シン・南斗の拳 俺達の戦いはこれからだ!   作:マジカル☆さくやちゃんスター

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第五十五話 俺とお前の戦いは永遠に決着が付かないんだ

 暗琉天破の生む無重力空間の中では、敵は自らの位置を見失って無防備となる。

 更に地面を失ったかのように錯覚し、身動きすら封じられる、北斗琉拳の奥義だ。

 拳法とは基本的に地に足をつけて行うもの。

 大地がなければ洗練された歩法も、踏み込みも、跳躍も、その全てが行えなくなる。

 しかしシンは尚も不敵に笑う。

 

「ふっ……甘いわケンシロウ! 我が南斗の神髄は宙を舞う時こそ発揮される!」

 

 シンは、無重力空間の中で空を蹴って跳んだ。

 南斗聖拳は「鷲」、「水鳥」、「紅鶴」、「白鷺」、「鳳凰」に代表される六聖の拳のように、空を自在に舞う鳥をモチーフにした拳法が多い。

 空中戦こそが南斗の本領。大地が北斗の味方ならば大空は南斗の支配域なのだ。

 とはいえ、鳥といえど地球の生物には違いない。その飛行能力はあくまで地球上の重力下で飛ぶ事を前提に設計されている。

 ならば南斗といえど無重力の影響を受けない道理はないが……それはあくまで実在する鳥の話!

 

「ホワタァ!」

「当たらんなァ!」

 

 ケンシロウの拳がシンを貫いた――と思った次の瞬間、すり抜けていた。

 南斗鳳凰拳奥義、天翔十字鳳。

 究極の脱力によってあらゆる攻撃を受け流すこの奥義に無重力は関係ない。

 元よりこの奥義は空中という本来身動きが取れない場で敵の攻撃をすり抜ける事を可能とする絶技。無重力下に置かれた事で却って、より当たりにくくなっている。

 重力の影響から解放され、ただ舞い続けるだけの一枚の羽根。それを捉えるのは至難の業だ。

 

「そして攻撃は……ちと、貴様の真似をするようで気にくわんが……これだ!」

 

 シンは叫ぶと同時に、その場で高速回転を始めた。

 原作でケンシロウがやっていた、遠心力によって自らの位置を確保するやり方だ。

 しかしシンは自らの位置を確保するだけでは終わらない。

 回転がそのまま、次の攻撃へと繋がる。

 

「南斗無音拳奥義! 南斗乱舞空殺!」

 

 駒のように回転しながら両手を水平にし、回転する刃と化してケンシロウを襲う。

 引き裂かれたケンシロウの胸板から血が噴き出し、膝を突いてしまった。

 そんな彼の前に着地し、シンはケンシロウを……いや、天を下すべく貫手を突き出した。

 しかし確実に当たるはずだった貫手はケンシロウを透り抜け、大地を抉る。

 

「っ! これは……!」

 

 敵の攻撃をすり抜けるのは南斗鳳凰拳の専売特許ではない。

 むしろその方面において最も強力な奥義を持つのは北斗の方だ。

 脱力による攻撃の受け流し――どころの騒ぎではない。

 実体を完全に空と同化し、あらゆる攻撃をすり抜ける究極奥義。

 即ち……無想転生!

 シンの全身から血飛沫が吹き出し、一瞬足元が揺れる。

 だがまだ致命傷には遠い。シンは足に活を入れてダウンを避け、闘気を全身に巡らせて止血する。

 そして背後で佇むケンシロウへ視線を向けた。

 

「終わりだ、シン……哀しみを背負った者のみが体得出来る究極奥義、無想転生……この技の前では貴様の技は全てが無意味!」

「哀しみを背負う……か……クックック……哀しみを背負う事はそんなに素晴らしい事か? なあケンシロウよ」

 

 シンは挑発するように笑い、ケンシロウを見た。

 彼の背後に、彼の強敵(とも)の姿が見える。

 リュウガ、ソリア、ファルコ、トキ、リュウロウ、ライガ、フウガ、そしてシンの知らぬ多くの男達……。

 ケンシロウよりも先に天に還ってしまった強敵(とも)の絆がケンシロウを強くする。

 それこそが哀しみを背負いし奥義、無想転生の真骨頂だ。

 喪えば喪うだけケンシロウは強くなる。

 喪失こそが、北斗神拳を高みへ押し上げるのだ。

 今一瞬、死んでないどころかまさに現在対峙しているシンの姿が紛れていた気がするが、きっと気のせいだろう。

 

