荒廃し、ラオウやサウザーが覇を競い、そしてケンシロウが救世主となる。

 だが俺は小石を拾い続けた。

 運命の流れからすれば無視しても仕方がない程度の小さな変化(小石)を集め続け、積もり続けたその変化はやがて流れを変えるほどの質量を得たのだ。

 

「待っていたぞ、この時を……俺は今こそ、天を超える」

 

 放出された俺の闘気によってマントが吹き飛び、俺が立っている大地が罅割れる。

 思えばラオウはある意味、真実に迫っていたのだろう。

 本人にそんなつもりはなかったのだろうが、原作でラオウが口にした「俺が求め続けた天とは貴様(ケンシロウ)だったのかもしれん」という言葉はまさに、的を射ていたわけだ。

 ケンシロウこそまさにこの世界の主人公(中心)。こいつを超えない限り、決して世界は自由にならない。

 いつまで経っても、救世主が必要な荒廃した世界から脱する事が出来ない。

 ケンシロウを活躍させる為だけに、世界は救われてはならない。

 ケンシロウが活躍する舞台である為に、世界はいつまでも絶望に喘いでいなければならない。

 救世主が必要とされない救われてしまった世界など天は求めない。

 民は苦しんでいなければいけない。飢えて乾いていなければならない。

 弱くて惨めで可愛そうな、救われるべき存在でいなければならない。

 そうであってくれなければ、ケンシロウはただ図体がでかいだけの陰気な男になってしまう。

 だから苦しんでいろ、いつまでも地べたを這いずり回り、ケンシロウが救うに相応しい可哀想な民であり続けろ。そして時には悲劇を盛り上げる為にケンシロウの盾になって死ね。

 それこそが天の意思だ。

 だからこそ、俺は宣言する。

 

「世紀末救世主伝説は今日で終わりだ。誰も救世主など……いや、救世主が必要になるような世界など望まない――ケンシロウ自身さえもな」

「…………」

「そしてケンシロウ、今解放してやろう……貴様を縛り続けてきた、その宿命からな!」

 

 俺の言葉にケンシロウの瞳が一瞬揺れる。

 だがすぐに、狂気に支配された鬼の形相へと戻った。

 ……危ない危ない。一瞬、まさかこの程度で正気に戻ってしまうのかとヒヤヒヤしたぞ。

 この世界に転生して何年も生きて、この世紀末の荒野を駆け抜けて、ようやく天の意思を直接ぶちのめせる機会が巡ってきたのに、ケンシロウがさっさと正気に戻って終了などと、そんな拍子抜けな終わり方など認められるものか。

 

 しっかりと俺に向かって来い。その敵意の全てを込めて、挑んで来い!

 その上で俺が完膚なきまでに勝利する!

 天の意思が、この世界を見放すように……愛想を尽かして救世主伝説など求めなくなるように。

 

 その為にもケンシロウ……俺はここで貴様を叩き潰す!

 

 

 二人が飛び出したのは、ほぼ同時だった。

 中央で互いの手刀が交差し、爆発したように二人を中心として突風が吹き荒れる。

 ケンシロウの拳打を避けてシンが貫手を放つが、ケンシロウもそれを軽々と避けてカウンターを放つ。

 しかしシンはそれすら予想していたように回転して避け、回し蹴り。迎え撃つケンシロウの蹴りと交差した。

 今度は同時に跳躍。二人の渾身の蹴りが衝突する。

 

「北斗飛衛拳!」

「南斗獄屠拳!」

 

 衝突の瞬間に雷鳴が轟き、天が震えた。

 それはケンシロウを介して異物を排除せんとする天の怒りそのものだ。

 だがこの異物は簡単に消えるほど脆くない。

 運命の濁流に抗い、小石を拾い続ける事でとうとう流れそのものを変えて救世主伝説を破綻させてしまった男、南斗聖拳のシンだ。

 救世主よりも世界を救う男などあってはならない。

 このおぞましき乱入者への憎悪でケンシロウの魔闘気がますます強まり、漆黒の剛掌波となってシンを襲う。

 

「温いわァ!」

 

 シンがその場から消え、ケンシロウの背後を取った。

 その動きは彼が修めている南斗孤鷲拳のものではない。

 部下であるガルダが修めている南斗神鳥拳!