「哀れな拳だ。そうは思わんか?」

「…………」

「本当はそんなものを背負いたくなかっただろう。死者として背負うのではなく……共に、隣を歩みたかっただろう」

 

 シンは深く息を吐き、ゆっくりと構えを取る。

 

「守りたかったものは掌から零れ落ち、哀しみという名の強さへ変わる。その事実に何度涙を流したのだろうな」

 

 シンは考える。思えば何と皮肉な構図だろうか。

 転生者である己が行きついた境地が、『今を生きる』為の奥義などと。

 そしてどれだけ望んでもこの世界から逃げる事など出来ないケンシロウの辿り着いた境地が無想『転生』などと。

 

「ケンシロウ……貴様と俺には決定的な違いがある! それは欲望……執念! 貴様はあまりにも己を捨てすぎている……他者の為に、己の願いすら殺し続けている! 己の幸福すら分からぬ者が、他者の幸福など守れるものか!」

 

 ケンシロウには決定的に、自分自身の為の欲がない。幸福がない。

 全てを他者を救う事のみに費やし、哀しみばかりを背負い続けている。

 これではただの運命の奴隷。自由意志のない機械人形だ。

 

「俺はそんな貴様が心底気に喰わん。全てを諦めて悟った気になっているその澄まし顔が昔から大嫌いだった。だから……」

 

 強く大地を踏みしめる。

 心と身体を満たすのは無我の境地とは程遠い無限の欲望。

 己を無になどしない。今、ここにいる自分という全存在で……どこまでも身勝手に、我儘に、自己中心的に生きる。

 転生を果たした今世で放つのは、この生の中で明日を掴み取る為の集大成の一撃。

 

「俺が貴様に教えてやろう。人はそう簡単に悟る事も、ましてや想いを無にする事も出来んという事をな」

 

 ――南斗真拳究極奥義・有念無生。

 

 サウザーとの戦いで身に着けた奥義を以て、今こそこの世界の主人公に挑む。

 これより打ち崩すのは、救世主という偶像そのもの。

 救世主が必要とされる世界から脱する為には、救世主という存在そのものを破壊しなければならない。

 天の意思によって敷かれた運命のレールに終止符を打ち、舞台の幕を下ろすのだ。

 主人公が主人公である限り、物語は「めでたしめでたし」では終わらない。

 続編で台無しにされる平和のように、何度でも何度でも悲劇の幕が上がる。

 それを今日、ここで終わらせる。その決意をもってシンは闘気を高めた。

 

 ……瞬間、シンの脳裏を駆け抜けたのは、ここではないどこかの世界の光景だった。

 彼が転生しない場合の、本来のケンシロウとシンの戦いであった。

 胸に十字の傷を刻まれ、倒れるシン。

 彼は涙ながらに言う。

 ……俺とお前の戦いは永遠に決着が付かないんだ……と。

 その本来の運命を垣間見、そしてシンは笑った。

 

 

 

「来いケンシロウ! 俺とお前の戦いに決着をつける時が来た!!」

「いいだろう! 貴様の死をもって!」

 

 

 

 ケンシロウが哀しみを背負い、先に天へ還った強敵の幻影と共にシンに挑む。

 シンは哀しみを背負わせないために、地で生きる仲間達の想いを乗せてケンシロウを迎え撃つ。

 空に消えたケンシロウが実体を持つのは一瞬……攻撃の瞬間のみ!

 この生と死の狭間を読み間違えればシンの負けだ。

 

 ケンシロウの拳とシンの貫手が交差する。

 しかしケンシロウの攻撃はまさかのフェイント!

 攻撃を中断してシンの渾身のカウンターを無駄打ちに終わらせる。

 

 カウンターの空振りを誘い、今度こそ本命の一撃。

 シンは既にカウンターを終えて、対応出来ない。

 ケンシロウは勝利を確信する。

 

 だがシンは空ぶった攻撃を高速で引き戻す。

 これにより、衝撃波が拡散。

 鞭が最速に達するのは叩く瞬間ではなく戻す瞬間……それと同じように、 有念無生もまた繰り出す瞬間ではなく、戻す瞬間にこそ最高速度を更新する。

 そう……この技の本命は一撃目ではない。二撃目こそ、本当の奥義なのだ。

 

 直撃する衝撃波。

 既に攻撃に移っていたケンシロウは回避出来ずに全身に浴び、体勢を崩してしまった。

 そこに、シンの貫手が迫る。

 その刹那、シンは見た。ケンシロウの中に巣食うものの正体を。

 今まで自分達が『天』と呼び、有難がっていた物の本質を。

 

 ――それは、これまでの歴史で散っていった数えきれないほどの英霊達だった。

 北斗と南斗、元斗……その他多くの歴史を刻んできた先人達の残留思念だった。

 歴代の天帝……継承者……継承者になれなかった者……それら全ての――無念や未練だった。

 

「見えた……!」

 

 シンは更に鋭く手を伸ばし、ようやく射程圏内に入った本当の敵を追う。

 ずっと疑問に思っていた。天の意思とはそもそも何なのか。

 少なくとも文字通りの天ではない事は分かっていた。

 本当に天――世界に意思があったとして、それが果たしてたかだか一人の人間の歴史如きに介入するだろうか。

 一つの流派に過ぎない北斗神拳の男一人を、ここまで執拗に救世主に仕立て上げようとするだろうか。

 

「貴様が……」

 

 ケンシロウやユリアを持ち上げようとする天の意思は、明かに人の意思を持っていた。

 そしてその正体のヒントは、あちこちに散りばめられていたのだ。

 修羅の国にある女人像を取り巻く意思は、北斗宗家の亡霊。

 天に還ったユリアが起こした、天罰の如き落雷。

 作中何度も言われた、『天に還る』というフレーズ。

 ……最初から答えは示されていた。

 

「貴様が!」

 

 天の意思とは、断じて世界の意思などではない。ましてや運命でもない。

 全て、人の意思だったのだ。

 己を神か何かと勘違いし、思い上がっただけの……死者達だった!

 天に還るとは死者達の列に加わるという事だったのだ!

 

「貴様等が……俺の敵か!」

 

 射程圏内にようやく入ってくれた、この千載一遇の機会を逃すつもりはない。

 確実に、ここで仕留める。

 二度と生者に干渉出来ぬように……死者の未練などで未来を捻じ曲げられる者がこれ以上出ないように。

 シンは一頭の龍となって、その顎を『天』へ向ける。

 

 

 

 

 

 その果てにシンは、青空の下に立っていた。

 そこは天上天下、一切が無の空間。精神の世界だ。

 蒼く晴れ渡ったその空間は天を舞う龍を天上の網が絡め取る――蒼天の拳。

 そしてシンの前には、神々しく光り輝く女人像の姿があった。

 女人像は哀しむように血の涙を流し……シンはそれを無視して挑みかかった!

 

 精神世界でシンは黄金の龍となって女人像に突撃する。

 だがここは天を舞う龍を絡め取る無想の世界。

 龍の突撃は女人像が放つ光によって防がれ、全身を縛られる。

 天を舞う龍も、天には届かない。

 ……だが、龍を救うように蒼天の彼方から何かが飛来した。

 それは、猛々しく燃える鳳凰だ。

 鳳凰によって網は焼かれ、再び龍は自由を取り戻す。

 それでも女人像は龍を迎撃しようとするが、その手を横から現れた誰かが……銀色に輝く聖者の如き男が止めた。

 

 ――先人達よ……もういいだろう。後は今を生きる者達に委ね……貴方達も、休むべきだ。

 

 聖者の説得に女人像は尚も抵抗の意思を見せる。

 だが聖者はその場で座り込み、両腕から光を放った。

 すると女人像は僅かな時間動きを封じられ……その僅かな間が勝敗を分けた。

 龍が女人像を貫き、破壊する。

 それでも往生際が悪く女人像が龍を捕らえようと動くが、その前に一人の男が立ち塞がった。

 胸に七つの傷を持つ北斗神拳伝承者……!