 高速の拳にて真空を生み、摩擦によって炎を生み出すその拳は南斗108派において最速を争う拳だ。

 しかしケンシロウも負けてはいない。

 彼が過去に戦った敵の中には、凄まじい速度で動く敵などいくらでもいた。

 そしてその技は水影心によって写し取られ、全てケンシロウの中で生きているのだ。

 砂塵を巻き上げてケンシロウとシンが何度も消え、二つの影が荒野を駆ける。

 二つの残影が駆け抜け、衝突し、交差し、並走し、砂塵が何度も巻き上がる。衝突音が響き続ける。

 蹴りがぶつかり合い、手刀がクロスする。

  南斗獄屠拳の気配を読んでケンシロウが死角に回り込み、そして遂にケンシロウがシンを捉えた。

 ――と思った瞬間、シンの実体は空を舞う一枚の羽根と化し、ケンシロウをすり抜けた。

 直後にケンシロウの背中から血が噴き出し、シンが笑う。

 南斗鳳凰拳奥義――天翔十字鳳!

 極限の脱力によりあらゆる攻撃を透り抜けるこの絶技の前では、生半可な攻撃など通用しない。

 

「クックック……ケンシロウ、何故俺が『南斗孤鷲拳のシン』ではなく『南斗聖拳のシン』と呼ばれているか分かるか……?」

「…………」

「南斗孤鷲拳だけではない……南斗のあらゆる流派をこの身に刻んだ男! それが俺だからだ」

 

 シンは、真似ようと思えば過去に見た南斗の技、その全てを模倣できる。

 故に南斗聖拳のシン! この異名は一つの流派だけではなく、あらゆる南斗の拳を身に着けた男への畏敬の表れなのだ。

 そして以前のサウザーとの戦いの時と違い、今回のシンには他の流派の技を使う事への忌避感はない。

 あの時は南斗同士の戦いだった……南斗の頂点を決める為の一戦だった。

 だからこそ、相手の技である鳳凰拳に頼る事をシンは嫌ったのだ。

 それで勝ててもそれは、鳳凰拳の勝利だからだ。

 翻って今回の敵は北斗。ならばこちらも『南斗の拳』で立ち向かうが道理。

 大昔に南斗108派と六聖に枝分かれしてしまった南斗の拳を時を経て束ね、今こそ(シン)の南斗聖拳――即ち南斗真拳として北斗と雌雄を決する。

 

「小癪な真似を……! 己の欲望と執念の為に他者を踏み躙ってきた悪党が、絆の力を語るか!」

「絆? ……ククク……違うな」

 

 ケンシロウの的外れな言葉をシンが嘲笑い、拳を握る。

 

「これは支配の力だ。絆などという横並びの力ではない……俺を頂点とした上下の力だ!

全ての技は俺様の踏み台となり、俺を天よりも高く押し上げる、決して崩れる事のないバベルの塔となる。

そしてケンシロウ……お前は永久に、ここまで上がってくる事は出来ん!」

「シン! 己を慕う者達すら踏み台と言い切るその悪しき心、野放しにするわけにはいかん!」

「ほざけえ!」

「ホワタァ!」

 

 シンとケンシロウの拳が何度も衝突し、中央に真空の渦が生まれた。

 急速に周囲を引き寄せる渦によって二人の動きが固定され、次なる衝突を余儀なくされる。

 この攻防で先手を取ったのはシンだ。

 彼の貫手がケンシロウへ迫り、ケンシロウは咄嗟に掌で防御――するも、受け止めきれずに貫通してしまった。

 だがこれこそケンシロウの狙い。掌を貫かれたままシンの拳を掴み、動きを封じる。

 

「捉えた! 北斗……十字斬!」

「ぬうぅっ!?」

 

 シンの身体に、十字の拳の跡が刻まれた。

 思わず後ずさり、血を吐き捨てる。

 