 いいように操られていた男が怒りの百裂拳を叩き込んで女人像を跡形もなく破壊し尽す。

 

 そしてシンの意識は現実へと引き戻され――

 

 

 

 

 

 ――刹那の攻防が終わり、シンとケンシロウは向かい合ったまま硬直していた。

 シンは、技を放った姿勢のまま目を閉じる。

 今の光景は夢だったのだろうか? 生死の狭間に立った事で幻でも見たのだろうか。

 だが、どちらでもよかった。

 ただシンは、声に出さずに二人の尊敬する戦友に心の中で感謝と……別れを告げた。

 それから、次の変化が訪れるまでの時間は僅か一秒だった。

 しかし二人にとってその一秒は永遠のように感じられ、二人の視線が中央でぶつかり合う。

 

「……ぐわっ!!」

 

 悲鳴をあげたのはケンシロウであった。

 彼の胸の七つの傷が開き、血飛沫をあげる。

 そこに止めの蹴りが入り、ケンシロウを吹き飛ばす!

 

「ふほう!!」

 

 ケンシロウが岩壁に叩きつけられ、力なく地面に墜落した。

 ここに決着はついた。

 救世主は地に堕ち、欲望に塗れた南斗の王が勝利したのだ。

 それは物語としてあってはならない終幕だった。

 救世主譚に相応しくない締めくくりだった。

 そしてケンシロウの中から『何か』が抜けていく。

 

「フン……俺如きに敗れる様を見て、遂にケンシロウを救世主に相応しくないと失望し、見切りをつけたか。

最後まで勝手なものだが……それでいい。二度と俺達の歴史に湧いてくるな」

 

 空へと逃げていく惨めな負け犬を見送り、シンは勝ち誇るように笑った。

 

 

 戦いに勝利した俺は、天に見捨てられたケンシロウを引きずって町へと帰還した。

 戻るとダンネやレイからどこにいっていたのか、一人で戦いに行ったのかと文句を言われたが勝ったんだからいいだろと跳ねのけておいた。

 それからケンシロウと二人で個室に入り、気絶しているアホに水をぶっかけてやる。

 

「ぬうぅ……み……水……」

「目を覚ましたか、間抜けめ」

 

 ケンシロウからはもう、ドス黒いオーラも『何か』の気配も感じない。

 いつも通りの、一見悟っているように見えなくもない間抜け面がそこにあった。

 

「シン……そうか……俺は……」

 

 ケンシロウはゆっくりと顔を上げ、そして涙を流した。

 どうやらこいつは魔闘気によって暴走していた間の事を忘れたわけではないようだ。

 その手で殺めた者達の事を鮮明に覚えている。

 そして、無辜の民まで手にかけてしまった罪もまた、忘れる事は出来ないのだろう。

 

「すまぬ……シン……俺は取返しのつかぬ事を……」

 

 ケンシロウは止めどなく涙を流し、己の拳を握る。

 こいつは俺と違い、甘すぎるくらいに甘い男だ。

 時々、ヒャッハーを嬲り殺しにして遊んでいる疑惑もあるが、それでも罪なき村人を傷付けて平気でいられる精神をしていない。

 俺がどんな慰めの言葉を口にしようと、ケンシロウはこの先一生、罪なき村長を害した罪を背負って生きていくだろう。

 まあ、そもそも慰めの言葉をかけてやる気など俺には無いが。

 そして死ぬまでその十字架に苦しむだろう。ケンシロウとは、そういう男だ。

 しかし俺はそんなケンシロウに、あえて追い打ちをかける。

 

「罪を償う為に戦い続ける……とでも言いたそうな顔だな。だが残念だったな。それはもう不可能だ」

「……どういう事だ……?」

「無理な魔闘気の乱用のせいだろうな。気の巡りが滅茶苦茶に乱れ、貴様はもう僅かな闘気すら練られんはずだ」

「……!!」

 

 ケンシロウは驚いたように自らの手を見る。

 両手も両足も繋がっている。腱も切られていない。

 だが……闘気が練られなかった。

 亡霊によって酷使されたせいで体内の気が壊れ、一片の気も練れない身体へ堕とされてしまっていたのだ。

 ついでに駄目押しとなったのは俺が刻んでやった七つの傷だ。

 元々リュウガによって付けられていた傷を更に抉って気を乱してやった事で、ケンシロウは完全に拳士として死んだと言っていい。

 悪いが下手に戦う力を残してしまうと、また天に利用されかねないし、これでよかったのかもしれん。

 ……まあ、こいつの事だからそのうち復活しそうな気がするが。

 

「…………そうか……」

 

 ケンシロウは気落ちしたように俯いた。

 きっと心の中で北斗の先人達に詫びているのだろう。

 北斗神拳正統伝承者が技を使えなくなる。それは北斗を後世に伝える者がいなくなる事を意味し……北斗神拳二千年の歴史がここで終わる事を意味していた。

 ……もっとも、こんな事がなくともケンシロウは死ぬまでその辺で戦い続けるだろう事を考えると、どのみち後継者など残しそうにないが。

 というか今回ケンシロウを暴走させたのは、まさにその先人達の怨念の集合体みたいなものなんだから、むしろケンシロウは先人にキレるべきなんだがな。

 だが、まあ……そうだな。少しくらいはフォローを入れてやるか。

 このまま放置するとこいつは多分、戦う力がなくても勝手に荒野に出るだろう。

 そしてあちこちで恨みを買っているこいつは、必ずどこかで殺される。

 俺は別にそれでもいいのだが……まあ、あれだ。

 ケンシロウにそんな死に方をさせるのは、少しばかり……そう、本当に少しばかりだが、あの世にいるトキに悪い。

 天の意思……死者達との戦いの最後に見た、あの幻……。

 あれは昂った感情と激戦の狭間で俺の脳が作り出した夢だったのだろうが、あの瞬間、確かに俺はサウザーとトキの助力に後押しされた……気がする。

 夢だとは思う。思うが……それでも、受けた恩を無視してトキの弟を見殺しにするのは俺の心によくないものを残す。

 借りたものをいつまでも返していないような不快感がある。

 だから俺は俺の為に、ただ俺が心に小さなしこりも残したくないという我欲の為に、ケンシロウに助け船を出してやる。

 

「気は練られんが、技を誰かに伝える程度の事は出来るはずだ」

「伝承か……だが、俺にはそんな相手など……」

「いや、いる……入れ」

「……!」

 

 俺はケンシロウが勝手な使命感で荒野に飛び出さないように、こいつの心に重しを付けてやる。

 ドアを開けて入ってきたのはダンネで、その腕には一人の赤ん坊が抱かれている。

 一応言っておくが、ダンネの子ではない。

 

「その赤ん坊は……?」

「……一年前のユリアの死を覚えているか」

「……無論だ。忘れられるはずがない」

「俺は一つ、お前に隠していた事がある。ユリアが死んだ時……奴の腹の中には一つの命が宿っていた」

「!!」

 

 俺のもたらした衝撃の情報にケンシロウが目を見開いた。

 そしてすぐに落ち込み、顔を伏せてしまった。

 当然だ。我が子がユリアの胎の中にいたならば、それはもう一年も前の話。

 母体であるユリアが死んでいるのだから、我が子も当然一緒に天に還っている。

 つまり今与えられた希望は一瞬で摘み取られたわけだ。

 

「ユリアの奴は死ぬ前に俺にとんでもない無茶振りをした。この子を頼む……自分の腹をさすりながら奴はそう言ったのだ」

「……そうか」

「流石に俺も弱った。頼むと言われても現実問題、不可能に近い。母が死んだ後に豆粒サイズの胎児などを任されたところでどうしようもないだろう。俺は神じゃないんだ」

「…………そうだな……当たり前だ……」

 

 ダンネが俺を見上げながら睨んでくる。

 意地悪しないでさっさと真実を教えてやれとその目が言っている。

 だが待て。ネタバラシは順番を踏まなければならん。

 

「だが俺も少しだけ悪足掻きをしてみた。神ではないが、神に喧嘩を売る施設ならばあったのだ。

そこはかつて人間を兵器としていた狂気の施設でな……詳しい説明は省くが、人道や道徳をゴミ箱に捨てたような場所だ。

その中には人間を培養し育てる装置もあった。どういう用途で使われていたかは知らんがな」

 

 クローンか、兵士の量産か、それともただの効率化か……。

 悪意に満ちた科学者の考えは俺には分からない。

 だから餅は餅屋だ。悪意に満ちた研究所が相手ならば、あらゆる邪悪を一つに集めたような科学者をぶつければいい。

 我がサザンクロスが誇るマッドサイエンティスト・ビジャマの出番である。

 ビジャマは「俺はドラえもんじゃないぞ」と文句を言いながら施設の調査と修理に乗り出し、そして何とか使えるレベルまで引き上げてくれた。

 

「……そ……それ……では……」

「その赤ん坊をよく見ろ。どことなくお前と……ユリアに似ているだろう」

「……っ! …………」

 