「終わりだ、シン……お前の身体にブラッディークロスが刻まれた。お前はもう死んでいる」

「……ほう。俺の命は後どのくらいだ?」

「お前には後悔する時間も与えん……十秒だ!」

「そうか……ならば数えてやろう」

 

 秘孔を突かれて致命傷を負ったはずのシンだが、彼の笑みは消えていない。

 それどころか、残された僅かな時間を無駄にするようにカウントダウンを自ら開始した。

 

「ひとーつ……ふたーつ……みいーっつ……」

 

 何の真似かと見守るケンシロウの前でカウントは進み、4、5、6、7、8、9、とシンの命の終わりが近付いていく。

 

「じゅーう!」

 

 そしてとうとう命が尽きる十秒を数え終えた。

 ならばこの後、彼に待つ結末は身体が四散しての惨たらしい死しかありえない。

 だが……どういう事か。

 シンは依然健在で、余裕の笑みを浮かべているではないか。

 

「なっ……これは……ぐわっ!?」

「……フッフッフ」

 

 カウントダウン終了時に傷付いたのはシンではなかった。

 逆にケンシロウの胸の七つの傷から血が噴き出し、膝を突いてしまった。

 シンに何故ケンシロウの技が通用しないのか?

 それは、シンが「秘孔変位」の術で己の秘孔の位置を自由自在に変える事が出来るからだ。

 唯一、位置を変える事が出来ない最大の弱点……「奇穴」を狙われない限り、シンに北斗神拳は通用しない。

 しかしシンも決して余裕で凌いだわけではない。その証拠に彼の顔にも冷や汗が流れている。

 確かに秘孔変位を使えば北斗神拳を封じる事は可能。しかしそれも完璧ではない。

 秘孔変位はあくまで秘孔を突かれてしまった時の対策であって、そもそも秘孔など突かれないのが一番いいのだ。

 

「休む暇は与えん! 伝衝裂波!」

 

 シンの放つ衝撃波がケンシロウの身体を刻み、血飛沫を上げた。

 しかしケンシロウの強靭な肉体と魔闘気の前では、伝衝裂波など小手先の牽制技にしかならない。

 薄皮一枚を裂くだけでケンシロウの命にはまるで届かず、それどころか水影心によって即座に模倣されてしまった。

 

「――だろうな」

 

 しかし自らに迫る伝衝裂波を前にシンは嗤う。

 そして目にも留まらぬ速度でケンシロウへ肉薄すると、渾身の貫手を放った。

 咄嗟にケンシロウが回避するも、伝衝裂波発射直後の僅かな硬直を狙い打たれたせいで完全に回避できず、脇腹を裂かれてしまう。

 

「慣れぬ技など使うものではないな、ケンシロウ。いかに水影心にて模倣しようと、南斗の拳は貴様本来の拳ではない……その精度、練度はどうしようと北斗神拳と比べれば劣る。何故なら南斗聖拳はそのようなにわか仕込みで完全に真似出来るほど浅いものではなく、そして貴様の北斗神拳もまた、にわか仕込みの南斗聖拳で並べるほどお粗末なものではないからだ」

 

 ケンシロウの使う北斗神拳は悔しいが、見事な完成度だ。

 だからこそ、水影心で写し取った技との間には少なくない練度の差が生じる。

 本来の使い手が用いる南斗の奥義の練度を100として、ケンシロウは水影心にて90……いや、95まで模倣出来るかもしれない。

 しかしケンシロウ本来の拳である北斗神拳は200なのだ。

 つまり、ケンシロウは模倣などしない方が強い。

 その事を理解したケンシロウの次なる一手……それは、魔闘気によって無重力空間を作り出す事であった。

 にわか仕込みの南斗が通用しないならば、北斗だ。

 即ち北斗琉拳奥義、暗琉天破!

 

 圧倒的な魔闘気が生み出す無重力空間が周囲を覆い――しかしシンは尚も不敵な笑みを強めた。

 

 

ちなみに前回、ケンシロウが闇落ちする直前に落ちた雷は、ユリアがやってます。

ケンシロウが闇落ちしそうなのを察知して慌てて雷で記憶を飛ばして闇落ちキャンセルしようとしてました。

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