 ケンシロウは何も言わなかった。

 いや、というより言えないのだろう。

 今まで見た事もないほどボロボロと涙を零し、鼻水まで垂れている。

 その泣き崩れっぷりは、まるで龍が如く7外伝でご褒美映像を見せられた桐生のようだ。

 こいつはいつも、哀しみで泣きすぎなんだ。たまには嬉し泣きもしておけ。

 

「そいつは母の胎の温かさを知らずにこの世に引きずり出された。だが父の腕の温もりならば今からでも与えられる。

……抱いてやれ、ケンシロウ。お前とユリアの子だ」

「…………ぁぁ……っ」

 

 消え入りそうな小さな声で、震えながらケンシロウは我が子をダンネから受け取った。

 力加減が分からないのか壊れ物に触れるようにその手先は慎重で、臆病だ。

 

 この子供が今後どうなるかは、俺にも分からない。

 技を伝授する相手として推薦したが、伝承者にするかどうかはケンシロウ次第だ。

 案外伝承者にならずに普通の子供として、このサザンクロスで生きていくかもしれない。

 だが、一見の価値はあるはずだ。

 天から見放された救世主が、運命の外に生まれた子と共にどう生きるのか。

 天の意思が介在しないその未来を、俺は見てみたい。

 

「ケンシロウ、貴様には俺に牙を剥いた罰を与える。

自棄になって勝手に死地に向かう事は許さん。貴様の意思も都合も知らん。これは勝者である俺からの敗者である貴様への命令だ。俺は貴様の命は奪わなかったが、その代わりに未来の選択肢を奪う……これが俺からの裁きと思え」

 

 文句は言わせない。勝者は俺だ。

 これからは死ぬまで戦い続ける救世主ではなく……ただの、一人の親として静かに生きるがいい、ケンシロウ。

 墓は要らん? 死すならば戦いの荒野で?

 なるほど、気高いな。素晴らしい在り方だ。だが却下だ。

 俺は貴様にそんな救世主らしい誇り高い最期などやらん。

 サザンクロスで、矮小な一人の親として生きて死ね。墓も建ててやるぞ。墓標になってしまった……。

 この先お前がやるべきだった事は、俺が代わりにやってやる。

 それだけを伝え、俺はケンシロウに背を向けた。

 

「シン……ありがとう…………ありがとう…………っ」

「……貴様が傷付けた村長は無事だ。後遺症もない」

 

 俺は伝え忘れていた情報を伝え、今度こそ部屋を出て行った。

 

────────────────────────────────────────────

 

【精神世界】

シンだけが見た光景。ただの妄想かもしれないし現実かもしれない。

ちなみに聖者の発射したビームは実は女人像だけではなく鳳凰にも命中していた。

 

【ケンシロウ再起不能】

ヒュンケル再起不能と同じくらい深刻。

生きてはいるが二度と戦えまい。

 

【桐生一馬】

龍が如くの主人公。コラボで北斗が如くにも声だけ出演した。DLCで外見も出演する。

俺は誓って殺しはやってません(北斗百裂拳)。

カリスマ性、口下手、戦闘力、味方がどんどん死ぬ、お供の幼女に振り回され続けるなど、ケンシロウとの共通点が多い。

サブストーリーでの万能ぶりから「ヤクザ以外は何でも出来る男」と呼ばれる。

物語が進むごとにどんどんお労しい事になっていく。

何回かハッピーエンドで終わらせようとした形跡は見えるのだが、人気が出てシリーズが続いた結果、毎回掴みかけた幸せに手が届かない。

狭山とくっついてハッピーエンドじゃ駄目だったんですかね……?(震え声)

名前を消して表舞台から退場してもやっぱり引っ張り出されて、遂には病気のお爺ちゃんになってもまだ戦わされる……。

もういい……休めっ……休めっ……!!

 

【天(亡霊ズ)】

修羅の国でシャチに憑りついて操っていた亡霊のグレードアップ版。

蒼天の拳でもそうだったが、北斗ワールドは当たり前のように亡霊が現世に干渉してくる。

基本的には主人公の味方の守護霊のようなポジションだが、北斗宗家でも何でもないシンにとってはただの敵。

ちなみに、あくまで成仏もしてない未練たっぷりな人達なので未練のなさそうな拳志郎とかは含まれていない。普通に成仏してそう。

というか拳志郎がいたらラスボスの存在感を食ってしまうので出禁です。

 

次回最終回。

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